2011年08月26日

練馬・高野台の長命寺蕎麦に舌鼓を打つ。


先日、渡邉和嘉さん(JA東京あおば常務)が、練馬の長命寺近くの「手打ち長命寺蕎麦 豊島」に、連れて行ってくれた。
江戸東京野菜の消費拡大に向けた調査の一環だ。



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(そばをクリックする)


最近、武蔵野伝統の「糧うどん」に凝っていて、美味しいと云われている店を食べ回っていたが、特に肉汁で食べるのが好きで注文していた・・・

ちょつと肌寒い日だったので、温かい汁に付けて食べる「鴨せいろ」を注文した。

女将に何処の蕎麦ですかと聞くと、北海道幌加内産の蕎麦を使い続けているという。
幌加内と云うと、旭川の北あたりだったと思う。

ソバの味にうるさいわけではないが、子どもの頃からそばは好きで小遣いをもらうとよくそば屋にいっていた。あの頃は、ファミレスも無いし、

出てきたソバは光っていた。まず、汁に付けずに、2,3本すすってみた、そして、次にワサビを乗せて2,3本・・・
蕎麦の風味や、のど越しがいい・・

この店は、十割蕎麦も打っているようだ。
温かい肉汁は、鴨肉も大きめで、焼いたネギも甘く、鴨の脂がそばに絡んで美味しい。




長命寺は、真言宗豊山派。慶長18年(1613年) に、弘法大師像を祀る庵が出来たのが始まりといわれている。


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山門をクリックするとリンクする

店内には、長命寺の大僧正、亮尚揮毫による額が掛けられている。

何でも、店は45年程になる。増島の名前で店を出していた20数年前に、長命寺の檀家の皆さんの了解を得て、長命寺さんから「長命寺蕎麦」を名乗ることを許されたという。


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先日、北豊島郡誌を読んでいたら、上石神井で蕎麦がつくられていたとの記載があったので、ソバリエの、ほしひかり先生にお伝えした。

江戸蕎麦の産地としては、多摩、武蔵、村山、筥根ヶ崎、深大寺等の地名が記録には出てくると云う。
「上石神井ですか、割りと近くでも栽培されてたんですね」と、話されていた。

 北 豊 島 郡 上石神井村 
 
 ○蕎麦(ソバ) 鴈花 方言
蒔着井採収
 夏土用明ケ十日程ヲ過キ播種七十日ヲ経テ採収

培養井施糞
畑ヲ耕シ積肥(ツミコエ)(藁ノ腐熟ニ糠、人糞ヲ調和ス)ヲ十荷施シ種ヲ肥(コ)糞(エ)ノ上ニ蒔キ土ヲ薄ク覆フ芽生シテ二十日ヲ経テ一番耕ヲナシ又二十五日許ヲ経テ草ヲ去リ之ヲ転ル白露ノ季ニ至リ熟ス

貯蓄             
苅取リ実ヲ落シ篩二掛ケ塵芥(チリアクタ)ヲ去リ颺(ドウ)扇(ミ)ニテ扇揺シ尚能乾曝(ホシカハカシ)シ俵ニ入貯フ


ソバの播く頃や、肥培管理、刈り取り後の管理まで、短文の中に網羅されていて興味深い。

追伸


店の西側に、農地が広がっていた。
渡邉さんの話では、「この電柱のところから写真を撮ると、都市農業の象徴のような写真が撮れるんですよ。」と云う。


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広々とした農地の向うに、石神井公園駅の近くに立つ高層ビル。
秋作のために、整備された農地、今度作物が定植されたり、大きくなった頃に、また食べに来ようと思う。
地場産の練馬の野菜や伝統野菜にも興味を持ってくれたようだ。


posted by 大竹道茂 at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | そぱ・うどん・ソバリエ
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