2011年12月08日

亀戸ダイコンの「聖地」、葛飾 高砂の鈴木藤一さんの畑を訪ねた立川の生産者たち。


JA東京みどり(高橋信茂組合長)の江戸東京野菜生産者グループが、恒例の現地研修会を実施した。
JA東京みどり立川地区における江戸東京野菜の取組は2008年から、亀戸ダイコン、金町コカブ、伝統小松菜の栽培がはじまった。

昨年からは、その品質が評価されて、亀戸ダイコン料理の老舗、亀戸升本からその生産を依頼されるまでになった。
このことは、当ブログでも紹介している

昨年の夏、鈴木さんにお願いして、鈴木藤一さんが「採り伝えているタネ」をいただいて、清水理作さんが栽培したが、市販の「白茎亀井戸大根」とは、やはり違うと云う。

そこで、亀戸ダイコンの栽培では、第一人者、葛飾高砂の鈴木さんにお会いしたい、畑が見たいと生産者達から声があがり、この度の視察となったもの。

生産者の清水理作氏、清水繁雄氏、清水丈雄氏、内野英樹氏、JAの比留間誠部長、原省三課長、桂誠立川支店担当の7名を案内した。




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鈴木さんの屋敷裏の枯れ草の中に、亀戸ダイコンらしきものを見つけた理作さん。

「これは・・・ ?」と、「そこでタネを振るったからこぼれたんだろう」と鈴木さん。

自家採種をしている農家ならではである。

昨年の夏、鈴木さんにお願いして、鈴木さんが「採り伝えているタネ」をいただいて、理作さんが栽培したが、市販の「白茎亀井戸大根」とはやはり違うと云う。

そこで生産者達が「鈴木さんの畑が見たい、栽培のノウハウを聞きたい」と云うので、JAから仲介の労を頼まれた。
しかし、鈴木さん(83歳)は数年前に、地域の役員等全てを次世代の方々に譲った。
マスコミの取材等も断り続けている。

それを知っているから、奥様に「鈴木さんにお会いできなくても、畑だけでも見せてください」と了解を取っていた。




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久々に、鈴木さんにお会いしたが、お元気だった。
鈴木さん無理を聞いてくれて「お茶でも飲んでから!」と、鈴木家に伝わる亀戸ダイコンの話を色々と聞かせてくれた。

理作さんも、生産者だけがわかるポイントを聞いていた。




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鈴木さんの畑は、テレビを始め、新聞、雑誌などでも色々と紹介されてきたから有名で、亀戸ダイコンを栽培している生産者にとっては、「聖地」なのだ。

皆さん、鈴木さんの畑のヨシズ張りも見たいと言っていたが、これからヨシズを設置するとのことで、時期が少し早かったようだ。

上の画像をクリックすると、。
2008年に伺った時のことをフードボイスで紹介している。





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上の画像をクリックする立川の生産者たちに、鈴木さんは熱心に説明してくれた。



追録




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カスリーン台風(1947年9月)によって、東京の東部が浸水したことで、1949年11月、中川放水路(現・新中川)の開削が本格化した。

鈴木家は放水路の分流地点に近い開削予定地に住んでいたから、立ち退きを余儀なくされ、川の畔に移り住んで亀戸大根を栽培してきたと言う。 1963年3月に中川放水路は完成した。

橋上から本流の中川と新中川をみる参加者達。
写真をクリックすると、「あおとばし」の奥にスカイツリーが見える。




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視察後、一行は東京の食材にこだわる、押上「よしかつ」で意見交換を行った。

スカイツリーの撮影ポイント、十間橋で全員が記念撮影。

今回の企画は、前から計画されていたので、高砂から押上までは案内したが、急遽帰らなければならなくなり押上から先に失礼した。

後日、皆さんからは、充実した意見交換が行われたと報告を受けた。


posted by 大竹道茂 at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 立川市での取り組み
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