2021年07月02日

新型コロナウィルスワクチンの2回目の高齢者接種で7月1日に丸の内に出かけて終わった。


新型コロナウィルスのワクチン接種は、地元の市では予約がとれず、1ヶ月先に回される有様に、自衛隊東京大規模接種センターに電話をかけたら、簡単に取れたことでほっとしたことを覚えている。

新型コロナウィルスワクチンの2回目の高齢者接種で1日に丸の内に出かけた。
地元市では、ファイザー社のワクチンで、2回目は21日(3週間)後の接種だったが、自衛隊はモデルナ社のワクチンで2回目は28日(4週間)後だった。

モデルナは2回目までの日数が長いが、予約が取れないのでは話にならないので、自衛隊にお願いした。





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1回目の接種後に、次回空いているのは7月5日ということだったが、
自宅に帰って、1日でも早く接種を受けたいので電話で予約変更
を申し入れて7月1日(28日後)の接種の予約が取れたもの。

東西線の竹橋駅を出ると、和気清麻呂像の向こうに、
接種会場の大手町合同庁舎の3号館。

上の画像をタップする
外で酒を飲むことは全くないが、出掛けることが多いので、
2回目の接種を受けたことでほっとした。

変異ウイルスのデルタ株が感染拡大する中で、
ファィザーワクチンが希望量に対して供給量が不足して
接種が先延ばしになるという。自衛隊にお願いしてよかった。



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2021年07月01日

スーパー堤防の土手下で、花を楽しみながら野菜栽培にはげむ前田さんの菜園を見せてもらった。



先日、大学の友人・吉原久雄さんの畑を紹介したが、同じ友人の前田昭男さんは、江戸川のスーパー堤防、その堤内地土手下直下、田中新田で野菜を作っていると聞いていたので、最近の様子を聞いてみた。

菜園は、「堤外地内に相当し今は河川敷となっている、
この辺りは水田地帯であったとのこと。土手下の道路は狭いが信号の無い道路が土手沿いに続いているために、休日にはバイクグループが時々スピードを楽しんでいる様子。

以前は西側にも畑が広がっていたが、すぐ西隣りにケアハウスが建ち、その他太陽光発電パネルの設置などで畑は減少している。
」とのこと。

googlemapsで見ると、写真を撮ったのが冬だったようで、画面を回して土手を見ると菜の花の時期だったら綺麗だったろう。






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通路の菜の花(緑肥用)

上の画像をタップする

春の写真を見ると、堤防と、菜園の菜の花が美しい。
畑の賃料は無しですが、雑草ぼうぼうにしてはだめです。市役所が見ても、農地として使用している状況を保つことが条件です。

昔の土手敷地は今は堤外地(河川敷)となっており、現在の場所も昔は水田であった。
川幅を広げてスーパー堤防ができて、堤防近くの水田が都市の建設残土などによる嵩上げで、ほぼ畑地化、住宅地化されたから、瓦礫がたくさん出てきた。

深さ30cmの天地返し、エンピで耕起。出てきた石くれは、作業場所の仕切り石垣に使用。それと寒冷紗、不織布などの抑え用重石として重宝。

耕起したあと畝の中心となる箇所に、土手や畑周りの菜の花、刈草などに石灰を塗して埋め込んで、膨軟化を図る。これを機会ごとに続けてきました。開始当初に比べて、今は体力が減退しており、この作業低調です。
」ご苦労様でした。


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2021年06月09日

大学の友人吉原久雄さんから、近況報告のメールには、ワクチン接種から菜園で奮闘中まであった。


大学の友人、吉原久雄さんから、近況報告のメールがあった。
「新型コロナウイルスのワクチン接種を、6月1日に、近くの
牧の里クリニック(掛かり付け医)で受けました。
接種後の体調変化はありません。

6月22日、2回目ワクチンの接種予定です。千葉県印西市
(成田市隣接 人口10万人)では、予約・接種共に簡単に
進んでいるようです。」とあった。

我々の年代の話題は、ワクチン接種で、
当ブログでも先日報告している。






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吉原さんは、当ブログでも何度か紹介している。

その彼が、お住いの千葉県印西市で菜園をやっているという。
何でも、建築業の友人の資材置き場(宅地跡)約150u、
土壌は宅地造成時に表土を動かしたため、固い粘土で良くない。
だから、土壌改良に苦心している、という。

上の画像をタップする
「時間があるので、家庭菜園(約150u)で夏野菜を栽培中です。
ソラマメとキヌサヤエンドウの収穫が終わりました。
左からスイートコーン、ラッカセイ、キュウリ。

ジャガイモ収穫は2週間後か、それ以外に、キュウリ、ナス、トマト、
ピーマン、スイートコーン、ゴーヤ、サツマイモで、
トマトとナスの接ぎ木苗は購入し、他の野菜苗は自家生産。

植え付け予定は、モロヘイヤ、九条ネギ(現在育苗中)。



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2021年05月30日

伝統野菜からシャインマスカット、サギソウの栽培とどれも本格的な陶芸家の河村さん。


東京の西、あきる野市の留原(ととはら)地区に、大型のエンドウがあると聞いて、石川敏之さんに案内してもらって、河村郷子さんが栽培している留原エンドウを見せてもらった。

確かに大きい、どのような歴史があるのか、今年初めて栽培した河村さんも詳しくはわからないと云うので、地元JA秋川の役員に聞いてみようと思っている。

石川さんから河村さんのことは、石川さんが出店した ”秋川クラフトマーケット“ に自作の陶器を出品していた陶芸家で、あきる野市高尾の「またたび工房」で創作し、あきる野市戸倉の「ネオ・エポック」に、常設展示している、と聞いていた。

ご主人の正之氏は、教育者から画家になったとfacebookに自己紹介している、芸術家夫妻。






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河村さんの畑には、固定種の野菜等が色々栽培されていて、タネ袋を見せてもらったが、沢山のタネ袋がファイルしてあった。

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シャインマスカットも栽培しているとかで、ぶどう棚がそれだったが、
上を見ていたら、手前の日当たりのところに、ミズゴケに植えられた、サギソウの鉢植えが並んでいた。

若い頃,サギソウやエビネ、クマガイソウなど野生蘭に凝っていて、栽培していたから、芽生えた葉を見てすぐわかった。



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2021年05月06日

写真を整理していたら、西日暮里公園にも道灌にまつわる道灌山の写真が写っていた。


先日、都庁舎横の新宿中央公園にある、太田道灌の「久遠の像」
ことを紹介したが、

それ以外にも、写真を整理していたら、
道灌の銅像や、記念碑のようなものが出てきた。

道灌は、埼玉に城を幾つも持っていたり、
神奈川の伊勢原で殺されたこと等、周辺県にも記念碑や銅像がある。

何年か前に、西日暮里駅で降りて西日暮里公園に登ったら、
そこは廣重が描いた道灌山だったことが記された説明板がある。


西日暮里公園は、青雲寺境内の一部だったが、明治七年(1874)、
この辺一帯が旧加賀藩前田家に売却し、墓地となった。

昭和47年(1972)、前田家は墓地を国許の金沢に改葬したため、
翌48年12月に跡地は、荒川区立西日暮里公園となった。





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この地は道灌山と言われ、太田道灌の出城だったとの伝承がる。

上の画像をタップする
かつてこの地はひぐらしの里いわれ、
江戸時代中期には市民の憩いの場所であった。

しかし、今や道潅山の下をJRが走り西日暮里駅ホームの屋根が見え、
その先はビルが林立して、筑波山は遮られている。



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2021年04月25日

神楽坂で和食「えびはら」の海老原さんご夫妻が、江戸東京野菜を知りたいと訪ねてこられた。


海老原誠さん・沙有理さんご夫妻が、昭島に訪ねてこられた。

海老原沙有理さんは、4月になってからよくfacebook を見てくれているようで、
檜原の記事を読んで、鈴木留次郎さんに連れて行ってもらった浅間坂の「木庵」で出された山菜の天ぷらが食べたいとか言っていた。

海老原さんは、神楽坂で和食「えびはら」を経営していて、沙有理さんは女将。
しばらくは店内飲食営業をとめて、お持ち帰りテイクアウトにしているという。




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上の画像をタツプすると「えびはら」のHP

女将は、江戸東京野菜について、興味を持っておられたので、江戸東京野菜について説明をさせてもらったが、神楽坂でも栽培されているグループがあることを紹介した。

牛込中央通り沿い細工町には「神楽坂野菜計画」というグループが店を出していることや。神楽坂のマンションで江戸東京野菜の勉強会を行い。
廣田加代美代表のマンションでの栽培を見せてもらった。

神楽坂の毘沙門天善國寺境内で、独自のフェスタを実施しているケースもある。

愛日小学校にも伺っているが、現在の佐藤郁子校長は一昨年まで柏木小学校で鳴子ウリを栽培してくれていた。

ご主人の誠さんは、砂町の出身ということで、砂村ネギのルーツについてもお話した。

東京の食材にこだわる押上「よしかつ」の佐藤勝彦さんは江戸東京野菜Cookingbookを出版しているが、参考になる。

「とうきょう特産食材使用店」に登録することも重要だともアドバイス。


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2021年04月24日

新宿中央公園の太田道灌「久遠の像」の周りに八重の山吹が咲いていた。


4月初め、檜原村では村の花「山吹」が、今を盛りと咲いていたが、
新宿中央公園の太田道灌「久遠の像」の周りの山吹を思い出した。

先日、新宿区立西新宿小学校に打ち合わせのために行く時に、
新宿中央公園の道灌の久遠の像に寄ってみた。





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上の画像をタップする
久遠の像の周りに植栽された山吹の花は終わっていたが、
遅咲きの八重の山吹が一株咲いていた。

道灌と村娘の像には、やはり山吹が似合う。
扇子に乗せた八重の山吹を差し出す。

七重八重 花は咲けども山吹の 実の(蓑)ひとつだに なきぞ悲しき
                   (後拾遺和歌集・兼明親王)


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2021年04月23日

三浦半島から見る、夕焼けの「ダイヤモンド富士」と、相模湾の奥に富士山のシルエットも美しい。


めぐろ歴史資料館の学芸員をされていた横山昭一さんには、
目黒のたけのこ物語でお世話になったが、41年間務め3月31日で
退任したと連絡をいただいていた。

退任後は、神奈川県横須賀の自宅でのんびり充電をすると
伺っていたが、
ジム通いの他、博物館、美術館巡りをしながら、
ライフワークの江戸キリシタン研究や目黒郷土研究ふすま会も
続けていくとも聞いている。

そんな中で、夕焼けのダイヤモンド富士の写真が送られてきた。
良く撮れているので、カメラは、レンズは何ミリ、絞りは!
とお聞きしたら、「スマホです」とのこと、

私でも撮れるかな!。






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「富士山頂に沈む太陽」

上の画像をタップする
横山さんのメールには、
三浦半島西岸の荒崎荒井漁港からの
”ダイヤモンド富士”を見てきました。

雲って冨士山見えていない!?、と思っていたけど、考えたら
太陽が富士の向こう側に沈むときにシルエットで見えるんですネ」

動画はここから最高の夕陽をご堪能ください。
」とあった。



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2021年04月09日

群馬県吾妻の在来種でコンニャクを作ったというので、いただいた。


先日、井之口喜實夫さんの山野草を見に行ったことは報告したが、

庭で、コンニャクをゆでていたので話を伺うと、群馬県吾妻の在来種でコンニャクを作ったという。
コンニャクというと吾妻が有名で、明治30年代に下仁田町より東吾妻町に種芋が導入されたのが始まりといわれている。

昭和47年の日中国交正常化以降、中国産(支那種)が、加工用として導入されたことで、その後、支那種は栽培されるようになり、支那種と在来種の交配種として「はるなくろ」などが生まれている。

東京の檜原村にも在来コンニャクがあるが、吾妻の在来とは異なる特徴を持っているので、特産化に向けて、鈴木留次郎さんにも相談してみようと思っている。





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井之口さんに伺った作り方は、
コンニャクの皮を剥いて、さいの目に切ってからゆでて、
さらにミキサーにかけ、
凝固剤を入れて、型枠に入れて、固まったらゆでて出来上がり。

ゆであがった、暖かいコンニャクを二ついただいてきた。

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なめらかで、ほのかな甘ささえ感じる在来種のコンニャクだった。


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2021年03月12日

東日本大震災から10年、当日のニュース映像が何度も流され、改めて津波の恐ろしさ、命の大切さを痛感させられた。


3月11日、東日本大震災から10年、テレビでは津波が防潮堤を超えて、車を、住宅を押し流し、逃げ惑う住民、映像は何度も流され、改めて津波の恐ろしさ、命の大切さを痛感させられた。




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上の画像をタップする

当日は、砂村三寸ニンジンの授業で自宅から50キロ離れた砂町小学校からの帰りで、青梅線は勤めていた東京都農林水産振興財団のある西立川駅の少し手前で地震にあった。

そのうちに動き出すだろうと、しばらく待っていたが、車内アナウンスによって、乗客は冷静に先頭車両から下車して、歩いて帰宅した。


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2021年03月10日

「亀井戸白瓜」のタネ袋を、大阪の武田さんから送って頂いた。


先日、大阪で江戸東京野菜などの栽培を行っているという、武田健太郎さんに貴重な資料を送って頂いた。

亀井戸白瓜のタネ袋で、初めて見るものだった。
「江戸東京ゆかりの野菜と花」執筆者のひとり大城芳彦先輩に、タネ袋の写真を送って伺った。

大城先輩が知っているのは、昭和20年代の江戸川の、鹿骨、新堀地区が果菜類の産地で、越瓜(白瓜)などを栽培していたが、それは戦後のことで、それ以前は、先日送った「南葛飾郡農会史」に、掲載されていると、教えていただいた。

江東地区の都市化は早かった。大正11年の資料では、亀戸町、寺島町、大島町、吾妻町、砂町、隅田町、本田村、小松川町の地域に、東京市の工場などの大部分が集中していた。

染織工業、機械工業、化学工業、食品工業など、大中小の工場が農地を侵食していった。



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亀戸は、大正の頃から工場ができ始め、戦後の30年代から商業地帯に移っていった。
大城先輩から頂いた「南葛飾郡農会史」によると,大正11年に小岩村三谷の鹿野巳之吉さんの話が掲載されていて、明治25年に亀戸横十間川通りの農家・重左衛門より種子を買ったとある。

上の画像をタップする。

武田さんが調べてくれた亀井戸白瓜は、亀戸ではなく、亀井戸大根と同じ、昔の「亀井戸」を使っている。

「南葛飾郡農会史」には、越瓜(白瓜)が亀戸で栽培されていたのは明治期以前からで、昭和3年瑞江村(現江戸川区)の農家岩楯泰利さんは、「越瓜は砂町方面(亀戸)で昔から作られて市場に出荷せられ名声を博していましたが、

同地方は住宅地の膨張に従い、栽培面積は縮小し、新しく瑞江、松本、鹿本の各方面で栽培されるようになりました。
わが瑞江村方面で旺盛になりましたのは20年来(明治40年から)です。」と語っている。
その後、江戸川から、葛飾区の奥戸地区に広がっている。
トキタ種苗が、葛飾区の農家から取り寄せとあるのはこれで

「亀井戸白瓜」の名で、余蒔としても栽培されていた。

これも、江戸東京野菜の登録候補である。

武田さん、ありがとうございました。
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2021年03月09日

「鬼滅の刃」のキャラクターが、南大泉の永井農園に登場。


南大泉の永井農園のハウスの脇にはドラえもんが飾られていた。

永井昭さんは昔から、地域の方々とのコミュニケーションをとり、
楽しく農業に取り組んでいる。

永井農園の先には、練馬区立大泉交通公園があり、休日に親子連れが
保谷駅(西武池袋線)から歩いてくると、農園を回り込むように
行くので、子どもたちが注目する。






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2月に来た時には、今話題の「鬼滅の刃」のキャラクターを
作ると云っていたが、先日通りかかったらできていた。

上の画像をタップする
「鬼滅の刃」は「週刊少年ジャンプ」に連載されている
人気漫画だが、キャラクターの名前か難しい。

左から、我妻善逸(あがつま ぜんいつ)、
竈門炭治郎(かまど たんじろう)、竈門禰󠄀豆子(かまど ねずこ)
冨岡義勇(とみおか ぎゆう)、
前列・猪マスクは嘴平伊之助(はしびら いのすけ)



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2021年02月27日

「駆け出し普及員と江戸川の西洋蔬菜」の原稿を大先輩の大城芳彦さんから頂いた。


今日の東京都の農業指導体制は戦後の24年から動き出している。
戦後の日本は、米軍の支配のもとで、米国の制度が導入された。

農業協同組合の制度や、協同農業普及事業もそれで、法律に「能率的な農法の発達、農業生産の増大および農民生活の改善のために、農民が農業に関する諸問題につき、有益かつ実用的な知識を得」云々とうたっていて、

農地改革、農業団体の改組等、戦後における農村の民主化が図られ、
普及事業は農家が自主的に農業および農民生活の改良をすることを援助するといった建前になっている。
アメリカでは、州単位で導入されているという。





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現役の頃の大城芳彦先輩


東京都では、昭和24年(1949)から普及員の採用をはじめ、駐在所を設置している。
その2年目の25年(1950)に採用されたのが、大先輩の大城芳彦さん(東京農大卒)で、

先日、亀戸大根の資料や、「南葛飾郡農会史」の資料を送って頂いた。




江戸東京野菜コンシェルジュ協会の講座では「伝統野菜は長老に聞け」として、講座を開催しているが、大城さんには断られたことがある。

大城さんは、平成12年(2000) に思い出話を書いていたが、未発表だというので当ブログで紹介する。

上の画像をタップすると「駆け出し普及員と江戸川の西洋蔬菜」



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2021年02月25日

久しぶりの築地は、昼食はに鮪を食べて、仕事がうまくいくように波除神社に参拝した。


先日、築地キッチンスタジオから、江戸東京野菜の調理実習と
江戸東京野菜講座を配信したことは報告したが、

会場は波除神社の前にある東京促成青果ビル3階と聞いていたので
波除神社を目標にやってきた。





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四代将軍綱吉は、海だった築地地域の埋め立てを行っていたが難工事だった。ある日、海面に光を放っているものがあり、それを海中から取り上げると、立派な稲荷大明神で、人々は、社殿を作ってお祀りをしたという。

萬治2年(1659)のことで、それから波風か収まり埋め立ては完成したと、波除きの謂れが伝わっている。

上の画像をタツプする
社殿から見て左に雄の獅子頭、右にお歯黒の雌獅子が祀られている。

社殿の周りには、奉納辯才天魚がし碑、蛤石、活魚塚、鮟鱇塚、
海老塚、すし塚、玉子塚、昆布塚などがある。



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2021年01月31日

母校、目黒区立油面小学校が、平成21年、22年とNHK全国学校音楽コンクールで連続優勝した歌声にジンと来た。


1月31日、喜寿を迎えた。
改めて、77年を振り返ると、戦争中に生まれた仲間、目黒区立油面小学校の級友とは、今でも親しくしている。
6年間クラス替えがなかったから、クラス会では子どもの頃の話題で毎回盛り上がっている。

定期的に集まるようになったのは、60歳の頃からで、幹事長に面倒見のいい股野道夫君が全員の推挙で、なってからのことで、江戸東京野菜のイベントとぶつかった、3回以外出席している。

新型コロナの影響で2019年以来中止となって、以来再会は何時になることやら。

自宅待機の中で古い話を思い出して書いている。

2019年に鎌倉で、作家の林郁先生とお話をしたときに、私が目黒育ちだという話をしたら、先生は、お孫さんが目黒区立油面小学校で、6年生の時にNHK全国学校音楽コンクール小学校の部で全国優勝をした、と話されたことを思い出した。

調べてみると、油面小学校は平成18年にも出場していた。



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油面小学校は平成18年度(2006)に、初めて関東甲信越ブロック代表
として「73回 NHK全国学校音楽コンクール」に初出場した。

上の画像をタップする
課題曲 ”まいにち「おはつ」”
指揮は松田和子先生、ピアノは臼田圭介さん

自由曲 「野原の声たち」



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イベントの資材として、江戸東京野菜は纏提灯に、似合うのでないかと


自宅待機中の日々、昔話を紹介しています。
2016年6月に浅草の ”駒形どぜう” が、毎月開催している
江戸文化道場に招かれた。

“駒形どぜう”では、店先に講師陣の名前入りの纏提灯が並んでいるが、
五代目の渡辺孝之さんに、名前入りの纏提灯を作っていただいた。




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提灯は、江戸通りを挟んだ向かいの提灯屋・大嶋屋恩田が作っている。

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2021年01月26日

農政ジャーナリストの会では、”5年ぶりの【2020年農林業センサス】(概要公表)オンライン研究会” の開催でスタートを切った


コロナ感染拡大・緊急事態宣言発令下の新年最初のオンライン研究会は15日(金)、5年ぶりの【2020年農林業センサス】(概要公表)開催でスタートを切ったとメールをいただいた。
センサス調査結果は農政推進等のベースになるものです。




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上の画像をタップする

「2020年農林業センサス研究会」につきまして、
「録画」&「説明資料」データ を送信します。


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2021年01月13日

自宅待機の中で、情報は少ないが、これまで未掲載の情報を思い出した。


新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐために、政府は緊急事態宣言を発令したので、自宅待機につき、これまで掲載していなかった情報を紹介する。

上野の国立科学博物館において、昨年の2月から開催予定だった特別展が、新型コロナの関係で延期を強いられていた。

6月まで待っていたが状況は変わらなかったことから、結果的に「和食 〜日本の自然、人々の知恵〜」は中止になってしまった。





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主催者の新聞社から、江戸東京・伝統野菜研究会に、
江戸東京野菜の中でも代表的な大根
「練馬大根、亀戸大根、大蔵大根」の提供を依頼されていた。

何でも、全国から25種の大根を集めてサンプルを作るそうで、
果菜里屋(青果商)の高橋廣道さんに届けてもらっていた。

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2021年01月09日

江戸東京野菜で福神漬を作るのに必要な「ナタマメ」を栽培していたが、12月に収穫したと渡邉さんからメールが届いていた。


江戸東京野菜で福神漬を作ろうとの企画があったので、福神漬にはなぜか欠くことのできない「ナタマメ」のタネを蒔いたのが6月末だった。

栽培は、江戸東京・伝統野菜研究会副代表の渡邉和嘉さんがしている。
播種が遅いと思ったが、その後暑さの中で順調に生育していった。
今年は種採りが主だから、どうにかなるだろうと思っていた。





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8月の末には、花が咲いた。
花が咲いた1か月後に、一部収穫して食べてみた。

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10月中旬に撮ったものだが、沢山の莢が付いた。



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2020年12月16日

ファーム渡戸の純正おふくろの味「昔みそ」、この味噌づくりには、江戸東京野菜を愛する人たちの物語がある。


練馬区平和台の「ファーム渡戸」(渡戸秀行園主)では、毎年夏に、三河島エダマメを栽培しているが、この大豆で、地元練馬の味噌蔵「糀屋三郎右衛門」で「昔みそ」を作った。

この味噌づくりには、江戸東京野菜を愛する人たちの物語がある。





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ラベルには、『江戸東京野菜「三河島枝豆」を大豆になるまで完熟させ、都内唯一の味噌蔵「糀屋三郎右衛門」の協力の下に完成。東京産にこだわった味噌の味をご堪能ください。』とある。

上の画像をタップする

2018年、渡戸さんは、三河島エダマメを栽培し、大豆として完熟させて収穫した。

練馬区大泉で、江戸東京野菜を始めとする地元の野菜を使った料理を出す「小料理石井」の石井公平さんが、ファーム渡戸の渡戸さんから、三河島エダマメの大豆を使わないかと、話しかけられ、石井さんは、店で使う味噌を作ることが頭に浮かんだという。

麹は練馬区中村橋にある、糀屋三郎右衛門の麦麹で、練馬で栽培した大豆を仕込んだことは当ブログで紹介している。

その話を聞いた渡戸さんは「糀屋三郎右衛門」の八代目辻田紀代志氏とは、昔からの知人だったので、同味噌蔵で三河島枝豆の「昔みそ」を作ってもらい、「ファーム渡戸」で販売したところ、好評だっことから、2019年も味噌用大豆として栽培していて、10`ほど採れた。

2020年、渡戸さんは425g入りを90袋限定で12月12日から販売したもの。


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