2014年02月01日

講演は「その後の江戸東京野菜」として、2010年6月以降に絞って話した。


一般社団法人東京都農住都市支援センターの森戸伸行専務から、昨年講演依頼があった。
同センターは、毎年江戸東京野菜のバスツアーを実施していて、昨年の12月にもガイドとして、江戸東京野菜ゆかりの地を案内させていただいた。

今回は、東京都JA資産管理部会連絡協議会(篠崎誠一会長) との共催で、税理士さんの税制改正や確定申告の話に先立って、話して欲しいという。



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会場は、京王線府中駅前の府中グリーンプラザけやきホール。

実は、同組織からは、2010年6月に招かれていて、江戸東京野菜についてお話をしていた。

森戸専務からは、前回の講演以降の話に絞って話してほしいということで、、「その後の江戸東京野菜」という題材で、お願いしたいと云うことだった。



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前回お話した時の、パワーポイントを調べ見ると、2010年6月以降の取り組みには、お話しすることがたくさんあった。

2010年は生物多様性が論議された年で、生物多様性、持続可能な作物として、伝統野菜一つひとつに光があたった。

例えは、早稲田ミョウガは、捜索隊を結成することができたばかりだったから、捜索活動はこれからで、西早稲田のミョウガ邸から発見されたときには、NHKのテレビクルーが追ってきて「ニュース7」で放映されたのは同年の8月だった。

また、2012年1月には、東北支援のひとつとして気仙沼の戻り鰹を購入することでの経済的支援をするという動きの中で、同大社会科学総合学術院都市居住環境論研究室で「まちづくり」を教えている早田宰教授から、「早稲田ミョウガを妻にして食べたい」と協力を求められ、新たな展開が始まった。

その年、ミョウガ栽培の経験者石神井の井之口喜實夫さんは、ミョウガタケを試作してくれ、春のミョウガタケ、秋のミョウガノコが、早稲田ミョウガとして販売されるまでになった。

当ブロクでは、カテゴリの早稲田ミョウガにまとめてあり、上の写真をクリックする。



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また、今話題の三河島菜の復活は2010年12月、小平市の宮寺光政さんが復活させてから、荒川区立尾久宮前小学校での栽培が始まる。

また、クセの無い味わいの青茎三河島菜を、荒川区の谷井千絵観光振興課長が、これは荒川区の観光資源だと位置付けて、栽培を近隣の葛飾にある都立農産高校に栽培を依頼、地元の飲食店への普及を図っている。
その模様は、荒川区のホームページに掲載され、更新が続いている。
上の写真をクリックすると、「カテゴリ」里帰りした三河島菜。



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そして、2011年から検討に入った「江戸東京野菜コンシェルジ育成講座」は、東京都新しい公共支援事業「新しい公共の場づくりのためのモデル事業」として取り組んだもので、翌年の5月から実施されたが、受講者たちはこれまでのキャリァを生かして、持ち場持ち場で大活躍をされていて、自ずと江戸東京野菜の話題は広がりを見せている。

2010年6月にお話した時よりも、格段に江戸東京野菜の露出度が多く、

さらに、今年からは、和食文化がユネスコの世界無形文化遺産に登録されたことで、伝統野菜に注目が集まり、さらにオリンピックが東京で開催されることが決定したが、これによって江戸東京野菜は新たなステージに上ろうとしていることをお話しさせていただいた。




posted by 大竹道茂 at 00:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 食育・食農・講演会等
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