2020年09月02日

テレビの番組制作会社のディレクターがカメラマンを連れて、内藤カボチャを栽培している村田農園の渡邉さんを訪ねてきた。


テレビの番組制作会社を練馬の内藤カボチャが栽培されている畑に
案内したことは先日報告したが、ようやく構成が決まったのか、
ディレクターさんから
明日の10時までに村田農園まで来て欲しいとの電話をいただいた。

カメラマンの手配が付いたので、渡邊和嘉さんにも連絡済みだという。

平日に、自宅を出る時間帯は、車が混む時間帯なので、
余裕を持って8時に家を出たが、番組制作会社の車が付く前に、
大泉の村田農園に到着した。






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圃場では、まだ葉が青々しているので、
葉の下のカボチャを探すところから始まった。

上の画像をタップする
カメラは、粉がふいた内藤カボチャを説明する渡邉さんの手元の、
カボチャをアップで狙っていた。

車の上からのアングルで、カボチャ畑も撮っていた。



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2020年09月01日

8月30日(日)、深大寺在来そばの播種を、深大寺張堂住職を始め、一味会の有志が猛暑の中行った。


7月、深大寺一味会の浅田修平副会長にお会いした時に、
8月末に深大寺蕎麦の種まきをするとお聞きしていたので、
8月30日(日)の9時に、深大寺門前で待ち合わせて、
南町4丁目の圃場にご案内いただいた。

当日は、第89世住職を継承した張堂興昭師が、恒例の種まきを、
一味会の皆さんと一緒に行うと云う、
初めてお会いするので、ご挨拶もかねて伺った。

当ブログでは、報告していなかったが、
お世話になった、第88世住職の張堂完俊大僧正は病気療養中でしたが、
令和2年6月3日に72歳で逝去されました。

令和元年12月「深大寺そばを味わう集い」にお招きいただいた時に、
お会いしたのが最後となった。


後継住職については、生前張堂大僧正の意向により、
長男で執事の張堂興昭師が第89世住職を継承された。





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張堂大僧正は、昭和60年代から深大寺が中心となって、
地元農家(檀家)の協力を得て、そば栽培を始めた。
又、そば文化を広めるために、栽培から、そば打ち、食べる、語る、
同好の市民を中心に「一味会」を結成し、
平成21年には、深大寺そば学院を開講し、今日に至っている。

このような、張堂大僧正の深大寺そばへの思いまでも、
継承することを、挨拶で第89世 興昭住職は述べられた。

上の画像をタツプする
写真左上、林田堯瞬一味会事務局長(天台宗祇園寺住職)が進行と、
そばの種蒔きの順序や、蒔き方をやって見せた。

さくを切り、化成肥料を蒔き、踏み固め、
深大寺在来を蒔き、踏み固め、と、1さくに3回往復する。

興昭住職は、一味会の皆さんが見守る中で種蒔きを行った。

圃場の傍らに、昨年のこぼれた種から芽生えた
深大寺在来(写真左下)が花を咲かせていた。



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2020年08月31日

「柳久保小麦うどんを江戸東京野菜の天ぷらで一杯! の会」を、森川さんが代表を務める森川喜市商店のプロデュースで開催された。


江戸東京野菜コンシェルジュの森川洋一さんは、江戸ソバリエで、中でもルシックの資格を持ち、江戸ソバと江戸東京野菜を結び付けたイベント、更科堀井の四季の会にも毎回出席していただいている。

幻の小麦「柳久保」を、手打ちうどんで食べてみよう!そして季節の江戸東京野菜の天ぷらと一緒に食べたい、ということで、土曜日の昼下がりに江戸蕎麦の名店「一栄」のつけ汁で一杯やりながら手繰り(食べる)ましょう、と森川喜市商店のプロデュースで開催されたもの。

東久留米市の「柳久保小麦」は、江戸東京野菜と同じ東京の穀物で、江戸から伝わってきた小麦で東久留米市の農家などによって生産され、商品開発も進んでいる。

新型コロナウィルスの感染を恐れて、何度か延期されたが、この程、少人数で昼の時間に開催された。





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会場は、東池袋の手打そば、うどんの「一栄」。
お蕎麦では、「更科」「砂場」「藪」、などの系列があるが、
同店は、「一茶庵」系のお店で、
ご主人の森田高虎氏は本店で修業している。

ご主人を師と仰ぐのが森川さんだ。
森川さんは、江戸ソバリエのルシックを受験するのに
同店でソバ打の技術を学んでいる。

ルシックは、そば打と、食べ方について、
同協会のコンテストで合格した方に与えられる資格で、
江戸ソバリエ、1700名中、200名という狭き門。
そば打の技術は高虎師匠のお墨付き。

上の画像をタップすると次第。




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2020年08月30日

農のある景観を国立市谷保の城山歴史環境保全地区に連担した西野農園を訪ねた。


今年2月に、中村正明先生(関東学園大学経済学部教授) がコーディネーターをして開催された「東京ファーマーズイノベーション2019」で、若い東京の農業後継者の皆さんにお会いしているが、

その後、一人ひとりの圃場に伺おうと思っていたが、先日府中まで行くことがあったので、途中、国立の西野農園の西野耕太さんを訪ねた。





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西野農園の圃場は、自宅から連担している。
国分寺崖線から分かれた崖線は、甲州街道に沿って谷保天満宮、そして西野農園の辺り、谷保の城山歴史環境保全地区から立川崖線に繋がっていて、崖線の上にある畑から見下ろしたところに、水田が広がっている。

上の画像をタツプする。

この辺りは水が豊富で、崖線から湧き出る清水と、多摩川から取水した用水とが流れているが、西野さんの話では、湧水は冷たくて稲作には向かず、用水の暖かい水を使っているという。

西野さんは、小家族用の1合と3合のコメ袋に入れて、”きぬひかり” を “東京米” ブランドで販売している。

米袋には東京米について、「東京都国立市で13代続いている西野農園にて、低農薬、低化学肥料にこだわり、栽培しました。国立市以外には、ほぼ出回らない貴重なお米です。」とあり、まさに農業青年の ”耕太ブランド“ だ。


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2020年08月29日

江戸東京野菜の内藤カボチャを取材したいと、番組制作会社から話があったことから、生産者や栽培状況について情報を提供していた。


先日、都立農業高校に持っていくために
渡邉和嘉さんが収穫した真桑ウリを受取りに行こうと電話をすると、
今テレビの番組制作会社のディレクターが畑を見に来ていて、
次に加藤晴久さんの畑に行くと云うので、畑で待ち合わせた。

番組制作会社から相談された話は、先に報告している。

内藤カボチャは、練馬区と多摩地区の三鷹、立川、八王子などで
栽培されているが、江戸東京・伝統野菜研究会の渡邉さんは、
練馬で採種を行っている他、地域に普及をしている。

加藤さんも、渡邉さんから栽培を依頼されて、
2016年から栽培をされていて
JA東京あおばの直売所「こぐれ村」で販売している。





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加藤さんは都合があって、後は渡邉さんに任せて出かけた。

上の画像をタップする
番組制作会社のディレクターは、暑い中、リックを担いで
小さなビデオカメラで圃場の様子を撮影していた。


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2020年08月28日

府中御用ウリを購入した方から、他にも栽培している生産者がいることが分かった。


らくらくコミュニティ編集局の烏田千洋さんから、府中御用ウリを府中市郷土の森 物産館で購入したと、喜びのメールをいただいた。

烏田さんは、シニア世代向けオンラインコミュニティ『らくらくコミュニティ』で、「探訪・伝統野菜」をテーマに、種から育てる各地の伝統野菜を紹介する連載をしていて、馬込半白キュウリと寺島ナスについてお手伝いしたことがある。

府中市で府中御用ウリを栽培しているのは、石川孝治さんで、

石川さんが、郷土の森観光物産館に出荷しているとは聞いていなかったので、烏田さんに写真があったら確認したいとメールをして送っていただいた。

「府中御用瓜」〜江戸風街の味を感じて下さい!〜とある。
これにより、他にも栽培している生産者がいることが分かった。




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「郷土の森」の近くまで行ったので物産館に寄ってみたが、府中御用ウリは、収穫期が過ぎたので販売されていなかった。

府中産農産物のコーナーでは、オクラ、ナス、キュウリ、ゴーヤ、カボチャ、ピーマン、つるムラサキ、ミニトマト、小松菜、大葉、まくわうり、リンゴ、イチジク、生キクラゲが販売されていた。

上の画像をタップする

まくわうりのコーナーには、食べ方が貼ってあった。

縦に半分に切り、皮をむき種を取り出し1〜2pにスライスして、冷やして食べてください。食べるとき塩を軽くふるのが、おいしく食べるコツです。ほんのりとした甘さでさっぱりしています。置いておくと甘みが増しますがそこはお好みで、食べてください。」。初めて食べる人からの質問が多かったようだ。

生産者は、堀江岩吉さんの名があった、存じ上げなので、その下の電話番号に電話をして、栽培のきっかけや、種子の入手などについて話を伺った。
話の途中で、「大竹さん! お会いしてますよ!、」と云う。失礼しました。

何でも、2014年頃、府中御用ウリの普及をしていてJAマインズ多磨支店に伺ったが、当時、担当課長をされていて、江戸東京野菜カレンダーにも紹介されていたので、栽培してくれる農家を探したが、見つからなかったので自分でやるしかないと自宅の畑で栽培をはじめ、以来、定年退職後も生産者を増やす努力もされているという。 ありがとうございます。


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2020年08月27日

東京都産キャベツの主産地練馬では秋冬産キャベツの定植が一段落した。


連日の猛暑が続いている中で、秋冬産のキャベツの定植作業が8月中旬から行われていたが一段落した。

キャベツの導入は明治初年に横浜や神戸の外国人居留地向けの栽培が始まっていて、新宿農事試験場が発行した販売用のカタログでは、輸入品種の早生甘藍や、晩生甘藍などが掲載されているが、キャベツの名はまだない。

この、結球野菜の甘藍に着目したのが、東京府葛飾郡奥戸村(現在の葛飾区細田町)の中野藤助で、大正から昭和にかけて、中野藤助、中野庫太郎、中野真一と三代にわたって「中野甘藍」の代表的品種を作り上げた。
江戸東京の農業説明板「中野甘藍」は、細田の稲荷神社に設置されている。





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東京を代表するキャベツ農家の井之口喜實夫さんの畑の一角に、日陰を作る柿の木がある。周りが住宅街になったことからトラックを入れるスペースにもなっている。
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そもそも練馬にキャベツが導入されたのは、江戸時代から連作栽培が続けられてきた練馬大根に、昭和8年頃からバイラス病が発生し、年々発生は拡大していくことから、生産者はその対策に苦慮していた。

発生後10年の年月がかかってしまったが、昭和18年に大根に代わる安定作物への切り替えとして、年2回収穫のキャベツの試作が始まつた。
夏蒔き秋採り、秋蒔き初夏採り、春蒔き夏採り、昭和30年代に夏蒔き冬採りが導入されている。

昭和38年には萎黄病が蔓延したが、抵抗性品種(YR)が育成されてから、東京都では大きな病気もなく今日に至っている。


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2020年08月26日

都立農業高校定時制(食品化学担当)の教諭に依頼された、東光寺大根の種を持参した。


府中市にある都立農業高校の教諭から、東光寺大根の種はどこで入手できるかというメールがあったことはお伝えしたが、

同校の卒業生が多い、日野市と八王子市には練馬系の白首大根があり、日野市には東光寺大根、八王子市には高倉大根がある。

卒業生の多い地元の大根と云うことになると、高倉大根もあるわけで、東光寺大根の入手が無理な場合は、高倉大根でもいいのか、などについて確認を行った。

高倉大根については、かつて瑞穂農芸高校の横山先生をご案内したこともあったからだが、東光寺大根の奥住さんが快く分けていただいたので、昨日、教諭にお渡ししてきた。





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東光寺大根は、明治26年に、板橋の方面から来た薬の行商人が、種を持ってきて勧めたのが始まりと日野市の市史に掲載されている。

巣鴨駅から板橋駅の間に種屋街道があり、沢庵にする練馬大根の種を販売していた。

奥住さんも、沢庵漬けにしている。



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2020年08月25日

福神漬に欠かせない「なた豆」栽培を村田農園で渡邉さんが始めた


江戸東京野菜で自家製の福神漬を作ろうとの企画があった。
かつて、東京家政大学の「江戸東京野菜の会」が「七福神漬」
販売したことがあった。

当時、江戸東京野菜の、志村みの早生大根、亀戸大根、
馬込半白キュウリ、寺島ナス、東京大越ウリ、谷中ショウガ、
雑司ヶ谷ナス、東京長カブ、内藤トウガラシで、
大根、キュウリ、ナス、ウリ、ショウガ、カブ、トウガラシの
七種類が原料野菜として使われていた。

酒悦が明治時代に初めてつくったと云われる福神漬は
七種類の野菜『大根、なす、なた豆、蓮根、かぶ、しそ、うり』
を使っているが、その中に「なた豆」が使われている。






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なた豆には、白花と赤花がある。
今、村田農園で、渡邉和嘉さんが栽培している。

上の画像をタツプする
少し遅蒔きだったがこのところの暑さの中で、
房のように付けた蕾が次々に花開いた。



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2020年08月24日

東光寺大根の播種を間近に控えで奥住さんが乾燥した莢から種を取り出した。


練馬大根の採種が行われたことは、先に報告したが

練馬大根を始めとする練馬系大根の播種は、8月下旬から9月上旬に
行われることから、東光寺大根を守っている奥住喜則さんに、
そろそろ莢を割る頃だろうと思って、電話をしてみた。

この先、天候が悪くなりそうなので、
乾燥させている莢を割る作業を21日に終えたということだった。





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奥住さんは、残すタイプの東光寺大根を埋め戻し、花を咲かせる。

上の画像をタップする。
乾燥させた莢付きの枝は、軽自動車で踏んで莢を割ったと、
その様子を教えてくれた。

ブルーシートの上にむしろを敷いて、そこに乾燥した莢付きの枝、
軽トラで前後に何度も踏むと、莢が割れてタネはむしろの隙間に、

昔は、踏んだりしていたようだが、
一人でやるには、この方法が一番の方法だという。


奥住さんに電話をしたのは、採種の様子を見たかっただけでなく、
種を分けていただこうと云うもので、

都立農業高校定時制の教諭からメールで、
当ブログを見てから江戸東京野菜に興味を持ったという。

そこで、授業で地元の東光寺大根を栽培したいと考えているという、

種子はどこで販売しているのかという質問がだった。

東光寺大根は、現在奥住さんを含め三人の方が栽培していて、
日野市の学校給食でも使われている。




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