する、江戸東京野菜チャレンジャー畑利用者のイベントがあると、
農園運営をしているNPO法人寺島・玉ノ井まちづくり協議会の
小川剛副理事長(11期)から、お誘いを受けたので伺った。
「たもんじ交流農園」には、何度か来ているが、最近では
2022年の農園感謝の集いと、2023年には、コンシェルジュの皆さんと
七福神巡りで伺っている。
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小川さんは、農地農家のない墨田区で、コミュニティ農園
"たもんじ交流農園" を開設し、墨田区名産江戸東京野菜"寺島なす"の
復活と普及に頑張っている、と云う。
作物がこれほどまでに繁茂している状況は始めて見た。
小川さんは、寺島茄子之介のTシャツを着ていたが、
ご自身が栽培している寺島ナスを見せてくれた。
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色つやのいい寺島ナスが収穫された。
農園の利用者は、思い思いの作物を栽培しているが、農園の中の方に
江戸東京野菜チャレンジャー畑かあると案内してもらった。
寺島なすが栽培されているチャレンジャー畑では、小川さんに聞くと、
寺島ナスが終わると、亀戸大根や金町コカブの播種をして、
一年を通して、この一角では江戸東京野菜を栽培すると云う。
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夏の日差しが強いので遮光ネットの代わりに、畑の角の柱に
小玉スイカの蔓が伸びていて、昨年は畑の上に小玉スイカが宙ぶらりん
で100個近く実ったと云う。皆さんのアイディヤが生きている。
チャレンジャー畑のメンバーは12人だそうだが、家族も参加するから
20人位が利用しているいると云う。
このナスは、江戸時代から作られてきたんですか?
質問をしたのは、同志社大学ハリス理化学研究所の桝太一助教で、
魚に詳しいのは知っているが、研究者が江戸東京野菜に興味を持って
くれたことは嬉しいですね。
この辺りは水田と畑の寺島村でしたが、関東大震災で被災者の住宅が
建てられて畑はなくなり、寺島ナスの栽培は途絶えました。
1997年に白鬚神社に「寺島ナス」の農業説明板を建立した・・・・
寺島の地名は、1965年に住居表示の変更で東向島になったので、
寺島の名の付いたナスがあるなら、作ってみたい、食べてみたいと
かつての寺島の地で復活に取り組む。
2009年に第一寺島小学校の130周年記念に栽培するため、ジーンバンク
に保存されていた種を取り寄せ、86年ぶりに復活しました。
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ジーンバンクから取り寄せた種は他にもありますか!
千住一本太ネギが足立区立の6校で栽培しています。
砂村三寸ニンジンは、江東区立砂町小学校と第四砂町中学で
雑司が谷ナスが、豊島区立千登世橋中学の他
豊島区立目白小学校、同区立南池袋小学校でも栽培しています。
江戸東京野菜チャレンジャー畑利用者が、集まってきた。
東向島駅前のお煎餅屋さん坂本さんが、ピザ窯に火を入れていた。
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焼ナスにしようと半分に切った寺島ナスを見ていた桝助教、
市販のナスと違って、種がみえますが、昔のナスだからですか!
よく観察している。
江戸東京野菜チャレンジャーの皆さんと一緒にピザパイを頂いた。






