2011年05月29日

旧古河庭園の洋風庭園と日本庭園を足早に散策


先日、「NPO 野菜と文化のフォーラム」の総会が女子栄養大学で開かれると云うので、駒込まで出掛けたが、1時間も早く着いたので足を延ばして旧古河庭園に向かった。


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旧古河庭園は、4月中旬からの「ツツジ」、5月中旬と10月中旬からの「バラ」、そして、11月下旬からの「紅葉」は、グラビア等で良く紹介されている。

公益財団法人東京都公園協会が管理する旧古河庭園は、同協会によると、元明治の元勲・陸奥宗光の別邸だったが、宗光の次男が古河財閥の養子になったことから、古河家が譲り受けたという。

大正3年頃、隣接地を買収して庭園とし、洋館は大正6年(1917)大谷美術館として完成したもので、洋館と洋風庭園の設計者は、明治から大正にかけて、鹿鳴館、ニコライ堂、旧岩崎邸庭園洋館などを手がけて、日本の建築界の発展に多大な貢献をした英国人建築家のジョサイア・コンドル(1852〜1920年)と云う。




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6月5日まで、「春のバラフェスティバル」が行われていることを知っていて出掛けたわけではなかったので、何か得をしたような気分になった。
 

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本郷通りの、武蔵野台地から南へ、駒込駅方向へ下る斜面の地形を生かして庭園が作られている。


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台地の大谷美術館からテラス式( 写真をクリックする )のバラの洋風庭園が広がっている。



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洋風庭園の石段を一番下まで降りるとそこは日本庭園になる。


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日本庭園の作庭者は、京都の庭師で植治こと小川治兵衛(1860〜1933年)だと云う。
旧古河庭園は、大正初期の庭園の原型を留めると云うことで、平成18(2006)年に国の名勝に指定されている。

1時間の暇つぶしだから、じっくりと庭園を散策するだけの時間的余裕はなかったので、改めて来ることにして総会会場に急いだ。


 
追録



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日本庭園を散策する小道に柵がしてあった。

3月11日の大震災は同園にも影響を与えていた。
クリックすると雪見灯篭は安定感が良いから被害にはあっていないが、心字池の先にある灯篭が傾いているらしく、あの前の道が通行止めとなっていた。


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倒れた実家の石灯籠

石灯篭は、石と石とのバランスで立っていて、石の上に石を乗せただけなのだ。

実は、実家の石灯篭( 高さ2b )も、この度の地震で被害を受けてしまった。

亡くなった親父が、35年前に友人達から叙勲のお祝いにといただいたもので、門を入った先の金木犀の横に立っていたものだが、倒れて火袋と、宝珠の一部が欠けてしまった。
片付けようと思ったが、重すぎて腰を痛めてしまいそうなので、今もそのままにしてある。

先日、造園業の知り合いから聞いた話だが、コレクションとして集めた何十と云う石灯篭がこの度の地震で倒れて灯篭の一部が欠けてしまったと、がかりしていた。

これまで幾度となく地震があったが倒れたことはなく・・・・。
それだけ、大きな地震だったんだ。



大学の友人で工芸家(糸絵)の石川金太郎さんからメールをもらった。

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大竹さん
ご無沙汰しております。
庭のバラ(約60本・ミニバラを含む)が、今が見頃で、今年
は、例年になくよく花を付けました。写真を数枚お送りします。
本日から3日間雨でとても残念です。バラは雨に弱いからです。
石川 金太郎


石川さんありがとう。


posted by 大竹道茂 at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | その他関連情報
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