2013年03月13日

東京の23区内地区で唯一残る酪農家・練馬区大泉学園の小泉牧場を訪ねた。


NPOミュゼダグリの農家見学会は、東京の23区内地区で唯一残る酪農家・練馬区大泉学園の小泉牧場の三代目小泉勝さん(43歳)を訪ねた。
東京の酪農家は10年前までは139軒あったが、都市化などにより飼育環境の悪化などで現在は54軒に減少している。



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江戸幕府が崩壊、大名たちは国許に帰り、大名屋敷は空き家となる。
明治政府が誕生するが旧幕臣などが酪農に取り組むようになり、明治19年の記録では千代田区14軒、港区29軒、新宿18軒、中央区15軒、台東区16軒、文京区15軒の牧場があった。
明治30年代後半には、市街地の発展により地価が高騰し、都心から離れて、次に、巣鴨、内藤新宿、淀橋町、渋谷、千駄ヶ谷などが酪農地帯になっていく。
中でも、巣鴨には59軒もの牧場が集まり、「牛屋横丁」の異名もあったという。
(江戸・東京 暮らしを支えた動物たち 農文協より)


小泉牧場のルーツは、岩手県岩泉町で、初代は、巣鴨で獣医と家畜商を営み、現在の小泉牧場は、牛の係留地として所有していた場所だという。



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小泉さんに話を聞かせてくださいと頼むと、ちょっと待っててくださいと云って、社団法人中央酪農会議の酪農教育ファーム推進委員会が発行した「牧場の仕事」の紙芝居で説明が始まった。
この紙芝居の制作には小泉さんも委員として協力している。

上の写真をクリックする
酪農教育ファームの認証を受けた小泉牧場では、まずこの紙芝居で説明を受けるが、解りやすい。
現在、小学校対象とした酪農教育ファーム活動、そして心に病を持った方を対象に精神障害者社会適応訓練事業の事業所として日々勉強の毎日だ、と云う。




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小泉牧場では、現在30頭で搾乳し、760kg/1日。 6頭は預託として、北海道に預けている。

上の写真をクリックする
小泉さんが注意しているのが口蹄疫対策で、牛舎に入る前には見学者は必ず靴底の消毒をしてから入ったが、搾乳する牛には近づかなかった。
小泉牧場には、ホルスタインの他に、ジャージー種と、ブラウンスイス種を飼っていた。



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飼料については上の写真をクリックする
度々見学に来る小学校の先生が作ってくれたと云うパネル。
左がイネ科の飼料と右がマメ科の飼料



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小泉牧場では、同じ酪農家で日野市百草にある大木聡さんのジュラードに搾りたて生乳を持ち込みアイスクリームにして販売している。
バルフクーラーは。3.9℃を保っていた。



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小泉さんは、酪農教育ファームの活動を通して培った人と人の絆を大切にしていくことが、都市の中での酪農を続けるうえで重要なことだ。と語っていた。



posted by 大竹道茂 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 大学・NPO等の活動
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