2017年05月25日

「食材の寺子屋」の中村靖彦塾長のお誘いで、赤松の美しいコースで英気を養った。


NPO法人 良い食材を伝える会「食材の寺子屋」の中村靖彦塾長が主宰する第16回「中村靖彦杯」ゴルフコンペの案内をもらっていた。

同コンペ始めの頃は、飯能にある武蔵が丘で行っていたが、その後はしばらく埼玉県越生の日本カントリークラブで開催されていた。

今回のご案内では、コースが埼玉から千葉県野田に変わっていた。
今までのコースだと、車で1時間足らずでいけるので毎回のように参加させてもらっていたが、千葉まで行くのはおっくうだから、失礼しようと思っていたら、同コンペの幹事をされている青木宏高さんから「今回が最後だから・・・」と云う。

同コンペは、シンペリア方式だから、第14回だったか2位になったのが最高だった。
NHKの倉石久寿さんや日経新聞の岩田三代さん、日本農業新聞の築地原優二さん、フーズドリームの伊藤俊一さんなど、皆さんとのご縁もできているので、参加を決めた。






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今回の案内には、「中高年に優しめのコースに変更しました」とあったが、「柴カントリークラブ あやめWestコース」は赤松でセパレートされた美しい林間コースで広いフェアウエーイで伸々と打てた。

幹事の青木宏高さん、小澤肇さんにはお世話になった。





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2017年05月22日

行きつけの昭島の丸義で、宮城県産の「ほや」を見つけたので晩酌用にさばいてもらった。


30代の頃、居酒屋で友人が注文した「ほや」を、うまいからと勧められて一口食べたのが病みつきで、一時すっかりはまっていた時期もあった。

住んでいた近くの鮮魚店に並んでいたのを買ってきたこともあったが、家内の気持ち悪いという言葉を尻目に、包丁を持ったが

さばき方がわからず、二つに割って食べようと包丁を無造作に入れたとたんに、パンパンに張っていたほやの体内から汐水のような液体が鉄砲水となって顔面を直撃したのにはびっくりした。

何度やっても切り方がわからなものだから、失敗を繰り返し、まな板周りをびしょびしょにしていた。





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昭島に移り住んでから、マグロが食べたくなと隣駅・青梅線中神駅近くの住宅街にある「丸義」に行って買ってくる。

竜太郎社長のお父さん(初代社長) はお元気で板場を仕切っていて、鮮度のいい魚介類がそろっているから、同店のを食べるとほかのものが食べられなくなる。

同店には味にうるさいお客さんが、遠くから車でやってくるようだ。

上の画像をタツプする
孫が来るというので、家内と相談して手巻き寿司でもやろうか!、となった。

丸義では、マグロ以外も孫の好きなイクラやウニなども買ったが、宮城産の「ほや」があったので、晩酌用に一つさばいてもらった。

海中での形から海のパイナップルと云われる「ほや」、根のようなものも付いていることから植物なのかと思われがちだが、プランクトンを餌にしている海産動物。

さばき方がわからないままになっているので聞いてみ見たら、社長の弟さんが板場から出てきて教えてくれた。
突起物を切り落とすのがポイントだとか・・・・・
パンパンの「ほや」の切り方について、長年の疑問が解けた。

ほやの旬は5月から8月というから、しばらく食べられそうで、今度は自分でさばいてみよう。



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2017年05月13日

杉並区立成田西ふれあい農業公園の皆さんが高井戸半白キュウリの苗を取りに来た。


「杉並区立成田西ふれあい農業公園」は昨年の4月9日(土)に開園した。

昨年は、杉並区の伝統野菜、高井戸半白キュウリを栽培したいと云うので、協力し提供をさせていただいた。

そして7月には、同農業公園において「地域の伝統野菜」の講座を設けていただいたので伺ったが、区民の皆さんが地元杉並の一地域名の付いた野菜に注目していたことも当ブログで紹介した。






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杉並区民の方々の反応を目の当たりにしたこともあり、今年は早めに同農業公園に苗の希望を聞いていたが、連休中に、小平の宮寺光政さんの畑に、齋藤瑞枝所長と中塚正一副所長がお見えになった。

上の画像をタップする
折角宮寺農園に見えたので、宮寺さんが栽培している状況をご覧になり、採種の仕方などの説明を教えてもらっていた。

畑のやぐらネギを見て、興味を持ったようで、宮寺さんが掘ってもらって、持ち帰られた。
やぐらネギは、ネギ坊主の代わりに珠芽と呼ばれる物を付け、そこからいきなり苗になることから、区民の皆さんに見せる農業公園にあっても面白い。

なお、当ブログで星野直治さんが、江戸東京野菜の寺島ナスを分けてくれるからと、ご案内したが、齋藤所長は早速星野農園を訪れ分けていただいたと報告があった。


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2017年05月04日

久しぶりに、タケノコの皮に梅干し入れてチュウチュウしちゃった。


先日、八王子の立川太三郎さんの竹林に伺ったことは報告したが、立川さんが掘る手を休めた時、幼い頃、タケノコの皮に梅干しを包んで、隙間からチュウチュウ吸った話で、二人で盛り上がった。

昭和30年代初めの頃、物がない時代だったが、タケノコの季節になるとあれが楽しみで、その思いを共有して盛り上がったもの。

そんな話を、先日開かれた更科堀井の「春の会」で、江戸ソバリエ協会のほしひかる理事長、松本一夫さん( 江戸ソバリエ・ルシック)、アトリエグーの林幸子先生に、当然知っているものと思って、話題に出したら、皆さんシラッとして、「何それ知らない」という。

ほし理事長は九州、林先生は関西だから、関東の食文化なのだろうか、知っている人は教えてください。





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このシーズン「筍の飯」が食べたくて、「ファーマーズセンター みのーれ立川」に行ってみたら、9時の開店前から長い行列ができていた。

上の画像をタップする。
その多くの人がまず、タケノコのコーナーに向かったが、しばらくしてその前が空いたところで写真に撮った。
山ほどあったタケノコは、半分ぐらいになっていた。

昨年までは「江戸東京野菜のタケノコ」 のポップがあったが、担当者が変わったようで今年は無かった。


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2017年04月24日

羽村の「チューリップまつり」 、今年もいっせいに咲いた花が、「根がらみ前水田」を彩っていた。


東京西多摩の羽村市では、毎年、「はむら花と水のまつり」として、前期を「さくらまつり」、後期を「チューリップまつり」、
そして玉川上水の取水口があることから、桜、チューリップ、玉川上水をまとめた、春の大イベントとして、3月中下旬から開催している。

毎年、終わったころに気が付いていたが、今年は近くを通りかかったので思いついて寄ってみた。





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羽村市でもこれだけ連担した水田はこの「根がらみ前水田」だけになってしまった。
チューリップの球根36万個が、23千uの水田に植えられている。

この水田、23日(日)に、このお祭りが終了すると、チューリップの花は摘み取られ、しばし球根の育成が行われ5月中旬に掘り取り、6月の田植えの準備が始まる。
田植えは、地元の小学校も田植えの体験学習をさせてもらっているようだ。

8月上旬には、古代のハス「大賀ハス」の観蓮会が、羽村市の農業後継者により行われていることは、当ブログで紹介している。

上の画像をクリックする
この水田、収穫が終わる11月から5月までが休耕田となることから、11月下旬になると球根を植え付ける。

昭和63年に「花いっぱい運動」の配布用球根を増やすために、実施したものだが、毎年、水田として用水から水を張り、稲作が終わると水を抜くため、土壌が再生されて、チューリップに連作障害が出ない。


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2017年04月12日

先日、飯能まで行ったものだから、野口タネに寄ってきた。


所沢の友人に誘われて、飯能グリーンに行って来たが、帰り道入間川沿いの「野口のタネ」に伺った。

苗づくりのシーズンを迎えて、江戸東京野菜の栽培をしてみたいという方々も多いので、情報交換のために飯能市小瀬戸の野口のタネに伺ったもの。

この時期、春野菜などのタネの注文が多くなる時期で、同社の小野地さんと、島田さんは注文の発送に大忙しだった。




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野口社長は、講演で全国を飛び回っているから、いらっしゃれば、ラッキー! だが、
奥の書斎で文献を読んでおられ、快く迎えてくれた。

伝統小松菜の城南小松菜に、大平系と渡辺系があったと、最近話題になっているが、野口社長にも江戸東京野菜の情報として報告したところだ。



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2017年04月05日

NHK Eテレの「2020TOKYO みんなの応援計画」を見たよ!、と皆さんから激励の電話やメールをたくさんいただいた。


NHK Eテレが月1回放送してきた「2020TOKYO みんなの応援計画」で、江戸東京野菜の取り組みを紹介したいと、同番組の制作会社アッパレの井出有吾さんから電話をもらったことは、当ブログで紹介した。

亀戸ダイコンと、金町コカブを栽培している清水丈雄さん、伝統小松菜を栽培している清水理作さん、そして

小平市で料理教室「たしろ ゆきこのOrange Kitchen」を開いている田代由紀子先生(江戸東京野菜コンシェルジュ) 、

都庁32階南側の食堂で実施している、〜江戸東京野菜を食べよう〜! シリーズ〜、の会場。

そして、立川市立図書館で調べものと、4日間も取材されたが、途中から井出さんは大竹が面白いということになったのか、そんな構成に変わっていった。

さすがNHKと思ったのは、47歳の時に取材を受けたVTRや、ニュースセブンで紹介された早稲田ミョウガの捜索のVTRなども、探し出して繋いだので、活動に奥行きができた。





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上の画像をタップする
放送後、沢山の方々から、復活・普及活動について激励の電話やメールをいただいた。
ありがとうございました。

番組は、タレントのSHELLY がMC、ゲストは日本に拠点を置き活動するアメリカのギタリスト、マーティ・フリードマン。

番組の中で、江戸東京野菜は、1964年に開催された「前の東京オリンピックが原因でつくられなくなったんです。」と話したら、SHELLYが反応して驚いていた。

朝ドラの「ひよつこ」も、東京オリンピックが開催された1964年の頃から始まったが、当時、地方から建設工事などの出稼ぎの人たちが東京に集まった。

テロップでは、「地方から人が集まり人口は1千万を超えた。 都内の農地は住宅地に変化」
SHELLYは、「それで作られなくなったんだ!!」、

説明が不足している。
当時、政府は持ち家政策をとっていて、その後、農地の宅地並み課税によって、農地の宅地化を推進した。

土地問題だけではない。
1960年代初め、野菜栽培には、化学肥料が使われ始めていて、農地のすみには使われなくなった肥溜めがあり、新住民の子供たちが肥溜めに落ちる事故が畑の周りで起こっていた。

オリンピツクで外国からお客様が大勢来るからと、東京の農業後継者たちは肥溜めのぶち壊し運動を行っている。

オリンピックをきっかけに人口が集中したことから、大都市に安定的に農産物を供給するために、1966年には野菜生産出荷安定法が制定されて大産地が生まれると、段ボール輸送にともない揃いの良い規格通りの野菜が求められた。

これにより種苗業界では、高度な育種技術で生まれた交配種の導入が進んだことから、固定種の野菜・各地の伝統野菜は栽培されなくなっていったということだ。

日本は高度経済成長の時代(1960年代後期) に向かっていく中で、わが国農業は大きく変わっていった。

「江戸東京野菜を2020のおもてなし食材にしたい」は「大竹さんガンバレ」で終わったが、

見終わってマーティ・フリードマンは、江戸東京野菜を食べたくなったと言っていた。
外国人もベジタリヤンや、衣食住すべてで動物性のものを避けるビーガンの人たちも増えているとも語っていた。

追伸

東京の農家は「ぼさ菊」の栽培で、オリンピックとかかわっている。

東京オリンピツクの時は、東京農大の3年生、ボランティアで
選手・役員を代々木の選手村から会場までの送迎を行っていたことは、フードボイスに書いている。

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2017年04月02日

多摩川の下流域、六郷の土手にも、ハマダイコンの花が咲いていた。


先日、二子玉川の多摩川土手(堤) にハマダイコンの花が満開だったことは報告した。

山形大学の江頭宏昌教授に山形の事例を伺ったが鶴岡市の内陸に生えていて「野良大根」と呼ばれているそうだが、調べみるとそのあたりは、縄文時代には海だったという。

それほど昔に、海流に乗って種が運ばれてきていた。

多摩川の二子玉川にあると云うことは、それより下流域も調べおこうと、都心に行ったときに品川から京浜急行で六郷土手に向かった。






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第一京浜国道の六郷橋は、お正月の東京箱根間往復大学駅伝競走で、鶴見に向かっての1区であり、大手町のゴールに向かっての10区として海からの風が気になる橋だ。

慶長5年(1600)に家康が六郷大橋を架けたと云われているが、洪水で流されてからは、明治に至るまでの200年の間、八幡塚村(現大田区東六郷) と川崎宿(現川崎区本町) の間を渡し船に頼っていた時代が続いたと記録にある。

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六郷土手駅の京浜急行電鉄の六郷鉄橋を挟んで、下流側に、第一京浜国道があり、上流側には二本の東海道本線の鉄橋がかかっている。

東海道本線は明治3年(1871)に、木造橋が架かり、明治9年(1877)  に鉄製に架け替えている。
京浜急行の前身大師電気鉄道は明治32年に木造橋を架け、明治44年に鉄橋が開通している。


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2017年03月27日

ここにも残っていた!!、多摩川土手の斜面に、ハマダイコンが満開だった。


先日、高円寺の居酒屋「うおこう」の女将・松井つるみさん(江戸東京野菜コンシェルジュ) が、鎌倉大根の畑を手伝いに行ったという話を紹介したが、

その松井さんが、東京都市大学の二子玉川 夢キャンパスで多摩川のウグイの産卵場所見に行った時に小学生に、このあたりに生えているのがハマダイコンだと教えてもらったと、連絡をくれた。

鎌倉大根を紹介してから、東京にはないのかとの問い合わせも多いことから、松井さんにその場所に案内してもらった。




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東急・二子玉川駅で待ち合わせをして、野川と多摩川が合流するあたりにある兵庫島方面に向かうと、新堤防の斜面には、一面ハマダイコンの花が咲いていた。

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写真右下は二子玉川駅ホームが野川の上までのびている。水辺にはヨシが伸びていてそのあたりに、ハマダイコンはない。


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2017年03月21日

東京湾クルージング、大型パーティー船「ジーフリート」で、大川端の夜景にお誘いいただいた。


毎年11月に東京都農住都市支援センターが、京橋の大根河岸から隅田川を渡り、小名木川を遡り、中川口まで行くバスツアーを実施している。

江戸は運河が張り巡らされ、水の都の一面を持っていた。
しかし1964年の東京オリンピック開催にあたり、都心部の運河は高速道路に姿を変え、日本橋の真上に高速道路が通過するようになり、景観が変わってしまった。

改めて、江戸期における農業、農産物、そして舟運を見つめ直すと、そこに江戸東京野菜の物語が浮かび上がる。





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そんなことを、知り合いのスペインクラブの田代順社長に、水辺から舟運を体験してみたいなどと、お伝えしていたことがある。

田代社長は覚えてくれていて、ご友人の平野拓身氏(株式会社ジール社長) が、報道関係者を招いて特別試乗会を行うと連絡をいただいた。

なんでも、潟Wールが所有する船舶の内覧会を行い、
のどかな漁港風景から工業地帯、大都市の景観に至るまで、様々なクルージングの場面がある東京湾等での活用について紹介する、〜人々と海と水辺をつなぐ、クルージングを体験〜 に参加できるという。

当日は、品川区東品川の第三斎藤ビル1Fの、レストラン「キャプテンズワーフ」に伺った。

上の画像をタップする
今回の企画、田代社長も見えていて、挨拶をされていた。

平野社長(左)と、國谷剛部長(パーティーイベント事業部) から、パワーポイントを使ってのプレゼンが行われた。

同社は1993年6月に設立され、“人々と海と水辺をつなぐ”をコンセプトに東京を中心に内湾クルーズ船の商品企画、運営、運航が紹介された。

クルージングを気軽に体験できるよう、4種類の所有船舶(7隻)で航路・人数・目的に応じた様々な商品を展開。
パーティークルーズ、ウェディングクルーズ、撮影事業部、海洋散骨、グランブルーセレモニーの体制となっている。

天王洲アイルエリア(東品川)に自社プライベート桟橋と直営の地中海料理レストラン「キャプテンズワーフ」を所有している。


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2017年03月08日

久しぶりに、山形在来作物研究会会長の江頭教授が時間を取っていただいたので、しばし浅草をご案内した。


昨年の12月だったか、山形在来作物研究会会長の山形大学江頭宏昌教授から、来年3月5日に東京に行くが、亀戸大根の福分け祭は、その頃でしたか! 、と云うメールをいただいた。

一度来ていただいたことがあったが、2週目の日曜日に開催されることから、事前に会場の香取神社に確認すると、12日と云うことで、「先生がお見えになるときは、何処かご案内します、」と伝えて、手帳に書き込んだ。

前日電話を戴いた、5日に時間が取れると云うので、どちらか希望がありますかとお聞きすると、研究会で向島にある「長命寺の桜もち」が話題になったと云うので、販売している山本屋に行きたいとの事で、浅草吾妻橋のたもとで、11時半で待ち合わせた。





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先生とは、ゆっくりお話しもしたいので昼食は、創業200年の「駒形どぜう」にご案内した。

昨年、同店で実施しいる「江戸文化道場」に寄せていただいていたので、渡辺隆史社長に先生を紹介しようと思っていたが、お出掛けしていてお会いすることはできなかった。

江戸の商家造り、下町の情緒を残す店内は、すでにいっぱいだったが、1階の入れ込み座敷に座ることが出来た。

どぜう鍋定食を注文、しばらくしてお姉さんが、どぜう鍋と薬味の葱が入った箱を持ってきたところで、昔、上司から習った「どぜう鍋」の流儀をひとくさり。
葱を鍋の上に積むようにして、どぜうから食べるのではなく、割り下でトロリとなった葱から食べるというもの。葱はお代わり自由!!

上の画像をクリックする
江頭先生は、どぜうは嫌いではないと云うので、江戸の下町の情緒と云うものを味わってもらうには、よい機会だと思ってお連れしたもので、


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2017年02月24日

東京都青果物商業協同組合の阿部敏さんから、東京の果実生産の現状を問われ、当ブログを元にご紹介をした。


築地市場の豊洲移転がいつになるのか、問題は山積している。

かつて、秋葉原駅周辺に広がっていた神田市場が、流通の多様化で手狭になったことから、大田市場に移るにあたっては、色々あった。
江戸っ子が江戸から追い出されるのかと、反対が起こった。

江戸時代の頃、品川から先は、江戸ではなかった、しかも大田市場は大森海岸の海の中だったから、何代も続いた江戸っ子の市場関係者は、一時神田に残った店もあったものだ。

かつて東京都は、途中で神田市場と、築地市場を一括して、大田市場に統合する話もないわけではなかったが、築地市場もまた江戸から離れたくないと意向はまとまらなかった。

色々あった、大田市場も平成元年に、青果の旧神田市場・荏原市場、水産の大森市場を統合して開設した。

平成2年には、城南地域の花き地方市場を統合して、青果部・水産物部・花き部の3部門を有する総合市場となっていることはご存知の通りだ。





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先日、東京都青果物商業協同組合大田支所、総務部長・阿部敏さんの依頼で大田市場に伺ったが、場内も案内してもらった。

阿部さんは、東向島の青果商「大喜青果」の主人で、寺島ナスの普及にはご尽力をいただいていて、東向島商店街を中心としたイベントでは、お呼びいただいていることは、当ブログで紹介している。

昨年は、東京都青果物商業協同組合大田支所として、四谷のオテル・ドゥ・ミクニで三國清三シェフ話を聞くと云う勉強会も開催している。



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2017年02月21日

「農業生産者応援事務局」の石川顧問に、東京の農業、そして江戸の食文化を今に伝える伝統野菜についてお伝えする。


今月初めだったか、新橋にあるニッセイエブロ鰍フ石川茂樹顧問から、江戸東京野菜を始め東京の農業についてレクチャーをしてほしいとの連絡をいただいた。

同社では日本農業の応援をしているとかで、東京の伝統野菜についても知りたいと云うので伺った。




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同社農業生産者応援事務局・石川顧問にお会いし、話を伺った。
昨年、銀座天空農園を訪ねて、ショウガの収穫をしてきたようだが、

上の画像をクリックする
小田朝水農園長から、東京の伝統野菜の事を聞いて、連絡をしたのだという。

そもそも小田さんを紹介されたのは小学校の同級生・大田徹さんで、白鶴酒造東京支社に勤めていたことから紹介いただいたもので、当ブログでも紹介している。



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2017年02月20日

大城芳彦先生が  画期的な観賞植物 "オオシロ咲きフラワー" で特許庁の実用新案に登録された。


東京都北多摩農業改良普及所長を歴任された、大城芳彦先生から、お手紙をいただいた。

平成4年に「江戸東京ゆかりの野菜と花」(JA東京中央会が企画・発行)を農文協が発売したが、
大城先生は、野菜や稲作の専門技術員として活躍された経験から、ゆかりの野菜について執筆していただいた。

そして、平成14年の「江戸東京 農業名所めぐり」でも執筆いただいている。

今日、江戸東京野菜が多くの方々に注目をされるようになったが、そのベースになっているのが、「江戸東京ゆかりの野菜と花」だ。

江戸東京野菜コンシェルジュ協会では、「伝統野菜は長老に聞け!」という企画を設けて、亡くなられた植松敬先生を始め、執筆頂いた澤地信康先生、小林五郎先生にお話をしていただいているが、大城先生にも講演の依頼をしたが、話すことはないと遠慮された。




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封筒を開けてみて驚いた、

「オオシロ咲きフラワー、観賞植物に画期的な”新星誕生”」とあった。

いつでも楽しめる”オオシロ咲きフラワー”として、特許庁の実用新案第3205296号に登録されたというのだから、すごい。

いつでも楽しめるオオシロ咲きフラワーの特徴と効果は、
上の画像をクリックする

農業の六次産業化に最適、オオシロ咲きフラワーの活用

オリンピツクを控えて、貸鉢業の主力商品に最適だという。

改めて大城先生の略歴を紹介するが、大学の大先輩で、90歳になろうとしているが、

日々、新たな発想を展開し、しかも実現すべく取り組んで、
ご専門外の花の分野で特許庁の実用新案登録への意欲には敬意を表する次第です。

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2017年02月19日

「練馬大根たくあん」が、JA東京あおばの各直売所で販売されたと云うので買ってきた。


「練馬大根たくあん」が、13日から、JA東京あおばの各直売所で販売がスタートしたと云うので、大泉支店の隣にある「こぐれ村」に寄ってみた。

いつも、たくあんを置いてある保冷コーナーとは別に、特設ブースを作って販売していた。





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数量限定! 商品がなくなり次第終了!

素朴な味とぱりぱりと歯切れがよい食感の人気商品!
柿の皮などを使って天然の旨み成分アップ!
のキャッチ

上の画像をクリックする
JA東京あおばでは、チラシを置いて、
「沢庵で炒めもの」、「沢庵とネギと卵のチャーハン」

新しい食べ方なども紹介していた。



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2017年02月10日

江戸東京野菜を研究素材に選んだ東京バイオテクノロジー専門学校の平成28卒業研究発表会に行ってきた。


東京バイオテクノロジー専門学校の平成28卒業研究発表会が2月5日(日)、京急蒲田駅近くの大田区産業プラザPIOで行われた。

東京バイオテクノロジー専門学校からのお話しで、江戸東京野菜の機能性の分析を卒業研究として取り上げたいという話を、一昨年いただいて協議を重ねいたが、更に空弁との共同開発の話も加わるなど、江戸東京野菜の新たな商品開発にもつながった。





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卒業研究発表会は、10時からだったが、少し早く着いたので、指導された白井裕先生や杉田佑輔先生にご挨拶をしてから会場に入ったが、トップで会場に入ったので、皆さんに注目をされてしまった。

上の画像をクリックする
生徒の皆さんは、研究成果について自信に満ちた笑顔で説明をしてくれた。


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2017年02月04日

先日、同級生が集まって新宿のいつものところで、友人の偲ぶ会が行われた。



JR飯田橋駅東口を出た目白通り沿いの飯田橋4丁目に、飯田橋散歩路の標識があり、「東京農業大学開校の地」が立っている。

明治18年、旧幕臣の子弟教育として設立された徳川育英会の会長に就任した榎本武揚は、徳川育英会を母体とする育英黌を設立して管理長になった。
育英黌には農業科・商業科・普通科の3科があったが、のちに農業科は独立して、わが国初の私立農学校である東京農業大学となっている。

榎本武揚と云うと、晩年は向島に引きこもり、住居跡等、ゆかりの地が多く家綱の御前栽畑を見に行った時に銅像があった。






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千代田区飯田橋4丁目に立つ碑文には
「明治二十四年(一八九一)、 この地、旧東京市麹町区飯田町河岸十番に東京農業大学の前身、育英黌農業科が、徳川育英会により設立されました。初代黌主は榎本武揚でした。
明治二十五年(一八九二)、現在の中央線である 甲武鉄道の新設工事, また農場用地取得のため 大塚窪町に移転しました。」とある。

因みに、大塚窪町は文京区の「教育の森公園」あたりで、1.28ヘクタールの農地を取得、校舎は、大根踊りの詩にもある「青山ほとり常盤松」、渋谷の常盤松御料地に移り、明治44年に私立東京農業大学となった。

その後、戦火により校舎は焼失し、戦後の昭和21年に現在の世田谷にキャンパスは移転した。


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2017年01月31日

鴎外ゆかりの館から、上野の山で明治の俳人・正岡子規ゆかりの地に佇む。


先日、上野池ノ端の水月ホテル鴎外荘で、江戸東京野菜の懐石料理の試食会が行われたことは、当ブログで報告した。

これまで、何度か同ホテルに伺ったが、千代田線の根津駅で下車していた。
同ホテルは、上野東照宮の裏にあたることから、上野駅の公園口から、公園内を北に歩いて、花園稲荷神社の参道から動物園通りに出て、水月ホテルに向かった。

園内には途中、観光資源がたくさんあって、ホテルまでが意外に近く感じた。




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鴎外荘からの帰り道、動物園通りから、もと来た道を上野駅に向かったが、来るときは気が付かなかったが遠くに野球場見えた。

よく見るとレフト側に入口があって、正岡子規記念球場とある。

上の画像をクリックする
球場入口近くに上野公園管理事務所があったので、
記念球場の事を聞いてみた。
サード側の通りに面して、記念碑があると云う。

子規は、鴎外(1862〜1922)より5つ年下だが、
同じ文学の世界で同時代に活躍している。

「春風や まりを投げたき 草の原」

「正岡子規(1867〜1902)・・・・子規は、明治時代のはじめに日本に紹介されて 間もない野球(ベースボール)を愛好し、明治19年頃から同23年頃にかけて上野公園内 で野球を楽しんでいた。

子規の随筆「筆まかせ」には、明治23年3月21日午後に 上野公園博物館横空地で試合を行ったことが記されており、子規はこのとき捕手で あったことがわかる。・・・

上野恩賜公園開園式典130周年を記念して、ここに子規の句碑を建立し、 野球場に「正岡子規記念球場」の愛称が付いた。 平成18年7月 台東区・台東区教育委員会」とあった。

因みに、「日本野球発祥の地」は、学士会館の地だったことは、追録で紹介したが、野球は明治5年に導入されている。

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2017年01月18日

国民公園協会 新宿御苑のレストラン「ゆりのき」で、明治の頃の資料を展示していた。


先日、福寿草が咲き、水仙が満開の新宿御苑に行ってきた。

江戸東京野菜コンシェルジュ協会の納所二郎理事長と上原恭子理事が、2月25日に新宿御苑で開催するスタデー&カフェの打ち合わせのため行ったようだが、

同苑の本荘暁子さんにお会いしたら、レストラン「ゆりのき」で、三田育種場が発行した「穀菜辨覧(前編)」を展示していると聞いて、見てきたと教えてくれた。

三田育種場は、新宿御苑が内藤新宿農事試験場時代に分園として現在の港区三田に設置されたもの。




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本荘さんにも、伊藤秀雄総料理長にもお会いしたいと思って、伺った。

(一財)国民公園協会 新宿御苑のレストラン「ゆりのき」前にある梅林には、一重の福寿草がたくさん咲いていた。

上の画像をクリックする
福寿草は、江戸の頃にはたくさんの園芸種が生まれたが、可憐な一重の品種も良い。
水仙も、香りの良い品種が満開だった。



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2017年01月11日

宮中献穀後、滞りなく神事を務められた吉田茂雄さん


平成28年度宮中新嘗祭への、献穀奉耕者を務められた、練馬区田柄の吉田茂雄さんは
宮中への献穀後、伊勢神宮、明治神宮、大国魂神社の神前に供え、更に、吉田さんが御嶽講の地元講元をしていることから武蔵御嶽神社(奥多摩)への奉納など、滞りなく務められた。

新年互礼会で、練馬地区の皆さんと毎年参加されている吉田さんご夫妻にお会いしたときに、そのうちに伺いますと話ししていたが、先日近くまで行ったので寄らせてもらった。





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この粟、東京の場合「古里1号」種を献穀用に、栽培している。
戦後、食糧増産の時代に、東京都農業試験場(現・東京都農林総合研究センター) が東京の各地で栽培されていた粟を集めて品質試験を行ったところ、奥多摩の古里地区で栽培されていた餅粟の品質が、他の粟よりも優れていたことから東京都では「古里1号」の名を付けて普及したと云うもの。

献穀に供されたのは、昭和34年からで、それまでは地域に残る在来種が供されていた。

前年の献納した方から引き継いだものだが、毎年圃場が変わることもあり、品質の劣化はなく、吉田さんは、精白して献上した。

上の画像をクリックする
練馬区農業祭に展示された古里1号


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