2012年06月13日

東久留米市柳窪を走っていたら真っ白な花をつけたソバ畑が目に入った。


東久留米で江戸東京野菜を生産している農家を激励するため、宮寺光政さんと2軒ほど回った後、東久留米市柳窪のゆかりの柳久保小麦を作っている奥住和夫さんの畑の近くを通りかかったので、「畑にいるかな?」と寄ってみた。

奥住さんの畑の方にハンドルを切った脇の畑に白い花をつけた植物がチラッと見えた・・・。宮寺さんは即座に「あれ、こんなところで蕎麦を作ってる!」



1-1001.jpg

畑には、奥住和夫さんご夫妻が畑にいた。

隣の畑の蕎麦について伺った。
近くの野崎さんが栽培しているもので、昨年収穫時にタネをこぼしたらしいという。

毎年、旧の七夕(8/7)を目安にタネを蒔いているとか・・・。
この時期に花が咲いたのは、品質が劣るので、タネを蒔く前にうなってしまうと云っているという。



2-1009.jpg


さて、柳久保小麦がだが、奥住さんの先祖が旅先で、麦畑に一本だけ長く伸びた麦が生えていたので、持ち帰ったという謂われが今に伝わる。

先祖が育成した小麦を絶やしてはいけないと、今も栽培している奥住和夫さんに、今年は、どうですかと訪ねたら、今年は失敗してしまったと肩を落とす。

なんでも5月1〜3日に吹いた強風と雨で、背丈が高いのが特徴の柳久保小麦は、倒伏してしまった上に、雨が続いたために、受粉する大切な時期だったために、結実することができず、涙を呑んで刈り取ったという。

これは、野菜を栽培した後作に小麦を作ったということで、それでなくても背丈が高く倒伏しやすいのに、窒素過多で伸びすぎ倒伏してしまった。

しかし、前年、サツマイモを作った後に柳久保小麦を蒔いたところは、窒素分をサツマイモが吸収したアドだから、僅か40束だが品質のいい麦が採れ、再生産だけは可能にするタネは採れたようだ。

そこで、奥住さんは、今年から柳久保小麦の後作には蕎麦を蒔こうと考えているという。
戦前、戦後、柳久保小麦の後作には、サツマイモの栽培をしていて、サツマイモも小麦も良くできたという。

今年の8月第2週、まだ日は決めていないが、隣の野崎さんにならってそばを蒔く予定だとか、
この時期に播くと、無肥料で11月10日頃に収穫となれば、蕎麦が窒素を吸収してしまい、その後すぐに柳久保小麦を播けば、窒素過多にならないという智恵。

現在、「柳窪の環境・景観の保全を考える会」の皆さんが、ボランティアで、柳久保小麦の種まき、麦踏、収穫と3回ぐらい皆さんが手伝ってくれているようで、蕎麦についても、相談する予定だとか。



3-1004.jpg


JA東京みらいの経済課に顔を出すと、柳久保小麦を製粉したものや、乾麺にした「柳久保うどん」が並んでいた。予想以上の売れ行きだと云っていたが、箱入りを買ってきた。


posted by 大竹道茂 at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京の農業と農業者達
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/56403988

この記事へのトラックバック