2014年03月25日

銀座の画廊で開催された「木版画 3人展」に元気をもらう


現役時代に何かとご指導を戴いた、高村袈裟茂さんから「木版画 3人展」のご案内を戴いた。

お手紙には、「私は長らく自己流の木版画年賀状作りをして参りましたが、70の手習いで木版画教室に入りまして10年近くなります。
この教室の飲み仲間と飲んでいるうちに気分が高揚してきてこういうことになってしまいました。・・・省略・・・
私も今年喜寿を超え、仕事も第一線を退いて20年近くにになります。
これまで親しく、お付き合いをさせていただいだ皆様方と年賀状の交換だけでお目にかかることもないままに長い歳月を過ごしてきたことを、いつも残念に思っておりました。

 そうした思いから、私の今を生きてある証しとしての木版画をご覧いただき、「一期一会」としてお目にかかることができればこれ以上のよろこびはありません。

 季節は春のお彼岸、場所は厚かましくも銀座7丁目、お暇がございましたら久しぶりの銀ブラを楽しみながらお出かけください。
」とあった。



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もとより、私もお会いしたいと思っていたが、高村さんは高校を滋賀県で過ごしたそうで、それで作品が彦根城だった。

上の写真をクリックする
昨年、すきや連の例会で千成亭(上田健一郎社長)にお世話になった時に彦根城に上ったのを思いだした。



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小雨が降っていたが、都心まで出かける用事があったので足を延ばして銀座7丁目の「新井画廊」に伺った。

上の写真をクリックする
ガラス扉を開けると、奥から高村さんが出迎えてくれた。
昔と全然お変わりなく、お元気な様子で、久しぶりの再会に握手を求められたので、強く握り返した。

入り口から高村さんの作品が10点がまとめて展示されていた。
版画家の木下泰嘉先生に師事したことで、玄人跣の作品ばかりだ。

南青山の根津美術館で開催された曼荼羅展を見て、6ケ月かけての第1作「曼荼羅 聖観音菩薩」だそうで、観音様のお顔が良い。
今後、曼荼羅をライフワークにするそうだ。



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版画は、絵師、彫師、刷師に分業されているがそれを1人で行う。
高村さんは、これまで女流日本画の大家・上村松園の作品を何点か彫り、刷っている。

「焔(ほむら)」髪の毛を一本いっぽん、着物の模様が正確に表現されていた。

上の写真をクリックする
5枚の版木を裏表に10枚彫るそうで、ぼかしなどのテクニックを使っての作品は驚くばかりだ。

今年の2月に、プロの彫師、摺師の話を聞いたが、いかに根気のいる仕事かを見ていたので、改めて敬意を表する次第だ。




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高村さんは、青島都政時代の産業労働局長さんだから広い人脈で、ひっきりなしにお客さんが見えていた。

上の写真をクリックする。
それにしても、充実した日々を送っておられ、高村さんは若々しい。
古井国和さん、淵本武さんの3人展を観賞して、作品一つひとつに感ずるものがあり、私も人生の目標ができた。



追録


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上の画像をクリックする。
後日、都政研究5月号に、随筆「木版画のとりこになった!」
が掲載されたと送ってくれた。





posted by 大竹道茂 at 00:48| Comment(1) | TrackBack(0) | その他関連情報
この記事へのコメント
3人展のお一人、淵本武は、平成元年に亡くなった父と同性同名で、日曜画家でもありましたので、少々、驚きとなにかの縁を感じております。 は岡山・池田藩にゆかりのある家系です。
Posted by 淵本一昭 at 2019年04月22日 23:28
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