2018年07月05日

プロフィール 大竹道茂 (江戸東京・伝統野菜研究会代表)


昭和19年1月東京生まれ。昭和41年東京農業大学卒。
JA東京中央会で平成元年より江戸東京野菜の復活に取り組み、平成9年には江戸東京農業の説明板50本を都内に設置企画。

農林水産省選定「地産地消の仕事人」。農林水産大臣任命「ボランタリー・プランナー」。総務省「地域力創造アドバイザー」。

NPO江戸東京野菜 コンシェルジュ協会会長
「フードボイス」食品企業サポート連合講師。「食と農の応援団」(農文協)団員。 江戸東京野菜推進委員会(JA東京中央会)委員。 「江戸・東京の食文化」推進普及チーム(全日本・食学会会員)。小金井市・江戸東京野菜でまちおこし連絡会会員農政ジャーナリストの会会員。FOOD ACTION NIPPON 推進パートナーNPO環境教育ネットワーク会員。NPO良い食材を伝える会会員。日本の種子(たね)を守る会常任幹事。

「農」の機能発揮支援アドバイザー(一財・都市農地活用支援センター)。地産地消コーディネーター(一財・都市農山漁村交流活性化機構)、潟Rープサービス・派遣講師。江戸ソバリエ講師。一財・東京都農住都市開発支援センター専門講師。ミクニレッスン講師(三國清三シェフ食育講座)、和食アドバイザー検定協会(運営:日本実務能力教育協会)講師、フード・マイレージ ディレクター。

著書に江戸東京野菜(物語篇)、監修の江戸東京野菜(図鑑篇)農文協 。監修の「まるごと! キャベツ」、「まるごと!だいこん」、「まるごと!トマト」、「まるごと!かぼちゃ」、「まるごと!じゃがいも」「まるごと!えだまめ」、「まるごとにんじん」、「まるごとほうれんそう
(絵本塾出版)。

ブログ「江戸東京野菜通信」で情報を発信中。

メールアドレス: ohtake@topaz.plala.or.jp



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2018年04月12日

秋川ファーマーズセンターから日の出町の鹿野(ろくや)大佛へ


先月21日のお彼岸に墓参りをしてきたが、墓のある霊園を管理する宝光寺が、山の上に大佛様を建立し、4月11日が公開日だったので、墓参りを兼ねて大佛様を参拝してきた。

ドローンが撮った映像がYouTubeで流れていたが大佛様の表情が優しい。

2、3日前には、日本テレビのEveryでも紹介していて、結構話題になっていた。




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隣の山にある霊園から望む大佛様

一般公開は9時と聞いていたが、秋川ファーマーズセンターに寄ってきたから10時になってしまったが、霊園は観光客の車で大渋滞だった。

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鹿野(ろくや)大佛とは、この地を鹿野と云うところからきている。
山の下から見上げると大きく見えないが、台座からの高さは12メートルで写真の通り、因みに鎌倉大佛は11メートルだとかで、単純に比較するとわずかに大きいが、でも歴史を言われたらシュン!

宝光寺の八坂良秀住職がTBSのインタビューを受けていた。

大佛様の前にお釈迦様、八坂住職に勧められて甘茶をいただいたが、幼稚園の頃以来だ。



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2018年03月26日

孫娘のお祝いに、四谷に伺った。


孫娘が高校に合格したと云うので、お祝いをすることになったが、孫娘の希望で、2016年のお正月に行って以来三國シェフに合っていないからオテル・ドウ・ミクニに行きたいと云う。

今年のお正月は、息子のところの中学の孫娘は風邪をひいて寝ていたから、彼女もオテル・ドウ・ミクニを希望していた。

3月11日(日)、この日は午前中、亀戸の香取神社で、福分けまつりが行われたが、その模様は当ブログで紹介している。

福分けまつりが終わって四谷に向かったが、亀戸からは総武線一本。
家族は別に四谷の迎賓館赤坂離宮を参観していた。

江戸東京野菜のニュースは、毎日のようにあるから、つい後回しになってしまったが、12時半から会食ははじまった。





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2013年6月、オランド・フランス共和国大統領が国賓として来日した時に、三國シェフが中心となった「日仏ワーキングランチ」が、首相官邸で開かれた。

この日のことは、テレビでも放送されたし、家庭画報の国際版でも紹介されているが、当日、出された三種のパンがこれだ。

立っているパンの生地はクロワッサン。
丸いパンの生地には、クルミが入っていた。
左のパンはバケットと同じ生地で、孫たちも楽しくいただいていた。



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2018年01月04日

今年も丸の内ブリックスクエアの一角にあるミクニ・マルノウチに、家族が集まった。


昨年から、オテルドウミクニは3日まではお休みと云うので東京の食材にこだわる店として2009年にオープンしたミクニ・マルノウチの椛田裕之支配人に席をリザーブしてもらっている。

青梅特快で12時過ぎに東京駅に着いたが寒い北風が吹いていた。
電車の中でもスマホで経過を見ていた第94回箱根駅伝の復路は、青山学院が2位を5分近く引き離していた。

駅伝のコース10区は、蒲田、新八ツ山橋、 田町、 御成門、 そして馬場先門で右に折れて 京橋から左に折れて、日本橋を通って大手町の読売新聞社前のFINISH地点に向かうが





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食事の途中に行儀が悪いが、どこの選手だかシャッターを押した。

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ミクニマルノウチは馬場先門を右に曲がった左側、丸の内ブリックスクエアの一角にある。

歩道で暫く選手の来るのを待ったが、スマホでチェックすると、先頭の青山学院は、まだ品川あたりだと云うし、あまりにも寒いし、予約の時間が迫っていたので、沿道での応援はあきらめて、ミクニマルノウチの扉を押した。


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2018年01月01日

今年も 江戸東京野菜のニュースは江戸東京野菜通信で!


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泊まりに来た孫たちと午後から地元の拝島大師に初詣。



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2017年03月22日

春の三連休は、浦安、鎌倉、横浜と出ずっぱりだったが、お天気も良く結構楽しめた。


先日、鎌倉市関谷の永田克己先生から、山森金雄さんの畑で、鎌倉大根の花が咲いているとの情報をいただいていたので、確認しておきたいと、日曜日に出かけた。

日曜日は、出雲おろち大根を育成した島根大学の小林伸雄教授が、14時に鎌倉の福来鳥を訪ねてくることになっていて、久しぶりにお会いできるのを楽しみにしていた。

その前に、山森さんの畑に行こうと「鎌倉だいこん未来研究クラブ」の井出朋子さん(アグリビジネスコーディネーター)にお願いし、13時に大船で待ち合わせをして、車を出してもらった。





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しばらく雨が降っていないので、畑はブカブカの状態。

上の画像をタップする
山森さんは、10数種類の大根を栽培しているが、この時期は畑には何もない。あるのは、鎌倉大根だけが数株、大きな株となって花を咲かせていた。

まだ莢はつけていないが、ネットを張っていただくようにお願いする。


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2017年01月05日

今年は、地産地消・東京の食材にこだわるミクニマルノウチで家族の会食を行った。


ここ数年、正月の3日は家族で会食をしている。
昨年までは、四谷に行っていたが、今年、三箇日はお休みだと云うので、ミクニマルノウチの椛田裕之支配人に頼んで14時に席をとってもらった。

高田馬場から東西線で大手町まで行き、そこからミクニマルノウチまでタクシーで行けばと考えていたが、箱根駅伝のためにゴール地点の大手町周辺は、13時15分から15時まで交通規制が行われていることが分かったことから、竹橋で下車、10分ほど待ったが車を拾えた。

お堀端の日比谷通りは馬場先門まで規制外だったので、三菱一号館美術館脇で下車することができた。

駅伝コースの馬場先門から右折した鍛冶橋通りは、応援の人だかりで、明大、日大が通過していった。





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最終ランナー国士舘が通り過ぎたところで、鍛冶橋通りで応援していた人達は、ミクニマルノウチのある、丸の内ブリックスクエアに流れ込んできた。

14時にお店に入ったが、丁度、お帰りになるお客様もいる時間帯だったが、椛田支配人は奥のテーブル2つをリザーブしてくれていた。

佐々木章太グランシェフと、椛田支配人にはお世話になった。


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2016年01月05日

家庭画報2月号「三國清三シェフ レジオン・ドヌール勲章受章に寄せて」が掲載された。


暮れの28日発売の「家庭画報2月号臨時増刊」に、「日本のフランス料理、その未来へ」として6ページにわたり、「三國清三シェフ レジオン・ドヌール勲章受章に寄せて」が掲載された。

同誌では47年にわたる三國シェフの料理人人生を通して、“日本人のためのフランス料理を花開かせて”、日本のフランス料理へと、その変遷に導いてきた。

これらの実績により、昨年の9月18日に、フランス国家名誉軍団 国家勲章「レジオン・ドヌール勲章 シュヴァリエ」を受章したもの。


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上の画像をクリックする


昨年の11月、東京都では、2020年東京オリンピック・パラリンピック開催にむけて、東京ブランドを世界に発信する人材の制度、「東京ブランドアンバサダー」を創設、第1号に三國シェフが就任したことは、当ブログで紹介している。

9月に日本人シェフとしては、初のフランス国家からの最高勲章「レジオン・ドヌール勲章」を受章していて、時宜を得た人選で、舛添要一知事も、胸を張って発表していた。


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2015年05月04日

思い立って軽井沢塩沢湖畔の桜を見に出掛けたが、葉桜になっていた。


桜前線は、どこまで行ったやら、もう北海道へ渡ったようだ。
今年、初めて桜が咲いたのを見たのは、高知市の県立牧野植物園のリュウキュウカンヒザクラが1月27日に咲いたのを当ブログで紹介している。

その後は、石神井川流域(東京練馬) のソメイヨシノは4月2日の満開を紹介している

また、4月18日は、奥多摩わさびの花を見に標高400m辺りを登っていた時、雑木の中に山桜が咲いていた。




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時間が取れたので、軽井沢に桜の花を見に行こうと数日前に思い多々立って、5月1日(金)、自宅を7時45分に車で出て、軽井沢に向かった。

入間インターチェンジから乗った圏央道、鶴ヶ島で関越道に入ったが、連休が始まる前なので思いの他、空いていた。
サービスエリヤで休み休み11時に着いたのが、塩沢湖のある「軽井沢タリアセン」。

塩沢湖畔の「平和観音」を取り囲むように植えられた、桜がひとつのボリュウムとなって、見事だったから、見に来たのだか、葉桜になっていた。残念!!

上の写真をクリックする
写真のデーター見ると、10年前の2005年4月30日になっているが、満開の桜は見事。
4月になるとパソコンの壁紙に使っていて、この季節になるとまた行こう、行こうと思っていたが、10年も経ってしまった。

JR軽井沢駅の標高が939mだというから、この辺りは930mぐらいだろうか。


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2015年02月03日

今年も梅澤さんに戴いた鉢植えの四季なりレモンが色づいた。



もう戴いて20年にもなる四季なりレモンが今年も色づいた。
ここ数年、花が咲いても蜜蜂が少ないことから、結実しない年もあったが昨年花が咲いたときに、綿棒で花粉を付けたので実がついた。

この四季なりレモン、2本いただいて、1本は地植えにしたら花が咲かなくなって、木ばかり大きくなったので、環状剥離などしたが駄目だった。

しかし、この鉢植えは、良く成ってくれるが、鉢植えだから最高2個にして大きくなるのを楽しんでいる。



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この四季なりレモンは、東京都の経済事務所農務課長を歴任された故梅澤幸治さんに戴いたもので、東京都を定年後の平成2年から10年ほど一緒に仕事をさせていただき、ずいぶんお世話になった。

梅澤さんは、東京都農業試験場の研究者として活躍、小笠原島のミカンコミバエ撲滅計画を樹立、60年2月撲滅に成功したが、梅澤さんが考案特許をとった昆虫放飼容器の効果が大きかった。
これにより、平成3年度には農林水産大臣感謝状を受賞している。

伝統作物についても造詣があり「江戸・東京ゆかりの野菜」「江戸・東京暮らしを支えた動物たち」「江戸東京の農業説明板」「江戸・東京農業名所めぐり」などの作成に当たって、原稿を書いていただいたが、東京都の人脈から、元試験場長、元農業改良普及所長、元研究員などの専門家に協力を求めるなど、貢献された。

「伝統野菜は長老に聞け!」で、話をしてもらいたかったひとりだった。
平成23年11年7日に亡くなられ、その願いは、今は叶わないが、

上の画像をクリックする
実った四季なりレモンを見るたびに、思い出される兄貴のような先輩だ。


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2015年01月06日

初めて家族そろって、オテル・ドゥ・ミクニのお料理を堪能した。


我が家の正月は、2日に実家に家族が集まって年寄りを囲んでみんなでお節を食べるのが慣習になっていたが、ここ7〜8年は、近くのホテルでお節を食べるようになっていた。

昨年の暮れ、息子から「正月は喪中だけど、家族で食事をするぐらいは計画したいな! 」というので、計画を任せたが、「みんな三國シェフの料理を食べたことがないから・・・」と、リクエスト。

とりあえず聞いてみるかと、ソシエテミクニの岡本孝一さんに伺うと、お正月は3日からだと云う、
大人4人に子どもが3人で、一番下がこんど1年生になるいたずら盛り、店に迷惑があってはと・・・心配事を伝えると、岡本さんは、「心配ないようにセッティングします!」というのでお任せした。




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我が家の女性群は、この日を楽しみにしていたようだ。
待合室で、三國シェフに家族を紹介したが、今日は東京の食材を使いましたからと・・・。

通された部屋は2階の個室で、岡本さんが用意してくれたようで、ここなら、孫が騒いでも心配はない。

上の画像をクリックする
お料理についてはお任せでお願いしていたが「本日の特別メニュー」には、三國シェフが云った通り東京の食材が並んでいた。

まさに三國シェフの「おもてなし」だ。



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2014年05月05日

新緑の甲斐路にはためく光景に魅せられた武者幟が、子から孫に伝えられた。


学生時代の1960年代中ごろに、新緑が目に染みる節句の頃、甲斐路を旅したことがあった。

ローカル線の旅で、まだ中央高速もなかった頃の話だが、車窓から望む村々には、武者幟がはためいていて、のどかな農村の風景は、強く印象に残っている。



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長男が生まれたのが、1973年6年だったから、翌年のお節句に、家内の実家から鯉幟を贈りたいとの話があったが、
甲斐路で見た勇壮な武者幟の印象が強くて、丁重に鯉幟をお断りして、武者幟を扱っている業者を、当時のことで分厚い電話帳で探した記憶がある。

お茶の水だったかに、専門店があって絵柄は、「川中島の合戦」馬上の武田信玄と上杉謙信が描かれたものだった。

家紋は我が家の、丸に橘を黒で、贈る側の母方が、朱で丸に剣片喰を描いてもらった。

昨日、息子が孫の写真をメールで送ってきたが、息子の武者幟に座らせたもので、
当時を思い出してしまった。


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2013年11月09日

東京都農業祭の翌日は孫の七五三詣で、明治神宮昇殿参拝


東京都農業祭は、1日に農産物の搬入があり、江戸東京野菜の展示・ディスプレーは主催者から任されていて、江戸東京野菜コンシェルジュ育成協議会の納所二郎副会長と役員の佐々木昭さんとで飾りつけを行い、2日、3日は江戸東京野菜の展示コーナーで、訪ねてくれた方々のお相手をさせていただいた。

そして、4日は孫の「着袴の儀」として七五三詣だった。




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孫の七五三詣の話は夏から家族が集まるとその話が出ていて、明治神宮にお参りしたいとの希望で、早々と予約を入れていた。
11月は明治神宮の大祭もあり混み合うだろうと、文化の日を避けて4日の大安にお願いしていた。

当日は少し早めに家を出たが、中央高速がすいていたので、1時間も早く社務所に着いた。
文化の日は特異日で例年天候に恵まれていたが、この日は小雨が降っていた。

正式参拝は、大太鼓がたたかれてから執り行われ、孫は、大太鼓の音に驚いて、振り返って大太鼓をしはばらく見ていたが、父親に促されて・・・。
玉串を奉天して健やかな成長を祈願した。

その後、お神酒をいただき、神楽殿で神楽「倭(やまと)舞」を奉納した。

直会は、紀尾井町のホテルで、家族団欒、和やかな思い出を作ることができた。


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2012年12月24日

天皇誕生日の一般参賀に出かけた。


天皇誕生日の一般参賀に家内と孫娘の3人で出かけた。
空はどんよりとしていたが、風がない分救われた。

9時半から参入できるようだが、我々は10時頃、ボディチェックなど終えて二重橋から参入したが、宮殿東庭にはすでに参賀の方々で埋まっていて、新聞各社がカメラを構える前の、長和殿ベランダが遠く真正面に見える辺りに陣取った。



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天皇陛下が,皇后陛下,皇太子同妃両殿下及び秋篠宮同妃両殿下とご一緒に、午前10時20分にお出ましになった。
一斉に沸き起こる万歳、しばらく日章旗を振りながら万歳の連呼。

79歳の誕生日を迎えた天皇陛下のお言葉に参賀会場は静粛。
「誕生日にあたり、みなさんの祝意に深く感謝します。」で始まった陛下のお言葉は、東日本大震災の被災地に想いを馳せ、「これからも私どもは被災者のことを思いつつ、国民みなの幸せを願って過ごしていくつもりです。
来る年がみなさん一人びとりにとってよい年であるよう祈っています。」との温かいお言葉が印象的だった。


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2011年10月24日

ビール麦・金子ゴールデンの記念碑のある豊玉氷川神社で 七五三の祝い。


練馬に住んでいる孫娘(1年生)の七五三詣は、江戸東京ゆかりの「ビール麦の金子ゴールデン」の記念碑のある豊玉氷川神社(練馬)で、
家族みんなでお参りをしてきた。




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同記念碑については、当ブログでも紹介しているが、そもそもは、平成9年に記念事業として東京都内に江戸東京ゆかりの農業説明板を50本建立した時の一つが当豊玉氷川神社に建立したことに始まる

その後、当地域の農業者等が寄付を集めて、「ビール麦・金子ゴールデン」のビール樽をモチーフにした石碑を、平成18年10日に建立した。

建立記念式典では、同年に復活栽培した金子ゴールデンを醸造したビールで建立を祝って飲んだ。
その後ビールは幻となっていたが、今年、関係者の努力の甲斐あって復活したもの。



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2011年07月28日

向島百花園の七草籠、亀戸大根のタネ採りまで、半年以上楽しんだ。


旧暦の七草2月9日に七草粥を美味しく頂いた七草籠、都立向島百花園の佐原滋元先生からいただいたことは、当ブログで紹介した。


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七草粥のお陰でこれまで風邪ひとつひかずにいる。

亀戸大根は、葉だけを粥に入れて頂き、大根は戯れに種を採ろうと実家の庭の一角に植えておいた。

ほどなく種が稔り、乾燥した莢をもいでいたら、孫たちがやってきて、乾燥した莢をもぐのが面白いのか、手伝ってくれた。

その後、ほんの一部だけ莢を割って種を取りだしたが、( 写真をクリックする) これだけでも結構時間がかかった。


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