当ブログでも紹介したが、都立園芸高校では、1,2年生の有志が「江戸東京野菜プロジェクト」を結成、江戸東京野菜の栽培から、採種にも取り組み、自前のブログや、同校のHPで活動の様子を公開している。
8日、若いメンバーたちに、矍鑠とした渡邉正好翁(97才)は、育種のノウハウを伝授するため、同校を訪れ、同翁がつくりだした「渡辺早生ごぼう」の固定化までの苦心の一端を伝授した。

これまで、当江戸東京・伝統野菜研究会では、江戸東京野菜の復活や普及推進を進める上で、常に次世代にいかに伝えるかを意識し、小・中学校の食育等を通して、また、同校など都内農業系高校の理解を深めるなどにも取り組んできた。
同校の「江戸東京野菜プロジェクト」では、取り組む全ての伝統野菜で採種まで行っていることから、取組は次世代につながりつつあるとの手ごたえを感じている。
そこで、伝説の育種家・渡邉正好翁がご健在であることから、育種における経験の一端を、若い学生たちに伝授してもらうことは、タネばかりが技術までも伝わるわけで意義深いことから、翁のご家族にお願いして、無理を聞いていただいた。
このことは、9日、東京新聞(山手版)に、多摩版では10日に掲載された。

渡邊翁から、白寿の署名入りの「蔬菜栽培技術の変遷」が贈呈された。(写真をクリックする)
同プロジェクトが栽培している「渡辺早生ゴボウ」は
「東京都練馬区東大泉町の渡辺正好が昭和8年(1933)に、従来より自家採種を続けてきた「滝野川種」より、早太りの系統を見い出して淘汰し、20年(1945)に完成、25年(1950)3月、名称登録第7号「渡辺早生牛蒡」として名称登録品種となった。
草型は立性、葉は豊円で6−7葉で欠刻は少ない。葉柄は赤味をおび毛棘は少ない。葉身は丸味をおびてやや小葉である。根形は首ぎわがややくびれ、胴太で尻まで肉づきがよい。
根の太りは早く、す入りはやや早いが抽苔性はきわめて低い。8月早掘用として他の品種の追随を許さぬ早生種である。3月まき8月上旬掘りで1700kg以上の収量があり、
「中の宮」より多収である。早掘りするとヒビ割れも少なく、肉質も柔らかで、アクも少なく香気に富んでいる。夏掘用品種として優秀である。また抽苔性がきわめて低いので秋まきにも適している。」
ご家族と渡邊翁。左は渡辺早生ゴボウ担当の北上和佳子さん(2年園芸科)、
同校の圃場で何十年振りかで「渡辺早生ゴボウ」と再会した渡邉翁。

渡邉翁は、ゴボウの根が気になったのか、一本抜くように命じたが、抜くことができずに15-6センチのところで折れてしまった。
それでも首のところがくびれているものが、抽台しないことから、学生たちにその事を注意していた。
一年目に抜いて、自分でイメージした形の、肩口がくびれているものを、再び埋め戻す。この場合、寝かせて土をかけるだけでもよい。
二年目に、抽台し花が咲いたものは廃棄する。
タネ採りは、常に3年目に花が咲かなかったものから採種する。とのこと。
江戸東京野菜の指導をされている、同校の横山修一先生も渡邉翁に直接伺っていた。
尚、当日は(写真をクリックする)、東京新聞の松村裕子記者(上)。と「野菜の便利帳」の石倉ヒロシ氏も、取材に訪れていた。(下の右端)
渡邉翁には、若い頃、何度もお会いしているが、雲の上の人だったから、そのオーラに、近寄りがたく言葉を交わしたことは一度も無かった。
久々にお会いして、今なお矍鑠とされているところは、昔とお変わりないが、若い生徒に色々と聞かせようと努めていただいたから、お疲れになったのではと案じていた。
翌日、ご家族に伺ったが、「生徒達と話したことが楽しかったようだった」とのことでひと安心したしだいだ。
同校のHP「江戸東京野菜プロジェクト」では、馬込三寸ニンジンの波田野年成さんや伝統大蔵大根の大塚信美さんの指導を受けながら、伝統の栽培技術を受け継ごうと努力している。