江戸時代のジャガイモが東京の奥座敷、檜原村で今日まで地元の伝統野菜として親しまれ栽培されてきた「おいねのつる芋」を、〜江戸東京野菜を食べよう! シリーズ12〜 で食べようと、西洋フードコンパスグループの森川洋一部長から相談があった。
森川部長は、実施するに当たっては、毎回生産現場を視察し、生産者の話を聞いて実施しているので、今回もJAあきがわに相談して、皆さんのスケジュールを抑えた。。
森川部長と、東京都庁第一庁舎32階南側同社食堂の長谷川亜美管理栄養士の2人が産地を訪ねたことは、当ブログで紹介した。
〜江戸東京野菜を食べよう! シリーズ12〜 は、7月24日(月)〜7月28日(金)まで開催されたが、25日(火)、江戸東京野菜コンシェルジュ協会が主催して、「おいねのつる芋を食べる会」が実施された。
森川部長が作ったチラシには、「おいねのつる芋とは」として、
「江戸後期には甲斐国の代官であった中井清太夫が、ジャガイモ栽培を奨励したとされ、享和元年(1801年)
には小野蘭山が甲斐国黒平村(甲府市)において、ジャガイモの栽培が記録されています。」と「甲駿豆相菜薬記」を紹介している。
おいねのつる芋については、檜原村の歴史に詳しい、三頭山荘の大女将岡部里久子さんに何度もお会いしてお話を聞いている。
一度は、急峻なおいねのつる芋を栽培している畑にもご案内いただいている。
おいねのつる芋が美味しいのは、檜原村が海抜600メートル以上で、霧深く、昼と夜の寒暖差が大きいから、味が濃い芋が育つと言われています。
檜原村の急峻な水はけの良い小石交じりの斜面をうまく利用しながらの栽培で、3月末から4月半ばくらいに植え、7月ころに収穫。普通の男爵に比べると小さいが、たくさんできて病気にも強い。
土地の人の食べ方は、塩茹でして、皮のまま、ネギ味噌をっけて食べる。
昔は種芋の保存は凍らないように屋根裏に保存していた。
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