2013年02月13日

大手町の農業・農村ギャラリーで手に取った小冊子に、大蔵大根の話


昔お世話になった先輩の方々と、昔話を語る会をここ数年、大手町の「KKR HOTEL TOKYO」で開いていて、12時の約束だったが、昨年同様、東西線の竹橋で下車したが早く着いたので大手濠の畔に建っている和気清麻呂の像を写真を撮ろうと立ち寄った。



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この銅像は、紀元二千六百年(昭和15年)の記念に建ったものだ。

和気清麻呂は楠正成などとならぶ勤皇の忠臣と見なされ、文武二忠臣の象徴として皇居を守るように清麻呂は大手濠外の緑地にあり、楠公の像は皇居外苑の日比谷寄りの所に建立されている。

皇居外苑の楠公レストハウスでは、来週、江戸野菜と江戸エコ行楽重を食べる勉強会「まちデザイン市民講座 」でお話をさせていただく
 
上の写真をクリックする
知らなかったが「震災いちょう」とある。
樹齢150年のいちょうだが、一ツ橋一丁目に植わっていたこの樹、関東大震災の火災で焼け野原の中で奇跡的に半分焼けた形で生き残り、当時の人たちに、復興への希望を与えた木として、この地に移植したものだという。

陸前高田の「希望の松」と同じようなものが、東京にもあったようだ。



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まだ約束までに時間の余裕があったので、JAビルの4階、農業・農村ギャラリー「ミノーレ」に立ち寄った。

上の写真をクリツクする
そこで、JA全農が発行する「Apron No414」を手に取った。
「ゆでこぼし大根」の頁、「ふるさと探訪」で長崎県西海市を紹介していたが、
この大根、「大栄大蔵大根」だという。

練馬大根は、江戸土産として全国に持ち帰られたが、
この大栄大蔵大根は、江戸東京野菜の大蔵大根(伝統) を、昭和41年に植松佐内氏が分離系統により、長太りとなる強健良質種を目指して選抜をかさねたもので、
育成者の出身地千葉県大栄町の地名を取って「大栄大蔵大根」となったもの。

東京をはじめ関東各地で栽培されたが、長崎県西海市では30余年にわたって栽培し特産品種となって、西海市の皆さんには地野菜と云われるまでに定着している。


追録


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12時に皆さん、ホテルに集まった。 
中村光弘氏(写真左前)、磯田保氏(写真右前)、加藤源祐氏(写真右後)

音頭を取っていただいたのは、今年も元東京農林統計協会で常務をされた磯田さんで、千葉から3時間もかけて中村さんも見えたし、今年は、練馬の加藤さんも参加された。
加藤さんとは、同じ職場で一緒に仕事をした仲間だが、久しぶりの再会だった。

お二人の経歴は、昨年当ブログの「追録」で紹介しているので割愛する。

中村さんは、青森県の農林部長を歴任していることから、私が親しくさせていただいている秋田義信さん(元青森県中農政部長) に電話をするなどして、今年も昔話で盛り上がった。


posted by 大竹道茂 at 00:25| Comment(0) | TrackBack(0) | その他関連情報
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