2021年03月06日

東京の代表的ハーブ農家、ニイクラファームに、飲食店の料理長などが見学にやってきた。


今年の2月に、三國清三シェフから、リッキービジネスソリューション(株)が、東京の農業の視察をするというので協力してほしいと電話があった。
三國シェフは、東京の代表的ハーブ農家、ニイクラファームや、奥多摩わさび、秋川牛などの名前を挙げたので、奥多摩まで行ってきたことは紹介した。

東京の代表的ハーブ農家、ニイクラファームは、オーナーの新倉庄次郎さんが40年ほど前に野菜栽培から先進的農業として、ハーブ栽培に切り替えた先駆者で、洋食、和食に限らず名だたる料理人に提供している。

西武新宿線田無駅のホームの端から、ニイクラファーの農地がみえるが1.65ヘクタールで、ハーブで46種、野菜類14種類が出荷されている。.



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今回は、東京のレストランシェフなど15名が参加された。

オーナーの新倉さんにはご無沙汰していたが、収穫作業をされていた。
皆さんには、後継者の大次郎さんが説明をされた。

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リッキービジネスソリューション(株)、澁谷耕一代表取締役(右下)

露地栽培の冬葉のセージを囲んで、大次郎さんが説明。
枯れ草と間違えるが、葉は生きていて水分がとんでいるぶん、
味は濃い。






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イタリアンパセリの露地栽培だが、ハウスでも栽培している
露地は寒さで甘みが濃い。
参加者は勧められてパセリの葉をちぎって食べていた。

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左はイタリアンパセリで、右はチャービル(セルフィーユ)で、
枯葉の中にグリーンの葉、これも食べると甘く、食べやすい。

ハーブは、自然栽培がよく、肥料のやり方は難しい。
肥料加多になりやすく、ハーブは野生に近いことから
基本的に肥料はいらない。






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クレソンと、ルッコラのハウスを案内。
大次郎さんの足元にあるのはラデッシュ。

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稲には、水稲と陸稲があるように、クレソン(左)にも、
水辺に生えるものと、畑作のクレソンがあり、
ニイクラファームでは畑作のクレソンを栽培している。

水辺のクレソンも、川辺で栽培するならともかく、
衛生上水耕栽培が多く、この場合、風味が弱い。

ルッコラ(右)は、ゴマ味が人気の野菜で、家庭用とは違って、
サイズで注文が入る。

和食と、イタリアン、シャブシャブも大きいサイズが好まれる。
大きいルッコラは、ルゲッタと呼ばれる。

ルッコラには、
ルッコラ・セルバチコ、ワイルド種ルッコラセルバチコ、
花芽付きワイルド種ルッコラセルバチコなどに分けている。
花は、ゴマの味が強く、サラダに散らすだけでも違う。






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黒キャベツ(カーボロネロ)は、キャベツの原種で
イタリアンでよく使われる。
葉を一枚いちまい茎からもいで出荷する。

一年で腰のあたりまで伸びるという。
地中海沿岸では崖地などに、写真のように生えている。

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葉に穴が開いているが、虫が食べたわけではない、
冬場にヒヨドリやスズメなどが、葉の柔らかいところだけを
啄んだ痕だ。

これから新芽が出る季節で、ブロツコリーに似た花芽をつける。
花芽は、イタリア料理でも煮崩れしない。







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ローリエは日本には昔からあるハーブで月桂樹。
ニイクラファームには、細葉と丸葉があり、若干香りも異なる。

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めいめいが葉をもいで、香りをかいでいた。
料理人の中には、乾燥ローリエしか知らない方もいて、
生葉を知ると、はまるケースが多いとか。

シェフの中には、生葉を好みに合わせで乾燥させて使っていて、

市場では細葉が多いが、丸葉は柑橘の匂いが強く、
デザートのソースなどに使われている。
4月〜5月にかけて花が咲く、この時期の葉は上品な香りがする






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食用花・ナスタチューム(ノウゼンハレン科)

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ナスタチュームは、涼しい所を好む半蔓性植物で、
寒さと暑さに弱い。
これから花が咲き始め梅雨が終わるころから、
暑くなると葉が焼けるなど花も小休止、秋になると花が咲く。
これから暖かくなると、花が咲き始める。

同じハウスに、マスターレッドとマスターグリーがあり、
間もなく抽苔が始まり花か咲くようだ。

大次郎さんの話は、興味深い話で、ハーブの物語といっていい。
聞き逃さずに、この話をお客さんに伝えてほしい。
それは、料理人の財産で、あの人の料理を食べたいにつながる。

直接無理なら、SNSもあり、やり方は色々あるはずだ。



追録
名刺交換をした方々、順不同

学士会館の時田太料理長、金井健治さん、恵比寿「笹岡」笹岡隆次店主、プラスリーポールポギューズ銀座・星野晃彦料理長、プラスリーポールポギューズ大丸東京店・鈴木啓太料理長、ヴイラ・デ・マリアージュ多摩南大沢・井村貢総料理長、CieloyRio・宮本光料理長、代官山ASOチェレステ日本橋店・菊池恒毅料理長、庭のホテル東京・木内昭博料理長、協和物産(株)・古田準営業部長、MEAL WORKS・上原一晃さん。

追伸
江戸東京野菜について、興味を持って調べたというシェフ。
50種もあるというと驚いていた。

この時期は、亀戸大根に早稲田ミョウガのミョウガタケ
早稲田ミョウガタケもハーブですと、2月の写真を見せた。
食べてみたいという。

学士会館の時田料理長は、
マスクをしていて気が付かなかったが、お会いしていて、
当ブログで紹介していた。



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2021年02月20日

あきる野市でブランド牛「秋川牛」を育成している竹内牧場の竹内親子にお会いしてきた。


先日、奥多摩ワサビの現状を紹介したが、その流れで、あきる野の竹内牧場に立ち寄ったもの。

前回来たのは2016年で、三國清三シェフが料理人人生30年を記念して、出版した「ジャボニゼ」の撮影で来て以来だった。

その後、六本木のグランドハイアット東京の4階、鉄板焼き「けやき坂」の本多良信シェフが、オリジナル黒毛和牛の「けやき坂ビーフ」として、使ってくれている。






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お父さんの孝司さんに、久しぶりのご挨拶だったが、新型コロナの影響で、牛肉の需要が低迷しているだけに、元気がなかった。

渡邉和嘉さんは、かつて練馬で竹内牧場の堆肥を買っていたことがあったので、竹内さんも覚えていた。

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子牛の購入価格は上がっていて、去勢牛で90万、メス牛で80万と言っていた。
オスの去勢牛は大きくなるから、値が高いが、竹内さんはメス牛を買い、大きく育てる。

「仲間が、竹内さんは何を食わせて大きく育ててるんだ。とよく聞かれるが、俺は大きく育つメスを見る目があるんだ」と語っていた。

今年も、岩手から黒毛和牛のメスを30頭ほど購入してきたが、年間を通して何回も行って30頭ぐらいずつ買ってきて、安定生産、安定出荷を心がけていた。

牛には旨い水を飲ませていると、同牧場では、湧水を飲ませている。

収入の安定確保から、最近は芝浦と共に横浜にも出荷しているという。


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2021年02月12日

城北地区に続いて2005年9月に行われた城南地域の都市農業ツアー。


23区内の農家女性のリーダーに東京各地の都市農業を知ってもらおうと実施したバスツアーを、
23年度の江東地区、24年度の城北地域、と紹介してきたが、25年度は9月28日に城南地域で行われた。

事務局長の渡邉和嘉さんが、杉並、中野、世田谷の担当者と相談して、世田谷区砧にある次大夫堀公園民家園、等々力公園、世田谷のリンゴ園、そして中野区鷺宮のトマト栽培のコースを回った。





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世田谷区の野川沿いに次大夫堀公園民家園がある。

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旧安藤家住宅主屋、旧秋山家住宅土蔵、消防小屋と火の見櫓、
旧加藤家住宅主屋、旧城田家住宅主屋 、旧谷岡家住宅表門 など

移築されていて、行ったときは稲穂が実っていた。





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2021年02月11日

自家採種のセルリーを栽培している清瀬市の並木猛さんのハウスでは、順調な生育を見せていた。


清瀬市で自家採種のセルリーを栽培している並木猛さんのハウスでは、例年通り4月はじめの収穫を目指して管理が行われていた。

並木さんは、師匠故伊藤仁太郎さん(江戸川)の愛弟子だったことは、2004年2月のバスツアーで紹介していが、今でも、仁太郎さんの教え通りの栽培法を忠実に守っている。





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丁度、水やりが終わったというので、ハウスに入れてもらった。
ハウスは奥から手前に傾斜しているようで、足元は水が溜まっていたが、状況を見て1週間に一度たっぷりと潅水し、収穫1か月前からは5日に一度の潅水となる。

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最初の頃は、葉がとげとげしい感じだったが、土づくりとして堆肥をたっぷりと入れているので、最近は土に馴染んだ感じで、とげとげしさが最近はなくなったとか。




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2021年02月10日

江東地区に続いて2004年11月に行われた城北地区の都市農業ツアー。


都市農業ツアーの企画を検討する中で、2003年度の2004年3月に江東地区の代表的農業者と、江戸からの農業技術を伝える ”つま物栽培” の現状を、東京23区内の農家女性に見てもらった。

この企画は、事務局長をされていた渡邉和嘉さんで、
JA東京あおば出身ということで、渡邉さんが生産者などに依頼した。

第2回は2004年度11月8日に城北地区で開催されていて、板橋区と、練馬区の練馬地区と大泉地区の農業を見て回っている。

23区の代表ということで、皆さんが集まりやすいところで、丸の内のJAビルに集合してバスで、板橋区に向かった。





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城北地区は、JA板橋、JA練馬、JA石神井、JA大泉の4JAが、2009年に合併してJA東京あおばを組織していた。

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JA東京あおばの高島平支店のファーマーズショップ「にりん草」に向かった。
にりん草は板橋区の花で、この辺りにさいていた可憐な山野草だが、支店を作るにあたって店を金融店舗と経済店舗を並べたことから二輪の意味合いもあると伺っている。

支店長された、渡邉和嘉さん(現江戸東京・伝統野菜研究会副代表)は、都心に最も近いマンモス団地の高島平団地に、近い店舗として板橋の生鮮野菜や花など、産地と直結した都市農業を団地の皆さんに知ってもらいたいと、ファーマーズショップを前面に出した設計を提案している。

その後、この店をきっかけに、新しい店舗設計の模範となっている。



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2021年02月04日

南大泉の永井農園が地域に貢献する農業を、園主の永井昭さんは常に模索している。


先日、南大泉の永井昭さんを紹介したが、2018年以後、ご無沙汰をしていた。

久しぶりに電話をすると、地域に貢献する都市農業の実践者として、いつも地域のことを考えていた。




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この時期は、端境期で、畑にはネギが残っている程度だったが、ドラえもん、アンパンマンなどがハウスの脇に立ててあった。

数年前は、ドラえもんの風船だった。

子どもたちが畑に、興味を持ってくれるようにだとか



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2021年01月24日

昨年、福神漬用のナタマメ栽培をしたが、2013年に南大泉の永井さんが栽培している写真が出てきた。


このところの自宅待機の中で、報告していない情報を紹介している。

昨年は、江戸東京野菜で福神漬けを作ろうと、
ナタマメの採種を行ったことは紹介した。
色々と分からないことが多かったが、教えてくれる方が見つかった。

古いデータを見ていたら、南大泉の永井農園の永井昭さんが
ナタマメを栽培していた写真(2013年8月23日撮影)が出てきた。

その時は、詳しく聞いていないが、永井さんは友人からもらった
と言っていたので、改めて電話をして聞いてみた。

播種するのは、4月から6月で、収穫は8月初旬から中旬で、
この写真は採種用だという。

したがって、渡邉さんはぎりぎり間に合った。
連作や酸性土壌はだめで、石灰を蒔いて耕しておくという。






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写真のように大きくなると毒性が生ずるという。
福神漬で食べた、10p〜15pの若採りは問題ないが、
完熟したものは毒抜きが必要だという。

2-3日水に浸してあくを抜き、水に少量の塩をいれて5分ほど沸騰、
粗熱をとってから再度沸騰を2-3回繰り返すことで毒は抜ける。

胡麻和えや、サラダなど食感が楽しめるそうだ。、

福神漬に入れることも分かった。
日本には江戸初期に、薩摩藩に伝わり、
現在は鹿児島が大産地になっている。

鹿児島では成長が早いことから、昔から縁起の良い野菜と
云われていたことから、福神漬に使われているという。


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2020年11月27日

立川市西砂川で野菜栽培をしている石川智一さんが東京べかなを収穫したからと持ってきてくれた。


立川市西砂川で野菜栽培をしている石川智一さんが東京べかなを収穫したからと持ってきてくれた。
内藤カボチャの石川公一さんの後継者で、東京べかなは、30年前には端境期対策として石川農園では栽培していたという。

智一さんは情報収集では怠りなく、facebookを見ていたら、東京べかなの記事が掲載されていたので栽培してみる気になったという。



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ハウスに蒔いて栽培していたが、収穫できるまでになったので持ってきてくれたもの。



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2020年11月23日

明治神宮の新嘗祭に、楼門と回廊に野菜の宝船が並んだ。


明治神宮農林水産物奉献会は、首都圏の篤農家が、明治神宮を中心に戦後のわが国食糧事情を好転させようと結成された組織・足食会(そくしかい)が、その後、変遷してきたが、今日、JA東京グループ会長の城田恒良氏が会長を務めている。

毎年1月2日に明治神宮で開催される、同奉献会総会において、新嘗祭における宝船奉納が決定するが、今年はローテーションによって、南神門の両サイドに、今年はJA東京中央の千歳地区と、JA東京みどりの国立地区が決まっていた。




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22日は天候も良かったことから、七五三の参詣者も多かった。

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南神門の左手はJA東京みどりの宝船、右手はJA東京中央の宝船。

宝船は新嘗祭が終わると、ばらして施設などに配られる。
宝船の前にある野菜や花も・・・・


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2020年11月09日

今年もキャベツ部門でトップの東京都知事賞を受賞した井之口さんの収穫現場を見せてもらった。


練馬の井之口喜實夫さんが、東京都の農産物品評会のキャベツ部門でトップの東京都知事賞を受賞したことは報告したが、

今、秋冬産のキャベツの収穫真っ最中と聞いたので、目白通り沿いのキャベツ畑に行ったら、後継者の、勇喜夫さんが一人でキャベツを切っているところだった。





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畑の脇に車を停めてカメラを構えていたら、それに気づいた勇喜夫さんがこちらを見た。
作業中の忙しいときに、邪魔してしまった。

収穫しているのは、、知事賞を受賞した、日本農林社の「藍宝」だった。
寒球系で、加熱すると甘みがあり美味しいと云うことで、業務用に使われる。

かつて、イオウ病の抵抗性品種として、ますだのYR錦秋を栽培していたが、「藍宝」が出てからは、これを使っているという。

3年ほど、JAあおばの奨励品種「青琳」を作っていた。形状が良く、色も濃いことから栽培したが、昨年から品評会には「藍宝」に戻している。



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2020年11月05日

第49回東京都農業祭が、立川の東京都農林水産振興財団の施設内で、三密を防ぐことから一般都民に非公開で開催された。


新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐことから、
三密になりやすい各種イベントは中止を余儀なくされているが、

毎年11月2日、3日に明治神宮で開催される東京都農業祭は
中止となったが、
農業祭の中で行う「農産物品評会」は、栽培技術の向上から実施、

三密を防ぐため一般都民には公開しないことから、
入場制限ができる(公財)東京都農林水産振興財団の広場で、
開催された。




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2日午前中に、品評会に出品する農産物の搬入が、午後から審査、
3日(祝火)は出品者等が見に来られていた。

会場では、中央会の関係部署の水口均さんや
東京都の鈴木勉総括課長代理などにお会いした。



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2020年10月28日

住宅地に隣接した畑で、落花生を収穫して新住民に販売を始めた村田さん、今後、消費者の要望に応えて作物を栽培していくという。


柏木小学校の帰りに、私鉄の駅から自宅までの道すがら、
近所の方々と話をしながら落花生の収穫作業をしている
村田健一郎さんに会った。

始めて村田さんを紹介したのは、
ジャンボカボチャを線路沿いで栽培していた時で、それ以来だが、
農業後継者として頑張っている。

よく見ると、大きな落花生がたくさんついているので、
近所の人たちが、珍しがって話しかけていた。




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何と云う落花生か、近所の方々との話に割り込んで、名前を!聞いた。
“おおまさり” と云うそうで、茹でて食べる種類の落花生だそうだ。




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2020年10月13日

砂村節成キュウリを栽培している日野市の小池さんが採種作業をすると云うので伺った。


中央線日野駅近くで砂村節成キュウリを栽培している小池則行さんが、
採種作業をすると云うので伺った。

小池さんは、砂村節成キュウリについて、調べてくれていた。
このキュウリ、江戸川で日本一のセルリーを栽培していた、
伊藤仁太郎さんが栽培しいたものだという。

伊藤仁太郎さんは、昭和50年代に、
江戸川区農業委員会の会長をされていて、圃場も見せて頂いたが、
ハウスでセルリーを栽培していた。

セルリーの後作として、ハウスで「モロキュウ」を栽培していた。
昭和47年頃、この砂村節成キュウリの若採りを行っていたようで、
直径1.6から1.7pで長さ9pをA級品としていた。

小池さんは、露地栽培で9月の時点では大きくなりすぎたので、
砂村節成キュウリとして販売したが、7月に販売するときには、
砂村節成キュウリとした上で「モロキュウで食べてください」
と印字しているという。




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小池さんは、これまで10年、毎年採種をしてきた。

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屋外にある流しでの作業なので、西陽が当たって、
明暗がはっきりして光のバランスが悪く、
写真がきれいに撮れなかった。

両サイドをカットしてから、半分に割った。


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2020年10月04日

23区に1件だけの小泉牧場では子牛が3頭生まれていた


今月初めに、久しぶりに小泉牧場に立ち寄ったことを
ブログとFacebookで報告したら、

勝さんのFacebookの友人たちがヒットしてくれて、
シェアしたり、勝さんへのコメントもたくさんいただいた。

北海道から戻ってきたホルスタインは、9月中旬には子牛を生む
と聞いていたが、都合がつかないでいた。

先日、小泉牧場の前を通りかかったので寄ってみた。






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丁度、休憩のようで牛舎に居たのは研修生。
子牛は生まれたのかを聞くと、
27日に黒毛和牛の雄が生まれたと云うので、見せてもらった。

上の画像をタップする
そこへ休憩していた、勝さんが来てくれた。

詳細を伺うと、生まれたのは、ホルスタインのメスが9月17日で
8ケ月後には北海道十勝本別町の山田牧場(乳牛育成専門牧場)に
送り込むという。

次に生まれたのは、黒毛和牛の雌と雄で、F1だ。
雌は23日、雄は27日に生まれたという。

黒毛和牛は8ケ月したら前橋にあるスモール市場に出荷し、
肉牛生産者が肉用牛として育てる。

「11月には6頭生まれる予定ですから、また寄ってください」
との事だった。
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2020年09月26日

砂村節成キュウリを日野市の直売所で購入したと、押上「よしかつ」の佐藤さんからメールを頂いた。


9月17日、押上「よしかつ」の店主佐藤勝彦さんからメールを頂いた。
「本日、日野市の直売所にて砂村節成胡瓜が販売されていました。
小池則行さん栽培とありますが、
ご存知の事あれば教えて頂けますでしょうか?

ちなみに大きさは5寸程で白イボ、
半白と緑が交雑したような色合です。」とあった。

小池さんは知らないが、袋には「日野万願寺直売所」とあるから、
JA東京みなみの日野市内の生産農家である事は確かだ。
ただ、生産者が砂村節成胡瓜と明確に書いているとなると、
どのようなことなのか、

砂村周辺の江戸川区の農家ならわかるが、
遠く離れた日野市となると、ルーツはわからなくなる。





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そんなことを考えていたら、日が経ってしまい、
慌てて日野万願寺直売所に電話をした。
所長に代わってもらったが、河野さんだという。
もしかしたら現役の時にお世話になった河野一法さんかと、
お聞きするとそうだった。

そうなると話は早い、事情を話して、
小池さんの了解を取ってもらったので自宅に伺った。

上の画像をタップする
小雨が降っていたが、砂村節成キュウリの畑に案内してくれた。
既に枯れていたが、商品にならないものが生っていた。

今年は、5月27日にセルに播種して、68本を畑に定植した。
8月4日から出荷が始まり、9月20日頃まで直売所に出したという。
佐藤さんが購入したのは最後の頃だったようだ。



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2020年09月07日

東京の酪農家の中でも23区内では1軒の小泉牧場の三代目小泉勝さんを訪ねた。


東京の酪農は、明治の初期がピークで、
東京都心にはたくさんの牧場があったことを、最近紹介している。

小泉牧場は、岩手県小泉町出身の小泉藤八氏が昭和10年に開設した。
練馬区の酪農家としては、昭和18年に渡辺徳右衛門さん(当研究会の渡邉和嘉さんのお祖父さん)の子牛の誕生記念の写真が残っている。

東京23区では、昭和57年東大泉の関口牧場が、
昭和60年に世田谷区赤堤の四谷軒牧場が幕を閉じたことで、
現在、23区内に残る牧場は、小泉牧場だけになってしまった。

小泉さんには、2013年に伺って、話を聞いたことがあるが、
その後ご無沙汰していた。

現在は、2代目与七さんと、3代目の勝さんに、研修生2人の4人で
搾乳をしている。






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伺った時、小泉さんは作業着のつなぎを脱いで休息中だったが、
話を聞かせてもらった。
現在、乳牛が50頭で、内搾乳しているのが35頭で、
夏場は暑くて550キロリットル(冬場で800`レベル)。

東京都酪農業協同組合(都酪農)の車が回ってきて、
秋川にある協同乳業の東京工場に持っていく。
協同乳業は名糖ブランドでも、販売しているが、
東京の酪農家が搾乳した生乳は ”東京牛乳”で販売している。



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2020年08月27日

東京都産キャベツの主産地練馬では秋冬産キャベツの定植が一段落した。


連日の猛暑が続いている中で、秋冬産のキャベツの定植作業が8月中旬から行われていたが一段落した。

キャベツの導入は明治初年に横浜や神戸の外国人居留地向けの栽培が始まっていて、新宿農事試験場が発行した販売用のカタログでは、輸入品種の早生甘藍や、晩生甘藍などが掲載されているが、キャベツの名はまだない。

この、結球野菜の甘藍に着目したのが、東京府葛飾郡奥戸村(現在の葛飾区細田町)の中野藤助で、大正から昭和にかけて、中野藤助、中野庫太郎、中野真一と三代にわたって「中野甘藍」の代表的品種を作り上げた。
江戸東京の農業説明板「中野甘藍」は、細田の稲荷神社に設置されている。





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東京を代表するキャベツ農家の井之口喜實夫さんの畑の一角に、日陰を作る柿の木がある。周りが住宅街になったことからトラックを入れるスペースにもなっている。
上の画像をタツプする



そもそも練馬にキャベツが導入されたのは、江戸時代から連作栽培が続けられてきた練馬大根に、昭和8年頃からバイラス病が発生し、年々発生は拡大していくことから、生産者はその対策に苦慮していた。

発生後10年の年月がかかってしまったが、昭和18年に大根に代わる安定作物への切り替えとして、年2回収穫のキャベツの試作が始まつた。
夏蒔き秋採り、秋蒔き初夏採り、春蒔き夏採り、昭和30年代に夏蒔き冬採りが導入されている。

昭和38年には萎黄病が蔓延したが、抵抗性品種(YR)が育成されてから、東京都では大きな病気もなく今日に至っている。


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2020年08月14日

育ててくれた恩師の墓前に、江戸東京野菜の復活普及を報告させていただいた。


連日の猛暑が続いているが、盆の入りと云うことで、
朝早くに墓参りをしてから、実家の仏前に線香をあげた。

せっかく近くまで行ったので、
練馬区錦の圓明院にある、恩師の墓前にお参りをしてきた。
2010年2月に亡くなられたので、10年になる。

宅地並み課税については「江戸東京野菜の物語」にも書いたが、

都市に農地はいらないとした国の政策、農地の宅地並み課税
に対して、国政に立ち向かった際に、三大都市圏の農家代表を
されていたのが、加藤源蔵先生(当時JA東京中央会会長)で、
都市農業一筋に歩まれた方だった。




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「江戸東京ゆかりの野菜と花」をはじめ、
江戸東京シリーズ3冊を農文協から刊行したのも、

江戸東京の農業説明板の50か所の設置企画も、
GOの決済をしてくれたのが、加藤先生だったから、
今日、江戸東京野菜の復活のきっかけを作ってくれた。
師の生き方に学ぶこととが多く、私を育ててくれた恩師だ。

上の画像をタップする
加藤先生の顕彰碑が建立されたのが2011年4月だったが、
発起人に加えていただき碑文の原案を書かせていただいた。

改めて、碑文を読んだが、加藤先生の幅広い活動から、
改めて加藤先生のご遺徳を偲んだ。

しばらくして雷雨がパラついてきたので、寺を後にした。
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2020年08月13日

東村山の果樹園久安から「令和2年度 本日開園」のチラシが届いたので、出かけた。


連日の猛暑で、熱中症かと勘違いして、
新型コロナウイルスの大規模なクラスターが発生したとの、
ニュースが流れていた。

東村山の「果樹園 久安」から「令和2年度 本日開園」のチラシが
入った封書が届いた。
チラシには、新型コロナウィルス対策に万全を期し対応する
旨があったので、猛暑だったが出かけた。

同園の園主中村博さんには、2010年に江戸東京野菜の普及とともに、
東京農業の振興にも取り組んでいたことから、
レストラン等からの需要にこたえるために、
東京の先進的な果樹栽培の「果樹園 久安」を、当ブログでも紹介した。





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園主の中村博さんには、お会いできなかったが、
後継者の中村竜太さんが幸水を収穫しているところだった。

竜太さんは、
2006年に広島県農業技術センターで葡萄の根域制限栽培について
学んできたことから、梨栽培にも取り入れたようだ。

上の画像をタップする
かつて、キュウイフルーツを栽培していた自宅裏の果樹園は、
ぶどう栽培と同じ、根域制限の多摩湖梨として、
幸水、秀麗、あきづき、を栽培していた。


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2020年08月10日

昔のトマト「世界一」を栽培している東久留米の "ぽかぽかファーム" に行ってきた。


先日、押上「よしかつ」の店主佐藤勝彦さんと、
電話で話していたらトマトの話題となった。

昔のトマトが食べたいと云う、お客さんが結構いて、
トマトの話になるとトマトにまつわる思い出話しは尽きない。

このトマト ”世界一“ は、子供の頃に食べた思い出がある。
大きくて揃いが悪い、今のトマトは甘いばかりだが、旨味もある。

東久留米の横山さん姉妹にお願いして、栽培しているというので、
昔のトマト”世界一”が見たいと、横山さんに電話をして伺った。






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三つ並んだハウスの一つに、案内いただいた。

上の画像をタツプする
トマトのハウス内は、土埃が舞うほどフカフカだ。
花が咲くまで水をやるが、咲いてからは水はやらない。
栽培の基本だ。

無骨な形の果実が生っていた。


トマトが日本に渡ってきたのは江戸時代だ、
ナス科のトマトは「赤茄子」と呼ばれ、鑑賞用だった。

食用として普及したのは明治の初めだが、昭和に入ってようやく
消費者の間に広まった。

世界一トマトの消費が伸びるのは
戦後しばらくしての20年代後半で、その頃、小学4-5年生で、
母親の実家の畑でよくもいで食べた思い出がある。



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