2011年08月18日

江戸のブランド野菜「早稲田ミョウガ」の情報が寄せられている。


早稲田ミョウガの捜索は、今月も何回が行われているが、そもそもは2009年12月、当ブログで同士を募ったことから始まる。

最近、そのブログをヒットしていただいた山崎信成さんと云う方から、写真が添付されたメールを頂いた。



0001.jpg
2011.8.11 山崎氏撮影


「早稲田ミョウガを探しませんか!」ということでしたので、不確かではありますが我が家の多分「早稲田ミョウガ」を紹介します

昔、新宿区上落合に住んでおり、練馬区の現住所に引っ越した際、庭にあったミョウガも一緒に少し移植しました。
20数年経ちましたがここのところ毎年少しですが収穫してます。
今朝、今年の初収穫をしましたので写真に撮りました、送りますのでご検証?ください。」
と云うものだった。

山崎さんには、最近の捜索活動について、当ブログのカテゴリ「早稲田ミョウガ」を紹介したら・・・

「ご連絡ありがとうございます
ブログの早稲田ミョウガを拝読いたしました
何だか凄いことになっているのですね
男のロマンですか、不思議です」
との返信。



また、昨年の8月17日にもう一つのブログ「江戸東京野菜通信」に、「早稲田みょうが捜索隊、8月21日14時大隈講堂前集合!」を掲載したが、先日、たまたまヒットしたらしく、安東延幸さんと云う方が、早稲田から転居する時に移植した茗荷が、今年も実を付けました。とブログに書き込みをいただいた。

安東さんは5月にも昨年の7月19日のブログに書き込みをいただいている。

メールで、詳細を伺ったら、
「早稲田にいた時の家は、現在の東京都新宿区西早稲田2丁目11第2KEハイムの所です、木造住宅がありました。」とのこと、


ando.jpg

住み始めたのは、「空襲で空が真っ赤に焼けたのを覚えていますから、昭和19年から昭和43 年迄です。
茗荷は戦後間もなくして、お隣りの大家さんのお婆さん(慶応3年生)から母が株分けしてもらいました。
それを、転居するときに移植し、今、離れの出窓の下に生えていますので、いつでもご覧ください。」
と有りました。

場合によっては送ってくれると云うものだったが、そのまましばらく観察をお願いした。
同氏は、戸塚第一小学校のOBだそうだ。



お二人には、 昨年、西早稲田で収集したミョウガを、練馬の農家で栽培しており、それによって早稲田ミョウガの特性を特定しようと思っている、とお伝えし、引き続き情報いただけるようお願いした。

山崎さんからは、
「我が家は栽培ではなく、ブロック塀際に植えっぱなしで少しずつ増えてきました
冬場はユキノシタに占拠され、良い環境での生育ではありませんが、それでも今頃から食卓を賑わしてくれます。
早稲田ミョウガは晩生ということですからこれからの生育を見ながら、9月以降、またご報告したいと思っています
また現在栽培中のミョウガから得られる、早稲田ミョウガの特性を是非お知らせ頂きたく
楽しみに待つ事にします。
みなさまの増々の研究を期待します。」


安東さま、山崎さま、情報有難うございました。

posted by 大竹道茂 at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 早稲田ミョウガ
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