2021年08月31日

友人のとしちゃんが二科展の写真の部で入選したと、ポストカードが送られてきた。


高校のクラスメート河村俊靖さん(愛称としちゃん)から、
ポストカードが届いた。

年賀状のやり取りをしているが、この時期に何事かとよく見たら、
9月1日から開催される第105回二科展の第68回二科会写真部展に
入選したという。

としちゃん  おめでとうございます。

二科展はプロもアマも関係なく、優秀な作品が選ばれるわけで、
そんな才能を持っていたとは知らなかった。





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第105回 二科展は、
2021年9月1日(水)〜9月15日(月)、9月7日(火)休館日
会場 六本木 国立新美術館、
河村作品「宇宙への誘い」の展示場所はD-32




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2021年08月23日

「禍転じて福となす」新型コロナの終息を期待して、来春には「ちんや」再開が叶う見通し。よかった!。


ブログ「浅草ちんや六代目のすき焼きフルな日々」を、ご主人の住吉さんが、連載をしているが、2021年6月29日に、浅草「ちんや」閉店・長期休業(8月16日〜)のお知らせ、を掲載した。 驚いた!!

新型コロナの感染は、変異ウィルスの感染拡大となって、終息が見えない。
そのような中で、これまでの店は老朽化が酷く、耐震強度も不足していることから維持できなくなっての決断のようだ。

明治13年(1880)に浅草雷門で料理店として創業した「ちんや」は、それ以前、五代将軍綱吉も飼っていた愛玩犬「狆」のブリーダーで、獣医も兼ねていたことから、「ちんや」の名を以後伝えている老舗。

ご主人の住吉史彦さんは牛鍋屋になってから六代目で、すきや連の旗振り役で事務局長をされているので、お世話になっていた。





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江戸時代から明治時代に創業したお店で結成されている「東都のれん会」が、創業232年の更科堀井で「江戸東京野菜」を食べる会を開催したときに、参加いただいた。

そもそも「すきや連」とのご縁は、旗振り役の向笠千恵子先生に、今度、「ニューオータニの岡半」で第14回の「すきや連」があるからと、江戸東京野菜の卓話を依頼されたのがきっかけで、以後参加させていただいている。住吉さんもブログで報告していた。

そんなご縁の中で知ったが、住吉さんは、ブログのサブタイトルで〜このニッポンに再びスキヤキ文化を広めんと奮闘しています!〜、と詠って日々連載していて、2010年3月1日を第一回として、連載が始めたという。
実は「江戸東京野菜通信」は、奇しくも2010年3月8日から8日遅く今日まであとを追って日々連載している。


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2021年08月17日

井之口さんに依頼したホップ栽培、収穫してビール以外に天ぷらが旨い。


先日、練馬区高野台の井之口喜實夫さんが、ホップを栽培しているが、
依頼主の新福高男社長が、常連さんと収穫に行ったと、
メール添付の写真をいただいた。

あいにくの雨が降り注いていたが、新福社長からホップと聞いて、
ビール製造部門の方と常連さん、そしてご家族の8人で収穫したとか。






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皆さん、ホップの花を、一つひとつつまんでもいでいった。




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2021年07月29日

三鷹市で、地元大学生を交えて、都市農業による身近な地域交流を推進する海老原雄一郎さん。


先日、田辺一郎さんのお宅で、「東京の農と暮らしを守る。まちなか農家」〜地域に根をはり未来を作る、青いツナギの戦士たち〜、のポスターが貼ってあり、後継者の田辺陽介さんが写っていたことを紹介した。

ポスターの一番下段に、支援者として、”海老原雄一郎「TOKYOたまものスイーツ」” が記されていたので、久しぶりに電話をしてみた。

海老原さんは、江戸東京野菜コンシェルジュ9期生として、普及にも尽力されている。





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海老原さんは、5年前まで「TOKYOたまものスイーツ」の菓子店を経営していたことから、三鷹の果樹農家から購入したもので、焼き菓子を作って販売していた。

島田果樹園(島田芳造園主)の後継者・穂高さんと懇意にしていて、
「島田さんの畑はとても丁寧に手入れされていて、本当に美しいです‥!」とは海老原さん。
因みに芳造さんは、2020年の東京都知事賞を受賞している。

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三鷹市で、都市農業の応援団として、三鷹の農業後継者で、江戸東京野菜を栽培している冨澤剛さんとは、畑にも行ったりしているようで、冨澤さんが出席した、東京ファーマーズイノベーション2019では、海老原さんにお会いしている。

ハンドルネームが「農のある暮らしをする雀」


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2021年07月21日

東京オリンピックも2日と迫ったが、不安材料が山積という状況下、出場選手には罪はない、選手一人ひとりに声援を送り、感動を味わいたい。


東京オリンピックも2日と迫って、テレビ各局とも過去の日本選手の活躍を放送して盛り上げているが、

ここにきて、開会式で楽曲の作曲担当が、世論の怒りで辞意表明、開会式はできるのか?、

さらに大会関係者に感染者が相次ぎ、南アのサッカー選手や、英国陸上チーム濃厚接触者と判明したりと、不安材料が山積という状況だ。





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先日、青山まで行く用事があったので、一つ先の外苑前で下車して、オリンピックミュージアムのモニュメントエリアに寄ってみた。

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1964年東京大会の聖火台(縮尺3/4)、1972年札幌大会聖火台(縮尺3/4)、1998年長野大会聖火台(縮尺1/2)が、設置されていた。

近代オリンピックの提唱者、ピエール・ド・クーベルタン像と。
「日本体育の父」と呼ばれる嘉納治五郎像も、



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2021年07月04日

新宿のビルの谷間に石畳が敷かれた緑の小路 「新宿遊歩道公園 ”四季の路”」を歩いた。


先日、新宿の花園神社の近くにコックコートを買いに、
行ったが、西武新宿駅から歩いて向かった。

新宿伊勢丹側の花園神社の鳥居のところに、
江戸東京野菜の農業説明板「内藤トウガラシとカボチャ」があるが、

そこまで行く手前に、ビルの谷間に、石畳が敷かれた緑の小路
「新宿遊歩道公園 ”四季の路”」がある。
この道が出来た頃は、新宿に勤めていたので一度来たことがあった。

小ぶりの雨は降り続いていたが、濡れた石畳を歩いてみた。






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この道、新宿を始発とする路面電車が靖国通りから大久保車庫に
向かう回送用専用軌道として利用された引込み線専用軌道敷跡だ。

1964年に開催された東京オリンピックの前の年、
マイカーが普及していたから、交差点などで交通渋滞が発生し、
その元凶とされ、また地下鉄の発達で不採算となり廃止が決まった。
それから、順次廃線が始まり1970年には、荒川線を残して廃止された。

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1974年『新宿遊歩道公園“四季の路”』が完成した。



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2021年07月02日

新型コロナウィルスワクチンの2回目の高齢者接種で7月1日に丸の内に出かけて終わった。


新型コロナウィルスのワクチン接種は、地元の市では予約がとれず、1ヶ月先に回される有様に、自衛隊東京大規模接種センターに電話をかけたら、簡単に取れたことでほっとしたことを覚えている。

新型コロナウィルスワクチンの2回目の高齢者接種で1日に丸の内に出かけた。
地元市では、ファイザー社のワクチンで、2回目は21日(3週間)後の接種だったが、自衛隊はモデルナ社のワクチンで2回目は28日(4週間)後だった。

モデルナは2回目までの日数が長いが、予約が取れないのでは話にならないので、自衛隊にお願いした。





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1回目の接種後に、次回空いているのは7月5日ということだったが、
自宅に帰って、1日でも早く接種を受けたいので電話で予約変更
を申し入れて7月1日(28日後)の接種の予約が取れたもの。

東西線の竹橋駅を出ると、和気清麻呂像の向こうに、
接種会場の大手町合同庁舎の3号館。

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外で酒を飲むことは全くないが、出掛けることが多いので、
2回目の接種を受けたことでほっとした。

変異ウイルスのデルタ株が感染拡大する中で、
ファィザーワクチンが希望量に対して供給量が不足して
接種が先延ばしになるという。自衛隊にお願いしてよかった。



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2021年07月01日

スーパー堤防の土手下で、花を楽しみながら野菜栽培にはげむ前田さんの菜園を見せてもらった。



先日、大学の友人・吉原久雄さんの畑を紹介したが、同じ友人の前田昭男さんは、江戸川のスーパー堤防、その堤内地土手下直下、田中新田で野菜を作っていると聞いていたので、最近の様子を聞いてみた。

菜園は、「堤外地内に相当し今は河川敷となっている、
この辺りは水田地帯であったとのこと。土手下の道路は狭いが信号の無い道路が土手沿いに続いているために、休日にはバイクグループが時々スピードを楽しんでいる様子。

以前は西側にも畑が広がっていたが、すぐ西隣りにケアハウスが建ち、その他太陽光発電パネルの設置などで畑は減少している。
」とのこと。

googlemapsで見ると、写真を撮ったのが冬だったようで、画面を回して土手を見ると菜の花の時期だったら綺麗だったろう。






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通路の菜の花(緑肥用)

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春の写真を見ると、堤防と、菜園の菜の花が美しい。
畑の賃料は無しですが、雑草ぼうぼうにしてはだめです。市役所が見ても、農地として使用している状況を保つことが条件です。

昔の土手敷地は今は堤外地(河川敷)となっており、現在の場所も昔は水田であった。
川幅を広げてスーパー堤防ができて、堤防近くの水田が都市の建設残土などによる嵩上げで、ほぼ畑地化、住宅地化されたから、瓦礫がたくさん出てきた。

深さ30cmの天地返し、エンピで耕起。出てきた石くれは、作業場所の仕切り石垣に使用。それと寒冷紗、不織布などの抑え用重石として重宝。

耕起したあと畝の中心となる箇所に、土手や畑周りの菜の花、刈草などに石灰を塗して埋め込んで、膨軟化を図る。これを機会ごとに続けてきました。開始当初に比べて、今は体力が減退しており、この作業低調です。
」ご苦労様でした。


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2021年06月09日

大学の友人吉原久雄さんから、近況報告のメールには、ワクチン接種から菜園で奮闘中まであった。


大学の友人、吉原久雄さんから、近況報告のメールがあった。
「新型コロナウイルスのワクチン接種を、6月1日に、近くの牧の里クリニック(掛かり付け医)で受けました。接種後の体調変化はありません。

6月22日、2回目ワクチンの接種予定です。千葉県印西市(成田市隣接 人口10万人)では、予約・接種共に簡単に進んでいるようです。」とあった。

我々の年代の話題は、ワクチン接種で、当ブログでも先日報告している。





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吉原さんは、当ブログでも何度か紹介している。

その彼が、お住いの千葉県印西市で菜園をやっているという。
何でも、建築業の友人の資材置き場(宅地跡)約150平米、
土壌は宅地造成時に表土を動かしたため、固い粘土で良くない。
だから、土壌改良に苦心している、という。

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「時間があるので、家庭菜園(約150m2)で夏野菜を栽培中です。
ソラマメとキヌサヤエンドウの収穫が終わりました。
左からスイートコーン、ラッカセイ、キュウリ。

ジャガイモ収穫は2週間後か、それ以外に、キュウリ、ナス、トマト、
ピーマン、スイートコーン、ゴーヤ、サツマイモで、
トマトとナスの接ぎ木苗は購入し、他の野菜苗は自家生産。

植え付け予定は、モロヘイヤ、九条ネギ(現在育苗中)。



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2021年05月30日

伝統野菜からシャインマスカット、サギソウの栽培とどれも本格的な陶芸家の河村さん。


東京の西、あきる野市の留原(ととはら)地区に、大型のエンドウがあると聞いて、石川敏之さんに案内してもらって、河村郷子さんが栽培している留原エンドウを見せてもらった。

確かに大きい、どのような歴史があるのか、今年初めて栽培した河村さんも詳しくはわからないと云うので、地元JA秋川の役員に聞いてみようと思っている。

石川さんから河村さんのことは、石川さんが出店した ”秋川クラフトマーケット“ に自作の陶器を出品していた陶芸家で、あきる野市高尾の「またたび工房」で創作し、あきる野市戸倉の「ネオ・エポック」に、常設展示している、と聞いていた。

ご主人の正之氏は、教育者から画家になったとfacebookに自己紹介している、芸術家夫妻。






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河村さんの畑には、固定種の野菜等が色々栽培されていて、タネ袋を見せてもらったが、沢山のタネ袋がファイルしてあった。

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シャインマスカットも栽培しているとかで、ぶどう棚がそれだったが、
上を見ていたら、手前の日当たりのところに、ミズゴケに植えられた、サギソウの鉢植えが並んでいた。

若い頃,サギソウやエビネ、クマガイソウなど野生蘭に凝っていて、栽培していたから、芽生えた葉を見てすぐわかった。



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2021年05月06日

写真を整理していたら、西日暮里公園にも道灌にまつわる道灌山の写真が写っていた。


先日、都庁舎横の新宿中央公園にある、太田道灌の「久遠の像」
ことを紹介したが、

それ以外にも、写真を整理していたら、
道灌の銅像や、記念碑のようなものが出てきた。

道灌は、埼玉に城を幾つも持っていたり、
神奈川の伊勢原で殺されたこと等、周辺県にも記念碑や銅像がある。

何年か前に、西日暮里駅で降りて西日暮里公園に登ったら、
そこは廣重が描いた道灌山だったことが記された説明板がある。


西日暮里公園は、青雲寺境内の一部だったが、明治七年(1874)、
この辺一帯が旧加賀藩前田家に売却し、墓地となった。

昭和47年(1972)、前田家は墓地を国許の金沢に改葬したため、
翌48年12月に跡地は、荒川区立西日暮里公園となった。





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この地は道灌山と言われ、太田道灌の出城だったとの伝承がる。

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かつてこの地はひぐらしの里いわれ、
江戸時代中期には市民の憩いの場所であった。

しかし、今や道潅山の下をJRが走り西日暮里駅ホームの屋根が見え、
その先はビルが林立して、筑波山は遮られている。



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2021年04月25日

神楽坂で和食「えびはら」の海老原さんご夫妻が、江戸東京野菜を知りたいと訪ねてこられた。


海老原誠さん・沙有理さんご夫妻が、昭島に訪ねてこられた。

海老原沙有理さんは、4月になってからよくfacebook を見てくれているようで、
檜原の記事を読んで、鈴木留次郎さんに連れて行ってもらった浅間坂の「木庵」で出された山菜の天ぷらが食べたいとか言っていた。

海老原さんは、神楽坂で和食「えびはら」を経営していて、沙有理さんは女将。
しばらくは店内飲食営業をとめて、お持ち帰りテイクアウトにしているという。




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上の画像をタツプすると「えびはら」のHP

女将は、江戸東京野菜について、興味を持っておられたので、江戸東京野菜について説明をさせてもらったが、神楽坂でも栽培されているグループがあることを紹介した。

牛込中央通り沿い細工町には「神楽坂野菜計画」というグループが店を出していることや。神楽坂のマンションで江戸東京野菜の勉強会を行い。
廣田加代美代表のマンションでの栽培を見せてもらった。

神楽坂の毘沙門天善國寺境内で、独自のフェスタを実施しているケースもある。

愛日小学校にも伺っているが、現在の佐藤郁子校長は一昨年まで柏木小学校で鳴子ウリを栽培してくれていた。

ご主人の誠さんは、砂町の出身ということで、砂村ネギのルーツについてもお話した。

東京の食材にこだわる押上「よしかつ」の佐藤勝彦さんは江戸東京野菜Cookingbookを出版しているが、参考になる。

「とうきょう特産食材使用店」に登録することも重要だともアドバイス。


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2021年04月24日

新宿中央公園の太田道灌「久遠の像」の周りに八重の山吹が咲いていた。


4月初め、檜原村では村の花「山吹」が、今を盛りと咲いていたが、
新宿中央公園の太田道灌「久遠の像」の周りの山吹を思い出した。

先日、新宿区立西新宿小学校に打ち合わせのために行く時に、
新宿中央公園の道灌の久遠の像に寄ってみた。





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久遠の像の周りに植栽された山吹の花は終わっていたが、
遅咲きの八重の山吹が一株咲いていた。

道灌と村娘の像には、やはり山吹が似合う。
扇子に乗せた八重の山吹を差し出す。

七重八重 花は咲けども山吹の 実の(蓑)ひとつだに なきぞ悲しき
                   (後拾遺和歌集・兼明親王)


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2021年04月23日

三浦半島から見る、夕焼けの「ダイヤモンド富士」と、相模湾の奥に富士山のシルエットも美しい。


めぐろ歴史資料館の学芸員をされていた横山昭一さんには、
目黒のたけのこ物語でお世話になったが、41年間務め3月31日で
退任したと連絡をいただいていた。

退任後は、神奈川県横須賀の自宅でのんびり充電をすると
伺っていたが、
ジム通いの他、博物館、美術館巡りをしながら、
ライフワークの江戸キリシタン研究や目黒郷土研究ふすま会も
続けていくとも聞いている。

そんな中で、夕焼けのダイヤモンド富士の写真が送られてきた。
良く撮れているので、カメラは、レンズは何ミリ、絞りは!
とお聞きしたら、「スマホです」とのこと、

私でも撮れるかな!。






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「富士山頂に沈む太陽」

上の画像をタップする
横山さんのメールには、
三浦半島西岸の荒崎荒井漁港からの
”ダイヤモンド富士”を見てきました。

雲って冨士山見えていない!?、と思っていたけど、考えたら
太陽が富士の向こう側に沈むときにシルエットで見えるんですネ」

動画はここから最高の夕陽をご堪能ください。
」とあった。



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2021年04月09日

群馬県吾妻の在来種でコンニャクを作ったというので、いただいた。


先日、井之口喜實夫さんの山野草を見に行ったことは報告したが、

庭で、コンニャクをゆでていたので話を伺うと、群馬県吾妻の在来種でコンニャクを作ったという。
コンニャクというと吾妻が有名で、明治30年代に下仁田町より東吾妻町に種芋が導入されたのが始まりといわれている。

昭和47年の日中国交正常化以降、中国産(支那種)が、加工用として導入されたことで、その後、支那種は栽培されるようになり、支那種と在来種の交配種として「はるなくろ」などが生まれている。

東京の檜原村にも在来コンニャクがあるが、吾妻の在来とは異なる特徴を持っているので、特産化に向けて、鈴木留次郎さんにも相談してみようと思っている。





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井之口さんに伺った作り方は、
コンニャクの皮を剥いて、さいの目に切ってからゆでて、
さらにミキサーにかけ、
凝固剤を入れて、型枠に入れて、固まったらゆでて出来上がり。

ゆであがった、暖かいコンニャクを二ついただいてきた。

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なめらかで、ほのかな甘ささえ感じる在来種のコンニャクだった。


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2021年03月12日

東日本大震災から10年、当日のニュース映像が何度も流され、改めて津波の恐ろしさ、命の大切さを痛感させられた。


3月11日、東日本大震災から10年、テレビでは津波が防潮堤を超えて、車を、住宅を押し流し、逃げ惑う住民、映像は何度も流され、改めて津波の恐ろしさ、命の大切さを痛感させられた。




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当日は、砂村三寸ニンジンの授業で自宅から50キロ離れた砂町小学校からの帰りで、青梅線は勤めていた東京都農林水産振興財団のある西立川駅の少し手前で地震にあった。

そのうちに動き出すだろうと、しばらく待っていたが、車内アナウンスによって、乗客は冷静に先頭車両から下車して、歩いて帰宅した。


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2021年03月10日

「亀井戸白瓜」のタネ袋を、大阪の武田さんから送って頂いた。


先日、大阪で江戸東京野菜などの栽培を行っているという、武田健太郎さんに貴重な資料を送って頂いた。

亀井戸白瓜のタネ袋で、初めて見るものだった。
「江戸東京ゆかりの野菜と花」執筆者のひとり大城芳彦先輩に、タネ袋の写真を送って伺った。

大城先輩が知っているのは、昭和20年代の江戸川の、鹿骨、新堀地区が果菜類の産地で、越瓜(白瓜)などを栽培していたが、それは戦後のことで、それ以前は、先日送った「南葛飾郡農会史」に、掲載されていると、教えていただいた。

江東地区の都市化は早かった。大正11年の資料では、亀戸町、寺島町、大島町、吾妻町、砂町、隅田町、本田村、小松川町の地域に、東京市の工場などの大部分が集中していた。

染織工業、機械工業、化学工業、食品工業など、大中小の工場が農地を侵食していった。



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亀戸は、大正の頃から工場ができ始め、戦後の30年代から商業地帯に移っていった。
大城先輩から頂いた「南葛飾郡農会史」によると,大正11年に小岩村三谷の鹿野巳之吉さんの話が掲載されていて、明治25年に亀戸横十間川通りの農家・重左衛門より種子を買ったとある。

上の画像をタップする。

武田さんが調べてくれた亀井戸白瓜は、亀戸ではなく、亀井戸大根と同じ、昔の「亀井戸」を使っている。

「南葛飾郡農会史」には、越瓜(白瓜)が亀戸で栽培されていたのは明治期以前からで、昭和3年瑞江村(現江戸川区)の農家岩楯泰利さんは、「越瓜は砂町方面(亀戸)で昔から作られて市場に出荷せられ名声を博していましたが、

同地方は住宅地の膨張に従い、栽培面積は縮小し、新しく瑞江、松本、鹿本の各方面で栽培されるようになりました。
わが瑞江村方面で旺盛になりましたのは20年来(明治40年から)です。」と語っている。
その後、江戸川から、葛飾区の奥戸地区に広がっている。
トキタ種苗が、葛飾区の農家から取り寄せとあるのはこれで

「亀井戸白瓜」の名で、余蒔としても栽培されていた。

これも、江戸東京野菜の登録候補である。

武田さん、ありがとうございました。
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2021年03月09日

「鬼滅の刃」のキャラクターが、南大泉の永井農園に登場。


南大泉の永井農園のハウスの脇にはドラえもんが飾られていた。

永井昭さんは昔から、地域の方々とのコミュニケーションをとり、
楽しく農業に取り組んでいる。

永井農園の先には、練馬区立大泉交通公園があり、休日に親子連れが
保谷駅(西武池袋線)から歩いてくると、農園を回り込むように
行くので、子どもたちが注目する。






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2月に来た時には、今話題の「鬼滅の刃」のキャラクターを
作ると云っていたが、先日通りかかったらできていた。

上の画像をタップする
「鬼滅の刃」は「週刊少年ジャンプ」に連載されている
人気漫画だが、キャラクターの名前か難しい。

左から、我妻善逸(あがつま ぜんいつ)、
竈門炭治郎(かまど たんじろう)、竈門禰󠄀豆子(かまど ねずこ)
冨岡義勇(とみおか ぎゆう)、
前列・猪マスクは嘴平伊之助(はしびら いのすけ)



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2021年02月27日

「駆け出し普及員と江戸川の西洋蔬菜」の原稿を大先輩の大城芳彦さんから頂いた。


今日の東京都の農業指導体制は戦後の24年から動き出している。
戦後の日本は、米軍の支配のもとで、米国の制度が導入された。

農業協同組合の制度や、協同農業普及事業もそれで、法律に「能率的な農法の発達、農業生産の増大および農民生活の改善のために、農民が農業に関する諸問題につき、有益かつ実用的な知識を得」云々とうたっていて、

農地改革、農業団体の改組等、戦後における農村の民主化が図られ、
普及事業は農家が自主的に農業および農民生活の改良をすることを援助するといった建前になっている。
アメリカでは、州単位で導入されているという。





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現役の頃の大城芳彦先輩


東京都では、昭和24年(1949)から普及員の採用をはじめ、駐在所を設置している。
その2年目の25年(1950)に採用されたのが、大先輩の大城芳彦さん(東京農大卒)で、

先日、亀戸大根の資料や、「南葛飾郡農会史」の資料を送って頂いた。




江戸東京野菜コンシェルジュ協会の講座では「伝統野菜は長老に聞け」として、講座を開催しているが、大城さんには断られたことがある。

大城さんは、平成12年(2000) に思い出話を書いていたが、未発表だというので当ブログで紹介する。

上の画像をタップすると「駆け出し普及員と江戸川の西洋蔬菜」



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2021年02月25日

久しぶりの築地は、昼食はに鮪を食べて、仕事がうまくいくように波除神社に参拝した。


先日、築地キッチンスタジオから、江戸東京野菜の調理実習と
江戸東京野菜講座を配信したことは報告したが、

会場は波除神社の前にある東京促成青果ビル3階と聞いていたので
波除神社を目標にやってきた。





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四代将軍綱吉は、海だった築地地域の埋め立てを行っていたが難工事だった。ある日、海面に光を放っているものがあり、それを海中から取り上げると、立派な稲荷大明神で、人々は、社殿を作ってお祀りをしたという。

萬治2年(1659)のことで、それから波風か収まり埋め立ては完成したと、波除きの謂れが伝わっている。

上の画像をタツプする
社殿から見て左に雄の獅子頭、右にお歯黒の雌獅子が祀られている。

社殿の周りには、奉納辯才天魚がし碑、蛤石、活魚塚、鮟鱇塚、
海老塚、すし塚、玉子塚、昆布塚などがある。



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