2013年06月21日

府中市でのマクワ瓜栽培のルーツを探る。


1994年(平成6年)、府中市に真桑瓜の故郷、岐阜県真正町から、同町のまち興しの企画として、マクワ瓜のタネが送られてきた。19年も前の話しだ。

「元和三巳年(1617)の頃以降、江戸幕府は、美濃のマクワ瓜名人を毎年府中に呼び、御用瓜を栽培させた史料に習って、送られてきたもので、

それを受けて同市では、タネを市内の代表的な農家に配布して、栽培が始まっている。

1997年には、市が実施していた市民農業大学に「御前栽瓜コース」を設けて、市民参加による栽培もおこなわれた。

現在取り組んでいる、府中でのマクワ瓜栽培の復活は、当時の関係者にお会いして、アドバイスをいただくことも重要だと思って、何方が栽培していたのか探していたが、府中市の担当者は定年退職、真正町も同じだが、さらに町村合併で本巣市になるなど、古いことを知る人は少なかった。




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江戸東京野菜に注目して、1998年から2005年にかけて、雑誌「散歩の達人」に、新井由己さん(Photographer,Writer) が、「江戸野菜の産地を歩く」を、不定期で連載していた。

東京近郊で作られている昔ながらの野菜ということで埼玉や神奈川を含め、馬込半白節成胡瓜、奥多摩の山葵、練馬大根、のらぼう、まくわうり、馬込大太三寸人参、東京うど、あしたば、紅赤、小松菜、三浦大根、八丈島の島うり、世田谷のトマト(脚光&トロビック)、杓子菜、大蔵大根、下山千歳白菜、千住葱と、連載は17回にもわたっていて、構成・文・撮影を一人でこなしている。

新井さんは、当ブログでも紹介したが、引き続き江戸東京野菜を応援してくれている。

最近は、新刊! 『誰でも簡単にできる! 川口由一の自然農教室』(宝島社)を執筆している。



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新井さんの了解を得て掲載。

クリックすると写真左が、河内さんと、写真右が志村課長。

「散歩の達人」1999年9月号に「まくわうり」が掲載されていて、当時の生産者の河内雅幸さんが新井さんの取材を受けていた。
地元JAマインズ多磨支店の志村政広課長にお願いしたら、すぐ連絡を取ってくれて、約束の時間に、河内さんがJAまで来てくれた。

河内さんは昔を思い出しながら話してくれた
府中市役所の担当から頼まれて、1994年からマクワ瓜栽培を始めたそうで、市民農業大学「御前栽瓜コース」の講師も務めたと云う。
半径1キロメートル以内では、キュウリなど瓜系の野菜が栽培されていないところで、注意して栽培を続けたそうだ。
露地での這いずりで栽培する以外、キュウリ用パイプにネットを張って立体栽培も試みた。

マスクメロンの味を覚えた消費者は、収穫したマクワ瓜は甘さが薄いというので、熟す前の青いうちに収穫し、市内の漬物屋「内藤食品」が鉄砲漬けにして「御前栽瓜」のネーミングで売り出した。

数年で内藤食品も代替わりで、御前栽瓜の加工をやめ、また、10年も経ったろうか、河内さんたちの瓜にも変化が見られ交雑でウリの形が細長くなるなど本来のマクワ瓜が出来なくなったことで栽培をやめたという。

また、当時、採種をされた方なども亡くなられたりしていて、河内さんは現在、営農の主体をシイタケの菌床栽培に移しているという。

採種の難しさの他、また伝統野菜の評価が低かった時代だっただけに、ご苦労が多かったようだ。

今年から始まった、「府中御用瓜」復活の取り組みには、河内さんからもエールを送っていただいた。





posted by 大竹道茂 at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸のマクワウリ各種
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