2017年11月14日

JA東京中央会の都市農業改革室が本格的に、農業体験農園の普及に乗り出した。


これも都市農政運動の一つで、練馬区大泉地区の若手農家が時代の要請をいち早く取り入れたもので、
平成8年に、加藤義松さんと白石好孝さんが中心となって始めたと認識している。

これまで、農業会議が指導的に推進してきたが、JAグループとして、東京中央会も一体となって推進することには意義がある。




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2014年には、園主会の勉強会で、江戸東京野菜の普及についても話をさせてもらっていて、当ブログで紹介した。

先日、大阪に伺ったが、「大阪府農業委員会大会」で、消費者代表の難波りんごさんが、「体験農園の設置」を新たな農業委員会への期待として述べていた。

また、11月1日号の大阪農業時報最終面で、農業ジヤーナリストの榊田みどり氏が、都市農業を支える人材を重層的に育てるプログラムだと評価している。

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2017年11月13日

学校法人小多喜学園 創立五十周年記念のお祝いに招かれた。


先日、神奈川県座間市の座間孝道幼稚園と、横浜市鶴見区のあさひ台幼稚園を運営する学校法人小多喜学園の創立五十周年のお祝いが、横浜ベイシェラトンホテル&タワーズ5階 日輪の間で開催され招かれた。

昭和42(1967)年4月1日に、学校法人小多喜学園が座間市に相模台孝道幼稚園(後の座間孝道幼稚園)として設立しました。

当時は、昭和39年には東京オリンピックが開催されましたが、東京には地方からオリンピックの施設や道路を建設するための人々が集まり、政府は持ち家政策を打ち出し地価は年々高騰し、昭和45年からは三大都市圏の農地に宅地並みの課税を実施して、農地の宅地化を推し進めていった時代でした。

座間市もご多分に漏れず、都市に勤める方々の宅地化が進展していきました。




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学校法人小多喜学園 小多喜孝道理事長(園長)

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座間孝道幼稚園小多喜正範副園長の開会挨拶

孝道理事長の
「幼児教育と共に歩んだ半世紀をふりかえり」挨拶。

坂本文彦元園長(孝道理事長の実弟)の挨拶。
「幼児教育を充実させることで、未来を担う子供たちを育てる」挨拶




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2017年10月30日

日本橋の三井記念美術館で、特別展として、「驚異の超絶技巧!」に、象牙を彫った馬込半白キュウリが


日本橋本町の奥田秀助さんにお会いしたのはいつだったか、ご無沙汰していたが、9月中旬、奥田さんから封書が届いていた。

開けてみると、日本橋三越の隣、三井記念美術館で、特別展として「驚異の超絶技巧!」に、象牙を彫った馬込半白キュウリに似た作品が展示してあるとの情報をいただいた。

この作品、明治生まれの安藤緑山が、象牙を彫った「胡瓜」で、素晴らしい!!
作品の時代からして固定種だし、馬込半白キュウリで納得。

行こう行こうと思っていたが、日本橋まで行くような、機会がなかったものだから、1ヶ月も過ぎてしまった。




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上の画像をタツプするとパンフレット。

胡瓜を彫った安藤碌山は、明治18年(1885年)頃 - 昭和30年(1955年)は大正〜昭和中期の彫刻家で。
生涯や詳細な人物像など、彼にまつわる事は殆ど不明だという。

展示されているのは、牙彫、金工、木彫、七宝、陶磁、漆工、自在で、明治工芸から現代アートまで、精巧な作品が展示してある。



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2017年10月20日

ベイサイドホテルアジュール竹芝(TKP)が江戸東京野菜の勉強会を開催、



7月だったか、東京都庁第一庁舎32階食堂で実施した、〜江戸東京野菜を食べよう! シリーズ〜は、檜原村の伝統野菜「おいねのつる芋」だったが、

会場には日頃から江戸東京野菜の普及に尽力されている築地市場仲卸の政義青果・近藤義春社長(江戸東京野菜コンシェルジュ)が、お見えになっていて、東京都職員共済組合事務局の穂坂稔統括課長代理をお誘いいただいた。

穂坂統括課長代理はベイサイドホテル アジュール竹芝を担当されていて、同ホテルの矢野克己副総支配人と管理課の鈴木ひとみさんを紹介された。

矢野克己副総支配人も前から、江戸東京野菜を注目していたそうで、同ホテルでもイベントを計画したいと話されていた。




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その後、鈴木さんとは、何度もメールのやり取りをしていたが、ホテル内の和食レストラン(おまかせ会席七つ海 テーブル席・写真左下)での、江戸東京野菜を食べるイベントを開催したいので、江戸東京野菜について勉強会を実施したいと云うので、先日伺ってきた。

政義青果の近藤義春社長と、ベイサイドホテルアジュール竹芝からは、
東京都職員共済組合事務局 事業部伊藤聡厚生課長、穂坂稔統括課長代理、矢野克己副総支配人、鈴木ひとみさん、吉田慶一さん、料飲部開発課行田達則課長、高柳実料理長の皆さんにお集まりいただいた。

江戸東京野菜について、物語から、野菜の特質、活用の仕方などをお話しした。

これまで、ホテルドゥミクニでの経験や、水月ホテル鴎外荘での事例も紹介した。

いずれ、具体的になったら連絡いただくことになっている。
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2017年10月18日

西東京のママさんが江戸東京野菜を普及しようと、「東京ぴくるす」を立ち上げ販売。


「はじめての江戸東京野菜講座」を受講されていた西東京市の谷平絵美さんからピクルスをいただいた。

谷平さんは3歳の女の子のママさんで、お勤めをしていた2011年頃、イベントで伝統野菜の練馬大根を知ったという。
買って食べると青首大根と違った味わいが美味しく、以後伝統野菜に興味を持ったそうだ。
当時22品目が登録されていたが、江戸東京野菜を広めようと思うようになったという。

漬物が好きで、旅行に行くとその土地の漬物をよく買ってくるので、東京産のご当地漬物「東京ぴくるす」を思いたった。
かわいいパッケージに入った美味しい商品を作ろうと頑張っている。

江戸東京野菜の生産者は、ネットなどから当ブログを参考に地元の生産者・矢ケ崎宏行さんを知り、さらに小平の宮寺光政さんを紹介され、宮寺さんから岸野昌さんを紹介された。

早稲田ミョウガは井之口喜實夫さんから、今度は練馬の渡戸秀行さんにも会いに行くという。

子どもが小さいから沢山は出来ないので、野菜は2キロ程度しか購入していないが、品種によっては完売もあり、手ごたえを感じている。

4月からは、お嬢さんが幼稚園に入るので、そうなれば、少しは時間がとれるようになるだろうという。



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八丈おくら、内藤とうがらし、亀戸だいこん、早稲田みょうが、
滝野川ごぼう、三河島えだまめ、内藤かぼちゃ、伝統こまつな、
下山千歳白菜、馬込三寸にんじん、金町こかぶ、
等がラインナップ

上の画像をタップする。
江戸東京野菜お漬物ギフトラッピング代やギフト袋も販売している。

お問い合わせ: 050−3556−2012  
(受付時間 10:00〜18:00 )
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2017年09月30日

「江戸東京野菜めぐり」バスツアーのコース確認に江戸への舟運と野菜産地の現状を見て回る


毎年11月に実施されているバスツアー「江戸東京野菜めぐり」のコースの検討に主催者の東京都農住都市支援センターから相談を受けた。

バスツアーは同センターの人気企画で、毎年参加者の希望も取り入れながら微調整をしているが、今回も担当の齋藤隆雄部長と高久大介主任に説明を求められたので、改めて中川口の周辺の説明に現地を案内した、

かつて、江戸では、新鮮野菜は江戸近郊の農村で栽培されていたが、市場には牛馬の他、重量野菜などは舟で運ばれてきて、日持ちのするさつま芋やかぼちゃのようなものも舟運で川越あたりから運ばれてきた。

京橋大根河岸に集まった亀戸ダイコンや、小松菜等がどのように運ばれてきたのかを検証するツアーだ。





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家康は、江戸に来て、まず取り組んだ都市づくりとして、下総の行徳から塩を江戸城に運ぶための運河を開削させている。

江戸幕府の政策は、江戸川は東遷、荒川は西遷へと流れを変える大事業を行っているが、
荒川は北区岩淵で隅田川と名を変えるが、流れを変えたことで大量の雨水が墨田川上流で度重なる洪水が発生していたことから、明治44年に、大量の水を別に流す、放水路の建設に取り組んでいる。



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2017年09月07日

第五砂町小学校の近くに砂村新田の開拓者 砂村新左衛門の顕彰碑を見つけた。


先日、江東区立第五砂町小学校で砂村一本ネギのタネを5年生が4年生に伝達し、そのタネを蒔く授業が行われたことは、当ブログで紹介した。

遠くから行くものだから遅れてはいけないとの思いから、時間を間違えて1時間も早く着いてしまった。
折角、時間が出来たので、砂村の情報を収集しようと付近を歩いてみた。

五砂小から北に少し歩いた交番の裏に、富賀岡八幡宮があったので寄ってみた。

夏祭りが行われているのか、幟の他、テントが張られたままになっていたが、鳥居をくぐった左側に、砂村新田開拓者 砂村新左衛門顕彰碑が建立されていた。

砂村が、江戸の農業先進地になっていった、基盤を作った人物だ。





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碑文を読むと

福井県鯖江市出身の砂村新左衛門と、その一族が宝六嶋を拠点として、湿原や浮州を干拓と埋立てによって、砂村新田を万治二年(1659)に造成しました。その範囲は現在の南砂一丁目から七丁目までと東砂八丁目を含むほぼ全域に当ると伝えられています。

私達が住む砂町の基礎を築いた偉大な開拓者、砂村新左衛門の遺徳を偲び、後世に永くその功績を顕彰するため、心ある人々の協力を得て同氏にゆかりの深い元八幡宮境内に記念碑の完成を見ることができました。
平成十一年十一月二十一日建立 室橋昭謹書

第五砂町小学校は東砂八丁目にある。



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2017年08月14日

「振り返れは ゛青春! "」 橋本智明さんに自分史を贈呈いただいた。


現役時代にお世話になった、橋本智明さん(元東京都農業試験場園芸部長)から、514ページと云う分厚い「自分史」を送っていただいた。

ご本に挟んであったお手紙によると、

時間的余裕が出来たからと、沢山の段ボール箱に詰め込んでいた現役時代の資料等を整理し始めたという。

見始めれば、懐かしさで、読みふけったりして時間がかかるものだ。
処分できない「貴重品」も沢山あったようで、自分で保管するもの。農業センターや、村役場へ寄贈するものなどに分けながらだったようだ。

橋本さんは花の専門技術員をされていたから、小笠原村の農業振興にはことのほか思いもあったようで、返還当初の限られた時期、自らが関わった仕事中心の貴重な資料を掲載している。

また、内地転勤後の東京都農業振興、定年後の東京都農業会議時代、そして母校千葉大のお手伝いなど、その後の状況も加え、約50年のありのままの自分を振り返りました。とある。





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はじめに 〜振り返ると〜


橋本さんは、1947年大田区生まれで、千葉大学園芸学部卒。東京都小笠原亜熱帯農業センター勤務。東京都農林水産部専門技術員(東京農業にカジュアルフラワー生産を普及)。東京都農林総合研究センター江戸川分場長、東京都農業試験場園芸部長を歴任されている。



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2017年08月04日

東京都青果物商業協同組合本部青年会の代表から、江戸東京野菜をイベントへに使いたいと協力を求められる。


先日、青果商「果菜里屋」の高橋芳江さん(江戸東京野菜コンシェルジュ1期)から、東京の若い青果商の代表と会ってもらいたいと、電話をいただいた。
丁度、一ツ橋まで行く用事があったので、その用事が終わった後ならと云うことで、学士会館でお会いした。

日本橋人形町の青果店「長庄」の後継者吉野元さんと、板橋の「フレッシュフードしのはら」の後継者篠原利江さんで、
お2人とも東京都青果物商業協同組合本部青年会のメンバーで、吉野さんは副会長をされている。

早速、用件の話となったが、東京都青果物商業協同組合本部青年会では、毎年イベントを開催しているが、今年も、秋にイベントを予定しているので、協力が得られれば、江戸東京野菜を紹介し、販売もしたいという。

青年部の皆さんは知らないかもしれないが、2011年には、東京都青果物商業協同組合の八百屋塾でお話をさせていただいている。





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写真右から、青果商「果菜里屋」の高橋さん、東京都青果物商業協同組合本部青年会の吉野さんと、篠崎さん。

最近では、全国青果物商業協同組合連合会の東京大会を当ブログで紹介しているし、翌月には八百屋塾の皆さんを江戸東京野菜の栽培農家に案内している。

青果商の方としては、東京大会で紹介した東向島で寺島ナスを普及する「大喜青果」の阿部敏さん。

品川のマルダイ大塚好雄商店の大塚好雄さん、世田谷の「八百森」の森田哲也さんが、江戸東京野菜を積極的に販売してくれている。

江戸東京野菜を客寄せパンダにしたくないから、協力をすることを前提に、青年会の皆さんを対象にした、勉強会の実施を提案した。

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2017年08月01日

江戸東京野菜通信アクセスカウンター「777777」の写真を送っていただいた方に記念品を贈ります。

毎度、江戸東京野菜通信を検索いただきありがとうございます。
当ブログのアクセスカウンター(トップページ左下)が、皆様のおかげでまもなく「777777」を迎えます。
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アクセスカウンター「777777」を写真やSnippingTool等で撮って下記にメール添付で送ってください。
先着の方(1名)に記念品を贈ります。
ohtake@topaz.plala.or.jp
ご協力ありがとうございました。
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高尾山薬王院に参拝し、大本坊で精進料理をいただいた。


連日の猛暑が一息ついた1日、高尾山薬王院で精進料理をいただいてきた。

40年も前だが、夏の合宿研修の会場として1階の大広間だったかお借りしたことがあった。

その時に頂いた精進料理が忘れられず、その後、子供が小学校に入る前だったが連れて来て以来だ。
友人の坂井睦生さんに誘われて、大澤正幸さんと、ケーブルカーの高尾山駅で待ち合わせをしてやって来た。

2007年だったか、高尾山がミシュランガイドの旅行案内本で三ツ星に選ばれた事から、都市から手軽に行けると外国人観光客も多い。






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今回の企画は、前回八王子の「けいの家」で、日頃から江戸東京野菜を応援してくれている坂井さんと大澤さんに収穫期を迎えた「川口エンドウ」を、食べてもらったが、

その席で坂井さんが、毎週1回高尾山健康登山を行っていることを聞き、敬意を表し次回は坂井さんにご案内いただくことになっていたもの。


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2017年07月05日

350数年の歴史を伝える京橋大根河岸青物市場蹟の緑地スペースが寛ぎの場に整備された。


京橋大根河岸青物市場蹟の緑地スペースが整備された。
毎年11月に東京都農住都市支援センターが主催しているバスツアーの集合場所になっている。

3年前の2014年6月に「京橋大根河岸生誕三百五十年」のイベントが、京橋大根河岸会によって青物市場蹟でにぎやかに開催されたのを思い出す。

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昨年来たとき、集合場所は工事をしていたので碑文すら読むことが出来ず、高速道路下に集合して、そこで、大根河岸誕生のお話をした。

なんの工事かわからなかったが、先日、通りかかったら綺麗に整備されたので、写真を撮ってきた。





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これまで何か薄汚れていた京橋大根河岸青物市場蹟のスペースは、碑を象徴的にして、周辺は市民が寛げる環境になって、見違える程だ。

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350数年の歴史を思い起こす場所となり、幾つも出来たベンチで、本を読む市民も見受けられた。



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2017年07月04日

平成29年度「農」の機能発揮支援アドバイザー派遣の募集が始まった。


一般社団法人 都市農地活用支援センターが実施していた "「農」のある暮らしづくりアドバイザー" の派遣は今年から "「農」の機能発揮支援アドバイザー" の派遣となった。

この事業、全国に広がる農業者や都市住民等のみなさんによる「農」に関する取組を支援するもので、

みなさまからの要請に応じて都市農業、福祉、コミュニティ、教育、防災、まちづくり等の専門家をアドバイザーとして派遣し、必要な助言・指導を行い、都市農業の多様な機能について、広く国民のみなさんの理解を醸成します。

今年からNPO江戸東京野菜コンシェルジュ協会も関係協力団体となりました。


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今年も、地産・地消、学校教育その他食育、農による地域交流等の、
アドバイスをさせていただきます。

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2017年06月28日

江戸は文化文政の頃に描かれた「野菜尽絵合かるた」を見に銀座に出かけた。


全国の伝統野菜を販売しているウォーマーウォーマーの高橋一也さんから、メールをもらった。

銀座で「野菜絵合せかるた」の展示販売をしていて、出かけて見てきたという。

普段、目にしている伝統野菜が、実際に絵になっていると、
とてもうったえかけてくるものを感じます。とあった。

面白そうだと伝えたら、銀座で古美術、絵画、写真ほか美術品の売買をしている中松商店からさっそくパンフレットが送られてきた。

今回出品されているものの中にも、江戸東京野菜らしきものもあり資料的価値から、出かけても見た。



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兵庫県芦屋の「滴翠美術館」は、茶陶とカルタを中心にコレクションされていて、同じような野菜青物尽くし絵合わせカルタも収蔵されているという。

描かれた時代は江戸時代の文化文政(1804〜1830)の頃、と聞くが、表裏共に紙本、背面は金泥引き、絵面は金揉箔散し、四条派らしき上品な筆致である。

上の画像をタップする
店主の中松弘毅氏によれば、若干構図が異なる野菜の絵札が2枚あり、それをトランプの神経衰弱のようにして、めくり当てるという遊びのようで、50組のうちの半分50枚が市場に出たと云うことのようだ。

滴翠美術館の山口副館長は、「これらは深窓に育って世情にうとい子女たちの実物教育の代わりをはたしたものであろう。」と、書物に書いている。

同カルタの展示販売は7月1日まで(13時から18時まで) 実施している。
中松商店 中央区銀座1−9−8 奥野ビル313 
電話 03−3563−1735


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2017年06月18日

明治の初め北多摩の三鷹・府中あたりまでの村々が一時品川県に属していた。


先日、多摩地区が東京府に移管されて100周年を記念した25年前の日本酒が出てきた話を紹介したが、

改めて、神奈川県だった多摩地区が東京府に移管された経過を調べてみた。

それまで大名などが治めていた各藩は廃藩となり、新たに県が置県となった、いわゆる廃藩置県で、多摩地区の大部分は明治4年に新たに置県された神奈川県に編入された。

明治26年(1893)になって多摩地域は神奈川県から当時の東京府に移管されたが、移管について、政府の表向きの説明は、東京の飲み水である玉川上水の水源を管理するため、多摩地区を東京府に移管するというものだったが、背景には勢力を増していた多摩地区の自由民権運動があったようだ。



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しかし、ここに至る間にごたごたがあった。
慶応4年(1868)7月武蔵知県事に任命された旧代官松村長為の支配地域が後に品川県になる。

しかし明治2年(1869)、知県事は廃止され、代官や旗本の旧領は置県された品川県、韮山県、入間県、西端県となった。
武蔵国多摩郡は、品川県、韮山県、入間県などに移ったわけだ。

多摩地区に品川県だったところがあると云うので気になって、品川区文化財係に教えていただいた。

上の画像をタップする
江戸末期に建てられた野崎村の名主吉野家が、小金井にある江戸東京たてもの園に移築されている。

松村長為の支配地域(幕府領)
本宿村、屋敷分村、府中宿ノ内・本町、府中宿ノ内・番場宿、府中宿ノ内・新宿、是政村、常久村、上染屋村、下染屋村、押立村(以上現府中市)  (◎府中宿の本町、番場宿、新宿、是政村で二代将軍秀忠が、真桑瓜の栽培をしている)

恋ヶ窪村、国分寺村、本多新田、内藤新田、戸倉新田(以上現国分寺市)、

上飛田給村、下飛田給村、上布田村、国領村、上給村、矢ヶ崎村、金子村(以上現調布市)、
覚東村、駒井村(以上現狛江市)、

大沢村、野崎村、牟礼村、上仙川村、中仙川村、野川村、北野村、上連雀村、下連雀村、井口新田、(以上現三鷹市)、
吉祥寺村、西窪村、関前村、境村(以上現武蔵野市)、
梶野新田、関野新田、貫井村、上小金井村、下小金井村(以上現小金井市)

松村長為の支配地域(旗本領)
小田分村、人見村、車返村(以上現府中市)、
上石原村、下石原村、布田小島分村、下布田村、深大寺村、給田村、 (以上現調布市)、

以上が品川県になったが、明治4年(1871)11月13日,廃藩置県に伴い品川県を始め、韮山県、入間県、西端県は2年で廃県となってしまい、

12月5日には,多摩郡のうち(のちの東多摩郡の地域)中野村ほか54町村は、東京府に編入となった。
多摩地域の大部分(現在の三多摩地域)は神奈川県に移管された。
明治政府の混乱ぶりがよくわかる。

因みに、多摩郡は、明治11年に西、南、北、東に分割、各郡として制定、東多摩郡も存在していたのだ。

東多摩郡は、明治22年町村制の施行により野方・中野・和田掘内・杉並・高井戸・井荻の6村となる。
29年4月1日,東多摩郡は、南豊島郡と合併して豊多摩郡に編入し,東多摩郡という郡名は廃止となった
現在の中野・杉並両区の地域だ。

さて、神奈川県に移った三多摩だが、それで終わらず明治26年(1893)、神奈川県から当時の東京府に移管されたのだ。

品川県は現在の港区、渋谷区、新宿区内の一部なども入っていたから、今度は23区内も調べてみたい。



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2017年06月16日

インターネットジャーナル社の「経営者情報交流会」で日本ソフケン飛田和社長による「フルボ酸について」が印象に残った。


食の最新情報を報道するインターネットジャーナル社では、食品サポート連合の「経営者情報交流会」を毎月開催している。
6月の交流会は13日に、神田の学士会館で行われた。

同社の情報発信は、動画でも行われ、当ブログの右の欄「動画」には
最新のもので「粋な江戸東京野菜フェア」、「駒形どぜう江戸文化道場」、「のらぼう祭り」を取材いただいた。

コメンテーターによる「食品トレンドを知る、学ぶ」では、ソフトプレーン・フィールド褐レ問の鈴木貞夫氏による「人生・百年時代を知る・学ぶ」。 

鈴木氏は、フードボイスのブログで、元気商人塾の連載をしている。



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今回、会員による「我社のマーケテイング戦略」で、プレゼンをされた、日本ソフケンの飛田和義行社長による「フルボ酸について」が印象に残った。

フルボ酸は、生物に必要な二価鉄の酸化を抑え、安定化して運ぶことができる。
農業の分野での活用が大きいと認識した。


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2017年06月15日

多摩東京移管百周年を記念した清酒「東京銘醸倶楽部」が琥珀色になって出てきた。


使い勝手が悪いからと、家内がキッチンをリフォームすると云うので、食器棚から縁の下の収納スペースまで整理をしていたら、琥珀色に変色した日本酒が出てきた。

樽に入ったワインの場合、熟成の過程で目減りする分を、「天使の取り分」と呼ぶそうだが、ガラス瓶の中だからか、味の方は期待できない。
ボトルを揺らすと底に僅かにたまったオリが舞い上がった。

このボトル、清酒の「東京銘醸倶楽部」で、ラベルによると、多摩が東京に移管して100周年を迎えたことを記念した事業で、東京都酒造組合が都内14の酒蔵から、各吟醸しを一堂に集めて、これを均等に混和したものだとある。

各酒蔵の味わいが渾然一体となって、世にも稀なる妙酒になった。と云う。

製造は石川酒造が担当し、製造は93年10月となっているから25年前の日本酒だが、ラベルは色あせていない。

丁度、10月2日に、記念イベントとして行われたシンポジウムにパネラーとして、出たこともあり、記念に買い求めたと記憶している。

江戸東京野菜コンシェルジュの講座て、江戸東京の地域を説明するなかで、多摩地区はかつて神奈川県だったと話すと驚く方が多い。



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私は基本ビール党だから、そのうちに飲もうと思っていたが、いつまでたっても飲まないものだから家内がしまい込んでしまったようだ

上の画像をタップする

「限定記念ボトル1893年」と、多摩が東京に移管された年号が入り、
多摩21くらしの祭典「VOICE93」の文字も・・・

嘉泉(福生・田村酒造)、喜正(秋川・野崎酒造)、澤乃井(青梅・小澤酒造)、丸眞正宗(北区・小山酒造)、千代鶴(あきる野・中村酒造)、日出山(八王子・中島酒造)、粋悦(青梅・大多摩酒造)、月丸(八王子・西岡酒造)、吟雪(武蔵村山・渡辺酒造)、金婚(東村山・豊島屋酒造)、多満自慢(福生市・石川酒造)、桑乃都(八王子・小澤酒造)、国府鶴(府中・野口酒造)、鳳櫻(狛江・土屋酒造)

東京都酒造組合加盟の14の銘酒が記されている。

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2017年06月05日

金婚の豊島屋酒造で江戸酵母で仕込んだ「江戸酒王子」と出会った。江戸東京野菜料理とのコラボが楽しみだ。


昨年だったが、東村山市恩多の野火止用水脇で江戸東京野菜を栽培している久野稔晃さんから、地元の酒蔵豊島屋酒造で蔵開きがあるからと誘われたが、生憎先約があって失礼したことがあった。

今年、江戸東京野菜コンシェルジュ協会の新年会が、押上「よしかつ」で行われたときに、唎酒師の資格を持つご主人の佐藤勝彦さんが、厳選したお酒を集めているが、豊島屋酒造の「屋守(おくのかみ)」を勧められて、気に入ってしまった。

また、4月に更科堀井で行われた「春の会」では、料理研究家の林幸子先生が、奥多摩わさびでわさび漬けを作るのに、酒粕は、東都のれん会の「豊島屋本店」から取り寄せますと、堀井良教社長。
もちろんわさび漬けは美味しかった。

同じ、江戸時代創業の同店から取り寄せた。そんなご縁が続いたことで今度蔵開きがあったら案内してほしいと久野さんに依頼してあった。




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義兄が東村山に住んでいるから詳しいはずだが、豊島屋酒造には行ったことがなかった。
案内してもらったら、府中街道を梅岩寺方面に行く途中の久米川辻を右に曲がって少し行ったところだった。

今回買い求めたいヤモリが描かれた「屋守」のこも被りが目に入った。

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第15回 呑み切り一般公開」は、入り口のテントで入場料を払うと、唎猪口と水のペットボトルが手渡される。



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2017年06月01日

愛情野菜専業農家ヤマヨシの「赤い魔法」ニンジンジャムを入手した。


愛情野菜専業農家ヤマヨシの「赤い魔法」ニンジンジャムを入手した。
昔からニンジンの産地だった東京都清瀬市、この地で生まれたニンジンジャム、「ペーターキャロット100%」と、「ペーターキヤロット&アップル」、

「赤い魔法」は、当ブログの初めの頃に紹介しているが、最近は屋号の「ヤマヨシ」で販売しているようだ。

先代の義直さん、正子さんご夫妻を存じ上げているが1997年に日本農業賞の特別賞を受賞した当時から、カブ、ホウレンソウ、ニンジン、サトイモなどの野菜専業農家で パイプハウスと露地栽培をうまくローテーションを組み、家族が一丸となり、一年を通じ、とぎれることなく秀品を市場に出荷していた。

当時も出荷量は常にトップの座を占めて、品質の良さと、正しい規格の野菜を出荷するため、市場側の信頼は高く、ヤマヨシの野菜は市場を通じ、全国に転送されていた。

 当時、先代の義直さんは「モットーとして、毎朝欠くことのない野回りだ」と語っていた。
早朝に畑をくまなく回って野菜と語り合っていた方だ。





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二代目正明さんは、カブとホウレンソウで、それぞれ農林水産大臣賞を受賞し、農地を借用するなどして規模拡大も行っている。

「魔法をかけたかのように、毎日元気いっぱいで 健康に過ごして欲しい」ので、赤い魔法をお勧めする。



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posted by 大竹道茂 at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | その他関連情報

2017年05月25日

「食材の寺子屋」の中村靖彦塾長のお誘いで、赤松の美しいコースで英気を養った。


NPO法人 良い食材を伝える会「食材の寺子屋」の中村靖彦塾長が主宰する第16回「中村靖彦杯」ゴルフコンペの案内をもらっていた。

同コンペ始めの頃は、飯能にある武蔵が丘で行っていたが、その後はしばらく埼玉県越生の日本カントリークラブで開催されていた。

今回のご案内では、コースが埼玉から千葉県野田に変わっていた。
今までのコースだと、車で1時間足らずでいけるので毎回のように参加させてもらっていたが、千葉まで行くのはおっくうだから、失礼しようと思っていたら、同コンペの幹事をされている青木宏高さんから「今回が最後だから・・・」と云う。

同コンペは、シンペリア方式だから、第14回だったか2位になったのが最高だった。
NHKの倉石久寿さんや日経新聞の岩田三代さん、日本農業新聞の築地原優二さん、フーズドリームの伊藤俊一さんなど、皆さんとのご縁もできているので、参加を決めた。






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今回の案内には、「中高年に優しめのコースに変更しました」とあったが、「柴カントリークラブ あやめWestコース」は赤松でセパレートされた美しい林間コースで広いフェアウエーイで伸々と打てた。

幹事の青木宏高さん、小澤肇さんにはお世話になった。





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posted by 大竹道茂 at 00:49| Comment(0) | TrackBack(0) | その他関連情報