2018年04月21日

土佐の伝統野菜を守った、竹田功先生の功績等をつづる本を絵本塾出版が発行を検討。


先日、田辺一乃さんの講談を聞きに行った時に、絵本塾出版の尾下千秋社長から高知の竹田順一先生が東京に来ると云う話を聞いていて、帰る日に打ち合わせをするからと云われた。

竹田先生のお父さん故竹田功先生は、高知県が生んだ植物学者牧野富太郎博士に師事していた。

昭和17年、当時・千葉大園芸学部の助教授をされていた功先生が家庭の事情で高知に戻るとき、高知の在来野菜の調査・採種をしなさいと指導を受けたと云う。

このことは野菜情報誌の「6.高知県での新たな出会い」の項に書いた。

今日牧野野菜と云われるものは、竹田先生の御尊父功先生が採集したものを引き継いだ竹田先生が種採りをしながら守り引き継いできたものだ。

竹田先生との出会いは、2015年1月に遡るが、以来親しくさせていただいている。





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竹田先生とは、神保町のブックハウスカフェ(今本義子社長) でお会いした。
こどもの本専門店&カフェ」で、同店では尾下さんが「第一回 絵本塾カレッジ〜創作えほんコンクール〜」の公募作品展が開催されていた。

上の画像をタップする
会場では同コンクールの事務局を担当する
廣岡一昭さん (旅と思索社社長)と
多屋光孫さん(絵本作家、紙芝居作家・挿絵画家)にお会いした。




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2018年04月13日

坂本龍馬ゆかりの地とは知らなかった!、京急の立会川駅周辺を歩き回った。


筍のシーズンになったが、品川区では品川歴史館が、筍の企画展をやっていると云うので、出かけた>
が、歴史館へのアクセスは、京急の立会川駅で下車したが、そこが土佐藩の坂本龍馬ゆかりの地であったことを知った。

時間的に余裕があったので、いつも情報をもらっている、高知の石川清彦さんや友人たちに土佐の情報を伝えようと、歩いてみた。






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上の画像をタツプする

立会川駅近くの品川区立浜川中学(東大井3丁目)の地に土佐藩山内家下屋敷跡の説明板が建っている。

立会川沿いに、土佐藩山内家の下屋敷1万6千8百余坪と抱(かかえ)屋敷(869坪)は東海道往還を挟んで東西に位置し、抱屋敷は河口に位置していた。

ともに万治元年(1658)に拝領、囲込みによって取得したもので、表道通りで結ばれていた。
他には、砂村(江東区北砂一丁目付近)にも下屋敷があった。

中屋敷は木挽町築地(現・中央区築地)にあり、現在の中央区役所となっていて、坂本龍馬が江戸で剣術修行をしていた間、この中屋敷(築地屋敷)の長屋に住んでいたと云われている。

因みに、上屋敷跡地には現在・東京フォーラムが建設されている。

ペリー来航時の狂歌

「泰平の眠りを覚ます上喜撰 たつた四杯で夜も眠れず」

「上喜撰(じょうきせん)」とは宇治の高級茶のことで、高級茶を4杯飲んで眠れなくなったということと、ペリーの蒸気船(黒船)がたった4隻でやってきただけで慌てふためいている幕府を皮肉ったもの。




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2018年02月11日

なにわの伝統野菜新規認証された「難波葱」の祝賀会が盛大に開催された。


難波葱なにわの伝統野菜「新規認証祝賀会」が1月25日(木)の19時から盛大に開催されたと、田辺大根ふやしたろ会の谷福江世話人から資料が届いた。

昨年の大阪府農業委員会大会に招かれたときに、難波葱を栽培している上田隆祥さんにお会いしたいと、谷さんにお願いしていたら、翌日、上田さんがホテルまで迎えに来てくれて畑にご案内いただいた。

江戸の葱のルーツは砂村葱で、摂津の農民がなにわから持ってきた葱の種を蒔いて砂村で栽培したのが始めだが、難波葱かどうかの記録はないが、摂津から当時持ってきたとなると難波葱かもしれないので、昨年、谷さんを介して、タネをいただいて、都立瑞穂農芸高校の横山先生にお願いして試作してもらっている。

昨年、上田さんにお会いした時に、4月に難波葱が、なにわの伝統野菜として認証されたと伺っていて、「難波葱の会」の生産者としてご苦労をされてきただけに、喜びも一入とうかがえた。


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認証されてから9カ月、初めて旬を迎える1月に、新たな特産品としてPRをしようと、20日(土)から28日(日)までの「難波葱フェスタ」に先立ち



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2018年02月10日

なにわの伝統野菜「田辺大根レシピ集 VOL3」が発行された。


なにわの伝統野菜「田辺大根ふやしたろ会」の谷福江世話人が、東住吉区役所区民企画課が地元の伝統野菜「田辺大根レシピ集 VOL3」を発行したからと、送ってくれた。

昨年の3月に、神戸でお会いした時に、VOL2をいただいていて、いいものが出来たと思っていた。

江戸の時代から現在の東住吉区田辺を中心に栽培されていた大根で、大正から昭和にかけて農地が減少したことで、幻の大根になっていましたが、

近年、種子が発見され、地域の人たちの協力で「なにわの伝統野菜」として復活したもの。



  

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伝統野菜は、その物語を聞いて興味を持ち、次は食べてみたい、栽培してみたいと云うことになるわけで、伝統野菜を普及するうえでレシピ集は欠かすことができない。

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VOL3は、今回も含めて3回のレシピコンテストの集大成として

料理研究家 佐川進先生監修のもとに
2015年 家庭料理の部「最優秀賞」1点、優秀賞3点
2016年 「最優秀賞」1点、優秀賞3点、特別賞1点
2017年 「最優秀賞」1点、優秀賞4点

お料理 14点を掲載
美味しい食べ方を知っている谷世話人を始め
天王寺蕪の会・難波葱の会事務局長の難波りんごさんも
美味しい食べ方を披歴している。

田辺大根の取扱店舗の紹介もある。

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2018年02月09日

土佐最古の農業書『物紛(ものまぎれ)』が入手できた。


先日、「土佐によみがえる牧野野菜」のセミナーがあったことは、当ブログで紹介したが、
「牧野野菜」を栽培している “Team Makino” の熊澤秀治代表の話を興味深く伺った。

当日、牧野野菜以外に、関係資料も持参されていて、土佐最古の農業書『物紛(ものまぎれ)』も展示されていた。

江戸東京野菜の多くは、江戸に集まり、江戸の気候風土の中で固定化された野菜は、江戸から地方に江戸土産として持ち帰られただけに、手に取ってパラパラと数ページ開いて見た。

興味深い本なので、アマゾンから検索してみたが、見つからなかったので、高知県で農業のジャーナリストとして活躍している友人の石川清彦さんにメールで、手に入らないかとお願いした。




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この本、230年前の天明7年に土佐の岡本又左衛門高長によって書かれたもので、昭和57年に発見され土佐では大きな話題になったようだが、末久儀運氏によって平成3年に土佐史談選書第13巻として発行されたもの。

全5巻からなり、第1巻は『物紛乾』として、百姓に対する教訓的な内容で、「農家の主人の心がけ」「百姓の心得べきこと」「子の育て方」、等

第2巻は『続物紛巻之上』とあり、稲と麦の栽培について記しているが、稲の二期作についての記述もある。

第3巻は『続物紛巻之中』で、茄子や胡瓜をはじめ園芸作物等60数種類の作物の栽培方法が記載されている。

茄子種、胡瓜、ささげ、いんげん、小豆、芽赤芋、夏大根、ねりま大根、三月大根、生姜、小黍、蒟蒻玉、越瓜、夕顔、ぼうぶら、南瓜、小豆紅豆、夏大豆、里芋、大芋、唐芋、ほん大根、田大根、大根種取よふ、牛房、高黍、

綿、くわい、稗、むかご、芥子、秋葉、煙草、胡麻、二番稲、人参、ゆんぎく、錦大根、ほつきん菜、葱、藍、夏粟、畔植、粉豆、かぶら、弐番稗、水菜、ほうれん草、菜芥子、分葱、にらにんにく、あさつき、くわんぞう、ふき、ちさ、そらまめ、うど、蕎麦などが掲載されている。
        
第4巻は『続物紛巻之下』、これには害虫の駆除と肥料のこと、味噌・醤油・酒の遣り方等も、

第5巻は『続物紛附』では、正月から12月までの、月々の年中行事、主として神仏の祭祀を中心に記述せられている。

追伸

石川さんは、私からのメールで、さっそく高知市内の大きな書店を訪ねてくれたようだが、書店には置いてないことが分かると、発行元の高知県立図書館内の土佐史談会にまで足を運んでいただいた。

運良く、一冊だけ残っていたので購入して送ってくれた。
石川さんも欲しかったようだが買えなかったと残念がっていた。

大学の同期とは言え、素早い対応で入手できたもので
石川さんには感謝だ。


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2017年12月08日

広報誌「大阪農業時報」の随想に、東京の檜原村に伝わる古代の味を紹介した。


大阪府農業会議から平成29年度大阪府農業委員会大会にお招きをいただきお話ししたことを、事務局の沼田湧悟農政課主事が、「大阪農業時報」(11月1日発行) で、報告してくれた。

その後、沼田さんから12月号の「随想」のコーナーで何か自由に・・・との依頼があった。

それはありがたいことだが、講演で殆どお話ししているし・・・。
そこで思いついたのは、京都からわざわざ訪ねてくれた、久保功先生に教えていただいたことを書くことにした。




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上の画像をタップすると最終面の随想

大阪農業時報の全文はここから

白岩ウリは農業共済新聞全国版で紹介されている。

大阪府農業会議の皆さんありがとうございました。

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2017年11月19日

企画展「江戸へ魚を送れ!」、帆船日本丸が停泊する横浜みなと博物館に行ってきた。


江戸の食として、江戸東京野菜とともに、江戸の近海でとれる海産物があり、それらは「江戸前」と呼ばれた。

江戸前の海は、江戸に限られたものではなく、横浜周辺の海も江戸前と呼ばれる豊かな漁場でした。

企画展「江戸へ魚を送れ! 」 ―漁場としての横浜周辺の海―、が、横浜みなと博物館で開催されていたので、出かけた。 

この企画展では、横浜の漁場を江戸前の食文化、ウオーターフロント開発と問わらせながら紹介している。




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横浜みなと博物館は、JR根岸線の桜木町駅とみなとみらい線のみなとみらい駅の中間にあたるが、横浜の知り合いに案内してもらった。

上の画像をタツプする。
神奈川には幾つもの漁港があるが、本牧漁港、小柴漁港、横須賀東部漁港は、東京湾内に面していているが、
松輪漁港、長井漁港、平塚漁港、小田原漁港は、相模湾に面している。

「鎌倉の 波に早稲田の 付け合わせ」

「鎌倉の波に」は、黒潮流れる相模湾で獲れた「鰹」を意味し、「早稲田の付け合わせ」は、早稲田みょうがを妻にして食べると云うもの。

横浜中央卸売市場発「かながわの魚が食べたい」の資料が配布されていた。


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2017年11月18日

大社そばで有名な大社で、出雲おろち大根うどんを販売している森山さんにお会いしてきた。


報告が遅くなったが、先週だったか、春に次いで出雲に行く用事があったので、出雲おろち大根を使った、「出雲うどん」をだしている森山太史さんに電話をしたら、「その日は、出かけていて残念です」と云うことだった。

こちらも、せっかく出雲に行くのなら、「出雲おろち大根」を使ったうどんを食べたいと思ったわけで、森山さんの近況も知りたい以外、特別用事があるわけでもないので、残念の一言で済んだがわけだが、しばらくして何時頃に着くのかと、電話をかけてくれた。12時ころになるだろうとお伝えして電話を切った。




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私が乗った観光バスは、少し遅れたが出雲大社の駐車場に着いたら、森山さんが来て待っていてくれた。

店で食べることはできなかったが、時間の調整をしてわざわざ出雲おろち大根を持ってきていただいた。
まだ小さいが、出来たからと持ってきてくれたのだ。

上の画像をタップする。
いい大きさと思っているが、森山さんの栽培法だともっと大きくなるようだ。
また、交雑種で赤いタイプも作っていて、紅白をセットでいただいたが初めて見た。

鎌倉では26日に「鎌倉大根」のイベントが予定されているので、皆さんにお見せしようと思っている。


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2017年11月09日

平成29年度大阪府農業委員会大会の模様を伝える「大阪農業時報」が届いた。


大阪府農業会議から平成29年度大阪府農業委員会大会にお招きをいただいたことは、当ブログで紹介したが、

その模様を伝える「大阪農業時報」(11月1日発行) が届いた。

今回伺うにあたってメールで打ち合わせをしてくれた、大会事務局の沼田湧悟農政課主事が、講演要旨を上手にまとめて書いてくれたものだ。

復活した江戸東京野菜を含め45品目のことや、「江戸東京の農業説明板」についても書き込んでいただいた。




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上の画像をタップする。

そもそも、講演させていただいたのは、私の話を聞いたことのある方の推薦があったと聞いていたが、何方だったか気になって講演後に事務局に伺った。

何でも、今年3月兵庫で行われた「ひょうごの食シンポジウム」を聞いてくれた、田辺大根ふやしたろう会の谷福江世話人が
大会1部の「新たな農業委員会への期待」を消費者・市民の立場でエールを送った、天王寺蕪の会と難波葱の会事務局長をされている難波りんごさんに紹介したことから、大会実行委員会に推薦していただいて決定したと伺った。

谷さん、難波さんありがとうございました。



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2017年11月02日

野菜文化史研究の久保先生が送ってくれた1300年前の長屋王の野菜木簡からみる、白岩ウリと早稲田ミョウガ


先月、大阪に伺った折、野菜文化史研究センター代表の久保功先生が訪ねていただいたことは、当ブログで紹介した。

久しぶりの再会だったので、久保先生の話に聞き入ってしまったが、後日資料を送っていただいた。

いただいた資料は、久保先生が研究された長屋王木簡の成果が、専門誌や新聞等に掲載されたものだ。

天武天皇の孫・長屋王は、奈良時代初期に政治を担当していたが、藤原氏の陰謀で滅ぼされた。
長屋王の邸宅跡を奈良国立文化財研究所が発掘に取りかかり、1988年3万点にものぼる木簡が出土した。





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木簡のレプリカを送っていただいた。

「物部廣庭進黄瓜壱拾参顆」 
(平城宮発掘調査出土木簡概報 1990年5月)
「多米麻呂進黄瓜壱拾肆顆」
(平城宮発掘調査出土木簡概報 1990年5月)

上の画像をタップする

木簡は、紙が貴重な古代、薄く削った木片に要件を墨書したもので、荷札などに用いられたもの。


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2017年10月25日

「浪速魚菜 色葉」で、大阪市なにわの伝統野菜等、大阪の食材にこだわった料理を堪能した。


この度、大阪に伺う機会に恵まれたことから、なにわの伝統野菜「田辺大根ふやしたろう会」の谷福江世話人にお骨折りをいただいて、「難波ねぎ」の圃場を見せていただいた。

地元浪速は勿論のこと、かつて京都にわたり「九条ねぎ」となって、京都の食文化にも大きな影響を与えてきた難波ねぎ、市場からは「ただでもいらんで」と云われた時代もあったとか、

しかし、父、兄と引き継がれた旨いねぎを、かたくなに守り継いできた上田隆祥さんの熱い思いには頭が下がる。

上田さんが難波ねぎを始めとする野菜を納めている、心斎橋駅に近い南船場の大阪料理「浪速魚菜 色葉」にご案内いただいた。

大阪市なにわの伝統野菜等、大阪の食材にこだわっているお店と聞く。
願ってもないことだ。





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完全予約制のお店では、笹井良隆執事(中央)、佐野亨一料理長(右)、藤川史朗店長(左)が、笑顔で迎えてくれた。

上の画像をタップすると「神無月御品書」

はしたないかもしれないが
お品書きを見ているだけでワクワクしてくる。



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2017年10月23日

なにわの伝統野菜「難波ねぎ」の生産者 上田隆祥さんの畑にご案内をいただいた。


8月のはじめ、大阪府農業委員会大会の記念講演を受けたことを、「田辺大根ふやしたろう会」の谷福江世話人にお伝えした。

谷さんには、難波ねぎの比較栽培にお骨折りをいただいていたからで、折角大阪に伺うなら、翌日は種をいただいた、難波ねぎの生産者上田隆祥さんにお礼も言いたいし、畑も見せていただきたいと、ご無理なお願をしていた。

江戸の昔、砂村に入植した摂津の農民がねぎ栽培を始めたと云われていて、現在、砂村一本ねぎを栽培していることから、そのルーツを探していたもので、谷世話人から、難波ねぎがあることを伺ったのだ。

大会翌日の9時、上田さんにホテルまで迎えに来ていただいて、ホテルからは南へ、住吉区大領の畑にご案内をいただいた、

周辺を住宅やビルに囲まれた、10アールの典型的な都市農業。




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畑には、難波葱の会の難波りんご事務局長はすでに見えていた。
上田さんは、小雨も降っていたので足元が汚れるからと、お気遣いをいただきレジ袋を用意されていた。
長袴で歩いているようだとの声、(笑)

上の画像をタップする。
谷世話人は、昨日講師控室を訪ねていただいた皆さんにもお声をかけていて、写真左上、左から日本の伝統食を考える会の浅岡元子さん、生田喜代子さん、上田さん、中筋恵子さん、谷世話人。
写真右下、右から難波りんご事務局長、熱塾の原田彰子代表。

難波ねぎは、かつて京都に伝わり九条ねぎとなった歴史がある。

葉が柔らかく、香りがよく、葉の中にはトロっとした美味しいぬめりをたっぷりと含んでいて、
60センチほどに育つやや太めの美味しい葉ねぎだが、市場からは姿を消した。

今日の生産や流通の中では、葉が折れやすく、ぬめりが多いことから刻みネギには向かず、葉が折れない栽培しやすい交配種の時代になってしまった。

上田さんは、市場用に交配種を作りながら、自家用に難波ねぎを作り続けていた。

なにわの伝統野菜の復活に尽力していた石橋明吉氏が、難波の大阪木津地方卸売市場で漬物屋 (有)石橋商店を営んでいたので、10数年前、美味しいねぎを作っていることを伝えると、ある日通りかかったのでこのねぎはおいしいでっせと、差し上げた。
「まあ、なんと 美味しいねぎや!」と、石橋氏に喜んでもらえたという。
石橋氏から、なにわの伝統野菜の普及に取り組む人々に伝わっていった。

難波りんごさん(天王寺蕪の会事務局長)との出会いは大きな転機を生んだ。
上田さんは難波さんらと「難波葱の会」を立ち上げた。難波さんの幅広い人脈を生かして、料理人や作家、消費者、農家が加わり「難波ねぎ」の味を広めていった。

今日では、大手の百貨店が扱ってくれるようになったのを始め、難波駅のそば店では難波ねぎを使ったそばが販売されるまでなり、生産者も増えている。

明確な根拠文献を探すのに時間がかかり、2017年4月に難波ねぎは「なにわの伝統野菜」に加えられた。


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2017年10月21日

大阪国際交流センター大ホールで開催された「平成29年度 大阪府農業委員会大会」で、江戸東京野菜の取り組みを・・・


一般社団法人大阪府農業会議から、講師を依頼されたことは、当ブログで紹介している。

開会前に余裕をもって会場入りしたいと、8時20分東京発のぞみに乗車した。
12時過ぎに会場に入れたから、中谷清代表理事会長、鈴木成専務理事にもご挨拶をすることができた。

こちらの経歴はお伝えしてあったが、中谷会長から聞かれて、当時仕えていた会長の名を告げると、御存じで「宅地並み課税時代、私らも富田林からバスを仕立てて武道館へ行きましたわ!」と、一時代を共有したことを懐かしんでおられた。

13時、大阪府農業会議が主催する「平成29年度 大阪府農業委員会大会」は10月18日(水)、大阪国際交流センターの大ホールに、同府農業委員、推進委員の他、消費者110名を含め800余名の参加を得て、盛大に開催された。




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全員が農業委員会憲章を唱和して始まった。

上の画像をタップする
主催者を代表して中谷農業会議会長が挨拶をされた。
 
農業委員等永年在任者表彰、第18回なにわ農業賞表彰では、4名を代表して赤井隆夫氏が受賞された。

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野菜文化史研究家の久保功先生が京都から訪ねていただいた。


大阪府農業委員会大会後に、講師控室に、大阪なにわの伝統野菜にかかわる方々に訪ねていただいたが、京都からわざわざ久保功先生にもお越しいただいた。

なにわの伝統野菜研究会・毛馬きゅうりの会の清原風早子代表が、大竹が来るとお伝えいただいたようで・・・、恐縮です。




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講師控室左から、清原風早子代表と、久保功先生(野菜文化史研究センター代表)

久保先生とは、2009年に山形大学から講師として招かれて以来、親しくさせていただいている。

上の画像をタップする
先生と私の記事が掲載された2011年の「伝統食だより」を持参していただいた。

京都からわざわざ訪ねていただいたので、会場近くにとったホテルアウィーナ大阪の喫茶で、清原さんにもお付き合いいただいて、お話を伺う機会が出来た。


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2017年10月13日

栃木県下野市が「かんぴょうサミット」を学士会館で開催した。


栃木県下野(しもつけ)市が、名産のかんぴょうの消費拡大を図って、伝統ある学士会館精養軒のレストラン「Latin」でサミットを開催した。

9月のはじめ、料理研究家の冬木れい先生からご案内のメールをいただいた、冬木先生には今年1月、「小江戸・栃木市モニターツアー」にお誘いをいただいたことは、当ブログで紹介している。

今回は、ギリークラブの渡辺幸裕先生がプロデュースするかんぴょうサミットで、冬木先生は昨年より参加されていて、かんぴょうの真価について開眼したと、メールにあった。

渡辺先生からいただいたメールには、「サントリー勤務26年、自由人になって17年「人と人を結びつける案内人」をしています」とあった。




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栃木県の伝統野菜、固定種の夕顔の果実「ふくべ」を加工した、伝統食のかんぴょう料理を頂く魅力的なサミットだ。

会場の学士会館は、フードボイスの経営者情報交流会で毎月行っているし、大坂勝取締役総料理長も存じ上げているので、楽しみにしていた。

上の画像をタップする
冬木先生のメールには、
 栃木県のかんぴょう生産量は年間約315トン(2014年)で
全国の98%を占め、しかも下野市の生産量は約半数という。 

かんぴょう生産量日本一の下野市が、栃木の名産
かんぴょう生産の現状を確認し、美味しさの再認識の会だという。
参加者は料理人、料理研究家、メディアなど30名ほどで、

江戸ソバリエ協会のほしひかる理事長もこられていて、
展示されていた大きな「ふくべ」と一緒に。
七草の前沢リカさん、挿絵・児童文学の河辺歩子さん、
第57次南極地域観測隊設営・調理の渡貫淳子さん、
河内郡上三川町の隅内久雄副町長もお見えになっていて、
皆さんと名刺交換をさせていただいた。




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2017年04月16日

出雲おろち大根の店「山太」で、オーナーの森山太史さんがつくった出雲うどんをいただく。


昨年の11月に実施した第2回 鎌倉大根収穫祭で、鎌倉だいこん未来研究クラブの井出朋子さんが、先進地の出雲のご出身だったので、出雲の情報を取り寄せていただいたことは、当ブログでも紹介している。

今年2月に、神奈川県農業技術センター三浦半島地区事務所の原康明研究課長は、島根大学が取り組む「出雲おろち大根」の調査に、同大植物育種学研究室の小林伸雄教授を訪ねていて、3月には小林教授がお仕事の合間に鎌倉の「福来鳥」に訪ねる予定があるということを教えていただいた。

こんな双方の動きもあり、井出さんの情報もあることから、機会を見つけて出かけてみようと思っていた。

そんな折、家内が足立美術館に行ってみたいというので、桜のシーズンに行ってみようと大手旅行社のツアーに申し込んでいた。

ツアー2日目、足立美術館での鑑賞の後、12時に出雲大社に着いたが小雨が降り続いていた。

昼食と参拝で2時間の余裕があった。
事前に「食の縁結び市場山太」と、「日本料理 おかや」 を調べたが、歩いて行けるのは「山太」だったので、店主の森山太史さんに電話を入れてから伺った。




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神門通りの、土産店や出雲そばを出している店が並んでいるあたりを通り過ぎて、しばらく歩いたが、店の前に森山さんが出て待っていてくれた。

出雲の郷土食「出雲そば」について、江戸ソバリエ協会のほしひかる理事長に伺った。
江戸そば以前の田舎そばで、そばの甘皮まで一緒に挽いたそば粉だから黒ずんでいる。

江戸そばは本枯節(鰹節) で出汁をとるが、出雲そばは、あご(飛魚)で出汁をとり、薬味として、ゴマ、海苔、陳皮、青ネギなどを入れた、ぶっかけそばだと教えていただいた。

そばの文化が進化してきた江戸そばと比べると、取り残されて郷土食となっていったそばで、秋田のわんこそばもその一つだという。

森山さんに、初対面の挨拶をしてから、さっそく「出雲そば」を注文すると、当店は、出雲の昔ながらの手打ちうどん「出雲うどん」です、と云う。大きな間違いをしていた。

上の画像をタップする

気が付かなかったが店の前に、2016年4月3日の朝日新聞日曜版「たべぶら」に、 “「出雲うどん」大社そばでなぜ” “縁が結んだ「褐色の麺」” の掲載紙のコピーが貼られていた。

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2017年03月16日

なにわの伝統野菜の「田辺大根ふやしたろう会」谷福江世話人に、久しぶりにお会いした。


ひょうごの食シンポジウム」の会場で、田辺大根ふやしたろう会の谷福江世話人に、久しぶりにお会いした。

谷さんとは、2013年12月に、宇都宮大学で開催された「だいこんサミット2013」で、ご一緒していて、当日は展示用に田辺大根を持ち込み、皆さんに説明されていたのを思い出す。

田辺大根ふやしたろう会は、地元田辺地区にお住いの谷世話人など12−3人の会員で、復活してから17年になるグループ。
一人ひとりが、その思いを広く伝えるべく熱心に活動している。





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会場の入り口で、担当の武幹事を探してうろうろしていたら、谷さんが声をかけてくれて、田辺大根レシピ集Vol 2をいただいた。
このレシピ集、東住吉区役所が発行していて、行政を巻き込んだ取り組みに発展している。

上の画像をタップする
レシピ集によると、
田辺大根は、江戸時代から現在の東住吉区田辺を中心に栽培されていた大根です。
大正から昭和にかけて農地が減少したことより幻の野菜となっていましたが、近年、種子が発見され、地域の人達 の協力で「なにわの伝統野菜」として復活しました。

白首で、根部分は標準で長さ20センチあまり、筒状のハムのような形でやや下膨れで、先端にネズミのシッポのような根が伸びます。
葉は根部分の2倍以上に育ち、とげもなく美味しく食べられます。肉質は徹密で生で食べると辛味の中にほのかな甘味が感じられます。

煮炊きしてもしっかりして煮崩れやカサ減りが少なく辛味が甘味に変わります。
漬物などにしても 歯ごたえがあり大根のうまみが感じられます。

田辺大根ふやしたろ会のHPはここから


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2017年03月14日

「ひょうごの食シンポジウム」において、江戸東京野菜による地域活性化、食育の取組等を語る。


昨年暮れに、JA東京中央会の島田幸雄部長からJA兵庫中央会から、講演依頼が来ているが行けるかと連絡をいただいた。
江戸東京野菜を多くの方に知っていただけるのであければ伺いますと返答をしていた。
数日後、「ひょうごの食研究会」の武正興幹事から、同会と生活協同組合コープこうべ主催の「ひょうごの食シンポジウム」における講演依頼文書が届いた。

ひょうごの食研究会は、生産者と消費者、それをつなぐ栄養士等学識者、食品製造・流通業者が互いにそれぞれの分野の課題を学習し合い、より良い農漁業生産と健康な食生活をそれぞれの立場で推進することを目指す緩やかなつながりの会だと云う。

当日の参加者は、消費者、生産者、栄養士等が主体で、食を通じて、日本の農業や地域おこし、また食育につながる機会になればと考えています。とあった。

なぜ「ひょうごの食研究会」からご指名があったのかと思ったら、同会の幹事さんの中に、「ひょうごの在来種保存会」代表の山根成人先生がおられたので、山根先生の推薦があったと認識した。

山根先生には、昨年「お米の勉強会」の村山日南子代表から招かれたときに、お会いしていることは当ブログで紹介している。

山根先生が、2011年9月に「野菜の学校」で講演をされて以来、何かとご指導をいただいていて、「ひょうごの在来作物」も送っていただいている。

2月になって、武幹事からチラシを送っていただいたが、13時から「江戸東京野菜物語」についてお話をさせていただくことになった。






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会場には、12時前に到着し、
「ひょうごの食研究会」の、高山敏弘会長(神戸大学名誉教授(農業経営))、田中智子副会長(神戸市生活指導研究会会長)と、清水悦子副会長(兵庫県生活研究グループ連絡協議会副会長)、保田茂幹事長(兵庫農漁村社会研究所 代表 神戸大学名誉教授(農業経営))、小寺收幹事(JA兵庫中央会協同組織部部長)、山根成人幹事(ひょうごの在来種保存会代表)、武正興幹事と、小池潤氏(鰹ャ池農園こめハウス専務)。の皆さんが迎えてくれた。

また、知らなかったが同窓で、現役時代三大都市圏の仲間として一緒に活動した大杉和秀さん(元JA兵庫中央会)が、元ひょうごの食研究会幹事をされていたとかで、わざわざ訪ねてくれたので、旧交を温めることが出来た。

皆さんと一緒に昼食のお弁当をいただいので、気持ちも落ち着いて講演に入れた。

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さて、講演だが、テーマは「江戸東京野菜物語」で、主催者の希望として、@伝統野菜の生産振興、A伝統野菜による地域活性化、B食育の取り組みについて、休憩をはさんで2時間、依頼されていた。

昭和56年(1981)、都市に農地はいらないという国の政策に対して、「子供たちに残したい身近な自然」を作って、東京の歴史文化を次代に伝えていきたい思いの中から、江戸東京野菜の取り組みが始まった。
ある意味、都市農政運動の一手法として、伝統野菜で地産地消をライフワークにしていることを伝えた。

平成9年、農業協同組合法施行50周年記念として「江戸東京の農業説明板」50本の設置を企画、それによって地域で農産物の復活が始まった。

江戸時代、全国から集まった野菜の種は、江戸の気候風土の中で育成され、良質の練馬大根や、滝野川ゴボウ、三河島菜などは、江戸土産として全国に伝わった。

「伝統野菜は長老に聞け」の講座では、固定種の練馬大根について詳しい、渡戸章さんに種採りの方法を学んだが、「ひょうごの在来作物」にも、多くの長老の話が掲載されていることを評価した。


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posted by 大竹道茂 at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 全国の仲間の話

2017年03月07日

福井市の株ェ百五商店 松尾専務にふくいの伝統野菜について教えていただいた。


すきや連の例会が、福井であると云うので参加した。
江戸東京野菜コンシェルジュ協会の上原恭子理事から、福井に行ったら「日本匠の畑」を主宰する松尾正則さんを訪ねるといいとアドバイスをくれた。

上原さんの話を聞くと、江戸東京野菜にも注目してくれていて、福井の伝統野菜を教えてもらえるとのこと。

ホテルで、お店の場所までの地図を描いてもらったが遠くない。






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1872年(明治5年)創業の老舗「八百五商店」、ホテルから電話をかけて出かけたので松尾専務は待っていてくれた

初めましてと名刺を差し出すと、「前にお会いしています。」との返事。失礼してしまった。

何でも、2014年3月に有楽町交通会館で開催された伝統野菜フェスタが行われたときに、江戸東京野菜の講演を聞いてくれたという。

帰宅後、その時のブログを見直したら、松尾専務と勝山水菜の写真を掲載していたし、上原さんもワークショップのリーダーをしていた。

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今日は、すきや連の例会がある料亭「開花亭」に納品してしまったとのことだったが、奥から福井の伝統野菜「杉箸のアカカンバ」の段ボールを出してきて見せてくれた。



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2017年03月03日

堀川ゴボウは滝野川ゴボウだと云うが、どうしてあんなに太くなるのと聞かれた。


先日、友人の江戸東京野菜コンシェルジュと話していたら、この冬、京野菜を食べてきたという、土産話になった。

京都弁で接客をされながら、懐石料理を食べてきたようだが、お料理は、その地域の言葉やその場所の雰囲気も味わいとなるため、伝統野菜はその地域の風土の中で食べると、味も違う。

そんな話の中で、京野菜から発展して、江戸東京野菜の話になったが、堀川ゴボウの話になった。

堀川ゴボウは、滝野川ゴボウだと教えてくれたのは、京都の鷹峯で京野菜を栽培している樋口昌孝さんにだった。




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東京では、小平市の岸野昌さんが固定種の滝野川ゴボウを作っている。

堀川ゴボウの物語は、伺うところによると、秀吉が一時政務を執り行った平城の聚楽第が、秀吉亡き後、取り壊されると、その堀はゴミ捨て場となり、そこに偶然ゴボウが一本葉を茂らせていたのが発端だという。

当時の事だから、ゴミと云っても生ゴミのようなものが中心で、これが堆肥となったか、年を越したゴボウを掘り起こすと、中はスが入った太いゴボウだった。
しかしもったいないと、食べると香りが良いものだったという。


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