2011年06月06日

鉄腕アトムがいる町、高田馬場で出逢った。


現役時代は勤めが新宿駅南口の近くだったから、西武線で高田馬場( たかたのばば )まで出て、JR山の手線に乗り換え、新宿に向かった。

高田馬場は、学生街だから飲食店は安い。
勤めの帰りに途中下車して学生たちで賑やかな店で良く飲んだ。

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勤めが立川に移ってからは、しばらく来ることも無かったが、昨年から早稲田ミョウガの捜索で、早稲田の地域へ行くことも多くなったし、

「にほんばし江戸東京野菜プロジェクト」で、東京メトロの東西線に乗り換え「日本橋」に出たり、
「南砂町」まで行って砂村三寸ニンジンの復活に取り組む砂町小学校や、砂村一本ネギを栽培いする第五砂町小学校に行くことが多くなったから、この駅で乗り換える。

JR高田馬場駅の発車のメロディーが「鉄腕アトムのテーマソング」になって8年になるが、鉄腕アトムは漫画の設定では高田馬場が生誕の地として描かれている等の縁から決まったという。

かつて高田馬場のガード下は薄暗い感じだった。
平成17年に地域住民や商店街の人たちによって、早稲田口の環境整備に向けた話し合いの場、地域会議が設けられた。
地域会議は早稲田大学の協力で環境整備案を作成し新宿区に提案、区は東京都に持ち上げ環境整備が行われたことから、辺りは明るくなった。




平成20年、高田馬場駅の早稲田口に鉄腕アトムの壁画が設置されたという。


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高田馬場駅をクリックすると「鉄腕アトム」の壁画。


壁画は西武線側と、JR山の手線側に分かれている。

JR側の壁画は、平成10年に高田馬場駅ガード下の美化問題改善のために、地域住民、商店街、企業、大学が力を合わせて「クリーン高田馬場」を実現すべくそのシンボルとして手塚治虫氏の「ガラスの地球を救え」の思想を継承して壁画が誕生している。


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絵の構成は、朝、昼、夕、夜の一日の流れと、春夏秋冬の組み合わせ、人々の暮らしと風物を描いている。

しかし、17年にバリアフリー化への改修工事で一時撤去されたが、20年に再現されたもの。



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西武線側の壁画には、高田馬場や西早稲田の「歴史と文化〜過去から現在、そして未来」を描いている。
三代将軍の徳川家光が戸塚村( 西早稲田1・3丁目 )に、旗本たちの馬術調練や流鏑馬を行う馬場の造営、堀部安兵衛の仇討ち、大田道灌と紅皿の「山吹の里」、
穴八幡宮と高田馬場流鏑馬等の歴史もある。

新宿で活躍した文学者、夏目漱石、小泉八雲、江戸川乱歩、
早稲田大学大隈講堂と銅像、
神田川での友禅流し等。



そして、あらゆる世代の人々が手を取り合って未来へと歩む姿等が絵に込められている。


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それにしても、ガード下を通ることはなかったから、この壁画には長いこと気がつかなかったので、立ち止まって眺めてしまった。


追録


伝統野菜の種にこだわっている「野口のタネ」の野口勲さんにお聞きした話だか、20代の若い頃、手塚治虫プロダクションに勤めていて「鉄腕アトム」や「火の鳥」に関わっていたという。

店には、青春の思い出、虫プロのキャラクターが描かれている。


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野口さんには、昨年、NPOミュゼダグリのスタディー&カフェで、講演をお願いし、好評だった。

今年は、まだ伺っていないが、近いうちに、仲間と一緒にお邪魔する予定でいる。



posted by 大竹道茂 at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | その他関連情報
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