2026年04月18日

13期の杉田久雄さんに地元・青梅市の藤橋城跡を案内してもらった。


藤橋城跡に行きたいと、杉田久雄さん(13期)に
無理を言って車で案内してもらった。

杉田さんに地元小学校の出前授業を5月に依頼されているので、
情報収集で地域を案内してもらったもの。
青梅市は奥多摩町や檜原村等の他、埼玉県飯能市に
隣接している中山間地と青梅市の4分の1程の、
平野部に分かれている。



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平野部の一画に、藤橋城跡がある。

上の画像をタップする。
武蔵名勝図会によると、
江戸時代末期(1820年)、平山越前守虎吉(重吉)の
土地だったとある。

平山家は戦国の武将北条氏照に仕えていて、その頃の城跡。







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その後、杣保 (そまのほ)神社が鎮座していたと、
杣保神社跡の石柱が建っている。

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霞川を中心に流れる水田地帯に張り出すように土塁が
構築されている。

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城跡からは、水田地帯を見下ろせる








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藤崎城は高さ2丈(6m)とある。

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今は、水田地帯になったことから、細い用水が土塁の下を
めぐらしてあるが、堀跡だった。
遠くに富士が望める。

霞川の流れ、かつての水田地帯の周りには、勝沼城跡や
今井城跡、法恩寺城跡等が、
青梅市の史跡として残っている。







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水田地帯の一角には、関東の富士見百景の地がある。
檜原の山越しに、雪をまとった富士山が美しい。






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田植え前の水田を耕すお年寄りがいた。

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かつては水田地帯だったが、畑もずいぶん多くなった。
遠く右側の張り出した森が、藤橋城跡

小作駅に戻る途中、
頼んで新町御嶽神社と東京都の畜産試験場にも立ち寄った。







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ここには、10年も前に来てブログに掲載している。
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新町御嶽神社には、珍しい「雹害紀念塔」が、
地元農家によって建立されている。
塔の先端に、丸いボール状の石が乗っているので、この大きさの
雹が降ったのかと誤解するが、これでは人が死んでしまう。
碑文には直径1.5から1.8センチ大が大量に降って
農作物に大被害がでたという。






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近くには東京都青梅畜産センターもある。
牛、豚、軍鶏の銅像があるが工事中で立入禁止だった。

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畜産センターでは、豚の東京Xや、東京シャモに東京鳥骨鶏が
つくりだされている。

トウキョウXは、肉質に優れた特徴を持つ3品種の豚(北京黒豚、
バークシャー種、デュロック種)を掛け合わせ、それぞれの特徴
(良質な脂肪、細かい筋繊維、豊富な脂肪交雑)を持っている。


posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 農のある景観と環境
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