2020年07月09日

7月18日開催の講座「ベテラン農家は語る」で檜原村の鈴木留次郎さんに、お話しの要旨を伺った。メープルシロップのあるという


7月18日に江戸東京野菜コンシェルジュ協会が開催する
講座「ベテラン農家は語る」で
檜原村の鈴木留次郎さんにお願いしていることから、

JAあきがわで打ち合わせをしようと、車で家を出たが
少し早めにつきそうだったので、
途中の、秋川ファーマースセンターに寄ってみた。

毎年、この時期、秋川ファーマースセンターから、
五日市線の秋川駅に向かう五日市街道沿いの台地は、
トウモロコシ街道としてにぎわう。





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秋川ファーマースセンターも毎年7月の上旬の土日に
「とうもろこし祭り」を実施していたが、
生憎の新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐために11日、12日に
予定されていた祭りは中止になってしまった。

上の画像をタップする
トンネル栽培のトウモロコシは6月中に販売したが、
露地栽培は丁度収穫が始まったと云うことで、

トンネル栽培が終わり、
露地栽培がはじまるという谷間の端境期で、

トウモロコシの少ない時期だと云うことで、
「品薄状態」の文字。

9時からオープンしているファーマースセンターに、
私が来た10時10分前には、すでに売り切れていたが、
午後から再度入荷すると云っていた。



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2019年08月25日

「払沢の滝 ふるさと夏まつり」で販売された、江戸東京野菜の白岩ウリは60本は完売だった。


檜原村の伝統野菜、白岩(しらや)ウリ栽培に取り組んでいる、鈴木留次郎さんから連絡をもらった。

檜原村では毎年お盆後の最初の土日の13時から21時まで「払沢の滝 ふるさと夏まつり」が、JAあきがわ桧原支店も実行委員会に加わり開催されているが、

今年も8月17日(土)、18日(日)に、檜原村小学校校庭で開催されたが、地元檜原村の内水面漁協が、アユやヤマメの塩焼きを、猟友会では鹿や猪の肉の販売、また檜原紅茶の袋詰めが販売された。

また、友好市町村の、あきる野市や福生市からB級グルメの店や、伊豆七島の利島村は海草等を販売するなど、40店弱が出店して賑やかに開催され、

夜には両日とも、19時半から20発の花火が打ち上げられた。




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そんな中で、鈴木さんは屋号の「ひなたぼっこ」で出店した。

上の画像をタップする

会場では、白岩ウリの販売を行ったが、試食も行ったことから、試食した方は殆どの方が購入したという。

試食は、ピラーで削った果肉を冷蔵庫で冷やしておいて、ポン酢で食べていただいたが好評だった。
この白岩ウリ、60本(1本200円レシピ付き)販売したが、完売。

60本を一人で栽培したと云うので詳しく聞いてみると、毎年、夏祭りに標準を合わせて、5月に播種して栽培しているそうで、今年は、檜原も長雨等で心配していたようだが、例年になく良くできたとか。、

白岩ウリは、鈴木さんのお骨折りもあって、2017年には江戸東京野菜に登録されている

鈴木さんは、ルバーブのジャムも作っていることは、当ブログで紹介しているが、赤とグリーンの2種(各500円、120g)で、90本。

減塩、天日干しの梅干しは、瓶に漬けて1年寝かせたもので、100gパック(12〜3個入り、200円)を販売した。
1年寝かせたことによって、まろやかな味が好評で、白岩ウリ、ルバーブのジャム同様に、用意したものは完売だったという。


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2019年05月11日

六本木のグランドハイアット東京 鉄板焼「けやき坂」で、秋川牛を厳選した「ケヤキ坂ビーフ」をいただいた。


江戸ソバリエ協会のほしひかる理事長から、六本木のグランドハイアット東京 鉄板焼「けやき坂」に行きませんか、というメールを頂いた。

詳しく伺うと、江戸ソバリエの本多良信シェフが東京の食材に取り組み始めたので、大竹も連れてきて欲しいと云うこととか。

それは有り難いことなので、日程等はお任せしたが、ほし理事長とは8日(水)11時30分にグランドハイアット東京のロビーで待ち合わせとなった。

そもそも、グランドハイアット東京の、経営サイドに勤めていた金村貞司さん(江戸ソバリエの)は、更科堀井「四季の会」の常連で、食材の江戸東京野菜に注目してくれた。

そこで、同じ江戸ソバリエの本多良信シェフを四季の会に誘ったことから、本多シェフも江戸東京野菜に、はまってしまったようだ。





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同店の仕入れ業者は決まっているから、シェフの自由裁量にはならないが、これまで亀戸大根や伝統小松菜を仕入れ業者に依頼して取寄せることもしている。

東京のブランド牛は、あきる野市の竹内牧場で育成している「秋川牛」だ。
何でもネットで東京の食材を検索している中で、ヒットしたのが当ブログだと云う。

それから、牧場主の竹内孝司さんを何度も訪ねて、本多シェフの思いを理解してもらったようだ。


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2018年11月15日

檜原村人里の南斜面で栽培しているナツハゼの実が地域特産物のジャムとして人気に


東京都西多摩郡檜原村の歴史文化に詳しい鈴木留次郎さんには、昨年、江戸東京野菜に認証された白岩ウリについても、歴史や栽培の現状などについて、調べていただいたが、今度は6次産業化の話し。

檜原村は、あきる野市から檜原村役場の先で左右に分かれ、右に都道205号線を行くと白岩ウリが栽培されている、藤沢方面から白岩沢へ、
左へは檜原街道(都道33号線)で数馬の湯から都民の森へと向かうが、その途中、人里と書いて「へんぼり」と読むが、ここで、ナツハゼ(ツツジ科)の栽培がされている。




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ナツハゼは、日本原産で、ツツジ科だから、ブルーベリーと同じ落葉低木。
ブルーベリーよりも黒く濃い色をしていて、アントシアニンは3倍だとか。

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ナツハゼがこのようにたわわに実るには、種々条件があって、標高500m前後で、日照時間も関係していて、檜原村の中でも人里以外では、実を付けないと云う。



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2018年07月25日

期待の檜原村「白岩ウリ」、発送直前サルにやられた。旨いのを知っていたようだ。


昨年の8月に檜原村で栽培されている、江戸時代のジャガイモ「おいねのつるいも」を栽培している、ジャガ薯部会の鈴木留次郎会長の畑に伺ったが、そこで檜原の白岩地区で昔から栽培されてきた「白岩ウリ」を栽培していて、見せていただいたが、その大きさに驚いた。

JAあきがわが申請して、昨年江戸東京野菜に加わった。

本日25日と26日、更科堀井夏の会に提案しているので、檜原の皆さんともども、林先生のお料理を期待しているし、皆さんの反応も気になるところだ。





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実は、更科堀井に発送間際、サルにやられたと、鈴木さんから連絡をいただいた。

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白岩ウリは、ネットを張って、サル対策をしていたようだが、一番大きなウリを、幾つも食われたと写真を送ってくれた。

サルは前から狙っていたらしく、収穫する日に近くの栗の枝を折って侵入したと云う。

それでも残ったものを送っていただいたようで、更科堀井の河合料理長も届いたと報告いただいた。
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2017年10月10日

檜原の伝統野菜「白岩ウリ」が、農業共済新聞の全国面に四段抜きで掲載された。


檜原村の伝統野菜と云うと、「おいねのつる芋」が、江戸東京野菜に認定されている。

その物語性から、誰もが食べてみたいと云うジャガイモだが、今年新たに認定するにふさわしい一品もあることから、農業共済新聞の高橋記者に、一日かけて取材に来ていただいたことは、当ブログで紹介している。

午後からは、道案内の鈴木留次郎さんと役場でお会いして、藤倉方面に連れて行っていただいた。






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このほど、全国面に四段抜きで掲載された。

上の画像をタップすると拡大
これまで農業共済新聞が大きく取り上げてくれた記事を紹介する

2007年2月28日 江戸野菜復活物語

2008年1月1日 頑張る江戸東京野菜

2017年1月25日 地域ブランドの新顔に

2017年3月29日 都市農業継続へ 消費者をファンに






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2017年08月28日

檜原村に伝わる白岩ウリには武田武士の落武者伝説も・・・。


白岩(しらや)ウリの郷に伺ったことは、先日報告したが、改めてこのウリについて生産者の鈴木留次郎さん(JA秋川理事)に伺った話を整理してみた。

鈴木さんがタネを譲ってもらった倉掛地区の田倉さんは、15年前に檜原村湯久保地区に住む、峰岸奈津子さん(86歳)から譲ってもらったもの。
奈津子さんは藤倉の奥地、猿江地区で生まれ育ち、子供のころから食べていた。
明治生まれのおじいさんが栽培していて、湯久保に嫁ぐときにタネを持たせてくれたと云う。

甲斐國に隣接する檜原村には各地に武田武士の落武者伝説があり、三頭山荘の大女将里久子さんも岡部家のルーツは武田の落人だと伺った。

奈津子さんの実家小泉家では代々栽培していたようで、落武者が猿江にタネを持ち込んだものと思われる。





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白岩ウリ、
檜原村役場近くの上元郷で栽培する鈴木さんの畑では、
7月中旬頃から、半白キュウリとしてなり始める。

上の画像をタップする
@ 花が咲き始める
A 雌花が受粉し、生育し始める。
B 半白として生育している。
C 半白キュウリとして収穫期を迎えているる
D 収穫されたキュウリ状態の白岩ウリ。

奈津子さんの話では、
おじいさんは常々、若いキュウリは採るなと言っていた。
自給自足の中で、少しでも大きくして食べるように、
白くなるまで収穫できなかった。と云う。


2011年に、NHK『キッチンが走る!』のスタッフから7月に、「奥多摩町峰谷で出会った農家に、昔から作っているというキュウリを紹介されたが、これは江戸東京野菜の一種でしょうか、名前がわかったら教えてください」と、写真を添付したメールをもらったことがあったが、わからないと応えるしかなかった。

その後わかったことだが、今年も送っていただいた、塩山の山本ファームがオリジナルブランド「翡翠瓜」を販売していて、「茂倉(もぐら)ウリ」がベースになっていると聞いた。

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2017年08月25日

檜原村数馬から戻って、鈴木さんの案内で藤倉集落倉掛の白岩ウリの栽培地に伺った。


檜原村の農業を見てもらおうと、農業共済新聞の高橋英樹記者を午前中は数馬方面を案内したが、

午後からは藤倉方面で、案内してくれる鈴木留次郎さんとは檜原村役場で待ち合わせた。

檜原村に江戸東京野菜の「おいねのつる芋」に次ぐ、固定種の「白岩(しらや)ウリ」があると云うので、栽培している鈴木さんの畑を、今月初めに見せてもらったのは、当ブログで紹介している。

何でも、2週間先の19日、20日に開催する檜原村最大のイベント「払沢の滝ふるさと夏まつり」で、その白岩ウリを、檜原を訪れる人たちに宣伝・販売し、檜原で栽培農家を増やしたいと話しておられた。





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鈴木さんが、白岩ウリが一番美味しいと云う大きさになっていた。

上の画像をタップする
高橋記者も初めて見るウリのようだった。
鈴木さんは、白岩うりの栽培を始めて2年目だが、白くなった太いウリの味にひかれて、生産者を増やして、檜原村の特産物にしたいと語っている。


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2017年08月24日

東京にも中山間農業があり、特徴的な農業経営をしているからと農業共済新聞の高橋英樹記者を誘った。


東京にも中山間農業があり、皆さん一生懸命に農業に携わっているが、苦労も多い。
一度取材をしてほしいと、農業共済新聞の高橋英樹記者に、情報を伝えていたが、ようやく時間を割いて、来てくれた。

都心から西へ約50キロはなれた東京都多摩地区で唯一の「村」。
村の中央を900m級の急峻な嶺が連なっていることから、村役場から左の道は、幾つもの集落を抜けて数馬集落、そして都民の森から奥多摩へ。
右へ行くと、こちらもいくつもの集落の先に藤倉の倉掛地区へと道が伸びていて、横道に入ると、人里離れた湯久保地区もある。

高橋記者とは拝島で待ち合わせ、車でJA秋川へ、市川辰雄専務と、檜原出身の宇田俊史常務にお会いして、話を伺った。





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檜原村には、江戸東京野菜の「おいねのつる芋」があるが、江戸の頃、おいねさんが甲斐国都留から峠を超えて檜原村の数馬に嫁に来た時に、持参したジャガイモ。

檜原の昔話は、数馬にある三頭山荘の大女将・岡部里久子さんに、昼食をとりながら話を聞こうと出かけたが、
ご高齢だからその日は「デーサービス」で不在だったので、畑の写真は撮ってきた。

2011年に畑に案内いただいた時の写真をブログに掲載してあったので、スマホから高橋記者に見てもらった。


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2017年08月05日

おいねのつる芋に次ぐ伝統野菜、檜原村藤倉の最奥地に伝わる幻の白岩瓜をいただいた。


東京の西の端、檜原村に伝わる江戸東京野菜の「おいねのつる芋」は、江戸時代のジャガイモで、まつわる物語といい、その味と云い、檜原を代表する作物だが、檜原ではいまいち評価が低い。

JAあきがわの宇田俊史常務(檜原選出)に、おいねのつる芋の栽培普及をする必要があるのではないかと話したら、JAの理事でジャガイモ生産部会の鈴木留次郎部会長(元檜原村助役)を紹介いただいた。

鈴木部会長も、おいねのつる芋の栽培普及が必要だとの認識をお持ちだった。

そんな話の中で、かつて三頭山荘の大女将岡部里久子さんに、昔の胡瓜だといって太いキュウリを見せていただいたことがあったと話をしてみた。





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すると鈴木さんは、今栽培しているのだという。 白岩瓜(しらやうり) がそれで、とても旨い、

毎年、お盆後の最初の土・日に、行われている滝祭り(払沢の滝ふるさと夏まつり) で皆さんに販売しようと考えているという。

昨日、JAの宇田俊史常務が檜原で会議があるから、13時までに武蔵五日市駅まで来れば、鈴木さんの畑に連れて行ってくれると云うので、江戸東京野菜推進委員会の水口均さんと一緒に伺った。


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2017年07月26日

ジャガイモが美味しい檜原村で、村興しの救世主に「おいねのつる芋」を提案した。


先日、絵本塾出版の尾下千秋社長と、絵本作家の千年太郎さんとで檜原の伝統野菜で、昨年江戸東京野菜に登録された「おいねのつる芋」を、村興しの救世主にと、改めて檜原村の坂本義次村長に提案した。

おいねのつる芋は、江戸時代に日本に入ったジャガイモで、明治時代に檜原村数馬に嫁入りしたおイネさんが故郷の山梨県都留郡から持ち込んだものだ。

檜原はジャガイモが美味しくできるところで、男爵やメークインなどが、おいねのつる芋よりも多く栽培されていて、「ひのじゃがくん」という、キャラクターまである。

おいねのつる芋から、男爵などが栽培されるようになったいきさつは、JAあきがわの隣、JA西東京の広報誌「かたらい」の「町の笑顔」のページに書いてある。

同誌にある「治助芋」は、おいねのつる芋だと云う。
そもそも、治助芋は、おいねのつる芋を奥多摩町大丹波の治助さんが持ち込んだものとあり、戦後の食糧難の時代に収穫量が多いジャガイモとして男爵に切り替わったという。

しかし、奥多摩町ではプライドなのか、おいねのつる芋に一切触れずに「治助芋」を商標登録している。

檜原村の藤倉では、数馬からきた芋と云うことで「数馬芋」と呼んでいる。






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おいねのつる芋にまつわる物語は、檜原村数馬の三頭山荘の大女将岡部里久子さんのもとへ、尾下社長達と何度か伺って聞いている。

おいねのつる芋の情報収集をしている中で、JAあきがわの宇田俊史常務(檜原選出)の配慮で、JAの理事でジャガイモ生産部会の鈴木留次郎部会長(元檜原村助役)を紹介いただき、檜原村坂本義次村長を表敬訪問したもの。

上の画像をタップする
檜原産木材の利用拡大を推進している坂本村長は、お茶を出した時に檜原材を利用したコースター(幸スター)を紹介し、帰りにお持ち帰りくださいと云ってくれた。



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2017年06月17日

檜原村の伝統野菜「おいねのつるいも」を求めて特産物直売所「やまぶき屋」まで行ってきた。


これから夏に向かってのイベントがいろいろあるが、そこで使う食材を今から探しておこうと、準備を始めた。
7月中下旬、都庁の食堂で行う〜江戸東京野菜を食べよう〜、8月8日9日の更科堀井での江戸そばとのコラボ、

その食材の一つに檜原村の伝統野菜「おいねのつるいも」が候補に挙がったので、産地に行ってきた。

昨年7月にも来ているが、笹野地区にある「ばんば特産物直売所」はまだ空いていかったので、その先にある檜原村観光協会の特産物直売所「やまぶき屋」まで足を延ばした。




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お店には、平野貴志子さんが店番をしていた。
ジャガイモはいつ頃入荷するか、訪ねると、新ジャガは入荷しているという。

黒いネットがかけてあったので気が付かなかったが、きたあかり、男爵と並んで、
「おいねのつるいも」も入荷していた。

「おいねいも 37 吉村光雄 栢木野」とあった。
平野さんに聞くと、吉村さんは毎年早くできるという。

上の画像をタップする
早速「おいねのつるいも」を大きい玉のと小さい玉のを2袋買い求めた。

平野さんに「檜原には "昔のキュウリ"という伝統野菜があったが・・・」と、聞くと「何人かが栽培していて、吉村さんがタネを採って栽培しているから7月には出荷される」と教えてくれた。


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2016年07月27日

檜原村「三頭山荘」の大女将里久子さんを訪ねて、昔話を伺った。


先日、東京の奥座敷檜原村に行ったことは、当ブログで紹介したが、
目的の、三頭山荘で大女将の岡部里久子さんにお会いして、「おいねのつるいも」もいただけたので、皆さん満足していただいたことから、遅くなったが紹介する。

我々8名が席に着いたところで、里久子さんの声が表で聞こえたので、出て行って「また、友達を連れて、話を聞きに来ました!」と伝えると、「お彼岸で、嫁に行った娘が来ているから、墓参りに行ってくる、ちょっと待ってて」と行ってしまった。
伺った16日は「やぶ入り」だった。




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女将(里久子さんの長男夫人)に、料理の注文をし終わったところに、
「待たせたナ〜」と云って来てくれた。お元気だ。

お話を聞きたいと云っていた尾下千秋さんと千年太郎さんの横に座ってもらったが、
急に席を立って行ってしまった。

上の画像をクリックする
「これでも食べてて」と云って、自分で栽培したキュウリにソースをかけて持ってきてくれた。
皆さんキュウリにソースは食べたことがないと云っていたが、「これが旨いんだよー」と云って行ってしまった。

採りたての新鮮なキュウリだから確かに旨い。
次に持ってきてくれたのが、「蕗の煮物」と、「蕗の甘酢漬」、そして「おいねのつるいもの煮っ転がし」を次から次へと持ってきてくれた。

里久子さんが全部作ったもので、
「おいねのつるいも」は、取り残した小さい芋を茹でて、皮をむいて、ごま油と醤油と砂糖で作ったと云っていたが、昔から食べていたものだという。

蕗の甘酢漬は、初めて食べたが美味しい。


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2016年07月20日

檜原村の農産物直売所で、伝統野菜の「おいねのつるいも」と幻の「むかしのキュウリ」を手に入れた。


今年の4月に、お世話になっている八田尚子先生や、千年太郎先生、伊東和子さんの3人で、伝統野菜「おいねのつるいも」や「奥多摩ワサビ」のふる里を訪ねるツアーを実施たことは、当ブログで紹介したが

今度は、「おいねのつるいも」を食べに行こうと云うことで、江戸東京野菜の絵本シリーズに注目している皆さんにお声をかけたら、前回のメンバーに加えで、絵本塾出版の尾下千秋社長と、江戸東京野菜四谷菜園の会のメンバーで、フードアナリストの郷家浩美さん、「トキジイと太郎杉」の絵を担当された早田優先生とお嬢さんが参加された。






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JR五日市駅に10時30分集合、車2台に分乗しで移動。

上の画像をクリックする
はじめての方が、3人いたので、前回立ち寄った、「野良坊菜の碑」と、直売所に立ち寄るなどして、目的地の三頭山荘に向かった。

ばんば特産物直売所(笹野042−598−0195) では、「おいねのつるいも」を、また、観光協会の特産物直売所やまぶき屋(柏木042−598−0429)では、檜原・奥多摩の伝統野菜・幻の「むかしのキュウリ」を手に入れることができた。ラッキー!。

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2016年04月28日

檜原村から奥多摩へ、江戸東京野菜の話題を訪ねて


江戸東京野菜をはじめ、伝統野菜をシリーズにした絵本を絵本塾出版が計画していて、すでに鎌倉だいこんがスタートしたことを、当ブログで紹介した。

2015年7月に、絵本塾出版では、まるごと野菜シリーズで「まるごと!、じゃがいも」が出版された。

同シリーズは、構成・文の八田尚子先生と、構成・絵の野村まり子先生で、
私が監修をさせてもらっているが、檜原の伝統野菜「おいねのつるいも」を同誌の中で紹介しいることから、上梓した時点で、「おいねのつるいも」を食べに行こうと、先生方をお誘いしたが、お2人ともにご多忙で、延期になっていた。





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今回も、野村先生はご都合がつかなかったが、八田先生と伝統野菜シリーズの取材を始めている千年太郎先生と伊東和子さんの3人が、JR五日市線の五日市駅で待ち合わせ、そこから車で皆さんを案内した。

上の画像をクリックする
コースは、のらぼうの碑がある、あきる野の子生神社からスタートし、檜原村の払沢の滝、檜原村の野菜野直売所、そしておいねのつるいもの事に詳しい三頭山荘の大女将・岡部里久子さんに話を聞き、そして、奥多摩に回って、鳩ノ巣で江戸東京野菜の奥多摩ワサビのワサビ田をめぐるという計画。


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2016年04月02日

あきる農を知り隊in五日市〜江戸東京野菜「のらぼう菜と東京いちごに出会う」〜のイベントに参加した。


あきる野市農業委員会が毎年、収穫の秋に実施してきた、「あきる農を知り隊」(農ウォーク)は、今年で第6回を迎えるが、今年は当地域の特産物「のらぼう菜」を知ってもらおうと実施することになったことから、秋から早春に移して、3月29日(火)に実施されたもの。

「東京の野菜産地を歩く旅」として、「江戸東京野菜のらぼう」と「東京いちご」に出会うのキャッチフレーズで、当ブログで紹介したが

お蔭で、チラシを配布していない地区から応募がありましたと、同市農業委員会事務局の野口さんからお礼のメールがあり、「よろしければご参加ください。」と云うお誘いもあった。





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試食用に用意された甘くて美味しい「のらぼう菜」のお浸し。

上の画像をクリツクする
当日は、JR五日市線で終点のJR武蔵五日市駅に行きそこから、指定のバスでJAあきがわの五日市ファーマーズセンター「あいな」に向かい、そこで、お勉強。

会場には、参加者と、案内役のあきる野市の農業委員の皆さんが勢揃い。
平野正延会長から歓迎の挨拶があった。


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2016年03月29日

あきる野市小中野の子生(こやす)神社境内で、恒例の「のらぼうまつり」が行われた。


のらぼう菜の最盛期を迎えて、27日、東京都あきる野市小中野の子生(こやす)神社で、のらぼうまつりが行われた。

当ブログでは2010年から、のらぼうまつりを報告してきた。

これまで、のらぼうまつりは、3月末の日曜日に行われてきたが、日時は確定せず、その年ののうらぼう菜の生育状況にによって、2月から3月の頃に役員が決めていて、たまたま3月末の日曜日開催となっていた。

これでは、観光として広く来場者に来ていただくには無理で、日程の確定が求められていた。、

今年も開催日を確認すべく、2月初めに昨年まで、のらぼうまつり実行委員会会長を務めてきた、坂本勇氏(JAあきがわ組合長)を訪ねたことは当ブログで紹介した。





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「のらぼう菜」によって行われる素朴な村祭りは、今年で10回を迎える。

これまで何度となく来ていることから、多くの方々に知ってもらいたくて、食の情報を動画配信しているフードボイスの新田眞一社長に依頼して、まつりを撮影してもらうことになった。

当日は、フードボイスのディレクター黒川勝生さんが一人で来て、撮影してくれた。

子生神社境内にある「野良坊菜乃碑」に刻まれた謂れについて、説明すね坂本組合長。
坂本組合長は、碑文にある名主小中野四郎右衛門の末裔であることから、説明をお願いした。



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2016年02月08日

JAあきがわの、坂本組合長と市川専務を表敬訪問し、地元特産の「のらぼう菜」を頂く


毎年、3月にあきる野市小中野の子生(こやす)神社境内で「のらぼうまつり」が開催されているが、

これまで同まつり実行委員会の坂本勇会長が、昨年6月、地元JAの役員改選で、代表理事組合長になられ、また現役時代に一緒に仕事をした市川辰雄さんが、地元に戻って地域に貢献しようと代表理事専務に就任したと聞いたので面会の予約を入れた。






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坂本組合長(写真右) は予定があるようだったが、「のらぼうまつり」の件で伺いたいとお願いしたので時間をとっていただいた。
市川専務(写真左)とは、久しぶりだったが、陣頭指揮でご活躍のようだった。

坂本組合長に、今年の「のらぼうまつり」について伺った。
「のらぼうまつり」はこれまで、結果的に3月の最終日曜日に開催されてきたが、実際には実行委員会が生育状況を見て2月に決めているようで、

今年は1月上旬まで暖冬だったこともあり、生育が進み、早めようとの話も出ていたようだが、降雪以降生育も止まったことから例年通り最終日曜日の3月27日に決定したという。

また、体制では坂本組合長は同会会長職を退き側面から支援し、同会実行委員長の乙訓孝男さんが指揮を執ることになったという。

上の画像をクリツクする
坂本組合長は、役員室の額を差して説明してくれた。
当地で栽培されるのらぼう菜の歴史的根拠となる古文書だが、江戸時代後期の明和4年9月、関東郡代伊奈忠宥が地元の名主小中野四郎右衛門と網代五兵衛に命じて、のらぼう菜の種子を中山間の近隣12ケ村に配布したとある。

因みに、坂本組合長は、名主小中野四郎右衛門の末裔であることから、これまで会長を務めていた。

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2014年11月13日

東京のブランド牛、黒毛和牛の「秋川牛」を訪ね、菅生のミツバチにも出会う。


先日、11月7日から始まった東京駅開業100周年記念「東京食材祭り」の公式ガイドブックを紹介したが、その中に「新・東京食材」として「秋川牛」が紹介されていた。

秋川牛と云うとあきる野の竹内牧場のブランド牛で、一昨年、牧場主の竹内孝司さんを訪ねたことがあり、当ブログで紹介した。
当時、原発事故の風評被害にあって、飼育頭数を減らしていたが、ガイドブックには後継者の孝英さんが、取材に応えていた。

懐かしくなって、竹内さんに電話をすると、畜産でも最近、別の畜産も始めたという。




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話を聞いてみると秋川牛は後継者の孝英さんに譲って、新たに「養蜂」を始めたという。

とかく畜産と云うと、牛とか豚とかを思い浮かべるが、ミツバチを飼うのも畜産だ。

江戸東京野菜コンシェルジュ育成協議会理事の福島秀史さんを誘って出かけた。
福島さんは、南多摩、西多摩地区の江戸東京野菜の普及・復活に取り組んでいるが、ベースになっているのは、東京の農業振興だから、二つ返事で時間を割いてくれた。

上の写真をクリックする。
昨年から、はちみつの販売を始めたそうで、まだ、年20キロと目標の半分だそうだ。
自宅で販売しているが、口コミでお客も増えているそうだ。

秋川ファーマーズセンターで販売しないのか、聞いてみると、養蜂専業者入っているので、・・・、と、
遠慮しているようだ。

「あきる野菅生特産 はちみつ」の幟も見せてくれたし、「菅生はちみつ」の価格表も手作りで玄関に貼り出されていた。
200グラムからで、@100グラム500円

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2012年05月08日

東京のブランド和牛「秋川牛」生産に励む竹内牧場を訪ねた。


2009年にミクニマルノウチがオープンする時に、三国清三シェフから、東京の食材にこだわりたいと相談を受け、野菜だけでなく、黒毛和牛の「秋川牛」だってありますよ、と紹介した。

東京には、肉牛の「秋川牛」、乳牛もいて東京牛乳を生産している、豚ではトウキョウエックス、鶏では東京烏骨鶏に、東京軍鶏などがあり、生産者や仕入先などを紹介したことから、ミクニマルノウチでは、それらを使ってくれている。



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都政新聞の取材を兼ねた、NPO法人ミュゼダグリの農家見学会に秋川牛の生産者竹内孝司さんを訪ねた。

竹内さんの口をついてでたのは、原発事故後の風評被害の話だ。

昨年の7月15日、基準を超えた放射性セシウムで汚染された稲わらを食べた牛の肉が流通したとの報道で、東京市場での肉牛の価格は、一頭当たり100〜120万で流通していた和牛が20〜30万に下落してしまった。

安全な飼料を食べさせていたにも関わらず、と・・・
これら被害は、東京電力からの補償も受けられない現状だという。

自前で検査を行ったが、一頭当たり5千円の費用も認められない。

12月から東京都が全頭検査を実施したが、基準値以下で問題はないという。
最近、価格は戻りつつあるが、500キロの牛で5〜10万円安く、利益は出ない状態だという。
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