2021年09月17日

檜原村人里(へんぼり)の宝「ナツハゼ」を、鈴木夫妻が収穫するのを取材させてもらった。


今年もナツハゼが実ったと、檜原村の鈴木留次郎さんから連絡がきた。

14日か15日と云うので、14日9時にお宅に伺うと伝えたが、収穫は早くからやっているので、9時には人里(へんぼり)の畑に来てほしいという。

鈴木さんのお宅から、人里のナツハゼの栽培地まで、曲がりくねった上り坂は12`弱あるので、30分早く家を出た。

鈴木さんが、檜原村の産物づくりとして、ナツハゼのジャムづくりに取り組んでいることは聞いていたので、昨年、初めて連れて行ってもらった。






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予定通り、9時に到着した。
すでに、鈴木さんご夫妻は収穫作業の真っ最中、ゆっくり農縁の石川敏之さんも収穫作業をしているところだった。

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このナツハゼ農園は、人里(へんぼり)部落が見下ろせる檜原街道(都道33号線)沿いの南斜面にある。

この農園のナツハゼは、江戸時代の 弘化3年(1846)に開業した老舗、神田「万惣」フルーツパーラーの社長が、40年前に軽井沢から移植したもので、同店が2012年に閉店するまでの25〜26年、ジャムとして商品化していた。

人里に住んでいた村の産業担当職員が万惣の社長と懇意で、この地で栽培が始まったが、閉店した以降、収穫する者はいなかったが、2018年に話を聞いた鈴木さんが商品化に取り組み始めたもの。




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ナツハゼはブルーベリーと同じツツジ科の落葉低木で、目の疲労回復に効果のあるアントシアニンをブルーベリーの3倍も含んでいる。

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今日も朝方雨が降っていたが、ナツハゼは雨が降ると実が割れてしまう。
ナツハゼはシーズンで80`ぐらい収穫でき800瓶になる。

鈴木さんは、檜原に特産物を作ろうと、始め2月のメープルシロップを商品化し、さらにその後、6月のルバーブのジャム。そんな中で、人里の住人から2018年9月に、ナツハゼが実をつけている話を聞いて、ジャムを作り始めた。







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石川さんは8時40分頃に来たようだ
私は9時に到着して、携帯をかけたが二人ともに出なかった、鈴木さんは携帯を忘れてきた、石川さんは、収穫に夢中だったようだ。

現在ナツハゼのジャムは、産地長野県の佐藤なつはぜ農園だけ。

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この中には大粒の木、早生の木が数本あり、これらを挿し木にして増殖している。
実生では時間がかかるので、挿し木だと3年で実をつけるが、結構難しい。







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収穫期にはよく雨が降るというので、簡単なビニールテントを張ってあった。
10時はお茶の時間で、収穫したナツハゼの実に交じった、葉や、小枝などのゴミを取り除いた後、茶菓子を食べながらの休憩となった

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数日前に、5人で10`を収穫したそうだが、今回は5キロ弱。
ナスハゼの実は「山の黒真珠」と呼ばれているとか、





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お昼は「数馬の湯」、人里からさらに上り坂をくねくねと3キロ走らせた。

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お昼は「檜原舞茸丼セット」で、檜原きのこセンターのたっぷりの舞茸を、醤油とバターで炒めて乗っていた。檜原の豆腐も旨い。

2011年に温泉センターに来ている。
当時お世話になった岡部重久支配人に再会したが、覚えていてくれた。

檜原村には、江戸東京野菜の「おいねのつるいも」があるが、「おいねつりも」とあったから、間違いと思っていたが、鈴木さんに聞くと、それは間違いではなく、当地数馬の方言だという。

10年たって分かったわけだ。






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売店には、鈴木さんの「なつはぜジャム」が置いてあった。

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食後に、鈴木さんから、ルバーブ・スパークリングをごちそうになった。
鈴木さんのルバームのジャムが沈んでいて、スプーンでかき混ぜて飲むと、ルバーブジャムの甘さが炭酸で広がって、すっきりさっぱりで美味しい。

食事の時にお会いした(株)森のエネルギー研究所の 後藤真由美チーフプロデューサーが、鈴木さんの瓶詰を買ってきたと持っていたが、鈴木さんがトラックに積んだナツハゼ勧めた。
一粒つまんだが、酸っぱいが、気に入って頂けたようだ。

温泉センター「数馬の湯」は、(株)数馬観光デザインセンターの運営管理で、フロントの支配人代理の鈴木敬取締役(留次郎さんのご子息)にお会いした。





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20年前、檜原村では北部地域開発委員会があり、当時、鈴木さんが、北部開発の企画書を出したことがあるという。。

2年後の2003年に坂本義次村長になり、企画書にある焼酎工場を作ることになったが、税務関係で難しく、後に特区制度を利用して計画がかなった。
鈴木さんが「じゃがいも栽培組合」の組合長になってから、組合員をまとめて、今年は生産されたジャガイモ1.5dを8月に収めている。

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先日、日本農業新聞に鈴木さんが掲載されていた。






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帰りに、ルバーブの畑に寄ったが、このところの涼しさで新芽が出始めていた。

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鈴木さんはルバーブの産地を小沢地区に作る予定だとか。


話は変わるが、北部開発の企画書にそれらしいことがあるが、

檜原の人たちが「NPO法人檜原さとやま木香會」を作った。
小沢地区の旧村立北檜原小学校跡地に、檜原村の木材を使った「檜原 森のおもちゃ美術館」が11月3日にオープンする。

子どもたちの発想力の豊かさからこともの自然教育として檜原村をアピールしていくそうだ。




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ルバーブの畑の下の方に、大根が発芽していた、「練馬たくあん」トーホク交配とあった。

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早太り聖護院と、耐病秋風も

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2021年07月10日

檜原村にルバーブが定着するまでの物語


先日、檜原村にルバーブが導入されたことを書いたが、改めて東京におけるルバーブの導入の経過をまとめておこうと、関係者の話を聞いた。

ルバーブが日本に入ったのは、長野県軽井沢の外国人避暑地に宣教師ショーがジャムを持ち込んだと、旧軽の中山ジャムの女将が話していた。

檜原村には長野から導入したようだと話していた鈴木留次郎さんに、改めて20年前に導入した山嵜源重さん(現村議会議長)に聞いてもらった。

導入したのは、長野県ではなく神奈川県からだったという。
山嵜さんは鎌倉の建長寺に行った際、大根料理の店で食事をしたが、女将の佐藤さんからルバーブの話を聞き、興味を持ったようだ。

鈴木さんの話を聞いて驚いた。もしかして大根料理の店は福来鳥で、女将の佐藤さんはエダさんではと思い佐藤エダさんに電話をした。

当時、福来鳥の佐藤さんは、鎌倉大根の件で相談していた県農業総合研究所の成松次郎先生がルバーブの研究をしていて、ルバーブの栽培も勧められていたことから、山嵜さんにルバーブを紹介したという。話は繋がった。






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後日、成松先生から頂いた10株の苗は伝統的品種の「ビクトリア」で、2000年に佐藤さんは山嵜さんに送ったという。

女将の佐藤エダさんばかりか、神奈川県の成松先生の名前も出てきた。
お二人のことは良く存じ上げていたが、檜原村のルバーブの導入に係わっていたとは知らなかった。

お二人に事の経過を確認したが、20年前のことで、うる覚えだったが、大筋ではこのような事だった。
その後、佐藤さんは何度か檜原村の栽培地を訪れたという。

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ルバーブ研究の第一人者だった成松先生は、1990年「農業および園芸」(養賢堂)に論文を掲載していて、論文「ルバーブの特性と軟化栽培」を送って頂いた。

論文には、ウド栽培と同じ軟化栽培により、冬から春にかけて生産可能になり、色調も赤く高品質のルバーブが収穫できると、栽培方法が詳細に書かれている。


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2021年06月26日

東京産野菜の調理実習として、ルバーブを活用することとなり、檜原村で受け取り学校に納品した。


先日、檜原村の鈴木留次郎さんの畑で栽培していたルバーブで
ジャムを作ったことは紹介した。

ルバーブが食用として日本に伝わったのは1920年代で、
長野県の野尻湖畔や軽井沢に導入されたが、
現在は長野県や北海道が主産地になっている。

檜原村では、20年前に檜原温泉センター「数馬の湯」の
山嵜源重センター長(現村議会議長)が、冷涼の檜原村は栽培に
向いているだろうと、導入を試みた。

品種は伝統的な「ビクトリア」は固定種で苗で導入している。






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鈴木さんの畑から、檜原城址(中央の山)を望む。
応永20年(西暦1413年)に平山氏の居城とされた。

檜原村は平らな所は少なく、平らな所には人家が建っているから、
畑は南秋川の谷に向かって、水はけの良い斜面に作られている。

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鈴木さんの畑も斜面で、野菜が栽培されていて、10年前に
普及をしていた山崎俊彦さんに勧められて、檜原の特産物になればと、

ルバーブを栽培し、村内の観光施設で販売している。



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2021年06月16日

鈴木さんのルバーブで作ったジャム、お土産にいただいた。


鈴木留次郎さんには、南秋川の河畔を案内してもらったことは
紹介したが、鈴木さんの畑にも案内頂いた。

鈴木さんの畑には、前にも来ていて、檜原の農地の特徴で急な南斜面に農作物が作られている。

ジャガイモの男爵や、江戸東京野菜のおいねのつる芋に、白岩ウリを
栽培しているが、ルバーブを収穫してジャムを作ることになった。






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斜面にルバーブが植えてあって、収穫期を迎え、葉を茂らせていた。
茎の生え際が赤く美しいのを選んで鈴木さんは収穫していた。

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ルバーブのジャムは、我々二人の土産にしてくれると云うが、
作るのに10分程で、できるからと企画してくれたもの。




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2021年06月15日

梅雨の合間に、檜原の鈴木さんに誘われて、南秋川のほとりを歩いた。


檜原村の鈴木留次郎さんと、ジャガイモができる頃に、また伺いますと、4月に行ったときに約束していたが、鈴木さんから電話をいただき、11日に伺った。

若葉が出始めたころとは違い、梅雨の合間に晴れが続いていた。

鈴木さんには、これまで広い檜原村を案内してもらっているが、今回は鈴木さんのお宅の下を流れる南秋川のほとりに、山菜があるというので案内してもらった。






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この辺りの南秋川は、檜原村の三頭山の山懐から流れ出る流れに、北部の山懐からの北秋川が村役場の辺りで、合流して水量を増して流れている。

渡ってきた、吊り橋の辺りには釣り人が数人。
多摩川を遡上、拝島の先で秋川を上ったアユを釣っていた。

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蕾だった花筏は、花が咲き、果実になっていた。ユキノシタの葉は天ぷらで食べたが花が咲いていた。
河畔の斜面を指して、鈴木さんは「うるい」は、おひたしで美味しいと説明してくれた。


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2021年05月28日

命をつなぐ固定種の「留原エンドウ」を栽培する河村さんの菜園を見せてもらった。


先日、石川敏之さんの畑「ゆっくり農緑」で待ち合わせをしたことは紹介した。

あきる野市の高尾で、大型のキヌサヤ「留原(ととはら)エンドウ」を栽培している河村郷子さんを紹介してくれるというので伺った。

今年、石川さんは地元のスーパーで河村さんに再会し、菜園の話から、何年も種をつなぐエンドウを栽培していると聞かされた。

数日後に、河村さんは留原エンドウを栽培している市毛和恵さん(写真左から2人目)たちを連れて、「ゆっくり農緑」を訪ねてきたことから、石川さんも河村さんの畑を訪ねたという。

そもそも石川さんは、檜原村やあきる野市で行われたイベントで陶芸家の河村さんと度々会うことがきっかけで、今回の発見に繋がった。






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河村さんの菜園は、自宅前の道を渡った先にあった。

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留原エンドウは、留原の旧姓小峰さんという方が、先代が栽培してきた種を35年前に受け継ぎ、それを頂いた友人の岡田さんから市毛さんが譲り受け7年、採種した種が昨年河村さんの許に・・・・、

河村さんは、今年初めて収穫したというから、50年以上は受け継がれてきたようだ。

エンドウには、赤花と紫花とがあり、一本からふたつ咲く。
この時期は、花は終わって種を膨らませていて、河村さんは採種用に残しているという。



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2021年04月14日

「みつばちファーム」の皆さんと、さくらの採蜜を手伝った石川さん。


今年の2月に、石川敏之さんを誘って檜原のメープルシロップのイタヤカエデの樹液を採取する檜原の鈴木留次郎さんについていったが、イタヤカエデが芽吹くころに来ようと約束をしていた。

今、桜が見ごろだと鈴木さんから電話が来たので、急遽、翌日に行くことになったが、石川さんに電話をすると、朝4時半から「みつばちファーム」の皆さんと採蜜に行くことになっているので、終わったら追い駆けるといって、途中から参加された。

みつばちファーム・(有)健康自然工房は、石川さんの「ゆつくり農緑」の近くにあって、前に伺って犬飼博オーナーの話を聞いている、





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同社の蜜箱は多摩の各地に置かれているが、今回は八王子と、あきる野市の蜜蜂の巣を持ち帰った。

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作業は、犬飼社長と社員2人、それに石川さんが加わった。
石川さんは昨年お手伝いをしたことから、今年は、お誘いがあったという。

蜜箱を開けると、すぐ燻煙器で蜂をおとなしくさせる。
一枚いちまいの巣にたかる蜜蜂を、丁寧に払い、代わりに持参した空の蜂の巣と入れ替えにセットする。


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2021年04月13日

鈴木さんに檜原の尾根まで案内いただき、お疲れさまでした。


山の尾根に続く林道を走って、ご案内頂き、浅間坂の木庵で、
山菜料理を食べたことは、報告した。

鈴木さんは「檜原じゃがいも栽培組合」の組合長をされている。

帰りの車の中で、次回はじゃがいもの収穫の時期、
6月になったら再度伺いたいとお伝えした。

木庵で食事をしてから、鈴木さんのお宅に戻ってきたのは、
15時を過ぎていた。

鈴木さん、ありがとうございました。

鈴木さんの庭にも、三つ葉ツツジ、ヤマツヅジ、ボケと、
季節の花が咲いていた。






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庭を見せてくれたが、クマガイ草も花をつけていた。

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1977年頃、季刊誌に随筆を連載していたが、そこに吉川英治の
新・平家物語の一説、平敦盛と熊谷直実のいきさつをからめ、
クマガイ草について、書いたことがあった。

花の形が丁度、直実が弓の矢を防ぐために背負った袋・母衣に
似て(写真左上)いることから、クマガイ草の名がある。

ヤブレガサに似ているが、切れ込みが少なく、葉が開くと
紅葉の葉に似ているモミジガサ

片隅に、ブナの木があった。
大きくなる樹だから日陰にならないように枝が切り込まれている。
鈴木さんが云うには、奥さんのお父さんが、後継ぎが出来るように、
植えてくれたという。

何でも、ブナの葉は、新葉が出るまで、落葉しないそうで、
新葉に引き継ぐことから、後継ぎが出来るようにと、
家の周りに植えるものだとか。


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2021年04月12日

江戸東京野菜の白岩うりの栽培をしている鈴木さんに檜原村を案内してもらった。


先日、檜原村のイタヤカエデの森を見に行き、満開の桜を楽しみ、
北の水根本宿線から入間白岩林道で尾根を走り、
浅間坂から檜原街道へ抜けるコースを案内頂いた。






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南秋川の支流を覆うように、若葉が萌出ていた。

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村の花は、ヤマブキ(写真左下)、鳥は「ウグイス」、木は「檜木」

爪楊枝に使うクロモジ(写真左上)も花をつけていた。

朴葉(写真右上)は、大きな葉を広げようとしていた。

キブシの花(写真右下)が数珠つなぎ、そして実になる。
サンショが(写真中央上)、落ち葉の間で芽生えていた



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2021年04月11日

今が桜の盛りだと、元檜原村観光協会の鈴木さんに電話をもらったので翌日出かけた。


檜原の山に生えるイタヤカエテの樹液を採って、メープルシロップを作っている、鈴木留次郎さんにお願いして、2月に取材をさせてもらったが、

落葉樹の森だったので、芽生える頃に来てみたいと鈴木さんにお願いをしていた。

先日、NHKBSジャパンで、新日本風土記「東京 檜原村」を放送していたので視たら、鈴木さんが檜原・春日神社の神事を守り伝える一人として出ていた。

そんな中で、鈴木さんから電話をもらった。
桜が今一番の見頃で、イタヤカエデの森も新芽が伸びているというので、桜が散らないうちに木曜日に、石川敏之さんにも連絡して、出かけた。





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朝9時に、鈴木さんのお宅に伺い、4輪駆動の軽トラで、
田中林業が管理する山に入った。
田中林業の田中惣次社長も新日本風土記で、
山を守っている様子が紹介されていた。

イタヤカエデの葉は、落ち葉で知るしかなかったが、
芽生えた葉は広がろうとしていた。

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イタヤカエデの花が咲いていた。

カエデの樹液は、樹が凍らないように糖度を増すが、
今年は雪も少なく、鈴木さんの話では例年の3分の1だったという。



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2021年02月05日

メープルシロップの原液、イタヤカエデの樹液を採取する現場をリポートする。


檜原村で、江戸東京野菜の白岩うりや、お稲のつる芋を栽培している鈴木留次郎さんが

冬はメープルシロップを作っていると聞いていたので、樹液を採りに行くときには、連れて行ってくださいとお願いしていた。
電話をいただいたのが先週で、2月1日あきる野で、無農薬、無肥料の自然菜園を行っている石川敏之さんを誘って鈴木さんのお宅に9時半に伺った。

鈴木さんからは、山の中だから寒くない格好でと、また林道は悪く雪が残っていたりで四輪駆動の車で行くからと聞いていた。





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70グラム(1000円税別)と、130グラム(価格未定)の、メープルシロップを作っていた。

鈴木さんの屋号からとって「ひなたぼっこ」のブランドで、メープルシロップの他、ルバーム、なつはぜしらやうり、を檜原特産として販売している。

メープルシロップは秩父が有名で、秩父樹液生産協同組合が組織されている。
カナダでは、メープルシロップが取れるサトウカエデが国旗になっている。


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2020年12月20日

あきる野市の農園「ゆっくり農緑」の野菜は、檜原村で行われたモニターイベント「焚火料理会」で使われた。


あきる野市で農園「ゆっくり農緑」を開設している石川敏之さんは、
無農薬、無肥料の自然栽培をおこなっていて、
檜原村の イタリアンレストランや、江戸東京野菜に取り組んでいる
生産者鈴木留次郎さんともご縁を結んできた。

今度は、旅する料理人が、檜原村で「焚火料理会」を実施するからと、渡部由佳さんが「ゆっくり農縁」の野菜を買いに来た。





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焚火料理会は、檜原村の名瀑・払沢の滝の上の方にある、
株)東京チェーンソーズのMOKKIの森で来年実施する予定だが、

今回は、イベントのモニターとして、意見を聞こうと、実施された。

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東京チェーンソーズのMOKKIの森には、
同社の社員と檜原村地域おこし協力隊の人たち15人が参加した。



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2020年09月24日

沖縄のモーウィを参考に、檜原村に伝わる伝統野菜「白岩(しらや)ウリ」のレシピ開発を研究。


檜原村に伝わる伝統野菜のキュウリに「白岩(しらや)ウリ」がある。
檜原の生産者鈴木留次郎さんに教え頂いたのが、2017年8月で、
檜原の藤倉集落の倉掛の生産者を紹介していただいた。

白岩ウリは、果肉が厚いキュウリで、果皮が黄色く変色するまで
大きく育てて、採種できるようになってから収穫して、
果肉の部分をピラーで削って食べると伺った。







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白岩ウリと同じようなキュウリが、南西諸島・奄美大島の
伝統野菜シマウリで、紹介されていた
他県の事なので発祥がいずこなのかは調べていなかったが、

同じようなウリが、洋上150`、沖縄の伝統野菜として、
琉球王朝の宮廷料理で食べられていたと、月刊野菜情報に
「モーウイ(赤毛瓜)
」が紹介されていた。

琉球と薩摩との交易圏の中では、南西諸島は通り道だ、
そこで・・・・・。



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2020年09月16日

檜原村の鈴木留次郎さんに、ナツハゼの栽培地と浅間坂の納品店「大庵」を案内してもらった。


あきる野市で、自然栽培をしている石川敏之さんを檜原村に誘った。

今年の、江戸東京野菜コンシェルジュ協会の講座で、「ベテラン農家は語る(7月18日)」に檜原の鈴木留次郎さんに、お話しをいただく予定だったが、新型コロナの感染拡大を恐れて、延期になってしまったが、まだ日程は決まっていない。

この時期、鈴木さんは何をしているか、電話で伺ったら、ナツハゼを収穫してジャムをつくるという。
ナツハゼの栽培地については、2018年に写真を送ってもらったことがあったが、一度行ってみたいと思っていた。

石川さんには、檜原村に行く主旨を伝えた後で、お昼は、石川さんの野菜を納めている檜原のイタリアンで食事をしようと思っていると伝えると、月曜日は休みだと云う。それなら檜原に行ってから決めようと云うことで、私の車に乗ってもらって向かった。





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鈴木さんは、自宅横に清潔な工房を作ってジャムを作っていた。

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昨日、地域おこし協力隊のボランティアさん5人で、5.2`のナツハゼの実を収穫したという。黒い真珠のようだ。
一粒ひと粒、潰さないように収穫するのは、大変な作業だ。
試食をさせていただいたが、程よい甘さに、酸味が利いて後を引く味だ。

瓶詰は、ひと瓶600円で、観光協会の特産物直売所のやまぶき屋、檜原温泉センター「数馬の湯」、檜原役場の喫茶店「せせらぎ」、直売所「山の店」、民宿「浅間坂」等に置いてもらうという。


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2020年07月27日

お土産にもらった檜原村の「おいねのつる芋」を早々と収穫した。


練馬の村田農園で江戸東京野菜を栽培している
渡邉和嘉さん(江戸東京・伝統野菜研究会副代表)が、
「おいねのつる芋」を収穫したと、写真を送ってくれた。

檜原村で栽培されている「おいねのつる芋」の収穫は
8月になってからで、うちのもまだ収穫していないというのは、
白岩ウリの普及をしている鈴木留次郎さん。

そもそも、おいねのつる芋はどのように入手したのかを聞くと、
昨年の7月に、森川洋一さんと、此松陽子さんが企画した
KONOCAFEで講師を務めたときに、お土産にもらったものとか、

もらってきた、おいねのつる芋を、7月に秋どりのジャガイモと
一緒に定植したが、おいねのつる芋は3週間たっても芽が出ないため、
休眠中と、掘り起こして春まで保存したと云う。






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今年になって
種芋を、採るために渡邉さんは6個の “おいねのつる芋”から
収穫した写真を撮って送ってくれた。

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小ぶりに作るために、芋から出たすべての芽を欠かずに、
定植したものただから、小ぶりの芋ができ、
正解だと渡邉さんの感想だ。


追録

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2020年07月09日

7月18日開催の講座「ベテラン農家は語る」で檜原村の鈴木留次郎さんに、お話しの要旨を伺った。メープルシロップのあるという


7月18日に江戸東京野菜コンシェルジュ協会が開催する
講座「ベテラン農家は語る」で
檜原村の鈴木留次郎さんにお願いしていることから、

JAあきがわで打ち合わせをしようと、車で家を出たが
少し早めにつきそうだったので、
途中の、秋川ファーマースセンターに寄ってみた。

毎年、この時期、秋川ファーマースセンターから、
五日市線の秋川駅に向かう五日市街道沿いの台地は、
トウモロコシ街道としてにぎわう。





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秋川ファーマースセンターも毎年7月の上旬の土日に
「とうもろこし祭り」を実施していたが、
生憎の新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐために11日、12日に
予定されていた祭りは中止になってしまった。

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トンネル栽培のトウモロコシは6月中に販売したが、
露地栽培は丁度収穫が始まったと云うことで、

トンネル栽培が終わり、
露地栽培がはじまるという谷間の端境期で、

トウモロコシの少ない時期だと云うことで、
「品薄状態」の文字。

9時からオープンしているファーマースセンターに、
私が来た10時10分前には、すでに売り切れていたが、
午後から再度入荷すると云っていた。



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2019年08月25日

「払沢の滝 ふるさと夏まつり」で販売された、江戸東京野菜の白岩ウリは60本は完売だった。


檜原村の伝統野菜、白岩(しらや)ウリ栽培に取り組んでいる、鈴木留次郎さんから連絡をもらった。

檜原村では毎年お盆後の最初の土日の13時から21時まで「払沢の滝 ふるさと夏まつり」が、JAあきがわ桧原支店も実行委員会に加わり開催されているが、

今年も8月17日(土)、18日(日)に、檜原村小学校校庭で開催されたが、地元檜原村の内水面漁協が、アユやヤマメの塩焼きを、猟友会では鹿や猪の肉の販売、また檜原紅茶の袋詰めが販売された。

また、友好市町村の、あきる野市や福生市からB級グルメの店や、伊豆七島の利島村は海草等を販売するなど、40店弱が出店して賑やかに開催され、

夜には両日とも、19時半から20発の花火が打ち上げられた。




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そんな中で、鈴木さんは屋号の「ひなたぼっこ」で出店した。

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会場では、白岩ウリの販売を行ったが、試食も行ったことから、試食した方は殆どの方が購入したという。

試食は、ピラーで削った果肉を冷蔵庫で冷やしておいて、ポン酢で食べていただいたが好評だった。
この白岩ウリ、60本(1本200円レシピ付き)販売したが、完売。

60本を一人で栽培したと云うので詳しく聞いてみると、毎年、夏祭りに標準を合わせて、5月に播種して栽培しているそうで、今年は、檜原も長雨等で心配していたようだが、例年になく良くできたとか。、

白岩ウリは、鈴木さんのお骨折りもあって、2017年には江戸東京野菜に登録されている

鈴木さんは、ルバーブのジャムも作っていることは、当ブログで紹介しているが、赤とグリーンの2種(各500円、120g)で、90本。

減塩、天日干しの梅干しは、瓶に漬けて1年寝かせたもので、100gパック(12〜3個入り、200円)を販売した。
1年寝かせたことによって、まろやかな味が好評で、白岩ウリ、ルバーブのジャム同様に、用意したものは完売だったという。


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2019年05月11日

六本木のグランドハイアット東京 鉄板焼「けやき坂」で、秋川牛を厳選した「ケヤキ坂ビーフ」をいただいた。


江戸ソバリエ協会のほしひかる理事長から、六本木のグランドハイアット東京 鉄板焼「けやき坂」に行きませんか、というメールを頂いた。

詳しく伺うと、江戸ソバリエの本多良信シェフが東京の食材に取り組み始めたので、大竹も連れてきて欲しいと云うこととか。

それは有り難いことなので、日程等はお任せしたが、ほし理事長とは8日(水)11時30分にグランドハイアット東京のロビーで待ち合わせとなった。

そもそも、グランドハイアット東京の、経営サイドに勤めていた金村貞司さん(江戸ソバリエの)は、更科堀井「四季の会」の常連で、食材の江戸東京野菜に注目してくれた。

そこで、同じ江戸ソバリエの本多良信シェフを四季の会に誘ったことから、本多シェフも江戸東京野菜に、はまってしまったようだ。





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同店の仕入れ業者は決まっているから、シェフの自由裁量にはならないが、これまで亀戸大根や伝統小松菜を仕入れ業者に依頼して取寄せることもしている。

東京のブランド牛は、あきる野市の竹内牧場で育成している「秋川牛」だ。
何でもネットで東京の食材を検索している中で、ヒットしたのが当ブログだと云う。

それから、牧場主の竹内孝司さんを何度も訪ねて、本多シェフの思いを理解してもらったようだ。


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2018年11月15日

檜原村人里の南斜面で栽培しているナツハゼの実が地域特産物のジャムとして人気に


東京都西多摩郡檜原村の歴史文化に詳しい鈴木留次郎さんには、昨年、江戸東京野菜に認証された白岩ウリについても、歴史や栽培の現状などについて、調べていただいたが、今度は6次産業化の話し。

檜原村は、あきる野市から檜原村役場の先で左右に分かれ、右に都道205号線を行くと白岩ウリが栽培されている、藤沢方面から白岩沢へ、
左へは檜原街道(都道33号線)で数馬の湯から都民の森へと向かうが、その途中、人里と書いて「へんぼり」と読むが、ここで、ナツハゼ(ツツジ科)の栽培がされている。




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ナツハゼは、日本原産で、ツツジ科だから、ブルーベリーと同じ落葉低木。
ブルーベリーよりも黒く濃い色をしていて、アントシアニンは3倍だとか。

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ナツハゼがこのようにたわわに実るには、種々条件があって、標高500m前後で、日照時間も関係していて、檜原村の中でも人里以外では、実を付けないと云う。



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2018年07月25日

期待の檜原村「白岩ウリ」、発送直前サルにやられた。旨いのを知っていたようだ。


昨年の8月に檜原村で栽培されている、江戸時代のジャガイモ「おいねのつるいも」を栽培している、ジャガ薯部会の鈴木留次郎会長の畑に伺ったが、そこで檜原の白岩地区で昔から栽培されてきた「白岩ウリ」を栽培していて、見せていただいたが、その大きさに驚いた。

JAあきがわが申請して、昨年江戸東京野菜に加わった。

本日25日と26日、更科堀井夏の会に提案しているので、檜原の皆さんともども、林先生のお料理を期待しているし、皆さんの反応も気になるところだ。





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実は、更科堀井に発送間際、サルにやられたと、鈴木さんから連絡をいただいた。

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白岩ウリは、ネットを張って、サル対策をしていたようだが、一番大きなウリを、幾つも食われたと写真を送ってくれた。

サルは前から狙っていたらしく、収穫する日に近くの栗の枝を折って侵入したと云う。

それでも残ったものを送っていただいたようで、更科堀井の河合料理長も届いたと報告いただいた。
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