2021年01月15日

暮れに、茨城の親戚から、干しいもや、切り干し大根などの乾燥野菜が届いた。


茨城の親戚から、暮れに、乾燥野菜が届いた。
段ボールには干しいもや、切り干し大根、シイタケ、ずいきが入っていた。

干しいもは子どもの頃、乾燥芋と呼んでお腹が空くと炙りもせずにそのまま食べていた。





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当時は、さつま芋の品種までは知らなかったが、頂いた干しいもは紅はるかだった。

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農家でも干しいもを作っていたから知っていたが、あぶることで、色もよくなったし甘みが増した。

このほど刊行された、「サツマイモ大図鑑」では ”すがたを変えるサツマイモ”で、干しいもの作り方まで紹介している。



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2021年01月02日

監修を任されていた、あかね書房の「サツマイモ大図鑑」の見本誌が届き、同社のHPで予約受付が始まった。


昨年の9月に、児童向けの自然科学系書籍や雑誌の編集・執筆をされている、大木邦彦先生にお会いしたことは、紹介した。

監修をお引き受けしたので、大木先生の企画方針に沿ってお役目を果たし、11月末に校了となっていた。

この程、見本誌が届いたが、あかね書房のホームページにも、掲載されたので、ご紹介する。




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上の画像をタップすると、あかね書房のHPで予約受付中。

第1章 サツマイモって、どんなもの?
人びとをすくったサツマイモ、サツマイモのふるさと等

第2章 サツマイモができるまで
なえから育てる、根が太くなっていく、いもをほり上げる、等

第3章 すがたを変えるサツマイモ
焼いて変身!、お菓子に変身!、酒や燃料に変身!、等

第4章 育ててみよう! サツマイモ

A4版で96頁
児童向けにわかりやすい内容だが、
大人が読んでも興味深い発見があるでしょう。


追申
"サツマイモ大図鑑" に係わったことで
当ブログの カテゴリーに "さつまいも" を加え、まとめた。

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2020年12月29日

柏木小学校の屋上菜園のサツマイモ栽培と、東京でも栽培されていた伝統野菜「東京金時」。


新宿区立柏木小学校の竹村郷校長が同校の屋上で
野菜栽培を始めたことは、紹介した。

これまで、竹村校長は、
港区立青山小学校、そして前任校の新宿区立落合第六小学校でも
屋上に土を運び上げて野菜栽培をされてきた。




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柏木小学校では竹村校長がこれまでの経験を生かして袋栽培に移行。

その中でも、東側の屋上にはサツマイモの栽培も行っていて、
スイカや、鳴子ウリ、カボチャと供に、
屋上の周りにサツマイモの袋か置かれていた。

上の画像をタツプする
サツマイモは、葉の柄の付け根から出る長い不定根が
イモになるため、不定根を受け入れる袋も必要だった。
今年は、種芋の袋の中に小さな芋が出来たと聞いている。


あかね書房の「サツマイモ大図鑑」に係わるようになってから、
当ブログでもサツマイモについて紹介してきた。

サツマイモが中国から琉球に伝わったことは、
友人の中西博之さんが雑誌に掲載していた。

江戸では、青木昆陽がサツマイモの試作を行っていた。
小石川は起伏にとんだところだったが、
養生所と試作地は平坦にならされていた。

川越の吉田弥右衛門は千葉へ種芋の買い付けに息子を行かせたが、
永井で栽培し、普及したことで、江戸では焼芋ブームが起こり、

地元では昆陽と同等の「甘藷乃神」として祀られている。

また、袋栽培の事例も掲載されている。



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2020年12月26日

フリーライターの中西博之さんに、所沢の日比田・亀ヶ谷での真桑瓜栽培について相談した。


先日、所沢に行ったときに、昔は「富じゃ唐茄子、永井じゃ薩摩、日比田・亀ヶ谷 真桑瓜」と唄われていた文句を読んで、ふと思った。

日比田・亀ヶ谷で栽培されていた「真桑瓜」は、二代将軍秀忠が、武蔵國の総鎮守六所宮(大國魂神社)の近辺で栽培を始めたもので、

その後、川越藩主柳沢吉保が五代将軍綱吉から頂だいしたものではないかと、所沢市教育委員会のふるさと研究グループの担当者に、日比田・亀ヶ谷地区の小学校などで、復活栽培が出来ないものかと提案した。

府中御用ウリの「真桑瓜」は、将軍家康が、美濃の真桑瓜を江戸周辺でも栽培したいと、武蔵國の総鎮守六所宮(現在の大國魂神社)に参った時に、富士が見え、多摩川が流れるこの地で栽培しようとなり、秀忠の時代になったところで、美濃から2人の真桑瓜栽培名人を呼び寄せて栽培させている。





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ベトナム取材紀行の中西さん

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教育委員会の反応が弱いので、どなたかいないものかと考えていたが、元埼玉新聞の記者だったジャーナリストの中西博之さんを思い出して、電話をした。

中西さんとは10年来の友人で、昔、埼玉を案内していただいた

中西さんも、地元埼玉の話なので、興味を持ってくれた。



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2020年12月23日

江戸美学研究会が発行する「江戸帖」の2021年版が発行されている。


江戸美学研究会が発行する「江戸帖」の2021年版が発行されている。

スケジュールページには旧暦や六曜、十干十二支、二十四節気
七十二候、月齢、季節の行事などのほか、江戸のミニコラムを掲載。

一年を通じて江戸の美意識を身近に感じられる手帖は、
愛用者が多い。



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2021年版『江戸帖』の仕様は、判型:B6サイズ / 全224頁 /
オールカラー / ダイジェスト英訳 / 隠しポケット付き

江戸コラムには、江戸の甘味として「真桑瓜」や「焼芋」もある。



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2020年12月22日

八代将軍吉宗と南町奉行・大岡越前守忠相、そして本草学者・青木昆陽のご縁を小石川で確認した。


南町奉行・大岡越前守忠相は享保19年(1734)本草学者・青木昆陽の「蕃薯考」を幕府に上申したが、これを読んだ八代将軍吉宗は、青木昆陽にサツマイモの試作栽培を行わせた。

試作地には、江戸小石川の養生所(現小石川植物園)と、天領であった下総国馬加村(現千葉市花見川区幕張町)に、上総国不動堂村(山武郡九十九里町)が選ばれた。

その後、天明、天保と続く大飢饉が発生した時、サツマイモによって多くの人々が救われた。







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50年も前、学生の時に調べ物があって、
東大の附属小石川植物園に行ったが
甘藷試作跡の碑の前で友人と写真を撮ったが、後で写真を見たら
文字がわからずにただ大きな石が写っていたのを思い出した。

自然石に、「甘藷試作跡」と彫り込まれているようだが、
デコボコの自然石だけに読みづらい。

上の画像をタップする
「甘藷試」まではかろうじて読めたが、
「作跡」の文字は、写真に撮ったが読み取れなかった。

大正10年(1921)に建立したが、サツマイモの色に似た部分が斑に
なっていて、横から見るとサツマイモとも思える形をしていた。
どこから出土した石なのか・・・・・わからない。



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2020年12月06日

武蔵國から舟運で江戸へ農産物が送られてきた中に、川越のさつまいもがあった。


平成9年(1997)に、江戸東京の農業説明板を、都内の神社などに50本も建立したことは、江戸東京野菜の復活・普及に役立ち、各地でまち興しのきっかけになっている。

平成18年(2006)、東京都北多摩郡の隣、埼玉県所沢市の神明社境内に「甘藷乃神」が祀られたという話は、吉田弥右衛門の末裔、吉田策さんから聞いていた。





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甘藷乃神には、その内お参りに行くとしていたが、14年もたってしまった。
子どもの頃、焼き芋は、落ち葉炊きの中にさつま芋を放り込んでおいて、焼けるのを待ったものだ。

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「甘藷乃神」は、川越いも作り初め255周年記念で遷座祭を行ったと説明板にはあるが、来年2021年は、270周年になる。イベントも行われることだろう



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2020年09月25日

児童向けの自然科学系書籍や雑誌を執筆している大木邦彦先生が訪ねていただいた。


2週間ほど前に、児童向けの自然科学系書籍や雑誌の
編集・執筆をされている、大木邦彦先生から、メールをいただいた。

現在、小・中学生向けの「野菜の本」を企画計画しているそうで、
話が聞きたいと云うので、昭島まで来ていただいた。

あかね書房出版部の伊藤史子さんも一緒だった。

駅前のモリタウンにある喫茶店が取材などを受ける場合の応接室で
コヒーを飲みながら話をうかがうことにした。





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大木先生は、今年1月に、あかね書房から単行本「たまごの図鑑」A4判96頁を書かれていて、御本をいただいたが、小・中学生ばかりか、
大人が読んでも興味深い内容の写真図鑑で、鳥類、魚類、両生類、
は虫類、昆虫、その他、ほ乳類などの卵が掲載された力作だった。
上の画像をタップする


お電話をいただいたのは、これまで、絵本塾出版が企画するシリーズ やさい応援団「まるごと野菜」に係わっているからだそうで・・・、

江戸東京野菜の出番はなかったが、活動の一端を紹介した。

新型コロナの感染拡大の中で、小学校も臨時休校となったが、
長期化して、始まったのは7月からで、授業は大幅に遅れた。

7月になって、千住ネギの授業で、足立区の栗原北小学校、保木間小学校、千寿双葉小学校で実施されたのを始め、

内藤カボチャの西新宿小学校

9月になって、ミクニレッスンの都市大学付属小学校と、成蹊小学校。
そして、三河島菜の尾久宮前小学校

10月早々には早稲田ミョウガ発見を鶴巻図書館で話す予定だ。

・・・・余計な話が長くなった。


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2018年10月18日

絵本塾出版から絵図解 やさい応援団「まるごと! さつまいも」が配本された。


絵本塾出版が企画するシリーズ やさい応援団「まるごと野菜」は、構成・文を八田尚子先生、構成・絵を野村まり子先生で、監修をさせていただいている。

これまで、「キャベツ」、「だいこん」、「トマト」、「かぼちゃ」、「じゃがいも」「えだまめ」「にんじん」「ほうれんそう」が配本されているが、10月16日に「さつまいも」が出版された。





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目次
●ふるさとはアメリカ大陸・
●3つのルートで世界へ
●日本に伝わる
●さつまいもを広めた人々
●さつまいも図鑑
●畑いちめんに葉がしげる
●地面の下でどんどん大きくなる
●さつまいもはエネルギー源
●おいもパワー、全開
●生産量が多いのはアフリカの国々             
●熱帯の国々の重要な食糧
●「いも」の仲間たち
●学校の畑のいも掘り
●おいしく食べよう

監修者の一言としては、東京の伝統野菜の一つ、東京うどは、地下4メートルほどの所に掘った穴蔵を利用した栽培法が60年前に各地に普及していったが、実はこの穴蔵、さつま芋の保存用に掘られたもの。

また、青木昆陽がさつま芋の栽培に成功した数年後、川越で栽培か始まり、保存のきくさつま芋は川越から舟運で江戸に運ばれてきたことから、江戸で焼き芋が大流行しました。

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2010年09月20日

〜三富(さんとめ)を未来に〜 江戸近郊の農業が今も残る三富でシンポジウム開催される

寛延4年(1751)川越藩永井(現・所沢)で始まったサツマイモ栽培は、その後「川越イモ」のブランドが江戸市中で名をはせた。

その産地が三富で、江戸から40キロ圏では保存のきくサツマイモの栽培が普及した。

このイモ、新河岸川から隅田川を舟によって神田市場に運ばれ、江戸市民の食生活に貢献し、農家経済は安定していった。

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元禄7年(1694)川越藩主であった柳沢吉保によって開拓された三富地域は、現在、埼玉県西部の、川越市、所沢市、狭山市、ふじみ野市、三芳町の4市1町にまたがる地域だ。


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2009年07月10日

川越芋発祥の地、所沢市の南永井で名主吉田弥右衛門の末裔吉田策さんに話を聞いた。


農文協から出版する予定の「江戸東京野菜」で、「江戸の舟運」の原稿を書いたが、〜家康が江戸に来て最初に取り組んだことの一つに、隅田川と中川をつなぐ運河「小名木川」を・・・・・。
行徳の塩田から塩を江戸城に運ぶための運河を開削している。

また、年貢米を江戸に運ぶために、幕府は利根川の東遷と、荒川の西遷という大改修を行った。
千葉県銚子から利根川の穏やかな流れを、関宿まで上り、関宿から江戸川を下って、野田、流山、松戸、市川、行徳、そして小名木川で江戸市中に運ばれた。

江戸には西からも舟運で、カボチャやサツマイモが千住市場や、神田市場に送られてきた。
荒川の西遷で、武蔵國の荒川村から用材が筏で木場に送られてきたが、松平信綱が川越藩主になってから、年貢米を江戸蔵前の御蔵に運び込むために荒川に沿って新河岸川が開削されて江戸と繋がった。




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友人の青木宏高さんから、10月に行うイベント「大人の食育推進講座」のバスツアーで、川越芋の産地をめぐるからと事前調査に誘われた。

かつての川越の一部は、所沢市になっていて、同市南永井にあるサツマイモの碑にご案内いただいた。

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「史蹟南永井さつまいも始作地之碑」は、柳瀬村長 久瀬川市郎が揮毫、碑の裏に埼玉県教育委員会が、文化財に昭和25年3月31日指定し、昭和27年8月に碑は建立されたとある。

碑の横に所沢市では、平成17年3月に説明板を建てていた。
説明板には、南永井村の名主吉田弥右衛門が寛延4年に種芋を買い付け、この地で栽培を始めたことが記されていた。

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