2019年03月04日

学校給食用の冬越しキャベツの上を舞う「カイト鷹」が、鳥害からキャベツを守っていた。


先日、練馬区立野町の井口良男さんのウド栽培を紹介したが、その日は学校給食のトラックが集荷のために11時頃に来ると云うので、冬越しキャベツと青首ダイコン、根深ネギが用意されていた。

東京のキャベツ栽培が始まったのは、練馬大根がバイラス病の発生で、栽培が難しくなったことから、昭和25年頃より、キャベツ栽培に代わって周辺に広がっていった。

キャベツ栽培は、初夏産として、5月上旬から7月にかけての春キャベツと、秋冬産としては、10月中旬から12月中旬までの秋キャベツとして、東京都中央卸市場生産などに出荷されている。

井口さんのお宅では冬越しのキャベツ栽培をしていて3月中旬まで、食味がよいYR錦秋や低温肥大性にすぐれた秋まきの晩生藍宝 (らんぽう) などの品種を選んで学校給食や、レストランなどに向けて出荷されている。




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冬越しキャベツは、餌が不足する時期に栽培しているだけにヒヨドリの大群による鳥害の被害が多く、生産者を悩ませていたが、無傷のキャベツが出荷されていたので聞いてみると、凧のおかげだという。

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2019年02月22日

小寺正明氏の大日本農会「緑白綬有功章受章祝賀会」がパレスホテル立川で17日に開催された。


小寺正明氏の公益社団法人大日本農会「緑白綬有功章受章祝賀会」がパレスホテル立川で17日に開催された。

清瀬市下清戸で野菜栽培をされている小寺正明さんが、大日本農会から 緑白綬有功章を受章することが決まったと云うのは、昨年の11月1日に東京都農業祭の会場で関係者からお聞きしていた。

小寺さんのご尊父故義直氏が平成10年にカブの栽培などで第28回 日本農業賞特別賞を受賞しているし、
お母さんも「キャロットお母さん」として、その完熟ニンジンジュースはミクニマルノウチでも使われていた。

ご長男の良治さんは、農業後継者としてご活躍で、農場はASIAGAPと、東京都GAPを認証取得している。
実弟の小寺孝治さんは、都の安全安心課長で、江戸東京野菜の復活普及にお世話になっている。





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小寺さんは、東京を代表する農業者としてご活躍をされていることから、昨年11月14日、赤坂の三会堂ビル「石垣記念ホール」で、公益社団法人大日本農会平成30年度農事功績者表彰の野菜部門において総裁秋篠宮文仁親王殿下より、緑白綬有功章を受章したことから、

昨年の暮れ、松村俊夫祝賀会発起人代表から祝賀会のご案内をいただいた。



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2018年08月22日

レストランから引く手あまたの果樹農家荘埜さんの無花果(イチジク)


練馬区大泉でイチジク栽培をしている荘埜晃一さんの畑に寄った。
6月末に伺ったことは当ブログで紹介した

イチジクの最盛期になっているだろうと訪ねたら
荘埜さんは忙しそうにしていた。





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レストランと地元JAあおばの直売所ファーマーズショップこぐれ村
(03−3925−3113)に出荷しているとか。

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パック詰めしたバナーネ(白)を見せてもらった。




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2018年08月02日

今年、東京からの宮中献穀は、精粟の奉耕者に武蔵村山市中央の乙幡清次氏が選ばれた。


毎年11月23日に、宮中賢所で執り行われる、宮中新嘗祭には、戦後、各県からお米と粟が供納されている。
東京では宮内庁からの要請をうけて、東京都から毎年、農業団体に依頼が来る。

東京では、東京都農業感謝実行委員会が、区内地区、西多摩地区、南多摩地区、北多摩地区のローテーションによって、その年の地区が決定されるが、今年はお米が南多摩地区、粟が北多摩地区から選ばれる。

地区が決まると、地区の中のローテーションがあって、今年の農家の代表が選ばれる。

今年は、精米が南多摩地区で、JA八王子の組合員を代表して、八王子市小比企の鈴木俊雄氏が、
精粟は北多摩地区で、JA東京みどりの組合員を代表して、武蔵村山市中央の乙幡清次氏が選ばれた。

精粟として奉耕する品種は、江戸東京野菜と同じ、伝統の穀物として古里1号種を定めている。




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先日暑い日だってたが、JA東京みどりの原省三さん(元指導部長)にご案内いただいた。

奉耕者の、乙幡清次氏(右)、後継者の修さん(左)にお会いした。

播種祭は、6月9日に地元お伊勢の森神明宮の荒張宮司のもとで、厳粛な中で執り行われた。

順調な生育の中で、粟を鳥から守るために、地元の農家が総出で、ネットを張ると云うので、伺ったもの



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2018年07月19日

地域の子どもや、消費者を意識した農業を展開する永井農園に久しぶりに伺った。


畑の真ん中に、ドラエモン人形がかかっている南大泉の永井農園、これまでは沢庵樽がランドマークになっていたが、最近はドラエモン人形がすっかりランドマークになっている。

どうしたんですかと聞いたら、どこかのイベントで使われたのを捨てるのならと譲ってもらったとか。

永井さんの農業は、子どもたちに農業を教えたいと云うのがポリシーで、カブトムシのブリーダーの事は、先日当ブログでお伝えした。





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かつては、豊島区など遠くの幼稚園が、芋ほり遠足でやってきていたが、永井さんも何園もの対応が出来なくなったと云うことで、現在は地元の大きな幼稚園2園にだけにしているそうで、1園で500株ぐらいを用意している。

芋ほり用の畑は、順調な生育をしていて、グループごとに記念写真が撮れるように、ウサギの植木も、良く刈り込まれていた。



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2018年07月17日

カブト虫のブリーダーとして、すっかり有名になった南大泉の永井さんを訪ねた。


先日、南大泉の永井昭さんから電話をもらった、「最近来ないけど元気か!」というもの。

永井さんは、南大泉で農業をしているが、楽しんで農業をしているから、都市農家を代表するところがある。
このところ行っていなかったので、昨日、近くまで行ったので寄ってみた。





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この季節だと、仕事はブルーベリーだが、カブト虫も忙しくて「庭にカブト虫研究室を作ったんだヨ! 」と見せてくれた。

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カブト虫は、夜行性だから、この時間は落葉堆肥の中にもぐっていて、寝てるんだよ、と云っていたが
写真を撮りたいと云ったら、出してくれた。

大泉交通公園の入り口近くに、農場があるが、入り口にポスターが貼ってあった。

お問い合わせ 090−1544−6325




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2018年07月01日

練馬の大泉でイチジク栽培をする荘埜晃一さんに話を聞いてきた。


練馬の大泉地区には、江戸東京野菜を栽培してくれている方が近い距離の中にいる。
練馬大根の採種をされている白石好孝さん、隣の畑では雑司ヶ谷カボチャを栽培している村田千英子さんがいる。

又、その一角には、柿栽培では有名な荘埜銀一さんの荘埜園がある。

先日、村田さんのカボチャ畑を見た帰りに、イチジク栽培をしている畑が目についた、
聞いてみると荘埜園の後継者晃一さんが栽培していると云うので、先日見せてもらった。

イチジク栽培は、立川の高橋尚寛さんが取り組み始めたころに、見せていただいている。
有名レストランに出荷しているが地元のみのーれ立川でも見掛けている。





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イチジク栽培は、お父さんの銀一さんが始めたものを引き継いで、
拡大したもの。

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20メートルに5本のイチジクが植わっていて、そこから100本の枝が上に伸びている。
7列あるから700本の枝に、イチジクの若い実がなっていた。

イチジクの実は雨に弱いので、7月末頃の収穫期には、ブドウ栽培で使われているマンズレインカットを屋根のように張ると云うが、それらが必要のない、ハウスも2棟予定していると云う。



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2018年06月28日

江戸東京野菜コンシェルジュの島田さんに『Ome Farm』を案内してもらった。

「落語と日本酒と江戸野菜を楽しむ会」を開催したりしていたTYファームの太田太社長から昨年暮れの21日に、メールをいただいた。

何でも、親会社から独立したそうで、農地を借りていることもあり、青梅市や東京都農業会議などにも相談し『Ome Farm』として12月T日より継続していると云う。

体制も変わったようで、太田社長に、池浦秀行ゼネラルマネージャー、松尾思樹農場長、江戸東京野菜コンシェルジュ1期の島田雅也さんご夫妻、そして、岩手の養蜂家出身の藤原誠一郎さんの6人だと云う。
少数精鋭だ!

その内、様子を見に行こうと思っていたが、丁度梅雨の合間に、島田さんに電話をして、時間をとってもらった。




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青梅市岩倉温泉の辺りで、島田さんと待ち合わせをして、4か所の農場を案内してもらった。
青梅市今井にある農場は今井馬場崎の信号から入った先にある。
今井の第2農場

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ルツコラ、伝統小松菜、シントリ菜、レツドマスタードがトンネルの中で育っていた。
ケールは他の農場も含めると4種類あるとかで、葉の単位で販売しているとかで、これらはサラダ用にセットで販売をしているとか


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2018年04月05日

「日本一のセルリー」伊藤仁太郎さんの教えを受け継ぐ、清瀬の並木猛さんの収穫作業が始まった。


昨年暮れに「清瀬なみき農園セルリー見学交流会」を野菜ジャーナリストの篠原久仁子さんが企画して開催されたことは当ブログで紹介した。

セルリーはセロリと云うのが一般的だがあえてセルリーと呼んでいるのは生産者並木猛さんの一途な思いがある。
並木さんの師匠故伊藤仁太郎さんの教えを今に伝えようとするもので、「日本一のセルリー」をブランドネームにしていた師匠への恩返しだ。





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今年は4月1日から収穫を始めるからと聞いていたので、10時過ぎに伺った。

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暮れにお会いしているスタッフの皆さんが収穫作業をはじめていた。

ハウスの中は、暖房を入れていたが、成長期に氷点下の日が続いていたことから伸び悩んだようで、2Lクラスが昨年に比べて少ないと云う。しかし、品質は良い。

毎年、収穫作業を手伝ってくれる並木秀雄さんと一緒に収穫していくと、市川さんと西川さんが次々に袋詰めしていく 


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2018年03月03日

またまた、江戸東京野菜の発見か? 伝統野菜が伝統野菜を呼び寄せる。


足立区興野の内田宏之さんのお宅で、栽培した千住ネギのネギ蒸しをいただきに伺ったことは、当ブログで紹介した。

伝統野菜の復活に取り組むために、東京都農林水産振興財団にお世話になっていた時、奥様の和子さんが本田ウリを栽培していること
を知った。

その後、内田さんが本田ウリを栽培していることが新聞・テレビで紹介されたことから、地域の皆さんの知るところとなった。

浅草葱善の田中庸浩社長が、固定種の千住ネギをふるさと足立区で復活栽培したいと、2015年足立区の農家の方にお願いしたら、内田さんが伝統野菜の本田ウリを栽培しているから、お願いしたらと、内田さんを紹介してくれたと云う。





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その後、内田家と同じ花栽培をされている榎本晴夫氏が、うちでタネを採って昔から食べている菜だと云って種を持ってきてくれたと云う。

交配種の小松菜を自家用に作って食べていた内田さん、いただいた固定種の菜を食べたらえぐみもなく美味しいと、今ではこちらを好んで食べていると云う。

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伝統小松菜のごせき晩生種と比べても、さらに古い品種「葛西菜」に見えた。


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2018年01月30日

国産の安全な大豆を無農薬で栽培し、地元の宝「平山陸稲」を次代に伝える栽培も怠らない、日野市の小林和男さんを紹介する。


日本家政学会食文化研究部会の例会でお会いした、実践家庭科研究会の高橋ヨシ子副会長から、3月に同大学で、今回と同じようなテーマで話を聞きたいとお誘いをいただいていた。

そろそろ、ご依頼の話しを纏め、パワーポイントを作成しようと、資料集めを始めた。

実践女子大学がある日野市の農家小林和男さんがリーダーの「日野産大豆プロジェクト」が、「地域に根ざした食育コンクール2009」 で農林水産省消費安全局長賞を受賞している。

このプロジェクト、国産の安全な大豆を無農薬で地元の畑で栽培し、それを豆腐にして市内の小中学校の給食で食べさせたいとする、栄養士や調理員さんたちから、小林さん達農家3軒に依頼があり、2003年栽培がスタートした、と云うもので、

「女性が社会を変える、世界を変える」という建学の精神に基づいて、実践女子大学の白尾美佳教授が指導する生徒さんたちが、2004年からプロジェクトメンバーに、ボランティアとして加わっている。

このことは、白尾先生の講演をお聞きしている。






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農林水産省選定「地産地消の仕事人」、農林水産大臣任命「ボランタリー・プランナー」の肩書を持つ小林さんは、昨年6月のJA東京南(テリトリーは日野市、稲城市、多摩市)の役員改選で代表理事組合長に就任している。

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こちらの事情をお伝えして、電話で確認事項を聞くと、2003年から始まった日野産大豆プロジェクトは、今年で15年、実践女子大の生徒さん達も引き続き重要なメンバーとなっていると云う。

大豆が豊作だった2010年には、府中の登喜和食品で、納豆も作った。

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2017年12月18日

日本一セルリーの技を引き継ぐ「清瀬なみき農園セルリー見学交流会」が開催された。


野菜ジャーナリストの篠原久仁子さんから、今月初めに「清瀬なみき農園セルリー見学交流会」の開催メールをいただいた。

清瀬のセルリー生産者、並木猛さんのセルリー圃場見学、ニンジン・サトイモの収穫体験、そして交流会をすると云う。

そもそもは、当ブログで、並木猛さんを紹介したことから、それを見た篠原さんと上原恭子さんが、何度も並木さんを訪ねたことで、ご縁が生まれ、とうとう見学会を開催するまでになった。

このような広がりは東京の農業振興をベースに活動している小生としてはうれしい限りだ。




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篠原さんの案内によると
「【なみき農園のセルリー見学会交流会】は、セルリー定植前のとても大切な時期を、特別にご案内いただくスペシャル企画!、

初の試みということで、収穫を毎年お手伝いされているスタッフの方や、流通市場関係の方々など約10名も参加されます。

種からの育ての親から、流通販売、生活者まで一堂に会する場となりますので、セルリーのことや都市農業のことなど、美味しい食事を囲みながら意見交換をする場にできたらと思っております。」
とあった。

写真左から、渋谷のイタリアン「オステリア アルコ」の岡田圭介シェフ、江戸東京野菜コンシェルジュの松嶋あおい理事、増田純代さん、若林牧子さん、河原井靖子さんも参加された。

岡田シェフは昨年、並木さんのセルリーでお料理を作っていて、当ブログでも紹介している。


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「日本一」をブランドネームとしていた師匠の伊藤仁太郎さんから
「野菜の中でも一番難しい野菜だが、芸術的なものを作る気持ちで・・・。
セルリーはしゃべらないからセルリーの気持ちを感じ取りなさい」という教えを、今も真摯に守って取り組んでいる姿勢が見て取れた。

9月初めに種蒔き、100日の育苗、2反歩に約7000本を定植して100日で収穫している。、

26歳で師匠仁太郎さんにお世話になったが、お父さんが健在であったこともあり、セルリーに切り替える自信もまだなく、実際にやり始めたのは37歳だったとか、江戸川と清瀬では環境が違うので苦労もあったようだ。


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2017年10月24日

台風21号が23日の早朝 東京を直撃し、強い風にあおられた農産物に被害が出た。


19日から小雨が降り続いていた、台風21号はフィリピン近くだったが、すでに東京を直撃するような予報が出ていた。

台風21号は予報通り23日未明に上陸したが、6時に目が覚めた時には静かだったので、台風は行ってしまったと思っていたが、テレビをつけると八王子を通過中ということだった。

これから吹き返しが来るのかと思って注意をしていたが、9時過ぎになっても静かだったので、近辺の農家の様子を見て回った。




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雨で柔らかくなっていたところに風に巻かれて、頭の重いブロッコリーが倒されていた。

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こちらのお宅では、白菜は大丈夫だったが、東京土垂れ(下左)、内藤とうがらし(下中)、秋ナス(下右)は台風に備えてナスはもいであった。
まだ、時折、突風が吹いていた。

別のお宅では、千住ネギの葉が折られたほか、露地の葉物は土の跳ね返りで、出荷が面倒だとこぼしていた。

この程度の被害で済んだのは幸いだった。

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2017年09月29日

杉並の内藤クリの生産状況を知りたくて、生産者の内藤さんに時間をとっていただいた。


フレンチの三國清三シェフが秋になると、内藤クリを必ず使う。
特に内藤クリと云う品種があるわけでなく、三國シェフが気に入って内藤隆さんの栗をそう呼んでいる。

内藤さんのクリを使い始めたのは2010年だったか、東京に栗がないか聞かれたことから、杉並の内藤さんの栗は、地域の皆さんが行列をして購入すると紹介したのが始まりだ。

内藤さんは、地域の方に直接販売する方法をとっていて、市場に出荷したり、レストランに売り込んだりはしていないので、東京野菜カンパニーの牧野征一郎社長を紹介して購入していて、

オテル・ドウ・ミクニ25周年企画 〜ミクニの地産地消・東京を食べるディナー〜冬編が、2010年11月30日に開催されたときには、内藤さんご夫妻も参加された。




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そろそろ収穫のシーズンだろうと、内藤さんに電話をして時間をとっていただいた。
今年は、8月の長雨で、日照時間か少なかったことから、生産量は少ないと云う。

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昨年も三國シェフは、「杉並の内藤栗とショコラのモンブラン」で使っている。

今回は、テレビ朝日映像のディレクター古屋徹さんが、東京の農業を知っておきたいと云うので、ご一緒した。

内藤さんの栗林は、2015年の「農の風景・景観コンテスト」で、紹介されている。


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2017年09月11日

タネはあるけど栽培されなくなった「つまみ菜」の経緯を江戸川の農家に伺った。


8月11日に販売されたポテトサラダを食べた客から腸管出血性大腸菌O157が検出された、というニュースが全国を駆け巡った。
ポテトサラダが感染源としていたが、8月26日に調べたサンプルは、陰性と確認され、いまだに原因は究明されていない。

実は20年前にもO157事件が発生して、大きな事件となった。
あれは、大阪市堺市で発生したもので、時の厚生大臣は感染源を「カイワレ大根」とする記者会見を早々と行った。

これにより、カイワレ大根を生産する全国の生産者は大きな被害を受けたが、原因は判明しなかった。

先日、第五砂町小学校で行われた、砂村一本ネギの栽培指導で、江戸川にお住いの関口隆雄さんにお会いした。




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関口さんは先代から引き継いだ「つまみ菜」栽培をしていた37歳の時、農業後継者として1974年日本農業賞東京都代表に選ばれた。
当時、畑の南側には東西線が南砂、葛西間の高架を作っていた。(写真は現在の小島町2丁目)

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そもそも「つまみ菜」は、江戸時代、深川の百姓、細川市右衛門が、蕎麦屋から何か青味がないかと頼まれた。
思いついて、油菜のタネを水に浸してから畑に厚蒔きし、葉が数枚出たところで、摘まんで収穫して持って行ったことが始まり。

その後、明治になって双葉が大きい雪白体菜が中国から入ってきた事からこれに切り替わった。
葉の形が「杓子(しゃくし)」に似ていることから「しゃくし菜」とも呼ばれている。

「つまみ菜」は、タネを蒔いて2週間、葉が2〜3枚出たところを朝採りで、片手で摘まんで専門の包丁で土がつかないように刈っていくからその名がある。

鮮度を重視するから消費地に近い深川で始まったが、都市化が進むと栽培地は東の砂村に移り、その後、関口さんのお宅が江戸川区西葛西に移転すると、お祖父さんやお父さんが栽培面積を広めていった。


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2017年05月06日

八王子産果実を使ったパツションフルーツワイン(甘味果樹酒) を堪能した。


JA八王子パツションフルーツ生産組合では、今年も定植が一段落し、花が咲き始めている。

八王子市は都内でも最高気温を記録する街で、パツションフルーツは、亜熱帯の果樹であることから、”太陽の街八王子“ のキャッチフレーズはぴったり。

果実は八王子にすっかり定着し、八王子滝山の道の駅を中心に販売も軌道に乗っているが、商品開発も積極的だ。





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八王子ではパツションフルーツワイン(甘味果樹酒) を販売しているが、
同生産組合が原材料を供給して、大月市笹子町の笹一酒造が限定醸造をしている。

同酒造は、にごり酒を各種発売しているが、このワインもビンの下部が濁っている ”にごり系”。

一口飲むと、香りと甘さに加え、酸味、苦味、渋味もあり奥深い味わいで、にごり部分に微細な果肉なども含まれていて、その味わいも楽しい。

アルコール分12度の550ml だから、楽しく飲み切った。


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2017年04月06日

清瀬の並木さんが栽培するセルリーの収穫作業が始まった。


清瀬市の並木猛さんのセルリー栽培を、江戸東京野菜コンシェルジュ協会の上原恭子理事と野菜ジャーナリストで野菜ソムリエの篠原久仁子さんの3人で見に行ったことは、当ブログで紹介した。

3月31日から清瀬市の並木猛さんのセルリーの出荷作業が始まったことで、上原理事と篠原さんは4月1日に、大田市場に出かけていて、写真を送ってくれた。

並木さんは、初日の納品だけは自ら大田市場に出向いて、市場の動向を聞いたり、他県産のセロリを見て歩くなど精力的に市場内を歩きまわった。
上原理事たちも同行して、野菜ソムリエとしての知識を深めたようだ。





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午前中の10時までに収穫を終えて、自宅作業場に持ち込んで規格別に分けて箱詰めにすると聞いていたので、10時前についた。

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近所の方々にもハウスの入り口で販売しているが、皆さんこの日を楽しみにしているから早々と来て買っていく。

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2017年03月09日

東京を代表するセルリー栽培農家・並木さんの収穫まで1ケ月を切った。


「日本一のセルリー」で有名だった江戸川の伊藤仁太郎さんが亡くなった後、愛弟子の並木猛さんが清瀬市でその栽培技術を継承しているということを知ったのは昨年で、収穫風景は当ブログで紹介している。

伊藤さんの思いを受け継いだ栽培技術は、半端ではない。

そんな並木さんのセルリーに対する姿勢を知ってからは、昨年は採種の頃や、9月の発芽したところに伺って、写真を撮らせてもらっている。





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昨年の収穫風景をブログに掲載したら、野菜ジャーナリストで野菜ソムリエの篠原久仁子さんや、江戸東京野菜コンシェルジュ協会の上原恭子理事が、収穫時に並木さんを訪ねていて、立派なセルリーを手にして感激していた。

上の画像をクリックする
そんなことで今年は、一緒に見に行こうと、先月伺ったもの。
並木さんがセルリー一株一株に向かい合う、思いを今年も心地よく聞かせていただいた。

セルリーは、3カ所にあるハウスの中で栽培されている。
大きい1番目のハウスは、清瀬駅方面へのバイパス道路脇にあり、2番目のハウスは、その近くの住宅街の中にある。
そして、3番目のハウスは、志木街道に面した自宅の裏にある育苗ハウスが育苗後に使われている。



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2016年10月08日

並木猛さん (清瀬市) の育苗ハウスでは、今年も自慢のセルリー栽培が始まった。


「日本一のセルリー」として販売していた、名人伊藤仁太郎さんの愛弟子・並木猛さんが種を蒔いて芽が出たというので、先週伺った。

並木さんは、しばらく師匠の仁太郎さんが残した種を利用してきたが、数年前から採種を始めていて、6月に満開の花が咲いているところは、当ブログで紹介した。

並木さんには、播種をして、芽が出てきたら電話をくださいと言っていたが、電話をいただいたので、先日伺った。





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自宅裏のハウスを育苗用にしてあり、1週間ずらして育苗トレーに種を蒔いていた。

上の画像をクリックする
3日前に蒔いた種が乾燥しないように布で覆われていたのを剥ぐと、そこには無数の種から芽生えが見られた。


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2016年09月24日

練馬の吉田茂雄さんが、平成28年度 宮中新嘗祭献穀・東京都代表で精粟を奉耕されていた。


先日、練馬区立光が丘秋の陽小学校に伺ったことは、当ブログで報告したが、同校に隣接する田柄地区で学校給食に昔から協力している吉田茂雄さんに電話をして、現状を伺っていた。

その時、吉田さんから、今年の宮中新嘗祭献穀事業で精粟の耕作をしていると伺った。
私も現役時代に担当していたので、そのうちに伺いますと云っていたが、

次の儀式「抜き穂の儀」が、9月25日(日) に執り行われると云うが、生憎、先約が入っているので、小雨が降っていたが急きょ、先日写真を撮りに伺った。





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宮中新嘗祭は、2千数百年の歴史がある宮中でも第一の重儀で、新嘗祭に伴う献穀は、農家を励ますことから始まり、戦後各県の農家代表が自主的に精米1升と精粟5合を献納することとなった。

今年、東京では西多摩地区から精米が、東京区内が精粟で、中でもJA東京あおばの正組合員、吉田さんが東京都代表として耕作している。

今年の天候が不順だったこともあり、この時期、まだ穂に青さが残っていた。


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