2010年02月27日

東京都教職員組合栄養部会の学習会で、地元の伝統野菜を探してほしいと依頼される。


従兄の娘・川端富士子から、久しぶりに電話があった。
彼女は練馬区立の小学校で栄養士をやっていたが、最近、東京都教職員組合栄養部会でも、江戸東京野菜が話題になっているからと、毎年2月に行う学習会の講師を依頼された。

依頼書には、「東京都に働く教職員の組合で、教研として将来に向かって栄養職員や学校給食の役割を考え、自分自身への生き方や暮らし方に生かせる機会としたいと思っております。
現在、地場産の食材を給食にと、地元の野菜を少しずつ給食の中に取り入れているところです。
「江戸東京の野菜」の歴史や現在の実情のお話をお聞きし、「みて、さわって、食べて」深めたいと思います。
そして、学校給食に生かし、教職員・子ども達・身近な人達へ・地域の人へ伝えていきたいと考えます。」
とあった。


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平成14(2002)年度から小学校では「総合的な学習の時間」が始まり、体験的・探求的学習を目的として地域とのかかわりを重視した学習の時間が導入された。

その年、JA東京グループでは、「次世代との共生」をめざす運動を進めるための重点として、次代を担う子どもたちが農業体験学習を通じて自然や生命に触れ、地域の人々と額に汗し、体験・交流することにより、地域の農業と食料に対する理解を深めてることを目的にした活動を展開していた。


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2010年02月03日

農林水産省広報誌「aff」で、江戸東京野菜が紹介された。


農林水産省広報課から、広報誌「aff」で、伝統野菜の特集をするから、伝統野菜について書いてくれと依頼があった。
昨年、「江戸東京野菜」の物語篇と図鑑篇を出したのを読んでくれたようだ.

2008年9月に、関東農政局が広報誌「Lets農業26号」で特集を組んでから2年になるが、本省の農林水産省広報誌に掲載されるまでになったのは喜びに堪えない。



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「野菜をめぐる新しい動き」として「伝統野菜の実力」が8頁にわたって掲載されたが、
特に、巻頭の「伝統野菜ってどんな野菜?」を、書かせていただいたのは光栄で、東京都農林水産振興財団食育アドバイザーとして掲載いただけたのは感謝だ ! 。

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同誌には、練馬大根と亀戸大根の他

生産の現場から、亀戸大根を栽培する木村重佳さん
販売の現場からは、品川の青果商・大塚好雄さん

そして、伝統野菜を盛り上げる取り組みとしては
墨田区立第一寺島小学校での寺島ナスの復活
練馬大根引っこ抜き競技大会

小金井市のまち興し大作戦 等、
東京の取り組みをあますことなく紹介した。

2010年02月01日

【2月号】 早春に出回る、江戸っ子が好きな亀戸ダイコン


江戸川の鹿骨で伝統の亀戸ダイコンの栽培に取り組む木村重佳さんは、2月15日と22日の二回に分けて2千本を越える亀戸ダイコンの種を蒔くという。かつてよしず栽培の時代には三月頃が亀戸ダイコンの最盛期であったが、ビニールなどの園芸資材の発達・普及で、栽培期間も延び5月の連休の頃までも、食べられるようになった。

木村さんが栽培した亀戸ダイコンは味噌と一緒に瓶に漬けられ、葉付一本の丸ごと味噌漬(450円)として、亀戸天神の藤が咲く連休に売り出される。

江戸の昔から、藤の名所として天下に聞こえた亀戸天神の「藤祭り」、昨今は暖冬の影響で花の咲くのも早く、今年は4月18日頃から4月一杯が花の見頃だろうといわれている。JR亀戸駅から天神様への途中に、その人出をにらんで「すずしろ庵(03-5626-3636)」が開店し、一昨年の暮れ当たりから新商品の味噌漬を売り出した。小ぶりな亀戸ダイコンの漬物は、少人数の家庭でも食べきれる大きさで好評のようだ。


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一方、毎年恒例となった亀戸の香取神社(JR亀戸駅から亀戸天神への途中)で開催される福分け祭りは、今年は例年より一週間早く3月7日の10時から始まる。この福分け祭り、亀戸ダイコンがかつて亀戸の地で盛んに栽培されていた頃、お多福ダイコンと呼ばれていたことから、その福を分ける、めでたい祭として始まり、当日は新鮮な亀戸ダイコンが参拝者に配られる。 そもそも平成10年に亀戸の小学校6校で始まった「栽培の復活」は、収穫した亀戸ダイコンの収穫祭として生まれたのが福分け祭で、当時の小学生達は成人になり、新たに定着した地元の食文化として継承してくれている。


2010年01月04日

AFC フォーラム 2010年1月号に江戸東京野菜でエッセー


日本政策金融公庫の農林水産事業本部の広報誌「AFC フォーラム」の編集協力をしている、青木宏高さんから、11月に同誌1月号のフォーラムエッセーの頁を書かないかと電話がかかってきた。

青木さんは、NPO法人良い食材を伝える会の理事で、「江戸・東京伝統野菜の産地を見て学ぶ」ツアーを企画してくれるなど、早くから注目してくれているので、多くの方々に知っていただくには良い機会なので喜んでお受けした。

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2010年01月03日

東京都公園協会の季刊誌「緑と水の広場」に、「江戸生まれの小松菜」が掲載される


2009年の9月末に、東京都公園協会が季刊誌として発行している「緑と水の広場」東京の自然図鑑に、「江戸生まれの小松菜」について執筆をお願いしたいと (株)シーエスプランニング編集ルームの三品和彦氏から既刊誌と共に手紙を戴いた。

この季刊誌、都民を中心に広く一般の方々に、東京の緑と水および自然に対する関心と知識を深めてもらうとともに、都立公園・庭園の魅力、公園協会の事業を紹介している。

「東京の自然図鑑」(植物)は、東京とのかかわりでさまざまな植物を取り上げ、その生態や生息、保全の現状、また、種類によっては歴史や文化・生活との関わりなどを紹介していて、

これまでに野菜で取り上げたのは「東京のウド」だけで、27号で東京都産業労働局農林水産部農芸畜産課で野菜の専門技術員をされていてる高尾保之氏が書いていた。



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2009年度の冬号として2010年1月に送って戴いた。

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・江戸の野菜生産事情(江戸生まれの野菜品種は多い、その理由)
・現在、東京は食稚自給率最下位であるが、
その中でコマツナは全国第2位の生産量
・コマツナとはどのような野菜なのか
(祖先は中国から伝来したカブなど)
・江戸におけるコマツナ生産および名前の由来
(大切な冬野菜、葛西菜から小松菜へ)
・江戸での食され方、雑煮に欠かせない野菜
・現在の東京におけるコマツナ生産事情など・・・。


撮影協力を戴いた塚越農園の園主塚越弘さんは、小松菜栽培のリーダーとして、2008年4月に、東京都農林総合研究センター江戸川分場で開催されたシンポジウム「小松菜の明日を考える」で発表している


2010年01月01日

【1月号】 早春の香り、東京ウド


新春を寿ぎ、穏やかな新年を迎えられたこととお慶び申し上げます。我が家では、正月の一品にウド料理は欠かせない。ウドは平城宮跡の近くから出土した木簡にも書かれているなど古くからある野菜だが、ウドの軟化栽培が江戸に伝


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わったのは文化年間(1804-18)に練馬の石神井に伝わり、また一説には文政年間(1818-30)に杉並の井荻村に伝わり「井荻ウド」と呼ばれていた。戦後、東京では関東ローム層を利用した穴蔵栽培法が開発され、現在、「東京ウド」「立川ウド」のブランドで取引されている。真っ暗闇に真っ白なウドが林立する幻想的な光景が、収穫作業とともにテレビでも映し出されるものだから、消費者は、穴蔵にタネを蒔くものと思い込んでいる消費者が結構いる。ウドは春に畑に芽株を植え込む。 夏には大きく成育し、秋には花も咲く。そして、冬になり霜が降れば、霜げて地上部は枯れてしまう。枯れてもしばらくは畑に放置されるから、「収穫もしないで、枯らしてしまった」と、都会には批判する人もいる。しかし、これがウド栽培の重要なポイントだ。 春になったら芽生える芽をたくさん付けた根株を休眠させるための手段で、その後、掘り出して保冷庫に貯蔵する。そして、出荷時期に合わせて、3〜4メートルの地下に掘られた穴蔵に根株を植え込み。 温度をかけて目覚めさせると、春が来たかと真っ暗闇で発芽、生育するものだから、真っ白な肌のウドが生まれる。また、ウドはウコギ科で、朝鮮人参と同じ仲間だ。秋に咲く花をてんぷらにしたり、サッと湯がいて酢味噌で食べるとオツな味だ。たくさん食べるものではないが、珍味といっていい。そんな話を山形の庄内でしたら、ある人が、「子供の時に、親から毒だから食べるなと云われたが、食べられるのか?」と真面目に質問された。子供には食べさせたくない何らかの事情があったのだと思うが、うまい。

2009年12月20日

The Japan Times が、江戸東京野菜について書いてくれた。しかも同社のHPに掲載している。


12月7日にジャパンタイムス紙の小竹朝子記者が、農林水産振興財団の勤め先に訪ねてきた。

数日前に、電話があって江戸東京野菜の「品川カブ」を販売している北品川商店街の大塚好雄さんを取材したが、そもそもの江戸東京野菜について、大塚さんに紹介をいただいたので、お聞きしたいという。




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品川カブ等、伝統野菜がなぜ、栽培されなくなったのか。

伝統野菜と、交配種の違いは何か、小松菜を例に、その違いを・・・

江戸東京野菜には、物語があるとして、
8代将軍徳川吉宗が、小松菜の名付け親であること・・・。

また、5代将軍徳川綱吉の大根の話など・・・、

私の話を、余すところなく書き込んでくれた。





2009年12月02日

公開フォーラム2009「日本の伝統野菜・在来作物のこれからを考える」、山形在来作物研究会から講師依頼。


山形在来作物研究会の江頭宏昌会長から、11月に同会が公開フォーラム2009を開催するからと、講師依頼があった。

テーマは「日本の伝統野菜・在来作物のこれからを考える」というもので、趣旨には、「在来野菜研究の先駆者である青葉高氏は地方の在来種を『生きた文化財』と表現した。伝統野菜・在来作物の持つ本当の魅力とは何か、これからの望ましい活かし方とは何か。講師の先生、参加者の皆さんとともにその本質に迫りたい」とあった。

山形在来作物研究会からのご指名は、名誉なことで喜んでお引き受けした。

前日の昼までにホテルにチェツクインする予定で、新幹線で新潟に行き、そこから
鶴岡に向かったが、新潟から乗り込んだ急行で、野菜文化史研究センター代表の久保功先生と一緒になった。



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フォーラム関連行事として、交流会と見学会が企画されていて、28日18:30からレストラン「イル・ケッチヤーノ」で交流会。
翌日には、現地見学会:11月29日(日)8:30−11:40
余目・亀の尾の里記念館〜平田赤ねぎ生産地〜産直めんたま畑〜山形大学。
交流会および現地見学会へはホテルよりバスで送迎すると云う。


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2009年12月01日

【12月号】 早稲田ミョウガを探しませんか !


今年の8月に足立区興野で、昔から栽培してきたという銀マクワ(本田ウリ)の栽培農家が見つかった。
このニュースは、まだまだ東京の片隅に伝統野菜がひっそりと息づいているのではとの期待を抱かせる明るいニュースであった。



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早稲田の穴八幡宮にある江戸野菜「早稲田ミョウガ」の説明版


江戸っ子が好んだ「早稲田ミョウガ」も早稲田のいずこかに、こっそりと生きているのではないかとの、思いに駆られている。
早稲田ミョウガは、全体に赤みがかり、大振りで独特の香りで、薬味や味噌汁の具、ヌカ漬など、江戸っ子に好まれた。
田山花袋の「東京の三十年」には、「早稲田から鶴巻町へ出て来るところは、一面の茗荷畑で、早稲田の茗荷と言えば、野菜市場にもきこえたものであった。」とある。花袋が明治14年(1881)に上京してから三十年間の変遷を記したものだが、明治15年大隈重信によって早稲田大学の前身・東京専門学校が田圃の中に設立されると、その後、辺りはしだいに学生達の食堂や書店、下宿屋などが出来る。
夏目漱石の「硝子戸の中(初版大正4年)」で「早稲田に移ってから、私はまたその門前を通って見た。表から覗くとくと、何だかもとと変らないような気もしたが、門には思いも寄らない下宿屋の看板が懸っていた。私は昔の早稲田田んぼが見たかった。しかしそこはもう町になっていた。」とあり、明治の終わり頃には、早稲田ミョウガは田圃と同じ運命をたどっていたようだ。しかし、神社やお寺の片隅、昔から残る屋敷の一角にしぶとく残っているのではとの期待も捨てきれないでいる。
早稲田ミョウガの捜索活動は、昔の早稲田や地理に詳しい方を探してからだから来年の春以降になるが、見つかったあとは何年かかけて増産する。 
夢にまでみた早稲田ミョウガを刻んだ薬味。 内藤新宿ゆかりの八つ房の唐辛子とともに「そば」の薬味として食べてみたいのは、私だけだろうか。

2009年11月16日

Tokyo MXテレビが紹介した、江戸野菜の味 「品川カブ」でまち興し。


品川の伝統野菜、品川カブによって旧東海道品川宿のまち興しに取り組んでいる青果商の大塚好雄さんに、品川カブの普及を小中学校から始めたいと、常々話していたが、
大塚さんのお口添えもあって地元大井の小中一貫校伊藤学園の9年生(中3)が栽培してくれた。

また、大塚さんは、商店街のみなさんに品川カブを提供して、商品開発に協力してきた。

このほど、北品川の「伊勢屋」が考案したまんじゅうが好評。
また、北品川の洋菓子店「孝庵」ではケーキの「蕪」を発表している。
南品川のギョーザ店「しおの屋」ではひき肉やキャベツなどの具材に、カブや葉を混ぜた餃子も作り出した。

大塚さんは、11月15日はこれらの商品のお披露目で販売すたが、ブースでは品川カブの豚汁を振る舞い、品川カブなど江戸東京野菜の五点セットを800円の大安売りを行った。

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Tokyo MXテレビが紹介した動画YOU Tubeにリンクする

2009年11月01日

【11月号】 東京にも海抜2000メートル級の山があるなんて知ってました!


江戸東京の食材を求めて奥多摩へ出掛けてみた。雲取山(2016b)の山ふところ深くの沢にはワサビ田が造られているが、今回は日原谷に向かう。川苔山(1,340b)の林道を落石に注意しながら途中まで車で行き、そこからは、農産物運搬用のモノレールで標高1.100bの、千島山葵園のワサビ田で収穫作業に立ち会った。



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奥多摩ワサビ栽培の歴史は古く、江戸時代にさかのぼる。初めは野生の苗を採取して栽培されて、筏によって神田市場に運ばれていた。武蔵名勝図会(文政六年)によると海沢(うなざわ)村の産物として山葵(ワサビ)が紹介されているが、「山葵 この地の名産なり、多く作りて江戸神田へ出す。」としたうえで、栽培についても「村内に澗水の流れ多く、

また柿平川という谷川もあれば、清水の流れは常に絶えず、士気少しもなきように、小砂利の間に挿み置きて、上の方より清水を不断に流して、又、多からず少なからぬように灌ぎぬれば、分根して、その葉は少く、その味はいと辛し。」と詳細に記され、「当村は山葵を作り出して、値百金余に至れる由。」と数少ない換金作物であったことがうかがわれる。

また、「これより西に至る村々にても作れども、この地は殊に多し。」と奥多摩の各地で栽培されていたことがわかる。明治28年頃より地元の仲買人が神田に常時出荷するようになると、産地奥多摩の名は定着していく。明治43年8月に相次ぐ台風に伴う洪水で、山懐のワサビ田は崩壊、流失する壊滅的な打撃を受け、廃業する者も相次いだが、全国的な被害で価格が高騰したことから、再び生産しようと云う意欲が生産者の間に湧きおこり栽培面積は10.5fまで回復した。

その後、昭和46年に20fにまで広がったが、外国産の安いワサビが輸入されるようになったことで、品質の良い奥多摩ワサビは苦戦を強いられている。


2009年10月31日

10月30日、NHK「視点・論点」で「食育の秋」を語る


NHK教育テレビで放送している「視点論点」については、今年の3月12日に、「今話題の、江戸東京野菜」をテーマにお話ししたが、

その時、スタジオからの帰りがけに、解説員室の吉川恵美さんから、「またお願いします! 」と云われたが、その場は社交辞令と受け止めていた。

以後、江戸東京野菜の取り組みは、各地で活発な取り組みが行われていた。
そんな中で、9月の初めに、吉川さんから再び電話をいただき、「その後どうですか! 」と云うもの、

食育アドバイザーとして、お断りするのもいかがかと、即答でお引き受けして、10月の日程が決まったもの。



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今回は「食育の秋」について話した。
江戸の食生生活は、ビタミンB1欠乏傾向だったこと、食事バランスガイドを参考にした食生活が大切。
そして、寺島なすの復活させた小学校での取り組み、季節限定の野菜だということなどを話した。







2009年10月30日

体験学習「江戸・東京伝統野菜の産地を見て学ぶ」のガイドを任された。


「地域食材と江戸の食文化」について「大人の食育」が7月に行われたが

10月には、体験学習が予定されていた。

10月27日【城東コース】で、10月28日は【城北コース】としてガイドを依頼されていた。

両日の内容は、青木宏高理事が纏めて、同会のブログに掲載した。



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開度をお受けしたことで、城東コースは、2004年に青木理事をご案内したコースをベースに構築したもの。

また、城北コースは、滝野川ゴボウは輪島一成さんにお願いしたが、三富新田は元埼玉新聞記者の中西博之さんが担当された。


2009年10月01日

【10月号】 東京の食材にとことんこだわる  「mikuniMARUNOUCHI」


フレンチ巨匠の三国清三シェフが9月3日丸の内にmikuni MARUNOUCHIをオープンした。
2004年に雑誌ソトコトの企画で、東京の農業などを取材していただいて、生産者の生きざまを知っていただいたのが、シェフを東京の農業にこだわらせるきっかけになったと思っている。


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今年の5月に、新宿御苑でシェフと地産地消のトーク企画があったことは新聞にも書いた。

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その時、丸の内店を、江戸東京野菜を始め、東京の食材にとことんこだわった店にしたいと、その思いを打ち明けられた。

東京の旬を教えてくれる、季節限定の江戸東京野菜についても良くご存知だった。

開店1か月前の8月3日に、相談に乗ってくれと、オテルドゥミクニに呼ばれた。
新店舗のスタッフ全員が集まった。

シェフは「僕は北海道の出身ですが、東京には北海道にも負けないぐらいの上質の食材があると云うことを伝えたい」、
そして「東京の食料自給率1パーセントを少しでも上げ、地産地消をテーマの中心に考えています」と言う。 シェフの思いを受けて、江戸東京野菜を始めとする地場産野菜は、当ブログの「江戸東京野菜はここで買えます」の生産者たち。

また、牛肉はあきる野市の竹内牧場の秋川牛、豚肉は東京都畜産試験場が開発したTOKYO X、鶏肉は東京シャモに東京ウコッケイ。

牛乳は東京の酪農家が搾乳した東京牛乳。
魚は、多摩川源流、奥多摩のニジマスにヤマメ、さらに東京漁連の江戸前と伊豆近海の魚。

コメは八王子高月の特別栽培米。
塩は伊豆七島の天然塩に油は利島の椿油と、東京の農林水産物をもろもろ紹介させてもらったが、消費都市・江戸東京には昔から何でもあった。

季節折々の食材は、その旨みを引き出され、目と舌を楽しませてくれるはずだ。



2009年09月10日

江戸東京再発見コンソーシアムの「舟めぐり」、電気ボートで日本橋から墨田川へ


江戸から東京へと歴史文化は引き継がれ、東京には歴史の舞台となった史跡や代々続く老舗、伝統工芸などが存在する。
農業についてもしかりで、代々引き継がれた農家、農地、そして野菜などの種がある。

これらを東京の観光資源として位置づけ、活性化を図るため、江戸東京再発見コンソーシアム”Consortium of Rediscovery Edo-Tokyo Tourism Walk(CREW)” が結成され、ユニークな活動は、経済産業省「広域・総合観光集客サービス支援事業」の補助事業となった。

同事業としては、江戸野菜のほか、伝統工芸、舟めぐり、街めぐりなどがあるが、江戸野菜としては、4月に日本橋女学館中学校の藤井由紀子教頭から、固定種の小松菜栽培について相談を受けている。





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江戸東京再発見コンソーシアムから「舟めぐり」について何度か案内をいただいていた。

9月7日(月)、都合がついたのでの10時に、集合場所の日本橋川の常盤橋近くの桟橋についた。
舟の出帆は11時だが、少し早く行って周辺を歩いた。

今回の企画、日本橋川クルーズは、環境にやさしく静かな電気ボートで、日本橋川に架かる日本橋から、江戸橋、江戸湊、そして墨田川に出ると、月島に架かる永代橋、中央大橋をくぐり、墨田川から亀島川を上り、霊岸島を回って茅場町から日本橋水門を抜けて日本橋川に戻り、帰路に就くというコース。

常盤橋
「江戸城の城郭門「常磐橋御門」の見附橋として架けられたもので、東京で最も古い橋の一つといわれています。橋のたもとには常盤橋御門の跡が残されており、国の史跡に指定されています。」(CREWガイド)


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2009年09月01日

【9月号】 江戸東京野菜 物語篇……江戸東京野菜には物語がある


前号で紹介した「江戸東京野菜 図鑑篇」と併せて「江戸東京野菜 物語篇」を執筆して、8月末にようやく校了した。9月中旬には完成して、下旬には書店に並ぶはずである。この物語篇は「1.400年の歴史を伝える江戸東京野菜」「2.江戸東京野菜には物語がある」「3.江戸の食の"柱"は江戸生まれの野菜……食文化研究者・江原絢子さんに聞く」「4.江戸東京野菜復活の取り組み」の4章で構成した。



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江戸が運河の街だったと知る人は少ない。ましてやその運河を利用した舟運の主要な荷が米と並んで野菜だったと知る人はもっと少ないだろう。

急増した江戸の人口を支える大量の農産物は、「河岸」と呼ばれる市場に荷揚げされた。運河と街道を結ぶ拠点に市場が形成されていた。神田須田町にあった神田市場しかり、日本橋川と神田川に挟まれたこの地域は特に舟運の便がよかったからだ。他にもいくつもの河岸が多数点在していた。京橋には「京橋大根河岸」があった。現代的ビルが立ち並ぶ東京の中心地は、ベニスに匹敵するような運河の街であり、野菜流通の拠点だったのである。 

また、江戸は田園都市であったことを知る人も少なくなった。江戸は人口の増加に伴って規模が拡大してゆくが、常に郊外に新鮮な野菜を供給できる場所が必要であった。そうでなければ100万人もの人口を養うことができなかった。江戸東京市中も含め近郊の農村で栽培され、江戸東京人の食卓に上り食文化を育てたのが江戸東京野菜だ。「練馬ダイコン」「滝野川ゴボウ」「早稲田ミョウガ」「小松菜」などの産地の名がつくのもそれだけ身近だったからに違いない。400年の伝統があるだけに話題はつきない。その歴史を振り返り思いを綴った結果が200頁を超える「江戸東京野菜 物語篇」になった。

輸入ギョーザ中毒事件をきかっけに食の安心安全の問題がクローズアップされ、外国依存の恐ろしさを消費者は深刻に受け止めるようになった。身土不二、地産地消などの言葉が広く知れ渡り各地で伝統野菜復活の動きが出てきている。

その象徴として日本の首都東京には江戸東京野菜があり、その東京で地場産野菜を栽培する志の高い農家や関係者がいることを広く知ってほしいというのも本書執筆の動機の一つでもあった。本書を是非手にとって、多くの方に江戸東京野菜に興味を持ていただき、食の安心安全の問題だけでなく、身近な都市農業が持つ食を支える力、さらにはスローフードのあり方や地球に優しい食文化への理解と発展につなげていただければ幸甚だ。

2009年08月10日

発見 ! 、,江戸東京野菜の本田ウリが、足立の農家で栽培されていた。


8月6日、東京都農林総合センターの山岸明さんから、都農林水産振興財団農業振興課に電話が入った。
山岸さんには、4月に江戸川分場で「小松菜のシンポジウム」が開催された時にお世話になっていて、何かと思ったが、「大竹さん、マクワウリが見つかったよ! 」と云うもの。



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話を伺うと、足立区興野の花農家・内田和子さんから電話があって、江戸川分場のマクワウリの種を分けてくれと云うもの。

詳しく伺うと、内田家では、昔からマクワウリを自家用に栽培してきて、同じ品種の種を採種してしてきたことから、このままでは、タネが純粋に近づき、不稔の症状がおこるのではないかとの心配から電話をしてきたと云うもだった。

この事から、8日(土)、早速、車を飛ばして、内田さんのお宅に伺った。


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2009年08月01日

【8月号】 江戸東京野菜に取り組む生産者たち


平成19年の正月、農文協の鈴木部長(当時「季刊・うかたま」編集長)から「東京の農業の実力を知らしめ、東京の地産地消の象徴として江戸東京野菜の本を書かないか」との相談があった。「江戸東京ゆかりの野菜と花」(農文協)が絶版となった後、わかりやすい紹介本がほしいとの要望が寄せられていることも知っていたので、引き受けることにしたが、鈴木部長は、物語篇(著書)と図鑑篇(監修)の二冊を同時に発行したいと云うことだった。
 「江戸東京野菜 図鑑篇」 (9月中旬 農文協から刊行予定)

この本では監修を担当したが、カメラマンと編集者を引き連れて江戸東京野菜の栽培に取り組んでいる旧知の代表的生産者を取材した。

かつて都市には農地はいらないという政策が押し進められ、農地の宅地並み課税に都市農業者は反対してきた。都市に農地が必要なんだと、都市の中で果たす農業の役割を一つひとつ訴えてきた生産者たちを、30年ぶりに畑にたずねてみると、そこでは、農地を守り生産に励む懐かしい笑顔が手を休めて迎えてくれた。               
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この本では24人の生産者と17品種を紹介している。訪れてあらためて思ったのは栽培が難しく、大量生産に向かないと消えていく運命にあった江戸東京野菜をつくり続け、あるいは復活させた生産者の心意気の高さである。江戸時代から続く伝統を消してなるものかと、個性ある野菜たちを自分の姿に重ね合わせて栽培に取り組んでおられた。生産者が手にした野菜たちは、「お見事!」という言葉しか浮かばない綺麗な姿形をしている。そうした「いい仕事をしている」生産者とともに江戸東京野菜の姿を図鑑として一冊の本にまとめることができた。読者は、東京にもこんな個性豊かな伝統野菜があったのかと目を見張るに違いない。そして本書は、生産者&JA・研究者・市場・料理人が一体となって江戸東京野菜をもり立て、東京の地産地消を推進するための基本文献となるはずである。書店に並んだ折には是非お買い求めいただきたい。

2009年07月30日

「大人の食育」学習会「地域食材と江戸の食文化」のパネラーとして招かれる



NPO法人 良い食材を伝える会では、2009年度 農林水産省 にっぽん食育推進事業を受託して、「大人の食育」学習会 「地域食材と江戸の食文化」を、2009年7月26日 家の光会館 コンベンションホールで開催した。


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この様子は、「良い食材を伝える会」のホームページで紹介された。

上の画像をクリックする
今回「大人の食材」にお招きいただけたのは、中村靖彦塾長が、小さくてもいいから志のある人が集い、食や農についての勉強をして、お互いを高めあう場が必要だとの思いから生まれた「食材の寺小屋」で話をさせていただいたからで・・・・、

2005年7月 3日 発足まもない食材の寺小屋にお招きをいただき、「江戸東京農業名所めぐり」の話をさせていただいたことは当ブログで紹介している。


2009年07月17日

美味いもん倶楽部 家呑みのススメ編(芳文社)が発刊された。



週刊漫画TIMESで昨年3月から連載されてきた、本格野菜コミック「愛・菜彩」(作/ 桜井和生・画/ 幡地英明 )は、昨年11月に美味いもん倶楽部 冬の絶品つまみ編に一部挿入されて発行された

今回は7月16日、本格野菜コミック「愛・菜彩」の残った作品を掲載、美味いもん倶楽部「家呑みのススメ編」として芳文社 から発行された。


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