拝島には、大日堂と日吉神社、拝島大師等、まとまった地域にある。
拝島の名の起りの、天台宗大日堂は952年(天暦6年)創建、同じ天台宗の拝島大師は1578年(天正6年)に創建され、神仏混淆として日吉神社も同じ頃の天正年間に創建されていて、人々の信仰を集めてきた。
11時過ぎに家を出たが、境内には大勢の参詣者が、
奥多摩街道に面した、南大門まで並んでいた。
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拝島大師は、平安中期の村上天皇の世に建てられたと言われ、
戦国時代に、信長の比叡山焼き討ちから救出された
慈恵大師(元三大師)像を安置したことに始まるとされている。
文珠楼をくぐると五重の塔のある境内へ。
行列は、八角円堂・弁天堂の周りを巡って、拝島大師本覚院本堂の
階段を上って、お参りをしてきた。
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奥の院の多宝塔は、昭和58年(1983)に落慶している。
拝島大師の本覚院と道を挟んで、大日堂と日吉神社があり、
それぞれに参詣者の行列ができていた。
大日堂は天台宗の寺院で、多摩川の洪水で流れ着いた大日如来の
木造を安置している。
天暦6年(952年)、奥多摩の日原鍾乳洞に安置されていた
大日如来像が、多摩川源流の洪水で流された。
多摩川の中州の島に流れ着いた大日如来像は、村人たちがお堂を
建てて像を拝むようになったことから、
拝島という名前が付いたと言い伝えられている。
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日吉神社は、安土桃山時代、天正年間(1573年〜1591年)に、
旧拝島村の総鎮守「山王社」として創建されたと伝えられている。
日吉神社にも、参拝の行列が奥多摩街道まで伸びていた。
日吉神社には藤の花が咲く頃に、写真を撮りに来ている。
大日堂の石段の下の境内には、沢山の露店が出ていた。
甘栗、イカ焼き、から、あんず飴、ソース焼きそば等。
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拝島大師に参拝した人たちも、こちらに流れてきていた。
熊手を販売していた。
拝島大師では、正月の2日と3日は、だるま市が行われる。
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鮎の塩焼きを焼いていたが、多摩川の鮎ではないだろうが、
川が近いことから売れていた。






