2012年03月24日

食の安全・安心セミナー「地産地消のすすめ」で三國清三シェフが語る。


東京都の農林水産部食料安全課が主催した食の安全安心セミナー「地産地消のすすめ」は当ブログでも紹介したが、会場は満席になった。

同課では食の安全・安心を確保するため、環境保全型農業を推進している。

農薬の適正使用の指導、残留農薬の検査、農薬と化学肥料を削減した農業の推進、生産情報を記録・情報も提供している。



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昨年からは、東京都産の農産物で地産地消を進めようと、都有地(八王子)で野菜をつくって学校給食に提供している。
また、東京の食材を利用しているレストラン等の飲食店を東京食材使用店として募集し、都のホームページやガイドブックで広く紹介している。

同課の平野直彦課長は、「食の安全・安心を広めていくには、生産者、消費者等、食に関わる様々な方法で情報交換を行い実践していくことが重要だ。

様々な方々の意見交換の場として食の安全・安心のシンポジウム「三國清三シェフを講師に迎えて「地産地消のすすめ」を開催した。」と語った。


三國シェフは、ご自分のプロフィールから話に入った。

三國家のルーツが福井県の坂井市三国町、三国は北前船交易で、日本海と瀬戸内海の物流で北海道から関西までの物資の一大集積地として鉄道が敷かれるまで賑わった。

先祖が北海道増毛町に移り住み、本家は増毛でニシン漁の網元をしていた。
増毛は留萌線の終点で、高倉健の「駅ステーション」の舞台になった所と紹介した。

増毛での幼少期は、海のパイナップル「ホヤ」で味覚(甘い、酸っぱい、しょっぱい、苦い)を養った。
家庭の事情で高校に行けず、札幌のお米屋さんに丁稚奉公して、札幌グランドホテルに勤めてからは、苦労の中で人生が開けていったと・・・。

人生、前に出ることしか考えなかったと・・・も、




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昭和28年、これまで畑の肥料にまでしていたニシンが獲れなくなった。
三國シェフは昭和29年生まれ、「俺はニシンの生まれ変わりだと」言ってきた。
最近、「ニシンの生まれ変わりなら」と、カナダ政府から「数の子親善大使」を命ぜられた。(笑)

1985年のバブル期、四谷にオテル・ドウ・ミクニをオープンさせている。
この年、4味( 甘い、酸っぱい、しょっぱい、苦い)に、「うま味」が世界中に認知され、5味になり、最近はカルシュームや油味が検討されていると云う。

「うま味とは」について、北海道の流れ昆布を拾って食べた話から、アイヌの食文化、「味の素」の話等・・・

昆布等グルタミン酸、かつお節等イノシン酸、椎茸等グアニル酸、昆布と鮭と椎茸で料理すると相乗効果で16倍にもなる。出汁の文化の元だ。と・・

1986年にイタリアのビエモンテ州ブラでスローフード運動が始まった。
この運動は、生産者を守る、郷土料理を守る、子どもたちの味覚を守るというもの。
1989年にパリでスローフード運動を宣言したことから国際運動となり、フランスのシェフ達が味覚の授業をするようになる。

「三國もやれ!」と云うことで始めた。と・・・

福井出身の石塚左玄が子どもを育てる躾の基本5育(体育、智育、才育、徳育、食育)の内でも、基本となっているのが食育で、フランスでも、16歳までに味覚(5味)を教え込むことが大切で取り組まれていると力説した。

私が、三國シェフの食育授業を知ったのは、1998年9月10日にNHK総合テレビで放送された「課外授業」で母校の増毛町立舎熊(しゃぐま)小学校で後輩たちに指導した「お皿に描く故郷の恵」で、当時、三國シェフが44歳、私は54歳、刺激されたのを覚えている。

子どもたちはキラキラした目で、「増毛にはいいところが沢山あって、美味しいものも沢山あることを知りました」と答えていたのが印象的だつた。




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三國シェフは「ニッポン東京スローフード協会」を2001年10月にソトコトと共に発起人の一人として立ち上げた。

地産地消として、東京の食材についてもパワーポイントで紹介してくれた。

小松菜、亀戸ダイコン、品川カブ、のらぼう菜、アヤメ雪、パッションフルーツ等が紹介された。
「東京ウド」は、先日、「食彩の王国」で丸かじりをしていたことを紹介した。

「寺島ナス」は、江戸時代のナスと紹介したあと、大きなマスクをしていたからわからないだろうと思っていたが、今日も来ていますが、その人が復活させたと紹介されてしまった。

さらに、「女優で離婚した・・・・」と云って思い出せずに話題を変えたが、シェフが言いたかったのは、NHKの番組でシェフが、藤原紀香さんに寺島ナスを渡したら、りんごをかじる要領で寺島ナスを半分以上食べてしまい、そして「美味しい」と云ったことを話をしたかったのだろう。

残念ながらシェフは彼女の名前をど忘れしてしまった。

画面に「金町コカブ」が映し出されたところで、何て云うカブだっけと私に振られてしまった。

ミクニマルノウチは90%、四ツ谷のオテル・ドウ・ミクニは70%が東京産を利用していると云う。
0キロメートル運動を実践していると云う。いわゆるフードマイレージ、地産地消の推進運動だ。

最後に、様々な方々の意見交換の場として、会場の皆さんからの質問を受けたが、東京産野菜の美味しさを語ってくれて、最後まで、三國節は健在で、その話術は参加者を引き付けた。

posted by 大竹道茂 at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 三國シェフと江戸東京野菜
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