2024年09月13日

快晴の信州路、穂高神社と松本城を見て回り、500キロの行程だった。


3日、高校の友人立川さんの車で信州にやってきたことは紹介した。

大王わさび農園から、穂高神社に向かう途中・・・・、
収穫間近かな稲穂が稔る先に、北アルプスの稜線を
積乱雲が浮き出させていた。
快適な車内はエヤコンが効いているが、外は猛暑。




8-1.png


信州のこの季節は、小金色に実った稲穂だけではなく
白い蕎麦の花が咲いている。

そばも北信州の「富倉そば」等から南信州の「下栗そば」等まで、
産地があるが、この辺りは、「安曇野そば」の産地になっている。




9-1.png

穂高神社は、安曇野市穂高にあり巨木に囲まれている、
奥宮は日本アルプス連峰の上高地に祀られ、更に北アルプスの
主峰奥穂高岳の山頂には嶺宮が祀ってある。

上の画像をタップする
拝殿で祝詞奏上する神主。左右に広い拝殿に響き渡っていた。






9-3.png

石に掘られた道祖神は、大王ワサビ農園に展示してあったが、
五穀豊穣、無病息災、子孫繁栄を祈願する道祖神。
「健康長寿」に特化した道祖神がステンレスで作られていた。
手を握るとご利益があると云うので、手は光っていた。

上の画像をタップする
平成25年(2013)厚生労働省統計発表のデータで
全国平均寿命男女とも長野県は全国一の長寿県となり、
これを記念して、日本一大きなステンレス製の
道祖神を建立したという。





10-1.png

穂高神社の謂れを、降旗先生に伺ってから、見てみたいと
思ったのは、御祭神が九州から内陸の穂高に船でやってきたと
の伝説に驚き、御船祭が今に伝わり「御船」が作られると云う。

骨組みを見る立川さんと説明する先生。
上の画像をタップする。

穂高神社の御祭神、穂高見命は海神族の祖神で、その一族は
北九州から船に乗って穂高に来たといわれていて、
9月27日が例祭で、船の形をした山車を境内で引き回すと
云うもの(長野県無形民俗文化財指定)。
安曇族は古代九州に本拠があって海運を司っていたと云う。





11-1.png

上高地の奥宮、更に北アルプスの主峰奥穂高岳の山頂「嶺宮」が
紹介されていた。

上の画像をタップする
台風による線状降水帯でも通過したのか、神池は白く濁っていた。





12-1.png

昼食後、松本城に向かった。

上の画像をタップする
この場所が一番いいんだと、先生が案内してくれた。
確かに、観光バスで来たグル―プが、ここで集合写真を撮っていた。


天正十年(1576)小笠原貞慶が深志城主(現松本城)になってから、
穂高神社に神領として土地を寄進した。

東京の小笠原諸島は文禄二年(1593)、信州深志城主の曾孫、
小笠原貞頼により発見され、小笠原島と命名したと伝えられている。
明治十三年(1880)に、明治政府は小笠原諸島を東京府に編入した。

因みに、小笠原にも江戸東京の農業説明板を設置している。





13-1.png

立川さんは、先生を自宅まで送っていくつもりだったが、
松本駅まで送ってくれれば大糸線で5つ目の一日市場駅から10分で
帰れるからと辞退されたので、松本駅でご夫妻とはお別れした。

先生もお疲れになられたことだろう。ありがとうございました。


先生のご配慮で、1時間早く(17時着)自宅まで、送ってもらった。
立川さんは、50分後に川崎の自宅に着いたと云う。
往復500キロの行程、立川さんご苦労様でした。
posted by 大竹道茂 at 09:23| Comment(0) | TrackBack(0) | その他関連情報
この記事へのコメント

この記事へのトラックバック