2012年01月22日

約束の時間より早く着いたので、常盤橋から神田橋へと外堀を歩く。


現役時代に、何かとお世話になった方たちと、ここ数年、新年会をやっているが、今年も竹橋のホテルで待ち合わせをした。

西武線、東西線と接続が良かったので、1時間も早く着いてしまった。
そこで、竹橋を通過して、ひと駅先の大手町で下車した。



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大手町で下車して、新大手町ビルディングの階段を上がって地上階ホールに出た。

そこはJRのガードがすぐそばで、そのビルの横手に、道三堀にかかっていた「道三橋跡」の説明板が立っていた。



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八重洲の地下街の壁に江戸城を中心として絵図が描かれていた。江戸切絵図で見ると、そこには、今は埋め立てられていて何処にあったか定かでないが、道三堀が描かれている。

道三堀は、徳川家康が、江戸へ入る物資を、日比谷の入江を回らずに江戸の内堀に直接搬入できるように江戸前島を開削したもので、明治42年に埋立てられてしまった。



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日本銀行の横を流れる外堀には常盤橋がかかっているが。そこから大きく左に曲がると日本橋がかかっている日本橋川、呉服橋交差点方面の外堀は戦後完全に埋め立てられてしまい。
道三堀の河口、銭瓶橋は今は無い。



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常盤橋がしばらく堀に沿って歩くと、鎌倉河岸。

鎌倉から来た材木商が築城の資材を仕切っていて、資材が荷揚げされた河岸だったと記されている。

現在は三菱地所が大きな再開発を行っているが、かつては、日経新聞、経団連、全中等があった。



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さらに、堀に沿って歩くと、神田橋。


  
追録



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大手町から常盤橋、そして堀に沿ってぶらぶらと歩いてきたが、丁度待ち合わせの時間になった。
待ち合わせ場所は、竹橋の「KKR HOTEL TOKYO」14階の和室だ。

お誘いをいただいたのは。
中村光弘さん(72)と磯田保さん(84)のお二人。



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中村さんは、かつて東京営林局長をされたが、野菜課長や青森県の農林部長も歴任された。

鈴木善幸内閣の亀山高夫農水大臣の秘書官を担当され、明治神宮で開催されていた東京都農業祭に大臣を案内してくれたのは記憶に残っていて、それからのお付き合いだ。


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磯田さんは、東京農林統計協会の常務として親しくお付き合いいただいた。

東京の農業を理解頂くためには、統計のデーターは欠くことは出来ないが、農水省の統計関係の部署は無くなってしまった。



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懐かしい話は、止まることがない。
中村さんは、現在、讀賣書法会の幹事をされていて、書を楽しみ、
江戸城の天守閣を構築しようと云うグループで、夢をかなえるべき活動を展開している。

磯田さんは、埼玉県三郷の自宅で家庭菜園を楽しんでおられて、山芋の栽培が得意で、今回もお土産に持参してくれていた。
長崎県平戸出身で、最近は「広島・長崎の記憶」にも書いている。

先輩たちから、お誘いを受けると云うのは有難いことで、幾つになってもアドバイスをいただいている。
posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他関連情報
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