2019年05月23日

深大寺の張堂完俊住職からお招きをいただき、親しく懇談をさせていただいた。


先日、江戸ソバリエ協会のほしひかる理事長と一緒に、深大寺 張堂完俊住職から、お招きをいただいた。

深大寺で、お蕎麦をいただいたのは、2011年の「夏そばを味わう会」にお招きいただいていて、その後、何度もお招きいただいている。

張堂住職は、昭和60年代から深大寺蕎麦の歴史文化を後世に伝えるべく、地元農家(檀家)の協力を得て、そば栽培に取り組み始めた。

さらに蕎麦文化を広めるために、栽培からそば打ち、食べ、語る同好の市民を中心に「一味会」を結成して、年末には「深大寺そばを食べる会」を開催し、32回を数えている。

また、平成22年には「夏そばを食べる会」が始まり、大分県豊後高田産、埼玉県三好産、鹿児島県志布志産
福島県川内村産、長野県木島平産など、他産地のぞばを紹介、みんなで味わっている。





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深大寺では、平成21年からは一味会の協力により、檀家や市民を対象に「深大寺そば学院」を開校しているが、お約束の、水神苑の入り口に、今年のそば学院、受講生募集!! の案内が張ってあった。

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昨年は、講師として「江戸東京野菜と蕎麦料理」をテーマにお話をさせていただいたことは当ブログで紹介している。


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2019年05月22日

高野重春さんから宗兵衛裸麦の栽培の様子を送ってくれた。


宗兵衛裸麦は、2015年に江戸東京野菜推進委員会事務局の水口均さんが、農業資源研究所のジーンバンクから種子(50粒)を取り寄せ、高野さんに28粒で復活栽培を託したもので、

八王子伝統の裸麦をなくしてはならないと、栽培している。





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今年も、手前13bを3畝、奥に15bを1畝作っていて6月初めには収穫できるだろうというから、秋冬野菜との栽培ローテーションも可能だ。

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宗兵衛裸麦を八王子特産として六次産業化できないかだが、裸麦は大麦で、みそや焼酎の商品化は行われている。
JA東京あおばでは、100キロで、麦茶を作ったが、これも参考になる。

押上「よしかつ」の主人佐藤勝彦さんに相談したら、生産量の多い愛媛県では商品化が進んでいて、変わったところではクッキーなどもあるという。

先日、福島秀史さんの畑を訪ねたら、福島さんも栽培していた。



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2019年05月21日

居木橋カボチャのゆかりの地、沢庵禅師の東海寺に寄ってみた。


品川歴史館の冨川武史学芸員にお話を伺ったが、居木橋カボチャには諸説があるようだ。

品川歴史館解説シート「江戸野菜の名産地・品川の農業」には、「居木橋南瓜は、禅僧・沢庵宗彭が、三代将軍家光により北品川東海寺の開山を命じられた寛永15年(1638)、上方から種を取り寄せ、居木橋村名主の松原庄左衛門に栽培させたのがこの地方の南瓜の始まりという伝承がある。」とあるが、

これは居木神社に平成9年に建立した「江戸東京・農業 居留木橋カボチャ」に書いてある。

「江戸・東京ゆかりの野菜と花(農文協)」には、一説として「三代将軍・家光の時代、澤庵禅師が北品川の東海寺の住職だったときに、
井戸辺で苗を発見して名主の松原庄左衛門に栽培させたのが始まりという。その一方で、禅師が各地をたずね、中国地力から持ち帰ったとも伝えられる。」とある。                     





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品川歴史館の帰りに、京急の立会川駅まで歩いて、新馬場で下車
沢庵禅師の墓がある通称大山墓地に向かった。

寛永16年(1639)、
三代将軍家光によって創建された東海寺の開山に迎えられ、
沢庵宗彭は晩年を送った。

墓の後ろ(西側)をJR東海の新幹線が走っていた。

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墓に登る石段の東側はJR京浜東北が走っている。




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2019年05月20日

江戸の「居木橋カボチャ」と上方の「勝間南瓜」の接点を調べる。


先日、頼みごとがあって品川区立品川歴史館の冨川武史学芸員を訪ねた。

同館には、昨年めぐろ歴史資料館が特別展として「目黒のタケノコ〜竹がもたらすもの」を開催する中で、筍の話を依頼されたことがあって、丁度同時期に品川歴史館では「山路治郎兵衛のタケノコ栽培と足跡」の企画展を開催していたので情報収集に伺ったことは、当ブログで紹介している。

品川には平成9年に、品川神社の境内に、「品川ネギとカブ」の農業説明板を建立していて、それに伴って、毎年12月23日には、品川蕪品評会が品川神社に大勢の区民を集めて開催されている。





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上の画像をタツプすると品川歴史館解説シート

〜居木橋南瓜、戸越の筍、品川蕪〜、の内、居木橋村の特産カボチャ・居木橋カボチャは江戸東京野菜として探しているカボチャだ。

居木橋カボチャは、寛永15年、上方から種を取り寄せ、居木橋村名主の松原庄左衛門に栽培させたという伝承がある。


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2019年05月19日

八王子の江戸東京野菜「川口エンドウ」が収穫期を迎え、収穫支援の「女子隊」が結成された。


更科堀井の「春の会」が、5月20日21日の両日開催されるが、川口エンドウの料理が予定されている。

川口エンドウは収穫が大変で、昨年から多摩・八王子江戸東京野菜研究会の八幡名子さん(江戸東京野菜コンシェルジュ)が、収穫サポート隊を結成したが、今年から「川口エンドウ女子隊」の名称のもとに、農家の収穫支援にあたることになった。





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先日、江戸東京野菜の流通に尽力いただいている果菜里屋の高橋芳江さん(江戸東京野菜コンシェルジュ)とご主人の廣道さんが、濱中俊夫さんの畑で収穫支援を行った。

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濱中さんの畑は4月の末に当ブログで紹介している。

まだ、収穫量は少なく17日から八幡さんが支援している。



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2019年05月18日

練馬区立光が丘秋の陽小学校の2年生にJA東京あおばから雑司ヶ谷ナスの苗が贈呈された。


練馬区立光が丘秋の陽小学校(関根幸男校長)の2年生にJA東京あおばから雑司ヶ谷ナスの苗が贈呈された。

この授業、同校の佐藤綾子栄養教諭が2017年から2年生の担任と相談して、復活栽培に取り組んでいるが、ナス苗の提供や、栽培指導は、JA東京あおばの全面的な協力を得ている。

生徒たちを座らせて、佐藤栄養教諭が、「昨年の2年生は、なすが321個、1つのなすから772個の種をとりました。」と話すと、生徒たちは驚いていた。





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JA東京あおばからは、地域振興部農業振興課の中川大介課長代理(写真右から)と、園畑厚子課長代理、渡辺耕造営農相談員、

そして、今年度から、東京都農林総合研究センターでお世話になった木曽雅昭さんが営農相談員として農業振興課のスタッフに加わった。

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中川課長代理と渡辺営農相談員から、雑司ヶ谷ナスの苗が贈呈された。


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2019年05月17日

寺島なすの故郷を訪ねたが、定植後すくすくと育っていた。


連休明けの気候が安定する頃を狙って、野菜苗の定植が行われている。
寺島ナスの復活普及を推進している東向島のてらたま協議会(NPO法人寺島・玉ノ井まちづくり協議会)、が、たもんじ交流農園を昨年開設したことは、当ブログで紹介した。

今年の3月、江戸東京野菜講談の田辺一乃さんの真打披露宴でお会いした、NPO法人 寺島・玉ノ井まちづくり協議会の小川剛理事(中小企業診断士)から、

寺島ナスの定植作業をするときに、栽培指導してくれる方を紹介してほしいと依頼された。
後日、本人の了解を得て、江戸東京野菜推進委員会の水口均さんを紹介していた。




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東向島駅前通りのプランターには、今年も寺島ナスが栽培されていた。

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寺島ナスの支柱には「たもんじ交流農園の耕作者募集中!!」
などの案内が貼られていて、
5月12日(日)「苗を植えよう!」が行われ、
農作業アドバイザーの水口さんが、江戸東京野菜の話をするとあり、

6月16日(日)「追肥と剪定をやってみよう」、
7月14日(日)「寺島なすを収穫しよう! (収穫祭)」に、
水口さん予定されていることが明記されていた。


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2019年05月16日

国益無視の発言で、さらに遠くなってしまう北方領土、


北方領土のビザなし交流で、国後島に渡った国後島出身の団長大塚小彌太さん(89)に対して、団員として加わっていた日本維新の会の丸山穂高衆院議員(35歳)が、戦争で取られた島は戦争で取り返すしかないのでは、発言が飛び出した。

大塚団長の「戦争なんて言葉は使いたくない。」
丸山議員は「でも取り返せませんよネ!」

以下二人のやり取り
「戦争はすべきじゃない」
「戦争しないとどうしようもなくないですか」
「戦争なんて必要ないです。」・・・・・





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1997年6月に「北方領土の返還を求める都民会議」の一員として参加したことがある。
同団には墓参のために同行した根室在住の濱田さんが、先祖に祈りをささげた。20数年も前の話しだ。

「令和」を迎えるに当たりテレビのインタビューで「どんな時代にしたいですか?」との質問に、多くの国民が「平和な時代であってほしい」と答えていたが、令和元年に「戦争で取り返す」発言。

そもそも「ビザなし交流」は、北方領土に眠る先祖の墓参がしたいという元島民の願いを、領土問題とは別に、ソ連との交渉で人道上から10年もかかって1964年に実現したもので、この場合、日本政府が発行する身分証明書による墓参となった。

しかし、ソ連は1976年に、ソ連の領土だからとパスポートとビザを要求してきたが、日本政府はソ連の領土とは認めないと拒否し墓参は中断。

1986年に11年間の交渉で、パスポートとビザ無し訪問が提案され、墓参は再開されて今日に至っているわけで、このビザなし交流の場で、戦争発言をするのか!


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鳴子ウリの定植作業を、村田さんの畑(練馬区大泉)ですると云うので出かけた。 の


先日、本会の渡邉和嘉さん(江戸東京・伝統野菜研究会副代表)から、大泉の村田千英子さんの畑で、鳴子ウリの定植作業をするからと連絡をもらったので出かけた。

この畑は、思い出の畑で、江戸東京野菜の練馬大根を練馬の子供たちに食べさせるにはどうしたらいいかと渡邉さんと考えて、2007年「第1回 練馬大根引っこ抜き競技大会」を行った畑だ。

亡くなった農園主の村田仙太郎さんが趣旨を理解してくれて、会場として練馬大根を植えてくれたもので、江戸東京野菜を皆さんに広めるきっかけとなった大会だ。

鳴子ウリの栽培も、渡邉さんを通して、酒井利博さんが2017年から栽培をしていただいていて、新宿御苑にも出荷しているし、柏木小学校の授業も参観いただいている。





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ポットひとつに、3粒のタネをまいたとかで、3本の親蔓が伸びていた。
雄花が咲いていたが、たっぷりと水をやった後、
1本を残して2本を切り取った。

鳴子ウリは、孫蔓に雌花が咲き、そこに鳴子ウリがなる。
8月の上旬が収穫期だが、楽しみだ。


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2019年05月15日

スポーツクライミングのスビートの大会が、昭島のモリパークで開催された。


先日、深川に行った帰りに、昭島駅から歩いでモリパークの前を通りかかったら、「au SPEED STARS 2019」 が、終わったばかりらしく、選手へのインタビューが行われているところだった。

自宅から昭島駅まで歩いていく途中に、モリパーク アウトドアヴィレッジが出来たことは紹介したことがあるが、この壁は、どこまで高く登れるかという高さ12b以上の「リード」部門で、

2017年には、通りを挟んだテニスコートのわきの広場に、どれだけ早く登れるかの「SPEED STARS」が日本で初めて建設された。

5月に大会が行われるというので、会場の前を通ると、練習をしているのを見ることができた。

最近は、ボルダリングという、5b以下の壁に設置された複数の課題を制限時間内に攻略できるかという大会が行われていて、テレビで優勝した様子が紹介されるが、この大会は迫力が違う。




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高さ15bの壁に設定された同一ルート(世界共通)を登るという大会
は、昼から予選が行われ、15時から決勝が行われたようだ。

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大会資料はいただけた。



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