鎌倉ダイコ発見の経緯や食としてのどのように食べられているのか
という番組の依頼があったので19日に来て欲しいと云うもの。
鎌倉ダイコン発見の経過は2015年に、由比ガ浜で発見されたものだ。
それは、鎌倉の佐助で大根料理の店・福来鳥を営む女将の
佐藤エダさんが、地元の佐助稲荷神社に伝わる、大根を探して欲しい
という依頼かは始まったもので、その経緯をお伝えした。
現地を見て頂くことが大切だからと、佐助稲荷神社に行ってきた。
前にきたのは、2019年に台風で社殿などが破壊した時に、来て以来だ。
上の画像をタップする
台風以降、更に赤い鳥居が増えたようで、麓から本殿まで続いていた。
社殿奥、稲荷山の岩肌から湧き出る霊狐泉がある。
上の画像をタップする
霊狐泉
佐助の稲荷山は往古より麓の田畑を潤す水源の地
なり 生命の基のこの湧水は 人々霊狐の神水と称え
家々の神棚に供えて稲荷のご神徳を戴くなり
今に至るも絶えず湧き出づる霊狐の泉なり。
佐助稲荷神社 祭神 宇迦之御魂神
神徳 農漁商工業繁栄・生活守護神
山下会長が車で案内してくれた。
福来鳥の農園では、山下会長が鎌倉ダイコンを栽培している。
鎌倉大根は、鎌倉の農家も栽培しているから鎌倉野菜でもある。
今回は、栽培面積は小さいものの、鎌倉だいこん未来研究クラブの
山下会長が栽培している畑には、大根の葉が伸びていた。
由比ガ浜の海岸は工事をしていたが、鎌倉大根が成育する砂山は
工事から外れていて、この地域を守る活動をしていく。
鎌倉ダイコンが、鎌倉の生きた文化財であると云ってきたが
由比ガ浜の稲瀬川周辺に繁茂していて、山下会長が説明していた。
稲瀬川の碑には、
鎌倉大根が、鎌倉の生きた文化財と云うのも碑文から読み取れる。
上の画像をタップする
平氏討伐に出陣する弟範頼をこの地で見送ったとあり
その時、頼朝の足元に鎌倉大根は生えていたのだ。
それは、浜大根が縄文の頃から日本列島の海岸に打ち上げられていた
からで、これは山形県鶴岡市では、野良大根と云われている大根は
浜大根で、野良大根が生えている所は、縄文時代は海だったと云う
ことを、山形大学の江頭教授に写真を頂いている。






