2021年03月04日

武蔵村山市の菜の花ガーデン、今年は新型コロナで花摘みはできないという。


新青梅街道沿いに、今年も一面菜の花が咲いていた。

朝、車で23区方面へ、東大和警察署の手前から、多摩モノレールの
上北台駅まで、上り車線を走っているときは、混みあって
見る余裕はないが、下り車線を走る午後には、菜の花畑が見える。

そもそもこのオープンスペースは、都営村山団地が撤去された後、
遊休地になっていたが、不法投棄や雑草が繁茂し、
虫などが発生して周辺住民から苦情が寄せられたことから、

2012年から、春、夏のフラワーガーデンとしている。
この時期は3月28日頃まで菜の花ガーデンとして、菜の花を楽しめる、

夏は、ヒマワリガーデンとして市民が楽しんでいる。






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遠くに新青梅街道が見えるが、菜の花ガーデンの花はまばらだ。
天候が急に暖かくなったり、寒さが戻ったりで、開花に影響。



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2021年02月08日

2004年に実施したツアーを参考に、都市農業ツアーの企画を模索している。


新型コロナ禍の中で、東京の農業を知っていただく企画を
模索していたが、参考になる2004年の資料が出てきた。

2003年度〜2005年度にかけて23区内の農家女性のリーダーが
東京各地の都市農業を知ろうとバスツアーを行っている。

この企画、当時事務局長をされた渡邉和嘉さんが企画したもので
2003年度の江東地区に始まり、2004年度の城北地域、
2005年度に城南地域と実施された。

江東地域の農業となると、足立区、葛飾区、江戸川区の農業がある
コースは足立区、葛飾区、江戸川の順であった。





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足立区では、舎人の新井宏治さんのハウスを見せてもらった、
当時としては水耕栽培の野菜作りは、新しい野菜作りだった。

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先日お会いした、葛飾の矢作東一さん、地元舎人の森谷俊男さん、
そして、事務局長の渡邉和嘉さんも写っている。

コンシェルジュ協会の前身、NPO法人ミュゼダグリが実施する
農家見学会でその後、案内をしている。



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2021年02月03日

陽だまりに青梅草が咲きました。


陽だまりに青梅草が咲きました。
庭に植えてから40年は立つが、青梅市吉野農協園芸センター(現JA西東京グリーンセンター)で営農指導員をされていた青木就一郎さんは、昭和40年代の終わり頃、地元の青梅草が、乱開発によって衰微の状態にあったことから、園芸センターの事業として保護増殖に当たられた。

青梅草は、福寿草の野生種で、青木さんは保護運動の中心人物だった。

青木さんは、酒も飲まず仕事重視の方で、指導経済部長の時に
昭和50〜51年度の東京都農協指導者推進協議会(現JA東京指導員連盟)会長もされていた。

当時若造の私としては親しく語り掛ける雰囲気ではなかったが、山野草が好きだったので、青梅草の増殖で実績を上げていた青木さんに、思い切って頼んでみた。




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青木さんは、「大事に育ててな・・・」と云って手渡してくれたので、地植えにしたことで、毎年花を咲かせてくれ、青木さんを思い出す。

江戸時代には、秋の終わりに伸び切った葉が枯れると、根を掘り上げて、水苔を巻いて江戸に出荷したという。
福寿草の愛好家は江戸には多く、野生種は珍重されていた。

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2021年01月23日

虎ノ門の大坂屋砂場で、そばを食べたことは昨年紹介したが、砂場に行く前に近くの愛宕山に登っている。


政府の緊急事態宣言発令により自宅待機につき、昨年報告できなかったことを紹介する。
昨年、虎ノ門の大坂屋砂場で、そばを食べたことは紹介したが、砂場に行く前に近くの愛宕山に登っている。

小学校の高学年の頃、神田に知り合いが住んでいたので、目黒駅から須田町行き48番の都電に乗れば直で行けたので、日曜日には一人で良く通っていた。
目黒駅から清正公前、魚籃坂下、古川橋、赤羽橋、芝公園、御成門、田村町一丁目、日比谷公園、馬場先門、大手町、そして神田橋で下車した。

子供だから、窓から景色の移り変わりを見ていたから、町並みは覚えてしまった。
加藤清正の位牌や像が祀られている覚林寺がある、清正公前。
明治神宮を源泉とする渋谷川に沿って古川橋から、三の橋、二の橋、一の橋、そして薩摩藩邸のあった赤羽橋と、

御成門を過ぎると愛宕山のラジオの電波塔が見えたものだ。
東京タワーが愛宕山の近く、増上寺の裏にできたのが中学の頃だったから、できる前に何度か愛宕山に上った。




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愛宕山は、標高26メートルだが自然の山では23区で一番高い山といわれていて、86段の出世の石段は40度の急勾配となっている。

三代将軍家光が、父秀忠の墓参りに増上寺に行った帰り、愛宕山の前を通りかかると、
家光は、石段を上ったところに、梅の花が咲いているのを見つけた。

「誰か馬で石段を駆け上がり、梅の花を折ってまいれ」と命じた。
それに応えたのが、讃岐丸亀藩の曲垣平九郎で、梅の枝を折って戻ったことから、家光に褒められ、寛永三馬術の一人にとして、後世に伝えられた。

これにより、この石段は出世の石段と呼ばれ、9月の出世の石段祭りに、愛宕神社の御輿がこの石段を上る。


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2021年01月20日

昨年の秋に、善福寺池の周辺を歩いたが、農地こそ少なくなったが、遅野井湧水を湛えていた。


東京を流れる川の水源地は、「農のある景観と環境」として報告してきた。
東西に長い東京の、南北に三鷹の井の頭池、杉並の善福寺池、練馬区石神井の三宝池と、三つの池を線で結ぶと、弓を張ったように曲線になり、そこに湧水がある。

善福寺池は、かつて池のそばにあった善福寺弁財天の名をとったが、その寺はすでに廃寺になっていて、その後、善福寺4丁目の福寿院という名の寺院が1923年に地名をとって改名して善福寺となっている。

昨年の秋、善福寺には荻窪からバスで、井草八幡宮で下車して歩いてきたが、井草八幡には、農業説明版の「井荻ウド」の説明版がある。

また、明治から大正にかけては、藍染めの原料「藍」を栽培して産地になっていた。





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善福寺川の源流、遅野井湧水の碑が立っていた。

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説明板によると、鎌倉時代、源頼朝とのご縁がある湧水。



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2021年01月14日

歌川廣重の名所江戸百景「月の松」を復元させた寛永寺の清水堂で確認した。


先日、台東区に詳しい、大浦美鈴さんに案内してもらった「谷中七福神めぐり」の最後、不忍池にある弁天堂に行く前に、清水堂に寄って、月の松から弁天堂を眺めている。


歌川廣重は「名所江戸百景 上野山内月のまつ」と、「名所江戸百景 上野清水堂不忍池」に描いている月の松は、明治の初め、台風の被害にあって、その後、伐採されてしまったようだ。

何年か前に、月の松が復活したという話は聞いていたか、上野には、鴎外荘に何度も伺ったし、最近では昨年の6月には、国立科学博物館のイベントにも来ている。

しかし、その時は思い出しもしないから、探してもみなかった。






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寛永寺は江戸城の鬼門として、京都の比叡山を模して東叡山として寛永寺を祀った。
不忍池は、比叡山に対する琵琶湖に模していた。

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寛永寺には、京都の清水寺の舞台造りを模した、清水堂があり、千手観世音菩薩を祀ってある。

廣重の描く、「名所江戸百景 上野山内月のまつ」には、不自然な松に見えるが、当時は珍しいということで、廣重の絵を見て寛永寺に足を運んだ江戸市民も多かったようだ。



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2021年01月12日

八王子の山の高野さんから、「畦っこ瓦版NO176」が送られてきていた。


八王子の山の自然を書いている高野重春さんから、
「畦っこ瓦版NO176」が送られてきていた。

このところの寒波襲来で、日中も温度が上がらず、春が待ち遠しい。


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畦っこ瓦版には、2020年の写真をもとに、活動拠点の四季の
写真が掲載されていた。

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2021年01月11日

”谷中七福神めぐり”は、江戸時代から約250年続く、東京でもっとも歴史がある七福神めぐり。


江戸東京・伝統野菜研究会の大浦美鈴さんはフリーマガジン「言問散歩」の編集長をしている、同誌は四季号で、昨年の8月末に秋号Vol 1が発行されている。

Vol 6 冬号はいただいていたが、19ページに、「言問通り界隈は実は七福神めぐりの宝庫」とあり「谷中七福神めぐり」、「浅草七福神めぐり」そして「下谷七福神めぐり」で、編集部のオススメは、同誌の配布地域の「下谷七福神めぐり」とある。

西武鉄道が実施しているウォーキング&ハイキングで、江戸時代から約250年続く、東京でもっとも歴史がある七福神めぐりが、”谷中七福神めぐり” だという。
250年前と云うと、十代将軍家治の時代だ。





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大浦さんは編集長として編集後記を書かれているが、Vol 6発行の思いが伝わってきたので、言問通り界隈を通過する「谷中七福神めぐり」を案内してもらった。


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2020年12月31日

渋谷川の源泉「清正の井戸」は、明治神宮御苑内の花菖蒲田、南池からを流れ下った。


新嘗祭に、明治神宮の回廊に展示された宝船を見に来たことがあった。

当ブログでは、東京の水源を何ヶ所か歩いているが、明治神宮御苑には水源の「清正の井戸」があるのを知っていた。

明治神宮では、お正月の新年互例会を始め、11月の東京都農業祭や、宝船の展示などをしていたから、毎年何度も仕事で来ていたが、御苑となると若いときに来て以来だ。

この御苑は御祭神の、明治天皇・昭憲皇太后にゆかりの深い由緒のある名苑で、江戸時代(1603〜1867年)の初めは熊本藩主加藤家の下屋敷の庭園だった。

その後、彦根藩主井伊家にうつり、三代将軍徳川家光も訪れていると云う。
明治維新(1868年)後は、皇室の御料地となり代々木御苑と称せられました。




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「清正の井戸」は古くから江戸名井の一つに挙げられていて、江戸初期には加藤家の庭園だったことから加藤清正が掘ったと言い伝えられている。

湧き出る清水は、井戸水特有の冬温かく、夏冷たく、年間を通して15虔前後で、最近まで茶の湯に使われていました。

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周囲の斜面には、モミジ、ヤマブキ、サツキ、ハギが植えられ、小径は林や田に沿って巡らされ、清水は花菖蒲田(写真右下)を潤し、南池に・・・、

江戸時代は家臣の子女が米作りの大切さや苦労を学ぶ稲田だったが、明治26年(1893)に明治天皇が昭憲皇太后のために菖蒲園に改められた。



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2020年12月03日

南青山にある根津美術館の特別展「国宝・重要文化財」と、小雨の庭園を楽しんできた。


先日、南青山のアトリエ・グーで、料理研究家の林幸子先生が『新・江戸蕎麦ごちそう帳』、品川カブのお蕎麦を作っていただくことになっていたが、1時間ほど早く出て、アトリエの裏にある根津美術館に行ってきた。

初代根津嘉一郎の遺志により財団を創立して80周年記念特別展として「国宝・重要文化財」が開催されていた。





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新型コロナウィルスの感染拡大防止のために、入館に際して、検温や、マスク着用、手指の消毒のこまめな手洗い等の他、入管申込書に個人情報を書かされた。感染者が出た場合の追跡調査のためのようだ。

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金明竹の竹林が和の落ち着いた雰囲気を醸し出している竹の廊下。


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2020年11月26日

澄んだ秋空に、皇帝ダリアの花が、今年も咲いている。


20年前に世田谷の農家で初めて見たとき、
綺麗だと思って庭に植えた。

春になると芽を出して、10月の終わりころから沢山の蕾を付ける。
和竹のような太さには節があり、幹は伸び続ける。

ノウゼンカズラの花が咲く隣で・・・・

台風には毎年倒される。
周りの花木によりかかるようにしてだが、
支柱を立てて戻す作業が毎年繰り返された。





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今年は、台風の上陸はなかった。

こんな年は、植えてから一度もなく、2本の皇帝ダリヤは
5メートルを超え、2階をのぞき込むように咲いている。

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2020年09月09日

「農のある景観」屋敷林のある練馬区立野町の井口良男さんも秋冬産のキャベツの定植がほぼ終わったと云うので伺った。


屋敷林のある自宅周辺に農地がまとまってある井口さんの畑は、
都市農地の役割の一つ、農のある景観だ。

私立成蹊小学校まで行ったので電話をかけると、
練馬大根の播種は終わったと云う。

秋冬産のキャベツの定植も、南側の畑を残しほぼ終わったというので、
寄ってみた。
10年前、初夏産のキャベツの定植が終わった時に来たが、
秋冬産の定植となるとまた、景色は異なる。





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台風の影響か、空は明るいが、時折、激しく雨が降ってきた。
井口さんは、自宅から離れた住宅街の中にある畑で、
これからニンニクを植えようとしていたが、
奥の方Bはキャベツが定植されていた。

上の画像をタツプするとウド畑
工事中の通りを挟んで、北側Cの農地にもキャベツが定植されていた。
千川上水を渡った東側Aの畑は、南を千川上水(写真右)が流れている。




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2020年09月03日

畑の周りでイノシシに加え子ジカも捕獲され、高野さんは農作物の被害が増えるのを心配していた。


江戸東京野菜の「川口エンドウ」や東京の伝統穀物「宗兵衛裸麦」を
栽培している八王子市川口の高野重春さんから
八王子の自然環境を伝える「畔っこ瓦版」172号が送られてきた。

今年の夏は、7月の長雨、8月の猛暑が続き、
これが農業の生産現場に影響が出ている。

メールには、「梅雨時期の日照不足から一転して猛暑で雨なし、
河川の水量も減っています。
春先からの気温変化で作付けた野菜の収穫に影響が現れています。」
とご苦労がうかがえる。

「今年の夏は特別な夏なのか。
それとも猛暑が常態化する気候になってしまうのか・・・。」と、
心配されている。





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メールには写真が添付されていた。
8月27日夜に、イノシシ捕獲用の檻に子ジカが2頭捕獲されたそうで、
檻の周辺には大きい親鹿らしき2頭も目撃したという。

2018年も、厳しい暑さが続いていた年で、
イノシシが捕獲されているが、

今年も、イノシシの被害に加え、シカが捕獲されたことで、
シカが辺りにいることもわかり、
シカによる被害も増加するのではと、懸念している。


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2020年08月30日

農のある景観を国立市谷保の城山歴史環境保全地区に連担した西野農園を訪ねた。


今年2月に、中村正明先生(関東学園大学経済学部教授) がコーディネーターをして開催された「東京ファーマーズイノベーション2019」で、若い東京の農業後継者の皆さんにお会いしているが、

その後、一人ひとりの圃場に伺おうと思っていたが、先日府中まで行くことがあったので、途中、国立の西野農園の西野耕太さんを訪ねた。





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西野農園の圃場は、自宅から連担している。
国分寺崖線から分かれた崖線は、甲州街道に沿って谷保天満宮、そして西野農園の辺り、谷保の城山歴史環境保全地区から立川崖線に繋がっていて、崖線の上にある畑から見下ろしたところに、水田が広がっている。

上の画像をタツプする。

この辺りは水が豊富で、崖線から湧き出る清水と、多摩川から取水した用水とが流れているが、西野さんの話では、湧水は冷たくて稲作には向かず、用水の暖かい水を使っているという。

西野さんは、小家族用の1合と3合のコメ袋に入れて、”きぬひかり” を “東京米” ブランドで販売している。

米袋には東京米について、「東京都国立市で13代続いている西野農園にて、低農薬、低化学肥料にこだわり、栽培しました。国立市以外には、ほぼ出回らない貴重なお米です。」とあり、まさに農業青年の ”耕太ブランド“ だ。


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2020年08月17日

多摩川から取水する玉川上水は、江戸市民の飲料水ばかりが、分水して農業用水は田畑を潤した。


秋川霊園から実家までの行程中に、羽村の堰がある。
羽村の堰と云うとそこから
玉川上水は江戸市民への飲み水を供給していたが、
途中分水して武蔵野の農村地帯にも引かれ田畑も潤していた。

玉川上水が造られたのは、江戸も三代将軍家光の時代で
江戸の人口は増えて、このままでは飲み水が不足するようになる。
そこで、老中松平信綱は町奉行の神尾元勝達に
水量が豊富な多摩川から江戸に上水を引く計画を立てさせる。





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玉川兄弟の像の台座の裏に碑文があった。

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碑文を書き写してきた。
多摩川の水を江戸に引く工事を請け負ったのが庄右衛門と清右衛門
の兄弟だった。
水利や地形にも詳しかったが、辛苦を重ねた。
完成間際、日野を取水口にしたが通水に失敗、上流の福生に
取水口を移したがここでも失敗、更に上流の羽村に取水口を移し
ようやく江戸の四谷大木戸まで多摩川の水を引くことができた。

承応2年(1653)から工事が行われ6ケ月で開通した。
ブルドーザーなどない時代、尾根筋を43`、標高差100bたらず。
高い技術で、江戸市民の飲用に供した。

これにより、幕府から褒美として「玉川」を名乗る事が許された。


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2020年06月30日

庭のノウゼンカヅラが今年もたくさんの花を付けはじめた。


庭のノウゼンカヅラが今年もたくさんの花を付けはじめた。

6月16日に2輪咲いたのをはじめ、毎日のように花数は増えていったが、
梅雨から夏にかけて咲き、グーグルマップにも掲載されている。




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この花、雨に弱く、雨が降ると花がボドと落ちる。

毎朝、熊手でかき集めて掃除するのが、日課だ。
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2020年06月07日

八王子市川口の高野さんから「畦っこ瓦版」が送られてきた。


八王子市川口で、地元の伝統野菜「川口エンドウ」と、
伝統の穀物「宗兵衛裸麦」を栽培している高野重春さんから、
「畦っこ瓦版NO169」が届いていた。

八王子の自然を守り、受け継がれてきた伝統野菜を
守る活動を展開している高野さんは、毎月瓦版を送ってくれるが、
八王子の自然の中で生き物の活動が始まっている。





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何でも、高野さんの活動拠点では「オオタカが子育て中、
林内から聞こえてくる
サンコウチョウや、キビタキの声に心癒されます。
」とあったが、

これらの鳥たちをそっとしておいてあげたいから、
高野さんにどの辺りか、など場所を聞いたことはない。


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2020年05月01日

八王子の高野重春さんから、住まい近くの里山と、畑の写真が送られてきた。


当ブログも新型コロナウイルスの感染拡大の予防で、
スティホームで、テレワークとなっている。

八王子で、江戸東京野菜を栽培している高野重春さんが
毎月送ってくれる「畦っこ瓦版」は、
〜人と自然が共存できる里山回復を目指した活動〜、
だけに、楽しみにしている。





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高野さんのメールには
活動拠点の新緑も時間を追って緑が色濃くなり、徐々に林床に届く光も減って林内を歩くと顔の周りに虫が飛び交います。

足元にはフデリンドウやキンラン、ギンランが開花、目線の高さにヤマツツジの鮮やかな色が目に飛び込んできます。頭上には藤の花も咲いています。田んぼではシュレーゲルアオガエルが鳴きだして長閑で別世界にいるようです。
瓦版No168号をお届けします。
」とあった。


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2020年04月25日

“あぐりフレンズ・東京”は、「農」の歴史文化を訪ねる企画に使える。


東京23区の「農」の歴史文化を訪ねて」で、地域の歴史文化を訪ねる資料を探していたら、昨年の7月に、JA東京中央会と東京都生協連が主催した「あぐりフレンズ・東京〜親子で学ぶ東京の農業2019〜」が、JA東京スマイルの、葛飾と足立の地域で開催されていた。

この「あぐりフレンズ・東京」は、協同組合間協同と云うもので、JAと生協が協同することで、消費者と生産現場の架け橋で、東京の農業の活性化につなげたいと、2006年よりJA東京中央会と東京都生協連の共催で実施されている連携企画。





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実施に当たって、JA東京中央会が都内のJAから1JAを選び、指定されたJAでは地域内で収穫体験のできる農家を選定し、地域の文化遺産等を加えてコースを作るもの。

また、東京都生協連では、都内の会員生活協同組合に対して組合員に募集を行うと云うもので、大型バスの定員50名でコースをめぐると云うもの。

9時に新宿に集合し、バスで葛飾柴又に向かった。
柴又の帝釈天では、JA東京スマイルの杉浦美智子女性部長が案内された。

上の画像をタップする
柴又帝釈天は経栄山題経寺と云う日蓮宗の寺院です。
江戸時代初期の寛永6年(1629)創建、題経院日栄上人が開基です。

帝釈堂に掛る喜見城の額、帝釈堂前の瑞龍の松と、御神水。
帝釈堂の内外には数々の木彫が施されています。


杉浦部長は、葛飾区シニア観光ボランティアガイド「かつしか語り隊」の会のメンバー(2列目左から3人目)として多くの観光客を案内している。

杉浦さんには、2018年に江戸東京野菜の講演を依頼されている。


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2020年04月21日

練馬におけるキャベツ農家の歴史を伝える「甘藍(キャベツ)の碑」が新たに設置された。


新型コロナウイルスの関係で、テレワークでの報告が続いている。

「東京23区の「農」の歴史文化を訪ねて」の作成に当たって調べていると、
かつて、石神井農協設立の地に、JA東京あおばの旧石神井地区アグリセンターと、「甘藍(キャベツ)の碑」があったが、区立石神井小学校の新校舎の建設にあたって、練馬区からの協力要請に応えたことから、

その後、無くなって、どこに行ったかと探していた。






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昨年の9月に石神井川沿いに、移転していて、現在、石神井川沿いの遊歩道の工事が行われていることから、工事が終わると、ゆっくりと碑文を読むことができる。



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