3月初めの亀戸香取神社で開催される亀戸大根の収穫祭に出展される。
そんな中の一つ、江東区立浅間堅川小学校に1月23日出前授業に
出掛けることから、地域の事を知っておかないと生徒の質問に
答えられないから、先日、新宿に行くことがあったので
都営新宿線で、旧中川の河川上にある東大島駅に向かった。
東大島から、亀戸浅間神社に向かって歩いた。
今年は、新宿山の手七福神めぐりで歩いているから、
さほど遠くは感じなかった。
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亀戸浅間神社の創建は室町時代の大永七年(1527)で、令和九年は
御鎮座されてより500年を迎える。
江戸時代に多くの信仰を集めた富士塚が築かれた。
宝暦三年に、社殿が修復されましたが、安政二年の大地震火災により
倒壊し、明治十年に改築された。富士山の溶岩右を積み上げ、現在の
富士塚が築かれ、その上に社殿を改築したものです。
大正十二年、関東大震災で、再び被害を受けた。
後に、現在の社殿を造営、昭和九年に完成し今に至っている。
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各地に鎮座する浅間神社は、富士山が噴火していた時代に
噴火を鎮めるために建てられた神社。
東京には沢山の富士塚があり、砂町の富士塚に行ったことが
あり、江古田の浅間様、新宿成子天神の富士塚は紹介した。
富士山を神格化した浅間大神の祭神は神話に登場する
木花咲耶比売命を祀っています。
かつて亀戸浅間神社境内には富士塚が作られていて、平成九年、
東京都による亀戸、大島、小松川地区再開発事業に伴い、
富士塚は区の浅間公園となり、富士塚の浅間神社は
現在の地に移転しました。
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浅間神社本殿跡地の碑
大正7年(1918)、富士塚にあった浅間神社本殿の写真。
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亀戸の富士塚の説明板が建っていた。
関東最大の茅の輪を作る(茅の輪くぐり)神事が年二回行われる。
亀戸東部地区の歴史や民族を伝える鎮守として、
人々の信仰を集めている。
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亀戸浅間自慢、当神社氏子会の亀盛睦会(当社神輿保存会)の人たちが
心意気と力をあわせてつくるという。
大量の茅は何処から刈ってくるのかと思っていたら
頂いた社報「亀せんげん」に亀盛睦会が茅を刈っている写真が
掲載されていた。
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Google mapには、旧中川の流域両岸に茅がびっしりと生えている。
6月初めに神社から近い旧中川に架かる「紅の大橋」の袂、
水辺公園に生える茅を刈ってくる。
この水辺は、江東旧中川水彩パークが公園管理をしている。
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かつて堅川が流れていた上に首都高7号小松川線が構築された。
浅間神社と竪川からとって、浅間小学校と堅川小学校があった。
亀戸地区の小学校では亀戸大根の栽培が始まったのが、平成12年(2000)
で、その年に両校は統合して浅間堅川小となった。
統合後の浅間堅川小学校が香取神社の収穫祭に参加した記録は
昨年以前はない。






