2022年10月16日

三鷹市大沢から野川に沿って、側道を歩いて深大寺の農業公園まで歩いた。


三鷹市大沢で、8日9日に、水車と古民家のお祭りが行われ、
古民家と江戸時代のわさび田の公開、と水車の公開を見てきた、
その後、深大寺では、深大寺在来ソバの花を見に行こうと、
満開のそば畑も紹介している。

深大寺在来の花が満開だと聞いていたので、三鷹市大沢から
深大寺まで行くコースを聞いたら、一番近いのは、野川の
側道を歩くのが良いと教えてもらったので大沢から歩き始めた。





上の動画は 拡大.JPG右向き三角1 を押す。
アルミ缶で作った風車が沢山下がっていたのでしばし立ち止まって
見てしまったが、作り方は、ネットに掲載されていた。



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2022年10月12日

三鷹市大沢にある、水車と古民家のお祭りで、水車経営農家を訪ねた。


三鷹市大沢で、水車と古民家のお祭りが、
10月8日(土)、9日(日)に開催された。
水車経営農家の公開日で、現役の水車を見たくて、申し込んでいた。

武蔵野地域の水車はほとんどが動力水車で、江戸時代以降新田開発に
伴って数多く設置され、明治末期から大正期にかけて最盛期を迎えた。
その後、昭和に入ると急激に減少していきました。





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11時に申し込んでいたが、途中バスが遅れて、
5分程遅れてしましたが、入れてもらえた。

上の画像をタップする
母屋は文化10(1813)年代頃(伝承)と云われている。
桁行7間、梁間3間。屋根は茅葺の寄棟造り。
建築面積は22.75坪、屋根裏では養蚕を行っていた

30分後の予定の皆さんは、母屋の縁側に置かれたモニターで
水車のビディオを見たりしていた。

こちらの農家・峯岸家の水車は、文化5(1808)年頃創設され、
その後度重なる改造を加えてきた多機能性をもつ両袖型の
大型水車で、峯岸家は文化14(1817)年以来、
五代にわたり水車経営に携わってきた。

全国的に見ても製粉精米用の水車としては最大級の規模を誇る。
また、水車とともに母屋、勝手、土蔵、製粉小屋などの建物や、
水車用水路、「さぶた」なども現存している貴重な施設。


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2022年07月08日

高田馬場シニア活動館で栽培している新宿の伝統野菜の状況を見てきた。


今年の3月、高田馬場シニア活動館の古平篤さんに依頼されて
「新宿野菜サロン」の勉強会で、江戸東京野菜の
をさせてもらった。

特に、新宿の伝統野菜についてのリクエストがあったことから、
早稲田ミョウガに、鳴子ウリ、内藤カボチャに内藤トウガラシの
話を詳細に申し上げたことから、「新宿野菜サロン」では、
栽培もしたいということで、生産者を紹介した。

鳴子ウリは、府中市の石川孝治さん、内藤カボチャは練馬の
渡邊和嘉さんを紹介したので、畑に行って苗を購入してきたようだ。

早稲田ミョウガは生産者を限定しているから無理で、
内藤トウガラシは、サロンのメンバーがプロジェクトの苗を
購入してきたという。





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会館に入ったところのボードに、
新宿野菜サロンのニュースが貼ってあった。

上の画像をタップする。
6月の収穫作業の写真は、江戸東京野菜はまだで、
西側の圃場で栽培している、市販の交配種だった。




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2022年06月15日

西武新宿線の千川上水橋梁下、千川上水跡の川底にドクダミの花がびっしりと咲いていた


滝野川ゴボウに関連して地域を散策する中で、滝野川第二小学校の近くに千川上水調節池跡(豊島区西巣鴨2丁目)があったことを紹介した。

千川上水は、玉川上水から武蔵野市で分水して、練馬区立野町の
井口良男さんの屋敷周りを流れている。






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その流れは、ここ関町1丁目で暗渠に流れ込んでいた。

上の画像をタップする
関町1丁目で、青梅街道を渡ったところが
千川通りの起点となっている。
しかし、千川通りに埋設されたコンクリート管には、
いたるところで土砂が堆積して詰り、
景観以外に用の無くなった上水は練馬区関町1丁目で暗渠になって

現在は善福寺池の下の池から流れ落ちる美濃山橋の下で、
善福寺川に流し込んでいる。



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2022年02月13日

西武立川駅前の住宅地の工事が始まった2011年の写真が出てきた。


古い写真を整理していたら、
2011年9月25日の早稲田ミョウガの写真の中に、
西武立川駅の写真があった。

早稲田ミョウガを栽培している練馬の井之口さんのお宅に伺うのに、
西武立川駅で電車を待つ間、
駅前の広大な原っぱに重機が入り、工事が始まったのを撮っていた。

寂しい郊外の駅前には、飲料水の自動販売機すらなかったが、
今やロータリーができ、スーパーのヤオコー、ファミリーマート、
マンションのソルヴィエントメイツ西武立川も建っていて、
原っぱには住宅が250戸も建てられた。

今では、西武拝島線にも座席指定の拝島ライナーが運行されている。




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新宿に通っていた1987年、駅前の原っぱをエッセーに書いているが、
あれから24年経つが、
そこに重機が入ったわけで、西武立川の歴史の一部になる。

上の画像をタップする
拝島行の電車が入線した。
西武立川駅の二階から自宅方面を撮ったが、冬だと富士山が見える。
手前の囲いには、ファミリーマートが建った。



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2022年01月12日

谷中 七福神巡りのコースから道がそれて、3時間の行程になった。


10日(日)に、谷中七福神巡りに出かけたことは、ご報告をしたが
所々でコースをそれたので、結構時間がかかった。

最初にコースをそれたのは、布袋様の修性院の脇が、
富士見坂になっていて、登りきったところが、諏方台通りで、

その辺りは、台東区の野外見学会で受講者をお連れしたことがある。






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参加された、江戸東京・伝統野菜研究会の渡邉和嘉副代表と
亀島由美子さんは初めてだったので、案内したもの。

西日暮里駅が左下に望めるが、京浜東北線、東北新幹線、
常磐線が通過している。
ここから望める範囲は水田や畑作が広がっていたが、
この地でショウガが栽培されていた。
明治16年に、眼下に鉄道が敷かれたことからショウガ栽培の
農地は無くなってしまった。

上の画像をタップする
平成9年、諏方神社に農業説明板を建立させてもらった。



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2022年01月11日

今年一年、家内安全、無病息災を祈願しに、谷中七福神詣でに出かけた。


今年も谷中七福神詣で、都合の付いた者で9日(日)に出かけた。
谷中七福神は、上野、谷中、日暮里、田端に祀られていて、
昨年、巡っているので様子が分かっていた。
9時半に田端駅で待ち合わせをしていた。

参加されたのは、江戸東京野菜コンシェルジュ協会の渡邉和嘉理事と、
コンシェルジュの亀島由美子さん。

渡邉さんは、江戸城濠大根を、ほしひかる先生に活用してもらう
ことで、大塚駅でお渡ししてから来られた。




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谷中七福神は、東京で最も古い七福神詣で。
健康のために歩くことを考えて、昨年から始めたもの。

上の画像をタップする
9時半に、揃ったので、田端駅をスタートした。
駅前ではJRが「谷中七福神巡り」の地図を配っていた。



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2022年01月09日

北区に唯一残る、生産緑地を確認しに案内してもらった。


東京に来て、山手線に乗って、東京はビルばかりで畑は無いと云う人、
東京に農業があるとは知らなかったと・・・。

東京23区の内、農地は都心の12区以外の11区(江戸川区、葛飾区、
足立区、北区、板橋区、練馬区、杉並区、中野区、世田谷区、
目黒区、大田区)に、
農地法上の農地、都市計画法上の生産緑地がある。

先日、北区の滝野川八幡神社に伺った話は紹介したが、
昔は、滝野川ゴボウや滝野川ニンジンなどを栽培していた。

いつ頃だったか北区の農地が1か所になってしまったと
聞いたことがある。
何処にあるかは知らなかったが、一度見てみたいと思っていた。

八幡神社には、JA東京あおばの常務理事を歴任された渡邉和嘉さんの
車に乗せてもらって行ったので、帰りに頼んで案内してもらった。





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滝野川から、旧中山道に出て・・・、
志村の坂上から新河岸川を渡って浮間に着いた。
埼京線をくぐって横道に入ったところに生産緑地地区の看板があった。

上の画像をタップする
色々と栽培していたが、良く管理されていた。
よく見ると、幾つもの区画になっていて、
それぞれにネギが栽培されている。

地域の方に貸しているのかもしれない。
ここが、北区に残っている農地だ。

農園主のお宅が隣にあったので、話を聞こうとチャイムを押したが
お留守のようだった。

因みに北区には、赤羽自然観察公園があり、水田があるが、
誤解があってはいけないので、ここは北区の公園用地で農地ではない。



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2022年01月07日

自宅周辺でもうっすらと雪が積もった。


6日の午後から、テレビは都心の雪情報を流していた。
昭島周辺では16時頃からうっすらと積もり始めた。


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日の出前に目か覚めたので外に出たが、たいして積もっていなかった。

上の画像をタツプする
近くのブロツコリー畑と、玉川上水も
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2021年12月24日

亀戸地域で栽培している亀戸大根の生育状況を確認してきた。


江東区立香取小学校の3年年生の出前授業で伺ったことは、報告した。
香取小学校の帰りに歩道橋を渡って、亀戸大根の福分けまつりが
行われる香取神社に伺った。



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歩道橋からスカイツリーが間近に望めた。
スカイツリーの真下に、亀戸大根の碑が見える。

上の画像をタップする
大根碑の後ろ、葉の落ちた桜の木越しに、スカイツリーが見える。

お参りをした後、香取宮司さんがいらしたので、
香取小学校への出前授業の報告を申し上げた。

香取小学校は来年度100周年を迎えるが、聞くところによると、
香取宮司は記念事業の実行委員長をされるという。

香取神社、香取小学校、香取宮司とくると、宮司さんの名前は
間違えではないかと思う人もいるかも、

香取神社は、紀元665年に、下総國の香取神宮の末社として祀られ
都内でも最も古い神社。
その神社を、香取家として代々守り受け継いできたという家柄。

香取小学校の校名は香取神社から付いたもので
香取邦彦先生の実行委員長は、なるべくしてなられた。



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2021年11月24日

皇帝ダリヤは、澄んだ秋空が良く似合う。



報告することが色々あって、季節の話題は後回しになってしまう。

我が家の皇帝ダリヤは沢山の蕾を付けていたが、
11月になって咲き始めた。

比較的天候にも恵まれて、満開になったが、
先日の雨で散りはじめた。

例年は、背が高い分、台風によって倒されてしまうが、
今年は大した風が吹かなかったものだから、
9月ごろから、蕾を付け始めていた。





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皇帝ダリヤは、秋空が良く似合う、澄んだブルーと、
ピンクの花は良く似合う。

上の画像をタップする
二階から見ると真横だが、やはりバックは青空がいい。

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2021年11月14日

昭和の森ゴルフ場がなくなるというニュースが耳に入ったが、それは寂しい。


昭島に移り住んで36年になる。
それまでは、田無のマンションに住んでいて8階のリビングからは、
よみうりランドの観覧車が眺められたが、子どもが大きくなった
ことから、1985年に処分して昭島に移り住んだ。

当時から思うと、昭島市はずいぶん変わった。
1984年に昭島駅の北側に商業施設のモリタウンがオープンした。

15年ほどたった1998年11月に、昭和の森のゴルフ場のコースに
囲まれた森の中に、都市型リゾートホテルとして
フォレストイン昭和館がオープンしたが、早23年が経過した。





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上の画像をタツプする
先日、ホテルのレストランで食事をしたが、ホテルの前を歩いて
昭島駅まで行って通勤していたので、たまに寄ることがある。
ホテルに併設された車屋ではイベントも実施した



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2021年11月01日

小学校以来、10月28日の目黒不動「薩摩芋の収穫祭」に行ってみた。


10月28日は、目黒不動の「薩摩芋の収穫祭」だから行こうと思って
いた
が、丁度、雨で順延になった北千住にある小学校での授業
28日に行われた。

目黒と千住では、東京都の南と北の方角違いだったが、
「北千住駅」から「大手町駅」乗り換えで「不動前駅」まで
1回の乗り換えで着くことが分かった。





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目黒区下目黒3丁目に住んでいた頃は、お不動産の裏門から入って
いたので、目蒲線不動前駅で下車したのは初めてだったが、
お不動産の近くまで来ると、賑やかな商店街を形成していた。

上の画像をタップする
白井権八と遊女小柴の比翼塚が通り際にある。
白井権八は本名平井権八で、鳥取藩の武士で、遊女小柴に迷い、
辻斬りをして処刑されている。


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2021年10月05日

国立のママシタ湧水公園脇にある水田で、大先輩・佐伯さんが稲刈りをしていた。


9月初めに、ママシタ湧水公園脇にある、
大先輩・佐伯寛さんの水田を紹介したが、
いつ頃稲刈りをするのか電話でお聞きしたが、10月になってから
決めると云うので、改めて電話をすることになっていた。

2日、台風一過の中で電話を頂いた。
明日、稲刈りをすると云う。台風の被害にあったのかもしれない。
それで稲刈りを急いでいるのだろうと思って、
翌日9時頃に田圃に行ってみた。






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佐伯さんはすでに来ていて、コンバインの調整作業をしていた。

上の画像をタップする
水田の周りを一回りすると台風で倒されているところもあった。

それよりも半分が刈り取られていたので、佐伯さんに聞いてみた。
何と、台風16号が北上し東京圏を襲う勢いだったので、
とりあえず、刈り取り作業を行ったのだという。

雨に濡れるとコンバインに稲が絡んで収穫できないから、
降る前に刈り取ったが、脇の稲が、強風で倒されていた。

昨晩も雨が降ったので心配したが、どうにかできそうだという。



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2021年09月26日

昭島市にある「東京の名湧水57選」のNo27、No26と、深層地下水を使った昭島の水道水。


「東京の名湧水57選」に選ばれた昭島市のNo27の龍津寺の湧水を
紹介しているが、
同じ昭島市宮沢の、No26の諏訪神社の湧水も57選に選ばれている。

龍泉寺の湧水は、龍泉寺の裏の墓地や杉林などがあることから、
降った雨水を涵養するだけのスペースがあるから、
湧水量は多いが、ここ諏訪神社は、神社裏にあった、
農地の宅地化が進んでいる。

神社脇を、諏訪松中通りがあるが、坂を上りきったところに、
拝島ネギを栽培する、鈴木勇作さんの農地がある。





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「諏訪神社の湧水」の看板があるその裏から湧いていた。

上の画像をタップする
諏訪神社の境内には、厳島神社が祀られていて、
その周りは池になっていた。



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2021年09月05日

国立のママ下湧水公園脇の佐伯さんの水田を潤している府中用水の取水口を確認した。


家光の時代、江戸の人口が急増する中で、飲料水の不足が
予測される中で、井の頭池や善福寺池などの湧き水を神田上水に、
また、赤坂溜池も上水として供給していた。

四代将軍家綱の時代になって多摩川から取水する計画が立てられ、
庄右衛門、清右衛門の玉川兄弟が請け負った。
しかし、記録では2回の失敗が伝わっている

1回目が、日野(立川付近)への渡しが出るあたりから開削を
始めたようだが、ある程度掘り進めたところで、試しに水を流すと、
その水が地下に吸い込まれてしまう場所にぶつかり
工事を断念するしかなかった。

次に上流の福生に取水口を変更したが、ここでも、
硬い岩盤に当たり、開削を断念せざるを得なかった。

このような失敗があって、さらに上流の羽村の堰から
四谷大木戸まで上水は繋がった。

承応2年(1653)から工事が行われ6ケ月で開通したという。






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ママ下湧水公園脇の水田には、府中用水を使っていると、
生産者の佐伯寛さんに聞いていたので、
国立市青柳の取水口に行ってみた。

日野橋から下流方面に土手を歩いて800mほど来たところ。

上の画像をタップする
このところの連日の雨で水量は多く、取水口は閉められていて、
上流から流れてくる水は、ごうごうと音を立てて
流れは多摩川本流に戻されていた。



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2021年09月03日

今年も実っていた、ママ下湧水公園脇の佐伯さんの水田。


国立市谷保にお住いの大先輩、佐伯寛さん(85歳)の水田は今年も稲穂を実らせていた。

前に、佐伯さんが田植えをするというので、見に行ったことがあったが、先月、近くに行ったことから寄ってみたが、穂が出る前の稲が、風に揺れていた。

この水田の隣にママ下湧水公園になっているが、冷たい湧水は稲の生育に影響することから稲田に使うことはなく、水田の脇に府中用水を引いて使っている。





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ママ下湧水公園の自然と、住宅に囲まれたこの一角は、ほっとする一角だ。

上の画像をタツプする




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2021年09月02日

「東京の名湧水57選」のNo27、昭島市の龍津寺から湧く清水を楽しむ遊歩道が整備されている。


昭島市の龍津寺は、曹洞宗のお寺で、天文年間(1532年〜1555年)に創建され、本堂天井板絵55面と杉戸絵16面は、昭島市指定有形文化財になっている。

寺(玉應山龍津寺)は、多摩川に沿った崖線の上に建っていて、崖から流れ落ちる湧水は「東京の名湧水57選」のNo27に選ばれている。

この湧水は、室町時代から拝島村から9ケ村を潤していたが、明治44年に多摩川からの取水堰が完成すると、用水として当寺の湧水も集めて流れている。






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上の画像をタップする。
お寺の南側が崖になっていて
石段を下りていく(写真右下)と用水が流れていて、
沢山の緋鯉が泳いでいた。




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2021年08月28日

港区白金台に、熊本藩主だった加藤清正を祀る・清正公覚林寺が鎮座されていた。


オリンピツクが終わり、パラリンピックが始まっているが、各選手が大活躍で、メダルラッシュが続いている。

戦いの神様として、亀戸大根の記念碑のある、亀戸香取神社には、選手や選手の応援者などが祈願に来ているが、港区白金台の清正公(せいしょうこう)覚林寺(日蓮宗)は加藤清正を祀る、勝負祈願の寺として、民衆の信仰を集めている。

麻布十番から歩こうと思ったが、熱中症になりそうだったので、都営三田線の白金高輪で下車して歩いた。

高輪警察署清正公前交番で、若いお巡りさんが居たので「せいしょうこうは何処ですか!、」と聞いたら、着任したばかりなのか、先輩に聞いていて、先輩が「横断歩道を渡ったとこです」と教えてくれた。






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子どもの頃は、目黒方面から来たことはあったが、高層ビルなども建っていて様子がすっかり変わっていたのでわからなくなっていた。

上の画像をタップする

清正公は加藤清正を祀るお寺。

加藤清正は、刀鍛冶の子として生まれた。母親が羽柴秀吉の生母大政所と遠縁にあたることから、秀吉の小姓として仕えた。

その後、秀吉に従って武功を上げ、秀吉亡き後は、家康に近づき、関ヶ原の戦いでは東軍に加担して、活躍して、家康に認められ熊本藩主になっている。

熊本には、伝統野菜の "ひご野菜" があって、熊本農政局が主催したフォーラムに招かれたことを思い出した。


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2021年08月11日

昭島市に今も残る水田を潤している立川用水は、新たに多摩丘陵幹線のバックアップ機能を有している


昨年、玉川上水の取水口、羽村を紹介したが、承応3年(1654)に玉川上水は完成した。

羽村より下流域に、玉川上水の完成以後、多摩川の水が、上水南部の水田や農地を潤していた。

昭島市拝島町5丁目近辺に「9ケ村用水取水口跡」がある。
9ケ村は、上流から拝島村、田中村、大神村、宮沢村、中神村、築地村、福島村、郷地村(以上現昭島市)、そして柴崎村(現立川市)を流れた。





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上の画像をタップする。

明治44年(1911)に、取水口として樋菅が構築された。

しかし、東京市の人口増加に伴って、狭山丘陵の谷を生かして昭和2年にダム湖の村山貯水池を完成させ、羽村の取水堰で取り入れた水を導水管で村山貯水池の上湖に入れた。



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