その後、「浮世絵八華7 国芳」(平凡社)が届いた。
八華とは、春信、清長、歌麿、写楽、北斎、豊国、国芳、廣重で
国芳は鈴木重三著となっている。
送っていただいたのは、新潟の神保和弘さんで、
色々とアドバイスをいただいている。
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国芳の、「江戸じまん名物くらべ・こま込のなす」は、歌麿の
台所美人の、ナスをむく一人の姿をそのまま模している。
しかし髷の形・容貌・着衣など国芳のものは所帯じみた
愛らしい世話女房ぶりに変えている。
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歌麿の台所美人には、火吹竹で火を起こす亀井戸の茶屋女
と、幼児を背負った今戸のやきもの玩具をつくる女として、
国芳は模して描いていて「駒込のなす」はその一枚。
「駒込のなす」と同じ「砂村のとうなす」のコメントはなかった。
江戸じまんには野菜は2枚しか描いていなかった。
神保さんからは、「試作用に巾着なすの種子も
同封しておきましたのでご活用ください。
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また、港区白金台2丁目にある「荏原 畠山美術館」に江戸時代
初期作の巾着茄子を模した木彫りの茶入が収蔵されているので、
機会がありましたらぜひご覧になってください。」
として老茄子茶器の写真を添付して頂いた。
麻布十番で更科堀井の四季の会があったので早めに
自宅を出て行ってきた。
1964年に畠山記念館として開館したから60年を迎えた。
2019年から改築工事のために、長期休館していたが、この程、
荏原畠山美術館として開館の運びとなったもの。
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この日は、「琳派から近代洋画へ」の企画展が開催されていて、
老茄子茶器を見ることはできなかった。
館内は、写真撮影は禁止だから、庭園を撮ってきた。
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この庭園も、長期休館中に構築整備されたようだった。
開館入り口に近いところから庭園を見下ろす。
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神保さんから頂いた、古いし資料に砂村のナスについてあった。
砂村付近の原産は砂村丸なすとか、中生丸ナスといわれていて、
江戸時代から明治30年頃まで、盛んに栽培されていた。
大正6年10月1日に東京を襲った台風による高潮で、砂村の耕地は
海水による冠水で、一帯は大きな被害を受けた。
塩分を含んだ耕地となり、砂村ナスは栽培されなくなった。
当日の新聞には、深川や本所の被害が掲載されている。
大正10年、砂村は砂町となり住宅地となっていった。
砂村のナスは明治20年頃から、江戸川、葛飾、足立へと
伝播されていった。とあり、国芳の江戸自慢の「砂村のとうなす」も
高潮で無くなってしまったのかも・・・
神保さん、ありがとうございました。






