2011年08月04日

日本橋の老舗「てん茂」で、天ぷらを頂きながら主人の昔話に時を忘れた。


月刊日本橋の8月号が送られてきた。今号は、「日本橋の天ぷら」が特集で、トップに紹介されていたのが老舗の「てん茂」だった。



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「てん茂」の四代目奥田秀助さんは、割烹「日本橋ゆかり」の野永喜一郎氏に日本橋祭りの時に紹介されてからの付き合いで、ホームページでは私のブログにリンクしてくれている。(写真をクリックする)

奥田さんは、母校・常盤小学校の食育にも熱心で、また、「にほんばし江戸東京野菜プロジェクト」にも参加して江戸東京野菜を栽培してくれている。

店先では江戸東京野菜を息子さんと栽培されているが、五代目・陽助さんも丁度学校から帰ってきたところで会うことが出来た。




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予約をせずに、お昼の時間を少しはずし、13時半過ぎに伺ったが、丁度団体のお客さんと入れ替わりに入ったから、ゆっくりと三代目のご主人に昔の話を聞くことが出来た。

店には「てんぷら」について額が掛けてあった。(額をクリックする)

ご主人が調べて書かれたそうだが、日本橋の天ぷら屋さん達、お仲間の合意を得て共通認識になっているという。



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三代目の奥田宣男さんと四代目の奥田秀助さん。


明治18年(1885)創業。初代・茂三郎が始めたそうで、当時は屋台での営業。

江戸時代の天ぷら屋と同じスタイルとか。

まだ江戸通りの道幅が狭かった明治40年(1907)に、江戸通りが拡張され、鉄道馬車が走るようになった。 
通りの拡張に伴って江戸通りの南側にあった住居は立ち退きになり、現在の日本橋本町4−1−3に移転した。
時代が少しづつ変わり始めていて、移転を機会に屋台をやめて店舗を構えることになった。

数年後に「室内立食」の看板を出したという。大正期になると「お座敷天ぷら」が定着していく。

店は、二代目倉蔵が跡を継いだ。



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「柚子のおろし」と「おろし」
「才巻エビ」 「高知産の小ナス」


「てん茂」で使われている油は、昔から煎ったごま油。これは白ゴマを煎ってから絞る黒っぽい胡麻油で、この油はアルカリやビタミンEが豊富で酸化しにくく,もたれないばかりか、風味が良い。確かに・・・



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寺島ナス、ゴーヤ、パセリ


二代目の時代。日本橋の天ぷら屋は、お互いに協力し合ってやってきて、時には旅行にも行く等、仲も良いことが、他の地域にも知られることになり、仲間に入れてくれと云うようなことで、、倉蔵を含めた日本橋のてんぷら屋が中心となって東京の天ぷら屋の会として昭和27年(1952)に「東天会」が発足したという。



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鮎、椎茸


お二人とも蝶ネクタイがお似合いなので、いわれを聞いてみた。

三代目の宣夫さんは、戦後すぐ日本橋のたもとにある「現・(株)国分」に5年ほど勤めていたが、販促でロウケツ染めの暖簾を作った。 その時、ロウケツ染めの蝶ネクタイを2本プレゼントされたことで、ネクタイより簡単に締められることから、その後、蝶ネクタイは店の看板で親子とも締めているという。




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江戸前の穴子、シシトウ、小玉葱


江戸前の穴子はさすが、サクサクした食感がたまらない。江戸前は、神奈川との境を流れる多摩川の河口、羽田沖から、千葉との境を流れる江戸川の河口、葛西沖までの30`とか。




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キス、夏タケノコの緑竹(鹿児島県日吉町産)は、食感が良い。

江戸前のキスは、身を合わせて揚げるのが伝統の技。なるほど、身がふわっとして、これがキス本来の味だと云うのを知った。



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エビやかき揚げも出たが、写真を撮るのを忘れてしまった。

ご飯は、かき揚げと、赤出汁、お新香で頂いた。


お新香はカブにシロ瓜、そしてキャベツと大葉の浅漬け。お新香をクリックする
キャベツと大葉のお新香は、手間がかかっている。

話を伺うと、昔、お客様で三井物産の副社長をされた方の奥様から教えていただいたとか。
キャベツは筋などを取って同じ厚さにすると云うから面倒だ、さらに大葉を重ねていくが、重ねるごとに薄塩を振るとかで、多すぎても辛すぎるからこの塩梅が難しいが、今では店の味が出来上がった。
常連さんの中には最後に出るこれを楽しみにしている方もいるとか。

美味しいので、ついつい聞いてしまった。


デザートは、黒砂糖の寒天にキナ粉、黒蜜をかけたもの。

これも三代目の考案。コース料理でデザートが必要になったことで、日本的な食材を使って作ったようだ。

さすが老舗で、お料理以外にもお店の中には、創業からの物語が詰まっていた。
こんなこともないと思うが、今日はご主人を独占して、お話を伺うことができた。




追録




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「にほんばし江戸東京野菜プロジェクト」に参加している四代目の秀助さんは、小松菜、金町コカブ、亀戸大根、寺島ナスと栽培してきたが、今年は、馬込三寸ニンジンと銀マクワ(四代目をクリックする)を栽培しているが、ポットに蒔いたニンジンも芽を出していた。

先日は、小金井の井上誠一さんの畑を訪ねたと言っていたが、昨年は星野直治さんの畑にも行っていて、産地視察も怠らない。



追伸


夏タケノコの緑竹(鹿児島県日吉町産)について、8月16日奥田さんから写真を添付したメールをもらった。

「こんにちは。
先日御来店戴いた折に召し上がっていただいた、緑竹を日曜日に妻と鹿児島の日吉町へ見学に行ってきました。

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日吉町の緑竹は台湾から大隅へ移植されたものを米の減反政策の代替え作物として導入したものとのことでした。
8〜10本くらいをひとまとめにして植えてありました。筍は他の種類とは異なり、その株の周辺からのみ出るそうです。あまり遠くからでることはないそうです。

当日は、雨が降ったりやんだりの天気で地面が湿っていて筍を見つけるのが難しかったですが、地面が乾いている時は筍のあるところは少し湿っているとのことでした。
参考までに写真を添付します。          奥田秀助」


奥田さん情報有難うございました。



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