2011年08月05日

23年度の早稲田ミョウガ捜索活動が始まった。



先日、早稲田ミョウガ捜索隊長の石原光訓さんから、2011年度早稲田ミョウガの捜索を開始すると連絡をもらった。

4月27日に、石原さん、松井さんに会った時に、2011年度の捜索計画は聞いていたが、生憎、急な話で、先約があったもので参加できなかったが、再び、連絡をもらったので久々に大隈講堂で待ち合わせた。


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石原光訓さん(右)と松井健太郎さん(左)


石原さんから「おとといの捜索活動では、鶴巻から喜久井町、戸山一町目に抜けました。」のメール。




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少し早かったので、昨年捜索した場所を再チェックしながら、大隈講堂に向かった。
大学構内にある古墳跡「冨塚跡」には、ミョウガが自生。



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西早稲田の「ミョウガ邸」、昨年暮れに、休眠中の根株をいただいてきたが、今年もうっそうと生育していた。




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「早稲田ミョウガ」の説明板か建つ「穴八幡宮」を右に見て大隈講堂の方に左に曲がる。

昨年の第一回目の捜索で、一番最初に発見した民家の庭、早稲田にミョウガがあることを確信し、その後の捜索活動にやる気が出たのを覚えている。





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大隈講堂脇の木陰にベンチがあって、そこがいつもの集合場所。
副隊長の松井健太郎さんが待っていてくれた。

松井さんは早稲田大学商学部4年で、前回会った時は就職活動に忙しいと言っていたので、4月に会った以降、連絡するのは遠慮していた。

そんなことで、捜索活動等していていいものか心配になって、就活の状況を聞いてみると、「連絡していませんでしたか ?」「決まりました。」とのこと。

「繊維会社です。」厳しい中で、さすがだ。

捜索活動でも、松井さんには世話になったが、人柄も良いし、優秀だから、企業は放っとかないとは思っていたが、希望通りのところに決まって、良かった。

程なく石原隊長もやってきた。
石原隊長は早稲田大学政経学部を卒業し、 東京大学大学院 に進んだ。
 
キャンパスは千葉県柏だそうで、新領域創成科学研究科 自然環境学専攻 自然環境形成学分野に席を置いていて、引き続き、ミョウガの捜索にのめり込んでくれている。

今回は、みなさん仕事だったりして、3人だったが、フットワークは良い。


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石原さんは、最近は、ミョウガが生えていそうな所が、分かるようになったという。
確かに、見つけるのが早い。

新宿区立鶴巻小近くのお宅の庭にもミョウガの自生が確認された。


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今回の捜索は、鶴巻町からさらに東に地域を広げた。

山吹町の街角には、地蔵が残されている。
右の地蔵が宝暦年間、左の地蔵は延宝年間の文字が刻まれている。



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旧関口水道町は文京区。江戸時代に水番所があり、神田上水の水門の管理運営にあたる者が住んでいた。


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江戸川公園のある江戸川橋。神田川の流れは、この先、飯田橋で外堀に合流する。
流れが緩い辺りに大きな鯉が群れていた。



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文京区関口1丁目の江戸川橋「地蔵通り」を歩いていたが、たまたま立ち寄った「木村屋呉服店」の女将と話しこんだところから、ミョウガのあるご近所の旧家に電話してくれて、「学生さんたちに見せてやって」と、頼んでくれた。そしてご主人の岡克美さんが案内してくれた。



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旧家のお庭に入れていただくとそこにはミョウガが群生していて、ミョウガの子が芽を出していた。



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こちらの奥さんの話では、江戸時代から15代続くというお宅。かつて近くには「茗荷屋」の屋号をもった大きなお宅があったそうだが、広い屋敷は相続で所有権が移り、今はビルになってしまったとか。

この辺りにも「ミョウガ畑」があったと云う情報だ。

posted by 大竹道茂 at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 早稲田ミョウガ
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