2025年08月10日

寺島・玉ノ井まちづくり協議会が主催する寺島ナスの勉強会に行ってきた。


8月3日には、「寺島なすお料理たいけん&江戸東京野菜のお話の会」
の実施にあたり、講師を依頼されて、鐘ヶ淵にやってきた。

会場の近くに、廣重の名所江戸百景の「木母寺 内川 御前栽畑」跡が
あることから、そのあたりを歩いてきた後、鐘ヶ淵通りを渡って
梅若橋コミュニテ会館に到着した。

10時過ぎから「寺島なす料理たいけん」が、松嶋あおい理事の元で
行われ、寺島なすの料理を頂いてから、講演の準備を行った。



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会場に来る前に歩いてきた、御前栽畑の辺りから説明を行った。

四代将軍家綱の御前栽畑は、明暦3年に隅田村の木母寺境内に
将軍の別荘・隅田川御殿が建てられ、その隣接地に作られた。

御前菜畑ではスイカや、マクワウリの他に、各種の野菜が
栽培されていた。隣村の寺島村では寺島ナスが栽培されるなど、
隅田村に寺島村の隅田川流域は、上流から流れてきた
肥沃な土壌が堆積した農地だった。

上の画像をタップする
現在、寺島・玉ノ井まちづくり協議会の牛久光次理事長が、
「家綱の御前栽畑」としては「唯一無二の場所であるだけに
残すべき」との立場で、区に要請していることから、
参加者の皆様にも支援して頂きたいとお願いを申し上げた。







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当日は、松嶋先生が指導した寺島ナスと、檜原村の江戸東京野菜
「おいねのつるいも」について紹介した。
寺島ナスは、平成9年に白鬚神社境内に、江戸・東京の農業説明板を
建立したことから、参拝にきた氏子の方々が、寺島の名前のついた
ナスがあるなら、栽培してみたい、食べてみたいとの
要望が伝わってきた。

そこで、寺島ナスが栽培されていた時代に開校した、
第一寺島小学校の開校130周年記念として、栽培の復活を
お願いしたことに始まる。


寺島ナスの栽培が地域に広がったのは2012年で、
寺島・玉ノ井まちづくり協議会が中心になって取り組んだ。

上の画像をタップする
「おいねのつるいも」は、江戸時代、長崎出島からわが国に伝わったと
される古いタイプのジャカイモでサイズは小さいが味は濃い。

長崎から甲斐國に伝わって「清太夫芋」(甲府芋)と呼ばれていた。
山梨県下都留地区から檜原村の数馬地区へ嫁入りをしたおいねさんが
花嫁道具の一つとして持ってきた。
嫁ぐ前に母親から芋料理を習い、嫁ぎ先で舅、姑に芋料理を
食べさせることで、嫁ぎ先で評価されての居場所ができる。
全国各地にこのように、嫁ぎ先に野菜が伝わった例がある。




追録
会場には、外国人の方と学生の方が見えていて、小川さん曰く
「外国人の方は、英国人で、英会話学校で講師をされていて、
江戸東京野菜に非常に興味を持たれ、英文の小冊子を発行して
外国人にも、江戸東京野菜のことを知ってもらいたいと
活動されています。」

「大学生の女性は、横浜市立大学国際教養学部の四年生で、
「都市型農園、江戸東京野菜/寺島なす」に興味を持たれて、
指導教授とご一緒に"たもんじ交流農園"に来園されました。
2人は"お料理たいけん"にもご参加いただきました。」


皆さんのお陰で、江戸東京野菜の支援者は広がっています。
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