2015年12月30日

砂村一本ネギの第1回土寄せが、第五砂町小学校の菜園で行われた。


砂村一本ネギの栽培に取り組む江東区立第五砂町小学校の銭元真規江栄養教諭から写真添付のメールを頂いた。

前回の取り組みは、10月下旬に定植を行ったと連絡を頂いたが、このほど第1回の土寄せ作業を行ったという。




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冬休みに入る直前の12月24日に、土寄せをしました。
前日の雨のお陰で土もほどよく湿っていて、また、温かい
せいで作業がやりやすかったです。

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初めに観察をして、その後雑草を抜き、土寄せをしました。
以前に撮った矢作さんの畑の様子を見せながら、
土寄せの大切さを話しました。


片手に抜いた雑草を持って、丁寧に雑草を抜いている様子が分かります。

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2015年12月17日

「拝島ねぎ保存会」のお披露目式は、北川市長、高橋JA組合長が出席して行われた。


江戸東京野菜は、昨年9月に6品目が追加承認されたが、その中に拝島ネギがある。
昭島市では、伝統ある拝島ネギを市の特産野菜にするため、2009年に立川市にある東京都農林総合研究センターに、栽培試験を依頼している。

交配種との比較試験でも、良い結果か出たことから、系統選抜した種を2012年に生産者に配布して栽培復活が始まった。

2013年5月に、昭島市農業経営者クラブの総会後の講演に招かれ、「江戸東京野菜」の情勢についてお話をしたが、その中で「拝島ネギ」を江戸東京野菜に申請してはとお伝えしていた。

「江戸東京野菜推進委員会」(JA東京中央会)に提出する資料が間に合わなかったこともあり、翌年の2014年に資料が整い申請し、追加承認された。

昨年、江戸東京野菜コンシェルジュ協会が実施した「冬の江戸東京野菜セット」でも、鈴木勇作さんが栽培した拝島ネギが加わった。
江戸東京野菜のラインナップに加わったことで、需要も拡大した。

今年の「第47回 昭島市産業まつり」で拝島ネギを販売したら、当日用意された356束が、どの野菜よりも早い完売だったという。




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昨年来の「拝島ネギ」反響の大きさに、昭島市では、農業委員会、農業経営者クラブ、に加えJA東京みどり、東京都、JA東京中央会、当研究会で、「拝島ねぎ保存会」を結成、このほどお披露目式が開催されたもの。

お披露目式では、拝島ねぎ保存会会長になられた鈴木勇作さんが、挨拶にたち、拝島ネギが拝島の地で定着したいきさつ、復活の取り組みなどを話され、昭島の特産として栽培の拡大を進めたいと、決意を述べた。

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会場では、北川穰一昭島市長、JA東京みどりの高橋信茂代表理事組合長、東京都中央農業改良普及センターの矢引達人さんが挨拶をされた。

江戸東京・伝統野菜研究会代表としてもご指名を頂いたので、最近の江戸東京野菜を取り巻く情勢についてお伝えした。
昭島市の、いや東京のおもてなし食材として、東京、昭島市に来て食べて戴く食材に育てていただきたいとお願いした。

特に、北川市長がおられたので、食育として、小学校での栽培や、学校給食での活用などについても、検討をお願いした。
昭島市農業委員会の中野久史会長には、今年、足立区農業委員会の荒堀安行会長のお骨折りで、千住ネギを復活させたことを事例として紹介させてもらった。

中野貴産業活性課課長(昭島市農業委員会事務局長)と小山雅生さん(右下)。
小山さんは、拝島に拝島ネギを導入した1人小山倍伸さんのご子息として招かれた。


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2015年11月25日

足立区の近藤やよい区長が、「千住ねぎ」について「区長あだちな毎日」に掲載。


先日、内田さんのお宅に伺った時にお聞きした話だが、近藤やよい区長から、足立区のホームページに、千住ネギの事を書いたメールをもらったという。

何でも、近藤区長の日々の行動や考えを知りたい人は、区に登録しておくと、メールが届くのだそうで、
千住ねぎの事が書かれていたという。

千住ねぎについては、7月に近藤区長と定野司教育長に伺っていて、当ブログで報告している。



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11月11日の「区長あだちな毎日」に ”小学生の手で「千住ネギ」を復活へ

また、同区の農業係では、区内小学生が「千住ネギ」を復活させます!の中では、
当ブログへのリンクもされている。

2015年11月22日

葱商の老舗「葱善」に伝わる固定種の「千住ネギ」が、故郷足立の農家で栽培が始まった。


江戸東京野菜のネギは、江戸の農業先進地砂村に摂津から持ち込まれ、砂村ネギとして栽培されてきたが、その後、隅田川を遡り千住地域に伝わり、栽培されたことから、市場では各産地から入荷したネギを、産地別に区分するために千住ネギの名が生まれた。

千住の近隣では、葛飾の新宿(にいじゅく)ネギ、矢切ネギなどもあり、また、埼玉からは岩槻ネギ、深谷ネギなども入荷していたが、千住市場には良質のネギが集まったことから、販売戦略上、千住市場に入荷したものを、千住ネギと呼ぶようになっていった。

最近では、1代雑種のブランドネギ「千寿ねぎ」をはじめ、埼玉の産地でも殆どが1代雑種に変わったと聞いていた。

足立区興野で江戸東京野菜の本田(ほんでん)ウリを栽培していた、内田和子さんから電話をもらった。

何でも、ご主人の宏之さんが当ブログを見ていて、足立区立の小学校で千住ネギの復活に取り組むことを知ったようで、すでに、内田さんの畑では浅草のネギ問屋「葱善」の田中庸浩社長から依頼されて固定種の千住ネギを栽培しているのだという。

こちらは、ジーンバンクから入手した「千住一本ネギ」で、区立小学校での復活の準備が整ったところなので、こちらの取り組みが一段落したところで、田中社長にお会いしたいからと、日程調整をお願いしていた。





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江戸東京野菜推進委員会事務局長の水口均さんを誘って、先日、舎人ライナーの高野駅で待ち合わせて、内田さんのお宅に伺った。

内田家は、現在切り花栽培をしているが、昔は水田以外に、野菜を栽培していたようで、昭和15年12月とある野菜問屋「平塚屋」との取引が記載されている青物(控)、通帳を見せてくれた。

かつては、ツル菜等のつまものと、ネギを栽培していたという。

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2015年11月01日

第五砂町小学校で砂村一本ネギの定植が終わったと、銭元教諭からメールをもらった。


江東区立第五砂町小学校の銭元真規江栄養教諭からメールを頂いた。
今年の8月、夏休み明けの26日に、種の贈呈式を行い、種まきを行ったことは、当ブログで紹介している。

メールには、
先日足立区の小学校のねぎの定植を知りましたが、本校でも26、27、28日の3日間で、4クラスの定植を行いました。」とあった。

足立区で千住一本ネギの播種が行われたのは8月31日で、足立区農業委員会の荒堀安行会長が前年第五砂町小学校に来て取り組みを学び、銭元真規江栄養教諭の話を聞いて、今年から千住一本ネギで、その復活が始まった。

五砂小より、一足早く定植した足立区の取り組みは、東京MXテレビで紹介されたり、新聞でも紹介された。





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五砂小の、種の贈呈式はこれまでYouTubeで紹介されたり、新聞でも紹介されたりもした。
特に、種の贈呈式は、色々なものに書いてきている。

上の画像をクリックする。
メールには
それぞれプランターで大きくなったので根を傷つけないように掘り起こし、植え替えました。

例年通り、まだ頼りないものの、しばらくすればしっかりと根付いてくると思われます。」


今度は「土寄せ」作業だが、そんな作業をする生徒達の写真が待ち遠しい。



2015年10月30日

足立区立の小学校で江戸東京野菜の千住ネギの植え替えを行った。


足立区の伝統野菜・千住ネギは、昭和40年代以降、近隣の埼玉県に産地が移動する等、栽培されなくなっていた。
このようなことから、同区農業委員会の荒堀安行会長から、小学校での栽培復活について相談を受けたもので、8月末に種まきをしたことを、当ブログで紹介している。





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先週の20日(火)には、栗原北小学校と平野小学校が、26日(月)には千寿双葉小学校で、

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荒堀会長と地元農業委員が指導して、定植作業が行われた。

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2015年09月03日

足立区の伝統野菜「千住ネギ」復活栽培が、足立区立の小学校3校で行われた。


千住ネギの復活については、荒堀安行農業委員会会長が、昨年から準備をされてきたが、今年の6月には、足立区教育委員会の定野司教育長の協力を頂き、平野小学校、栗原北小学校、千寿双葉小学校で実施することが決まり、7月には近藤やよい区長に、ご報告に上がっている。

足立区の伝統野菜・千住ネギについては、都市化の進行の中で、農地面積も減少したことから、栽培期間が長期にわたるネギ栽培は、集約型農業に変わったため、固定種の千住ネギの種はなくなってしまった。

現在足立区で最も多い農産物は、栽培期間の短い小松菜で、周年で何回転もさせていて、それ以外は枝豆、ブロッコリー、ネギという順になっているが、今作られているネギは一代雑種の交配種で伝統野菜ではない。





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当日は、平野小学校が9:35〜、栗原北小学校が11:30〜、千寿双葉小学校が13:35〜で実施された。

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荒堀会長は、生徒達を前に「今はなくなってしまった足立を代表する伝統野菜「千住ネギ」を、いつか復活させたいと思っていました」と述べ、

「千住ネギの種が、あることがわかり、次の時代を担う足立区立の小学生に栽培していただきたいと思っていましたが、本日実現して嬉しく思います。
来年の6月には種を採種し、後輩たちに種を引き継いでいただき、足立農業の歴史として千住ネギを大切に育て伝えてほしいと思っています。」と挨拶した。


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2015年08月28日

江東区立第五砂町小学校の4年生が、恒例となった「砂村一本ネギ」の復活栽培を行った。


江東区立第五砂町小学校(齋藤和子校長)の4年生では、恒例となった「砂村一本ネギ」の復活栽培が26日に行われた。

同校では、銭元真規江栄養教諭が、平成22年に江戸東京野菜に注目し、地元の伝統野菜を栽培したいと相談があり、砂村一本ネギを紹介したが、以来、4年生で栽培したネギを、1部残して5年生になって種を採り、4年生に種を繋ぐという授業を行っている。

種の命を、繋いでいくという授業は5年目となることから、五砂小4年生の、2学期初めの、この授業を生徒達は楽しみにしているようだ。





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授業は、3時間目(10時35分〜)と4時間目(11時30分〜)を使って「総合的な学習の時間」で行われた。

昨年、4年生の時に栽培に取り組んだ5年生の代表4人がランチルームの前で待機していた。
ランチルームには、4年生126名(4クラス)が席に着いていた。

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授業は、齋藤和子校長の挨拶で始まった。

銭元先生の司会進行で、授業は
5年生から、4年生のクラス代表に種が引き継がれる。
5年生は1人ひとりが、大切に育ててきた思いを述べて、4年生に託した。

受け取った4年生の代表は、クラスメイトに向かって、一生懸命育てようと、決意を述べた。

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2015年07月16日

足立区の近藤やよい区長に、千住ネギの復活栽培決定の報告とお礼に伺う


足立区農業委員会の荒堀安行会長が足立区の伝統野菜・千住ネギを地元の小学校で復活させたいと準備を進めていたが、

先月、定野司教育長に、小学校の選定を要請したことは、当ブログで紹介している。




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この程、同教育委員会では、千住ネギの栽培復活を希望する同区立小学校3校を決定したことから、荒堀会長が、近藤やよい足立区長と定野司教育長に、お礼に伺うというので同席させていただいた。

足立区の歴史や文化を今に伝える伝統野菜の復活栽培が、近藤区政の中で実現できることに、私からもお礼を申し上げた。

近藤区長も、お忙しい中十分に時間をとっていただいて、伝統野菜についてお話をすることができ、千住一本ネギの復活が、3校で実現できることを、喜んで戴いた。

今回決定したのは、足立区立千寿双葉小学校

足立区立栗原北小学校、

足立区立平野小学校の3校で・・・



区長室には、産業経済部の石居聡部長、石鍋敏夫振興課長、白田正博農業係長にご同行戴き、

教育委員会では教育指導室浮津健史室長に、今後、実施までの各校との打ち合わせや、実施日の決定などお願いした。

栽培指導については荒堀会長が、農業委員会の役員さんか、JAスマイルの地元青年部にお願いをすることで、対応したいと語っていた。
また、3校で行う千住ネギの歴史などの話は、荒堀会長から当研究会に依頼があった。



2015年06月10日

足立区農業委員会荒堀会長が、小学校での千住一本太ネギの復活栽培を定野教育長に要請した。


先日、足立区農業委員会の荒堀安行会長に同行して、足立区役所に伺い、足立の伝統野菜のひとつ「千住一本太ネギ」の復活栽培について、関係部会の長に要請を行った。

江戸東京野菜は固定種にこだわっていて、タネを通して命が今日まで伝わって来た野菜と、申し上げている。
この事を食育授業で実践しているのが、江東区立第五砂町小学校(五砂小)で、採種を行った5年生が、栽培授業を行う4年生にタネの引き継ぐことが、教育上重要なセレモニーとして行われていて、YOUTUBEで動画配信されている。




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江戸の昔からネギの産地として知られた足立区の農家リーダーの1人として活躍していた同氏は、昨年農業委員会会長に就任したこともあって、8月下旬に五砂小の授業、タネの贈呈式とタネまきの取り組みを、同区産業振興課農業係の白田正博係長(農業委員会事務局事務主査) と係職員2人を帯同して参観されている。

荒堀会長は、地域農業の振興や農業による分かりやすい地域貢献策を模索していたが、五砂小の取組に方向性を見出したようで、地元の伝統野菜「千住一本太ネギ」の復活栽培を同区産業振興課の協力のもとに農業委員会が取り組むイメージがまとまってきたそうで、この度、要請となったもの。

8日、10時半に荒堀会長と区役所ロビーで待ち合わせ、産業経済部の石居聡部長を訪ねた。
石鍋敏夫振興課長、白田農業係長同席の中で、40品目に増えた江戸東京野菜の現状等について説明させていただき、
固定種の「千住一本太ネギ」の復活栽培について、支援等の要請を行った。

五砂小での取り組みについては白田係長が撮った写真で報告されていたことから、産業経済部での情報は共有化されていて、荒堀会長の説明に、前向きな回答を戴いた。
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2015年05月21日

江東区立第五砂町小学校で「砂村一本ネギ」の採種用ネギ坊主の乾燥が始まった。


先日、砂町文化センター主催の講座で、江東区立第五砂町小学校にお邪魔して、銭元真規江栄養教諭に同校が取り組む「砂村一本ネギ」の栽培を通して食育授業を行っていることを、パワーポイントで紹介していただいた。

後日戴いた銭元先生からのメールには、
参加されていた、中瀬勝義先生から、先生の研究された論文等を送っていただいたという。
また、当ブログで、亀戸大根を紹介するときに名前が登場する喜連川覚さんも、参加されていたことを知り、

砂村一本ネギについても、一人でも多くの区民の皆さんに知っていただけるように、広めていただきたいと、皆さんとの出会いに期待していた。





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講座当日は、銭元先生から、「皆さんに畑で見てもらおうと思って、ネキ坊主を採らないで畑に残しています」と、ご配慮を戴いたが、

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その後、ネギ坊主を収穫し、全校生徒が利用する、ランチルームで乾燥し始めたと、写真添付のメールを戴いた。

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2015年05月07日

「ねぎ坊主の天ぷら」もお代わりしたがるほどの人気でした。と五砂小の銭元先生からメールを戴く。


昨年の夏休み明けから第五砂町小学校(齋藤和子校長) の4年生が始めた砂村一本ネギの栽培は、銭元真規江栄養教諭が2010年から食育として取り組んでいる。

作物の収穫体験みたいなことは、1日で終わり、やらないよりましと云うものだ。
ところが五砂小の取組は違う、4年生がプランターにタネを蒔いて、大きくなると学校農園に移植、そして何回かの土寄せをして・・・・。
ここまでは、当ブログで紹介してきた




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「ねぎ坊主の天ぷら」もお代わりしたがるほどの人気

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今年はとても大きく立派なネギが収穫できました。

作物の栽培、播種から収穫までは、作物によっては学年内に納まらない。
ネギ栽培がそれで・・・、


同校の4年生も5年生になったが、4月の中旬、収穫などの日程が決まったと、銭元先生からメールが届いていた。

「砂村一本ねぎの収穫は4月24日(金)3・4校時に決まりました。
クラスごとで、1時間で2クラスずつ行います。
その後、27日に放射能検査を行い、28日の給食につけて全校で味わいます。

種とり用には、ねぎ坊主の大きくなったものを何本か畑に残したままにしておきます。

3時間目は、10時35分から、給食は12時10分からの始まりです。
ご都合がつきましたら、いらしてください」
とあったが、先約があっていけなかった。

そこで先日、銭元先生が、その時の写真を送ってくれた。


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2015年03月09日

江東区立第五砂町小学校で栽培している砂村一本ネギの今年初めての土寄せが行われた。


江東区立第五砂町小学校(齋藤和子校長)で栽培している砂村一本ネギの今年に入って初めての土寄せが3月4日に行なわれたと、銭元真規江栄養教諭から写真が送られてきた。

1回目は12月15日に実施していて、その写真もいただいたので、当ブログで紹介している。

寒い冬をじっと耐えてきた砂村一本ネギは、一回り太っていた。





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小学校での野菜の栽培をする学校は多いが、同校のように、播種以降、ポットから畑への移植、そして数回の土寄せと、何度も生徒たちが手をかけて、採種にまで持っていくという授業を行っている学校は少ない。

授業は、観察から始まり、砂村一本ねぎの特徴である「葉が柔らかい」ことを触って確認した。

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2015年01月04日

臼井さんが持ってきてくれた江戸東京野菜になった「拝島一本ネギ」


昭島の伝統野菜・拝島ネギの優良系統を残そうと尽力している臼井進さんが拝島ネギを持ってきてくれた。

臼井さんのお宅には、昨年の正月に伺って、親しく拝島ネギ談義をしたことは、当ブログで紹介した。

昭島市と同市農業委員会では、拝島ネギの歴史的経過や、特徴など明示して市の特産としていきたいとのことも背景にあったことから、

26年度の江戸東京野菜推進委員会において、江戸東京野菜に決定された。

この事は、11月8−9日、同市KOTORIホールで開催された第46回 昭島市産業祭りでは、江戸東京野菜の「拝島ネギ」として販売したことから、早々に完売になった。

江戸東京野菜コンシェルジュ育成協議会(現・協会)では「冬の江戸東京野菜」のセット販売を行ったが、拝島ネギも2本入った。





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戴いたネギについて、臼井さんは今後の採種について明らかにしてくれた。

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拝島ネギは一本ネギで、ここにある太いもので今後採種をしていくという。
葉も柔らかくて・・・・

昨年、群馬県下仁田で行われた「全国ねぎサミット」に行ってネギ焼を試食してきたが、拝島ネギは、全国ねぎサミットに出ていく素材だ。

帰り際、臼井さんは、この太いのを焼きねぎにして、それを肴に日本酒を飲んだらたまらないから、2月頃誘うから・・・・。と云って帰られた。

臼井さんありがとうございました。

後日(正月の2日)、娘、息子家族も集まった時に、すき焼きに入れて葉まで美味しくいただいた。


2014年12月29日

江東区立第五砂町小学校で4年生が地元の伝統野菜「砂村一本ネギ」の「土寄せ」を行った。


先日、日本食育普及協会と全国学校栄養士協議会OB会から招かれて昭和女子大でお話した時に、江東区立第五砂町小学校の銭元真規江栄養教諭が見えていて、始まる前に挨拶に来てくれて、最近、4年生が砂村一本ネギの「土寄せ」をしたときの写真を出して説明してくれた。

この写真をメールで送ってほしいとお願いしたら、後日送ってくれた。






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同校の取組については、再三紹介しているが「種の贈呈式」を実施している学校だ。

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銭元先生のメールによると、土寄せ当日は、朝は寒く、3クラスある内、1時間目のクラスが、土寄せを行うときには、霜柱が立っていたという。

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2014年11月01日

江東区立第五砂町小学校の銭元栄養教諭から「砂村一本ネギ」の定稙が終わったとメールがあった。


江東区立第五砂町小学校(齋藤和子校長)の銭元真規江栄養教諭から砂村一本ネギ栽培のその後についてメールをいただいた。

同校の取組はこれまで、当ブログのカテゴリー「砂村一本ネギ」にまとめてあるが、

今年は、5年生から4年生への種の伝達が行われ、地元のボランティア木内茂二さんの指導で、播種が行われたが
食の情報を動画配信しているフードボイスが取材してくれたことで、現在動画配信されている。




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上の写真をクリックする
戴いたメールには
「ねぎの種まきから2ヶ月が経ち、28〜30日の
3日間でクラスごとに畑への定植を行いました。

今回は木内さんの土作りのお陰で長さは15〜20pと
例年並みでしたが太くしっかりと伸びていました。

また、今年は11月15日に60周年の式典があることから
砂村一本ねぎの幟を作ってもらいましたので
ねぎの畑に立てました。

これから半年以上かかるものの、砂村一本ねぎの特徴である
白い部分を太く多くするために、
まだまだお世話をしなければならないことを伝えました。」


銭元先生ありがとうございました。

砂村一本ねぎの幟を作ったとはすごいですね。
創立60周年記念事業の模様も写真を送ってください。


2014年09月13日

「フードボイス動画ニュース」第五砂町小学校の種の贈呈式が配信された。


「砂村一本ねぎを復活させよう」と、先月、江東区立第五砂町小学校で砂村一本ネギの取り組みを、当ブログで紹介したが・・・。



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食の最新情報を動画配信しているフードボイスが、授業のポイント、タネを繋いでいくと云う「命の授業」を取材してくれた。

上の写真をクリツクするとフードボイスにリンクする。

この動画は、当ブログ右の「動画」欄の最後に「砂村一本ネギを復活させよう」のバナーを貼った。





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2014年08月27日

讀賣新聞都民版に掲載された第五砂町小学校での砂村一本ネギの贈呈式。


江東区立第五砂町小学校(齋藤和子校長)の4年生は、26日、「砂村一本ねぎを復活させよう」〜砂町ゆかりの野菜を知ろう〜の、総合的な学習が行われた。
同校では、2010年9月に、地元の伝統野菜・砂村一本ネギの栽培が始まった。

授業の初めに、齋藤校長は、
「五砂小では4年生の授業で、
昔、この土地で栽培されていた砂村一本ネギを勉強します。
・・・大切な種を、5年生が絶やさないように育ててきました。
今度は、皆が種まきをして、育てる番が来ました。
・・・砂村一本ネギを育てることは、命を育むことにつながります。」と。




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同校は、銭元真規江栄養教諭が、地元の伝統野菜を栽培したいので、協力して欲しいと会いに来てくれたのが始まりで

2011年8月から、その年採れたタネを、5年生が後輩の4年生に贈呈すると云うセレモニーが始まった。

創立60年を迎えた同校。砂村一本ネギの栽培は5年目、贈呈式は4年目と、五砂小の伝統になりつつある。



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2014年07月01日

『「深谷ねぎ」の現象学』という冊子を入手した。

「強地」と「砂地」、百年の奇蹟(ミラグロ)『「深谷ねぎ」の現象学』「風土飲食研究会の小林真」ともある。

深谷市上増田在住の著者小林真氏は故郷に生まれたネギをいとおしむように書いている。



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同書によると「深谷ねぎ」という「品種」はなく、根深ねぎだという。

種のカタログには「関羽一本丸」というそれらしいものから「TSX−057」という車かバイクのようなものまでバラエティに富んだ名前があるという。

以前は砂村ねぎを栽培していたようだが、病気に弱かったことから、越谷周辺の夏ねぎの「埼黒ねぎ」とか深谷周辺の冬ねぎ「玉合ねぎ」を栽培していたようだ。

同書には、深谷ねぎがF1品種に大きくシフトしたのは1993年(平成5)年で、深谷周辺で小菌核腐敗病が流行したことが決定的だったという。 この年の流行病でほとんどのねぎが壊滅的な打撃を受ける中で、あるF1品種だけが病気と無縁だったからだという。

そもそも、深谷ねぎの東京デビューは大正5年(1916)だったというから100年になろうという産地だが、埼玉のネギ産地としては新しい。

江戸周辺では、砂村ネギから千住ネギへと時代は移ったが、埼玉の産地から江戸に入ってきたネギには、岩槻や、越谷辺りで栽培されたものだ。

上の写真をクリックする
この冊子、今年の1月26日に開催された、2014年 第2回「深谷ねぎまつり」直前版とあるが、伝統種が栽培されているかには、触れていない。

2011年には、全国11のネギ産地が深谷に集まり、「全国ねぎサミット」が行われている。

現在、江戸東京野菜としては、砂村一本ネギがあり、伝統野菜としては、千住一本太ネギ、昭島の拝島ネギ、世田谷区砧の宇奈根ネギなどが栽培されている。

古い産地がF1ばかりになっている中で、今後、ねぎサミットに出ていけるような、伝統種のブランド復活を図っていかなくてはと思っている。



2014年05月18日

今年も、ネギ坊主の天ぷらが栽培した生徒たちに出され、大事に食べられた。



数日前に、昨年から栽培してきた、砂村一本ネギを給食に出したと、江東区立第五砂町小学校(齋藤和子校長) の、銭元真規江栄養教諭からメールが届いた。

4月のメールでは、あと少しという感じだったが、地元の支援者、木内茂二さんの協力もあったようで、ぐんぐんと大きくなったと、あった。



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5月7日に収穫して、昨年より多い17sも取れたと云う。

それを、昨年同様に、深川南部保健相談所で放射能検査をして、安全が確認できたところで給食に出されたようだ。

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