2024年08月25日

8月15日(木)の日本農業新聞に「あの日の軍国少年戦後79年』として大先輩が掲載された。


8月15日(木)の日本農業新聞1面に、
『破れた「幻想」16歳の夏 戦禍の満州逃げ惑う」として、
「あの日の軍国少年戦後79年上』が掲載された。

戦後79年の特集は、8月に各紙・マスコミなどが表しているが、
記事は95歳の村尾孝さんが軍国少年の思い出を語るもので、
東京農大専門部農業拓殖科昭和23年卒が目を引いた。

我々同期は昭和18年から19年3月の戦中生まれだが、記事では
終戦間近な20年4月に同科に入学し満州報国農場に送られた。

新聞記事を同窓にコビーをして送ったが、反響は大きく、
同じ思いの仲間から連絡がきた。



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日本農業新聞としても、反響が大きかったのだろう、
掲載内容の上中下をSNSに掲載した。

上の画像をタップする






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8月17日の日農紙6面には、(中)で「陰に陽に支えた戦時の農」
明治-大む正期「国内混乱、臨戦態勢敷く」
昭和期「食料増産、募る満州移民」「農本主義信じた学生」の
タイトルが並ぶ。

1943年6月食糧増産応急対策要綱を閣議決定。
東京農大の満州報国農場の設置が決まる。
1944年5月満州国蜜山県湖北で東農大農業拓殖科先遣隊による
報国農場入植式。

1945年4月村尾さんら東農大新入生中心の一次隊が満州の報国農場へ。
1945年6月東農大の二次隊と三次隊が満州報国農場へ。
常盤松開拓団の50人が報国農場へ
1945年8月15日戦争終結を伝える玉音放送。

1946年夏村尾さんら帰国。満州報国農場に派遣された学生職員
総勢96人のうち生還者は39人(うち2人は帰国直後に死亡)

(下)は「平和願い語り継ぎ 貧困、飢餓根絶へ」ボランティアガイド
村尾さんのにこやかな写真が掲載されていた。

上の画像をタップする
新聞を読まれた高知の坪井さん(筑波大学名誉教授)からメールが来た。
坪井さんも、生き証人として伝えていってもらいたいと思う。
posted by 大竹道茂 at 16:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京農業大学関連情報
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